6_07_いつの時代にも天才は生まれる
「ではファフリーヤ、教えたとおりに報告してみてください」
「はい……えっと、目的地まで、あと324キロメートルです。現在、ゴルゴーンは時速120キロメートルで走行していますので、到着予定はおよそ2時間42分後です」
西海岸を目指して走行するゴルゴーンの車内。
前部座席に座るネオンが、後部座席に腰掛けている俺の、その膝上に座るファフリーヤに、モニターや計器の使い方をレクチャーしている。
「はい、合っています。正しく報告できていましたよ」
「本当ですか! やりましたよ、お父様!」
褒められて、無邪気に喜ぶファフリーヤ。
嬉しそうな顔を向けてくる。
俺も「よくできたな」と頭を撫でてあげた。
(本当にたいしたもんだ。ここの機材にも、速度の概念にだって、初めて触れたはずなのに)
なぜファフリーヤがゴルゴーンに乗っているかというと、ついさっき、こんなやりとりがあったのだ。
話は、俺たちがイザベラに奴隷船の接岸地点を確認していた時まで遡る。
***
「この地点ですね」
覗きこんでいた立体映像の地図上に、ひとつの光点が示された。
「イザベラの情報を総合すると、ここ以外に該当箇所は存在しません」
おおよその方位と航路、周辺の景色、日時と波の高さ、航海に要した時間など。
イザベラからある程度の話を聞いたネオンは、その場ですぐに、正確な奴隷船の着岸位置を特定してしまった。
俺たちの町から500キロメートルほど離れた場所、第17セカンダリ・ベースからはおよそ800キロほどの地点に、条件に一致する海岸線があるという。
「周辺地理の調査は、頻繁にではありませんが行っていましたので、海岸線の輪郭は把握しています。最後の調査は511年前ですが、『船を寄せるのにぴったり』な『まっ平な崖』という前提があれば、あとは僅かな情報で特定可能です」
波による岸壁の侵食もシミュレートしたうえで、候補地は1箇所に絞られた、とかなんとか。
「それじゃあ、この場所に、墜落したサテライト・ベースとやらが埋まっているってことでいいんだよな?」
「その公算が高いといえるでしょう。墜落したショックで、基地としての機能は失われているかもしれませんが」
「でもさ、そのサテライト・ベースの中にも、エネルギー生成装置のコア・パーツってのがあるんだろ?」
もちろんです、とネオン。
回収できれば、町のエネルギー・プラントを稼働できるようになるという。
「じゃあ、ゴルゴーンで向かうんだな」
「はい。必要なオプションを基地から輸送次第、現地に急行します」
というわけで、例によって兵器使用の承認手続き。
機材や兵装を、ヴェストファールに空輸してもらうことになった。
どうせなら、そのままヴェストファールで行けばいいのにと思って聞いてみたけど、燃費の関係と、高性能レーダー等を多く搭載しているゴルゴーンのほうが調査任務に適しているという。
「それと、せっかくですのでファフリーヤも連れて行きましょう」
「ファフリーヤを?」
予想だにしていなかった提案が、ネオンの口から飛び出してきた。
「我々の技術に触れさせる良い機会です。任務の中で、ゴルゴーンの機能のうちの簡単なものをいくつか扱わせ、成功体験に繋げることで、他文明の利器を扱う意欲を芽生えさせましょう」
前に彼女が言っていた、従順な人材を、従順かつ優秀な人材に育て上げるってやつらしい。
ファフリーヤに一緒に行かないかと尋ねたところ、彼女は「ぜひご一緒したいです!」と、元気な二つ返事で快諾してくれた。
そんなこんなで、今に至るというわけだ。
***
『飲み込みが早いわね。さすがは王女様だわ』
「未知の概念に、こうも容易に順応できるとは驚きです。類まれな才覚があると評価すべきでしょう」
「そ、そんな。おふたりとも、大げさです」
AIたちも、ファフリーヤのオペレーターぶりを絶賛している。
(実際、天才なんじゃなかろうか、この子)
さっきの計算に使った情報は、すべてファフリーヤ自身が計器やモニター画面を操作して取得したものだった。
ネオンに教わり、少し自分でいじくったら、それだけでコツを掴んで使いこなしてしまったのである。
『これなら、ゆくゆくはゴルゴーンの操縦桿を握らせてもいいんじゃないかしら』
「セカンダリ・ベースのオペレーター要員として教育するのも良いかもしれません」
お飾り司令官の俺とはえらい違いだ。
王族としての教育を受けてるってだけじゃなく、ネオンの言うとおりで、ファフリーヤ自身の才能が何より大きいのだろう。
「あ、えと、たった今、第17セカンダリ・ベースのエネルギー供給エリアから抜けました。外部供給が絶たれたので、内蔵エネルギーでの機動に自動的に切り替わります」
……うちの子、ちょっと天才すぎない?
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「ゴルゴーン、目的地に到着しました。オペレートを終了します……ふう、どうでしたか、お父様?」
仕事を完遂したファフリーヤは、大きく息をつくと、振り向いて俺に感想を求めた。
もちろん、非の打ち所なんてありっこない。
「上手にできてたよ。あっという間に使いこなして、すごいな、ファフリーヤは」
いい子いい子と頭を撫でてあげると、ファフリーヤは満面の笑顔で俺にしなだれかかってきた。
『ご褒美に、そのままお父様に抱きついてていいわよ』
勝手に何を言っているのか。
「ありがとうございますシルヴィ様。でも、あの印の場所を確認するため、一度、ゴルゴーンの外に出ようと思います」
記憶を頼りに、例の印を見たという崖を探そうというファフリーヤ。
それをネオンが引き止めた。
「いえ、その必要はありません。シルヴィ、ドローンの射出を」
ガコンと、後ろのほうで音。
ゴルゴーンのコンテナから飛翔型ドローンが飛び立っていったようだ。
『全方位モニターを、後部座席に展開するわね』
シルヴィの言葉に続いて、外の様子を映した立体映像の画面が立ち上がる。
が、形状はいつもの平面ではなく、モニター画面は長い紙をロールしたように、後部座席の周りをぐるりと覆う円環状をしていた。
正面には崖と見渡すかぎりの海が、後ろを向くと、俺たちの乗ったゴルゴーンが映っている。
映像には繋ぎ目がなく、四方八方をあますことなく見渡せるようになっていて、どうやら、ドローンを起点に360度の景色が送られてきているらしかった。
「これであれば、抱きついたままの姿勢でも操作が可能です。アイ・トラッキング・センサーがドローンに連動し――」
「お父様っ、これ、すごいです! 目を動かすだけで景色が一緒に動いてくれます」
ネオンの解説を待たず、機能を把握してしまったファフリーヤ。
ドローンを進ませたい場所に視線を合わせて、自由自在に移動させている。
『説明するまでもなく理解しちゃったわよ、この子』
「速度や飛距離の調整に慣れがいるはずなのですが、問題なく操縦していますね……」
あまりの順応ぶりは、もはや、ネオンたちにさえ衝撃を与えるほどだった。




