6_02_敵国からの物資調達
「あ、あのトンネルが、埋まっちまったってのかい?」
告げられた事実が受け入れられないとばかり、愕然と聞き返してくるイザベラ。
「ああ。イザベラが捕まったのと同じ日にな」
まあ、俺も知ったのは昨日なんだけど。
「ちょ、馬鹿言うんじゃないよ! あのトンネルがあったから、あたしは密林地帯を迂回するだけで済んでたんだ。でなきゃ、ラスカー山地を大迂回しなきゃならない。街につくまで、ひと月以上はかかっちまうじゃないか!」
ううむ、確かに由々しき問題だ。
「どうする、ネオン? あれを使えばどうにかなるんだろうけど」
「やむを得ません。エネルギーは節約したいところですが、必要経費と諦めましょう」
「……あんたら、何を言ってるんだい?」
きょとんとしているイザベラを余所に、俺はネオンが出した青い球体の立体映像に触れて、「承認する」と呟いた。
***
「と、飛んでるわよっ!? これっ、飛んでるわよ!?」
「ああ、飛んでるな」
強張った顔で叫ぶイザベラ。
それを等閑に聞き流す俺。
「じ、地面が遥かに下なのよ!」
俺、ネオン、イザベラの3人は、基地から呼び寄せた大型航空輸送機ヴェストファールに乗って、空からラスカー山地を越えていた。
コックピットでは、甲高い絶叫が断続的に響いている。
「落ちないの!? ねえ、これ本っ当に落ちないの!?」
怖さのあまりか、イザベラの口調は捕まって助命嘆願していたときの、いかにもご令嬢みたいな芝居臭いものに変わっていた。
座席にしがみつき、ガタガタと震えている彼女を余所に、ヴェストファールは快適な空の旅を俺たちに提供してくれている。
『この女、もう少し静かにならないの?』
うっとおしそうなシルヴィ。
ネオンのほうは相変わらず、表情に感情を載せず沈着な態度を取っている。
「まあ、無理だろ。俺も気持ちはよくわかる」
「そうおっしゃる割に、司令官は今回ずいぶん落ち着いていますね」
「なんて言うか、イザベラの慌てふためきぶりを見てたら冷静になれた」
初めてヴェストファールに乗った時の取り乱しぶりが、今更ながらに恥ずかしい。
でも、このイザベラほどには酷くなかったと……思いたいなあ。
***
「……生きた心地がしなかったわ」
山脈を超えて、ヴェストファール人気のない場所に着陸した。
ようやくの地面に、イザベラは青い顔をして両手をつき、ハアハアと息をついている。
『ハッチを開けたわよ。さっさとそいつの馬車を出しちゃって』
「ああ、わかった」
ヴェストファールの貨物室から、積んできた2頭立ての馬車を外に降ろした。
この馬車は、金鉱の盆地で見つけたものだ。
確認したら、イザベラはこれに乗ってターク平原にやってきていたという。
採掘した金鉱石を運ぶための馬車でもあるそうで、そのため荷台はかなり大きく、それを曳く2頭の馬も屈強で、毛並みがよくて艶があった。
この馬車なら、ここから最も近い街、城塞都市アケドアまで1時間とかからないだろう。
「馭者はいないけど大丈夫か?」
「……大丈夫よ。こう見えて、馬の扱いには長けてるわ」
大丈夫そうじゃない顔色で言うイザベラ。
説得力がほとほと皆無だ。
馬たちも、どこか心配そうに嘶いている。
「ではイザベラ。これをお渡ししておきます」
そのイザベラに、ネオンが白く光沢のある小さな輪っかを手渡した。
「これ、指輪かい? 見ない意匠と材質だけど」
珍しい品物に、イザベラの口調が素に戻った。
商人としての性なのだろう。
さっきまでの恐怖を綺麗さっぱり忘れて、真剣に指輪に見入っている。
「通信機という道具です。離れていても我々と会話ができますので、物資を仕入れ終えたらこれで呼んでください」
「声を聞いて、あたしの動向を見張ろうっていうのかい?」
「そういう意味合いも、もちろんございます」
「ふん、喰えないねえ」
そう言いながらも、イザベラは指輪を右手の中指に嵌めた。
監視は最初からわかっていたとばかり、実に堂々たる面差しだ。
「ちなみに、一度つけたら取れません」
「……は?」
あっさりと、イザベラの面持ちは崩れた。
「発信機という、所在地を知らせる機能も付属しています。もしもうっかり迷ってしまっても、ありとあらゆる手立てであなたを迎えに行きますので、ご安心を」
人を喰った説明に、イザベラは拳をわなわなと震わせたが、
「……至れり尽くせり、感謝の限りだよチクショウめ!」
捨て台詞だけを吐き残して、従順に馬車で街へと向かっていった。




