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6_04_商取引からうかがう敵国の軍事情勢

 合流地点で待っていると、2頭立ての馬車を颯爽(さっそう)と駆って、イザベラが現れた。


「言われてたとおり、今の季節に播種(はしゅ)するものを可能な限りを揃えたよ……と言っても、たったの3種類だけどね」


 イザベラは馬車の荷台を開けるて、調達した種と苗木を俺たちに示した。


「3種類ですか。量は充分とはいえ、もう少しバリエーションを望みたかったところですが」

「仕入先がアケドアじゃあねえ。軍需産業は発達してるけど、農業はからっきし(・・・・・)な街だから」


 首をすくめたイザベラ。

 まあ、確かにこれは仕方ない。

 アケドアは、かつて南方の国と戦争していたラクドレリス帝国が、当時の国領の最南端に築いた城塞都市だ。

 張り巡らされた防御壁と堡塁(ほうるい)によって、敵兵の攻撃を(ことごと)()()けると同時に、進軍拠点として帝国軍の勝利に貢献した、まさに攻防の要衝(ようしょう)だった歴史がある。

 南の王朝を打ち滅ぼし、国境を拡大させた今では拠点としての役割を終えているが、旧兵舎を従軍予備学校にしたりと、軍事都市としての名残が随所に強く表れている。


「それに、あの街は商人にとっても鬼門なんだよ。軍閥のお偉いさんが幅を利かせてるから、商売への制限が厳しいのなんのって」

「ああ、聞いたことがあるな。帝都では軍部よりも議会のほうが発言権が強いから、代わりにアケドアの自治を牛耳(ぎゅうじ)って、政治的な影響力を高めてるとか」


 しかし、軍部とコネのあるフレッチャー商会の長女をしても、あの街はこんな評価なのか。

 かつて敵軍の猛攻を阻んだアケドアの防壁は、今では自由経済への障壁として、商人たちの活動を阻んでいるらしい。


「あんた、もしかしてアケドアの出身なのかい?」


 俺の発言に、引っかるものを感じたのだろう。

 イザベラが、やけに気安い態度で、しかし目の奥を光らせながら質問してきた。

 俺のことを知り、いざという時の保険にできないかと狙い澄ましている様子だ。

 こちらとしても不都合はない。

 多少の情報を与えておくほうが互いの信用保証になるだろうと、事前にネオンと相談していた。


「何年かアケドアに住んでたんだ。軍関係の仕事をしてたけど、突然お払い箱の()き目に遭って、街を出た」


 ただ、最初は本当の背景を仄めかすくらいに留めておく。

 だから、伝えるのは真実と嘘を混ぜ込んだ経歴だ。


「へえ。軍への恨みで、敵対する側に寝返ったってクチかい?」

「まあね。それより、イザベラから見て一番商取引がしやすい都市って、どこなんだ?」


 与える情報は少しずつだ。

 この場での駆け引きは最小限にして、さっさと話題を切り替える。


「物が一番流通してるのは、なんと言ってもやっぱり帝都さ。だけど、それ相応の量が必要なら、それぞれの生産地まで買い付けに行くっていうのが基本だよ」


 帝都ってのは、あくまで商品の卸し先。

 物資と呼べるほどの量を仕入れるなら、産地にて直接取引するしかない。

 つまり、イザベラに任せるしかないってことだ。


 ・

 ・

 ・


「それじゃあ、あたしはこのまま帝都に向かうよ」


 調達品をヴェストファールに搬入し終えると、イザベラは馬車を準備し始めた。


「なんだ、一緒に町に戻らないのか?」

「あそこに戻る利益(メリット)があたしにはないからね。それに、商機ってのは掴める時に迅速に掴んでおくものさ」


 イザベラは、純金の騎馬像を何個か持参してきていたらしい。

 出発前に、イザベラからネオンに要求していたそうである。

 帝都の自宅に戻ってから、商会のパイプを使って絶好の買い手を掴まえるのだと息巻いている。


「取引を成立させたら、この指輪で連絡すればいいんだろ?」


 右手をの指輪を示す彼女に、ネオンが頷いた。


「あなたの私兵はどうされます? 必要であれば、何人か連れていっても構いませんが」

「いや、いらないよ。あいつらは奴隷の監視のために雇っていただけだからね。商取引には役立たない」


 馬車の護衛は、アケドアの街で軍の兵士にお願いするのだという。

 軍部とのコネの使いどころ、というわけだ。


「むしろ、あんたたちこそ、あいつらをどうするつもりなんだい?」

「現状では、しばらく捕虜として拘禁(こうきん)を続けることになります」


 解放して、こちらの存在を(おおやけ)にされてはまずい。

 イザベラにやったような脅迫と監視で言動を縛ることもできるけど、それなら拘束しておいたほうが手間もかからない。


「そうかい。だったら、あいつらの食費なんて目じゃないくらいの利益を稼いできてやるよ」


 ニヤリと不敵に笑ったイザベラ。

 手をひらひらと振り、 颯然(さつぜん)と馬車に乗り込んでいく。

 飄々とした態度だけど、本当はなんやかんやで雇った人間のことを考えているんだろう。

 町に戻らず帝都に直行すると言っているのも、私兵たちの処遇を気にかけてのことだったのかもしれない。


「違いますよ司令官。彼女は単純に、再び空に上がるのが怖いようですね」


 ギクリと、イザベラの振る手と顔が固まった。


「脳波、体温、血圧、発汗、その他諸々の数値から、あなたの感情は掌握しています」


 固まった顔を、今度は真っ赤にさせたイザベラは、恥ずかしそうに雄叫びを上げた。


「ああ、もう! いちいちそんな風に脅さなくったって、あたしは裏切らないっての!」

「ええ、信用していますよ。帝都でのお取引が成功するよう祈っています」


 イザベラは、負け惜しみじみた言葉を叫びながら、馬車で帝都に出立した。

 2頭の馬の(ひづめ)の音が、のどかに空に溶けていった。

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