6_06_空よりもなお高い場所
「この印、見覚えがあります」
「え?」
「は?」
ファフリーヤの衝撃の発言に、俺どころかネオンまでが、彼女に聞き返していた。
「見たって、この紋章をなのか!?」
思わず詰め寄ってしまった俺に、ファフリーヤはびくりと肩を震わせる。
「え、ええ、はい。これと似たような、かもしれません。この絵とは向きが違っていて、あと、模様のこの辺りの箇所も、少しだけ形が異なっていたように思います」
しかし、それ以外は全く同じだったと、彼女は主張した。
ということは、ひょっとして。
「西の大陸に所在しているセカンダリ・ベースかな?」
「断定はできません。西大陸にも、確かにセカンダリ・ベースが6基ほど存在、するのですが……」
珍しく歯切れの悪いネオン。
肯定とも否定ともつかない言い回しで、言葉を濁している。
「終焉戦争での完全破損を免れた基地は、現在、第17セカンダリ・ベースを除いて、全てがスリープ・モードに入っています。スリープ中は上層を土で覆うなど、人目につかないカモフラージュが施されるはずなのです」
西大陸のセカンダリ・ベースは、6基すべてが生きていて、やはりスリープ・モードであるという。
少なくとも、現文明の人類には見つけることはできないと、ネオンは断言した。
「なあファフリーヤ。その印って、西大陸のどの辺りで見つけたんだ?」
「あ、いえ、見たのは船でこちらの大陸に連れて来られた時です。険しい断崖の海岸に船で乗り付けたのですが、接岸の際に、崖の下の方、波が押し寄せている岸壁に、この印があったのです」
なんと、ファフリーヤはこの大陸で基地の紋章を見たという。
奴隷船で接岸したってことは、ラクドレリス帝国の海岸のどこかだろう。
でも、さっきのネオンの話では、帝国領内にセカンダリ・ベースは無いってことだった。
「あの印は、強制的に連れて来られた異郷の地でわたくしが真っ先に見たものでした。あまりに不思議なその文様は、まるで、神がこれから先の運命を明示してくださったのではないかと、ずっとその意味を考えていました」
だから、見間違えだったということはありませんと、自信を持って言うファフリーヤ。
ここまで具体的に話をしているんだし、記憶違いってのは確かに考えにくい。
「ネオン、どう思う?」
「我が軍には海洋戦力を有する軍港型のセカンダリ・ベースや、臨海するタイプのエネルギー・プラントもございました。ですが、帝国領の海岸線上には基地もプラントも……いえ、お待ちください、もしや――」
ネオンは一瞬何かを思案すると、立体映像を切り替えた。
白くて丸い球と、その横や下から角や筒や羽のような形状のパーツが生えた不可思議な物体が、ファフリーヤの眼前に投影される。
球体の正面部分には、軍属を示す紋章の刻印。
ただし、セカンダリ・ベースの建物に刻まれているものとは、一部の形と色が若干だけ違っていた。
「ファフリーヤ、あなたが見た印というのは、もしや、こちらの絵柄ではありませんでしたか?」
「あ、そうです、それです!」
確信を持って肯定したファフリーヤの様子に、ネオンは神妙な気配を漂わせた。
「サテライト・ベース……まさか、こんな近傍の土地に墜落していようとは」
声の調子は普段通りだけど、妙に緊迫感がある。
「ベースってことは、これも基地なのか?」
こくりと頷くネオン。
「衛星軌道上に配備された、宇宙戦力を司る特殊なセカンダリ・ベースです。航空戦力が飛行可能な空域よりも更に上、宇宙と呼ばれる、空より高い場所で活動する兵器のための基地だと考えてください」
「んなっ!?」
開いた口が塞がらないとは、このことだった。
(空よりも高いところで戦うための基地だって? そんなの、もはや神話どころの騒ぎじゃないぞ!)
ヴェストファール輸送機を見て、ドラゴンがどうのと仰天してたっていうのに、それより上の次元に話が拡がっていこうとは。
「ま、待ってくれネオン。そのサテライト・ベースってのは、空よりも高い所にあった、ってことでいいんだよな?」
「その通りです。終焉戦争の最中に信号が途切れており、おそらくは地上に墜落したものと推測されていました」
「じゃあ、奴隷船がファフリーヤたちを降ろした場所に、その基地が?」
「至急、イザベラに接岸地点を確認しましょう」
***
「では、奴隷船はターク平原の先にある海岸の崖から、西大陸の民を上陸させたのですね?」
『ああ、そうだよ』
ヘッドセットの向こうから、ここにはいないイザベラの声が聞こえる。
俺たちは、一度ファフリーヤと別れて、こっそりイザベラと連絡を取っていた。
『あの奴隷たち……いや、今はあんたたちの国の民か。あいつらは、あたしが軍から直接買い付けた奴隷だったからね』
まだ、ファフリーヤにはイザベラを味方に引き入れたことを話していない。
自分を殺そうとした相手と取引したなんて説明するからには、時期を選んだほうがいいというネオンの提言に従った恰好だ。
だから、イザベラとの通信は、ファフリーヤに聞かれないよう、耕作地から離れた場所で行っている。
『奴隷市場を通さないから、カンタール港に入港する必要がなかった。だから、正規のルートじゃないけど西海岸に船を寄せてもらったんだよ。金鉱に直に奴隷を送れるようにね』
帝国の奴隷船は、通常、北方のカンタールという港を拠点にして、西の海原へ航路をとり、西方大陸へと向かっていく。
捕縛した奴隷たちは、カンタールの港に降ろされてから、軍や商会が主催する奴隷市場で競り売りにかけられて、多くは鉱山事業者などに落札され、重い肉体労働に強制的に従事させられる。
「でも、西海岸って、船をつけられるような場所なんてあるのか?」
帝国の西の海岸には、港と呼べる場所はない。
そも、国土の西方には未開のターク平原が広がっていて、人が住めるような土地ではなく、そのうえ、平原の先、大陸の最西端の海岸線は、激しい波に侵食されて複雑に入り組んだ懸崖となっている。
とても船などつけられないはずの地形のはずだ。
『ところがね、西海岸には一部分だけ、まるで人工的に削ったかのような、まっ平らな断崖があるんだよ。その場所は波も小さめで、船を寄せるのにぴったりなんだ』
イザベラは、そこから奴隷たちを上陸させて、馬車で金鉱に移送したのだという。
「詳しい場所を教えて下さい」
『正確な経度緯度までは、すぐにはわかんないよ』
「大雑把な情報で構いません。こちらで位置を割り出します」
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