6_05_各地に眠る友軍戦力
「ずいぶんと、畑らしくなってきたな」
アケドアで種を調達した翌日。
俺とネオンは、西大陸の民たちにその種を渡すため、彼らに土を均させていた場所にやって来ていた。
深い堀だった地面は、敷き詰められた土で平らに埋まっていて、今は腐葉土の肥料を撒いているところだ。
ファフリーヤも言っていたとおり、今日中には耕作地として完成することだろう。
そうすれば、次は作物の播種作業が始まる。
「ここには大麦を作付させます。この平原の気候を考慮した生育法をシミュレート済みですので、それをもとに民に農業指導を施します。時期が来れば、相応の収穫量が期待できるでしょう」
他の2種類の野菜の種についても、大麦とは違う区画に種蒔きや苗木を植え付けし、民たちに管理させる計画だとネオン。
「お、畑の脇に小さな小屋も建ったな。あれが給水所か?」
「そうです。地下にパイプを這わせて、ポンプ施設から送水しています」
ここから水を汲んで、畑に撒くことができるそうだ。
麦はそんなに水を必要としない植物だけど、この荒野はほとんど雨が降らず、地面も湿り気が全然ない。
ある程度の水分を与えないと、芽が出るどころか畑全体が干涸びてしまう。
定期的に水を撒いたり、肥料を追加したりと、それなりの重労働を施さなければ、広大な耕作地を維持できないのである。
「本来ならばスプリンクラーを設置し効率的に散水管理するのですが、それでは民たちの仕事を奪ってしまいますので」
軍事絡みの話じゃないのに、ここでも謎の単語がでてくる。
きっと、農業用の技術もとんでもないものを持っているんだろう、セカンダリー・ベースは。
「後で実際にお見せいたします。この町の外部にも農場プラントを建造する予定ですので」
「そっちも、町の皆に管理してもらうのか?」
「いえ、民には知らせません。すべて自動制御の無人工場です。収穫高が芳しくなかった場合や、イザベラからの物資が滞った場合などに、緊急措置として配給する食糧を生産し貯蔵しておきます」
飢饉など、非常事への備えも万全にしておくということらしい。
基地の糧食も充分にあるし、将来的には畑や農場プラントの作物が見込める。
ひとまずのところ、食事で困る心配はなくなったと言えそうだ。
「じゃあ、こうなると、残る問題は基地のエネルギーだな」
「そうなります。エネルギー生産プラントのコアパーツを入手するか、それとも、他のセカンダリ・ベースを復旧するか」
「他のベースって、どのあたりにあるんだ?」
俺の問いを受け、ネオンは手のひらから立体映像を空中に投影する。
現れたのは世界地図。
緑色の光の線で象られた6つの大陸の輪郭の中に、赤と紫、2種類の光点がいくつも表示されている。
「世界の各地には、全部で20のセカンダリ・ベースと、52のエネルギー・プラント跡地が存在します。ただし、ベースは我々の第17セカンダリ・ベースを除いて、全てスリープ状態か、あるいは破壊され破棄されています。また、プラントの破損状況は確認できておらず、エネルギー生成装置のコアパーツが無事かどうか、詳しくは直接現地で確認しなければなりません」
ネオンは地図の隣に、別の図形を映しだした。
見たこともない白い建物群が並ぶ、街の模型のような映像。
これが、第17セカンダリ・ベースの全貌であるという。
「へえ。こんな見た目をしてたんだ、セカンダリ・ベースって」
全体が地下に埋まっているから、外観を見るのはこれが初めてだ。
居並ぶ建造物はどれも独特の形状をしていて、高度な技術の粋を尽くして造られたであろうことが伝わってくる。
また、その建物のひとつひとつには、軍属であることを示しているらしき同一の紋章が刻印されている。
帝国の軍事施設とは全く違う風情と趣きに、俺は地図そっちのけで、まじまじと魅入ってしまった。
「この大陸には、セカンダリ・ベースが4箇所と、生産プラントが8箇所ございます。ですが、帝国領内には、我々の第17セカンダリ・ベース以外、基地もプラントも存在しません」
帝国の国土面積はかなり大きく、基地から半径500キロメートルの範囲を優に上回っている。
つまり、自律稼働兵器がDGTIAエネルギーの遠距離非接触供給を受けられる距離には、ベースもプラントも無いってことになる。
「供給エリアの外でも、兵器は貯蔵したエネルギーを使って活動可能です。しかし、活動時間に限界がありますので、どうしても調査効率に影響が生じてしまいます」
どの場所に向かうにしても、現文明の人間たちに見つかってはいけないというのが大前提。
となると、偵察用ドローンなどによる入念な事前調査が必須となる。
ゴルゴーンで走行可能な地形を割り出し、最もリスクの少ないルートを選ぶためだ。
けれど、一番距離の短いプラント跡地でも国境を越えねばならないとなれば、相応の規模と時間をかけた調査をしなければならない。
だとすれば、やっぱり、エネルギーの遠距離供給スポットか、今以上のエネルギー生産量が欲しいところだ。
「遠くに行かなきゃエネルギーは作れない。でも、遠くに行くためにはエネルギーが必要、か」
世の中、ままならないもんだ。
・
・
・
「お父様! 今日も来てくださったのですねっ!」
畑のそばで話し込んでいた俺たちを見つけて、ファフリーヤが駆け寄ってきた。
勢い良く俺の胸に飛び込んできたので、とりあえず受け止めてから、すぐ引き剥がし、そっと地面に下ろしてあげる。
「お父様、つれないです。そこは、妻となるわたくしのことを、優しく、あるいは激しく抱きしめてくださるべきところです」
不服そうなファフリーヤ。
とりあえず、「ごめん、ごめん」と頭を撫でてみたけど、「そんなことでは誤魔化されません」と口を尖らせている。
けど、撫で続けているうち、次第に嬉しそうに頬がほころんできた。
どうにか誤魔化しが効いたようである。
「っと、悪いネオン、話が中断しちゃったな」
「いえ、将来の王妃と仲睦まじくしている姿は、しっかりと民に見せておくべきです」
実際、俺とファフリーヤの様子は、畑仕事をしている人たちの注目をしっかりと集めていた。
(いや、注目どころか、怖いくらいの熱視線だぞ、これは)
西大陸の民も、亡き先王の娘ファフリーヤが俺と結婚するらしいことは知っている。
根無し草の彼らにとって、自分たちを束ねる立場のファフリーヤが、嫁入り先の国の王と仲睦まじい関係を結べているかどうかは、民族全体の死活問題なのである。
……まあ、こっちはまだ国とは呼べない規模なうえ、俺は王様どころか神様扱いらしいけど。
「お父様、お話というのは、この建物についてなのですか?」
表示されていた立体映像、第17セカンダリ・ベースの全貌を、じっと眺めるファフリーヤ。
建屋に刻まれている紋章を、首を傾げて見つめている。
そして、見つめたまま、驚くべきことを口にした。
「この印、見覚えがあります」




