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1_02_絶望へのフォール・ダウン

「そらよっ」


 兵士らの掛け声とともに、俺は荷台から投げ落とされた。


「ぐはっ!」


 地面に背中を(したた)かに打ちつける。

 訓練で痛みには慣れていたけれど、手足を拘束されていては受け身が取れない。

 肺の空気を全部吐き出し、危うく俺は、意識を飛ばしかけた。


「今ので伸びてれば、こっちも楽なのによ」

「ほんっと、中途半端に耐えやがるぜ」


 二人の兵士は文句をたれつつ、俺の体を荷物のように担ぎ上げた。

 その際、兵士のひとりから、拳をみぞおちに叩き込まれる。

 苦しくてむせていると、「暴れたら、こんなもんじゃ済まねえぞ」と脅しをかけられた。

 俺は大人しく体を持ち上げられ、そこで初めて、周囲の景色を視認した。


(ここは、ジャングル、か?)


 辺りにはくねり曲がった木や蔦草(つたくさ)などが密生していて、人の気配は感じられない。


(街の木々とは植生が違う。南方の密林地帯か? でも、軍の馬車でも2週間くらいかかるはず……)


 兵士は俺のことを担いだまま、無人のジャングルの中を進んでいく。

 少し歩くと、辺りが開けた場所に到着。

 そこに建っていたものに、俺はひどく驚愕(きょうがく)した。


(これは、太古の遺跡……なのか?)


 真四角の切り石が積まれた、巨大な四角錐(しかくすい)の建造物。

 史学の講義で習った。

 たしか、ピラミッドという名の異国の神殿遺跡だ。

 けれど、帝国の領地内にあるなんて、そんな話は聞いたことがない。


「さあ、ちゃっちゃと登っちまおうぜ」


 神殿の中央には、四角錐の頂点へと続く長い階段が造られている。

 兵士は俺を抱えて、遺跡の頂上目指して歩を進めた。


「ったく、結構な肉体労働だよなあ」

「ま、いいじゃねえか。死体の処分方法としちゃあ悪くねえ。秘密兵器も成長させられるこったしな」


(死体の処分? 秘密兵器? 何を言ってるんだ?)


 当然、疑問に対する答えなど無く、2人の兵士は不満気なまま俺をピラミッドの頂上へと運びきった。

 (いただき)に着いた彼らは、そこに備わった、子どもの背丈ほどもある尖角(せんかく)の石塊を、力ずくで押してスライドさせた。

 その下には、()り抜いたような四角い穴が空いていた。


「よし、猿轡(さるぐつわ)をとってやるぜ」


 手足の拘束はそのままに、俺の口を(ふさ)いでいた猿轡だけが除かれた。


「な、なんなんですかこれは?」


 (おび)えきった俺の様子に、ふたりの兵士は、にたりと笑った。


「聞くまでもねえだろう。道中、ヒントはたくさん出したじゃねえか」

「まあ、いじわるしねえで教えてやるよ。お前さんはな、生贄(いけにえ)なんだ」

「生、贄……?」


 不穏な言葉に、混乱と恐怖が加速する。

 兵士たちは、そんな俺の様子をねぶるように観察しながら続けた。


「この神殿にはな、おっかない異教の魔神が()みついてるのさ。数年に一度、生きた人間を(ささ)げてやると、いざという時に帝国を助けてくれるって寸法だ」

「そ、そんな馬鹿な話が――」

「ああ、そうとも。馬鹿げた馬鹿げた言い伝えだ。だがな、軍のお偉いさん方は、その馬鹿げた言い伝えを、大真面目に研究したんだよ」


 ふたりは、再びゲラゲラと笑った。


「神様なんているはずがねえ。この中にはな、強力な毒素が滞留(たいりゅう)してるのさ。他国の奴らは存在を知らない。つまり、解毒薬なんて持ってないってことだ」


 秘密、兵器……


「この毒の熟成には、生きた人間が必要なんだとさ。毒を吸い込んで、苦痛を伴って死に向かう最中、そいつの体内ではより強力な毒素が作られていき、死ぬと同時に空気中へとばらまかれる」

「神殿は、未知の猛毒を培養するための実験室なのさ」


 ひとしきり笑うと、兵士たちは、俺の体を再び持ち上げた。


「下には水が溜まってる。深い穴だが、落ちても死なずに生きられるぜ」

「ただし、息を吸ったら、ジ・エンドだがなあ」

「ちょ、待って、待ってくださ――」


 懇願(こんがん)を言いきることも許されず、俺の体は落とされた。


「あばよ! せいぜい、いい毒を作んな」

「頑張ってもがけよ。(おぼ)れ死なれちゃ、毒ができねえからな」


 落下の感覚。

 遠のいていく笑い声。

 俺の視界が、漆黒の闇に包まれていく。

 次いで、体がドボンと水に()まれた。


(うわあっ!?)


 叫んだつもりで、肺の空気を吐き出してしまう。

 前後左右、すべてが水だった。

 深々と溜まった水のクッションが、俺を受け止め、そして、呼吸を許さない。


(苦、しい……)


 体はどんどん沈んでいく。

 手足の(かせ)が邪魔をして、うまく浮上ができないでいる。

 と、上を見ると、水面にかすかに光が見えた。

 さっき落とされた穴だろう。

 その光が、徐々に狭まっていくのがわかった。


(塞がれてるのか!)


 気づいた瞬間、俺は命懸けで水をかいた。

 手枷足枷のまま、必死にもがいて、もがき尽くして、なんとか壁に掴まりながら、水の上へと顔を出す。

 大きく息を吸い込んで、そして、肺に焼けるような痛みが走った。


「ごはっ!? げほっ、げほっ、かはっ!?」


 呼吸ができない。

 吸い込むたびに肺がひりつき、むせ返る。


(これが、毒って、やつか……)


 苦しさで、壁を掴んだ手が緩んだ。

 頭が再び水に沈んで、俺は慌てて壁にしがみつく。


(ちくしょう、逃げないと、このピラミッドから、抜けださ、ない、と……)


 しかし、()い上がろうと空気を吸えば、()き込んで力が抜けてしまう。

 肺だけじゃなく、もはや全身が熱かった。


(くそぉ、俺は死ぬのか、死ぬのか……)


 その時だった。

 絶望に()まれた俺の耳に、何かが聞こえた。


 ピー、という、少し高い音。

 長く、短く、不規則なリズムで、神殿の中に反響している。

 石の音でも、鉄の音でもない。

 聞いたことのない不思議な音。


(なんだ、これ……? 幻聴、か?)


 これは、もうだめなんだろうな。

 薄れゆく意識とともに、俺は自分の死期を理解していく。

 その間も、音は絶えずに鳴り響いた。


(お迎えの合図、だったりしてな)


 脳裏に、死んだじいちゃんの顔がちらついた。

 (ほが)らかな、疲れたような笑顔を浮かべた懐かしいあの人が、俺に何かを言っている。

 そんな気がした。


(……会いに行っても、怒られないよな?)


 諦めた途端、呼吸がわずかに楽になった。

 苦しさが和らぎ、しかし、体は力を失って、再び水の中へと沈んでいく。


(なんの皮肉だよ)


 意識が黒く沈んでいく中、音は、最後に、こんなことを言った(・・・)


『対象の脳波より言語の解析を完了しました。ノイズを除き、87.63%が会話に使用可能――』


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