6_01_撒かぬ種は生えぬ
荒野の地平が白く輝き、今日も朝陽が昇っていく。
「おはようございます、司令官」
日の出と同時にネオンに起こされ、俺は司令官生活4日目の朝を迎えた。
「おはようネオン。それで? 今朝は、どんなびっくり仰天が待ってるんだ?」
どうせまた、一晩で色んな変化があったんだろうと、言われる前に聞いてみた。
「昨晩はさほど大きな成果はございません。朝までに全3箇所の金鉱の金を採掘し終え、ラスカー山地に採掘用簡易プラントが完成し、町の郊外でエネルギー生産プラントの開発工事をスタートさせたくらいです」
ほら見ろ。
***
「お父様。この地では、作物は何を育てたらよいのでしょう?」
西大陸の民に農業を委ねて、今日で2日目。
ファフリーヤが、俺にこんなことを尋ねてきた。
「皆が力を合わせてくれたので、農地は明日にも仕上がりそうです」
見渡すかぎり窪んだ堀でしかなかったその場所には、3分の1くらいの地積に土が敷き詰め終わっている。
こっちもこっちで、結構早いペースで物事が進んでいるようだ。
ただ、西大陸の民たちは、こちらの大陸で生育できる作物について、知識を持ち合わせていないそうである。
「ネオン、民に与える畑仕事って、この後はどういう予定になってるんだ?」
全てをネオンに任せきっている俺は、恥も外聞もなく質問を丸投げする。
「耕作地の造成が完了するまでに、近くに給水所を設置します。ですが、肝心の作物の種苗は、まだ入手しておりません」
これだけ広い面積に種蒔きするってなると、かなりの量が要るだろうな。
「種を大量に仕入れる、ってなると」
「はい。彼女を使うべきかと」
***
「急かしに来るねえ、あんたらも」
俺とネオンは、イザベラのいる留置所へと足を運んだ。
物資の調達といったら、やっぱり商人に頼むのが一番だ。
朝も早くにやってきた俺たちの事を、イザベラは、不敵な笑みを浮かべて出迎えた。
「一晩じっくり考えたよ。あんたたちに協力する。金の彫刻を売るのはもちろん、物資の調達も、必要なら扇動工作だって、何だってやってやろうじゃないか」
彼女は、自分の祖国を裏切る決心を、一夜のうちに固めていた。
こちらの現実離れした戦力や、あまりに高度な技術を目の当たりにしていた以上、当然の帰結ではあるだろう。
しかし、人生の重大な選択を、たったの一晩で決定した思い切りの良さは、機を見るに敏な商人の優秀な即断力だとも言えそうだ。
「賢明ですイザベラ。妹さんよりも先見の明があることを、色々な方に示すことになるでしょう」
「そんな世辞はいらないよ。でも、秘密の商売をしていると判れば、妹はあたしにちょっかいをかけてくるだろうね」
「正面から受けて立ちましょう。我々の技術を上回る商品を用意できない限り、狡い干渉に過ぎません」
「まったく、頼もしい限りだよ」
くくく、と笑い出すイザベラ。
女だてらに、ずいぶんと悪い顔をしている。
それに応答しているネオンも、いつも通りの無感情な顔ながら、逆にそれが悪の親玉のような凄みを滲ませていた。
またひとつ、この世界で悪魔の取引が成立した瞬間だ。
「では、さっそくひとつお願いをしましょう」
「早いね。金彫刻を売ってくればいいのかい?」
「差し当たりましては、その前に仕入れていただきたいものがございます」
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「明後日までに、農作物の種か苗が欲しいだって?」
要望を伝えた途端、イザベラは「無茶言うんじゃないよ」と怒りだした。
「あたしにだって、できることとできないことがある。無理を通せってのは聞けないね」
「それって、買い付け資金が手元にないからか?」
「侮らないでもらいたいね。ちゃんと代金後払で取引できるさ。うちの商会には余所とは比じゃない信用と実績があるからね」
じゃあ、何の問題が?
「本当に気づいてないのかい? こっから帝国の街に戻るまで、どれだけ時間が掛かると思ってるのさ」
……あ、そうか。
最近はゴルゴーンとかに乗りすぎて、感覚が麻痺してた。
このターク平原からじゃ、どんな駿馬を飛ばしたって、1日2日では着くはずがないんだった。
「むしろ、イザベラはどうやってここに来てたんだ?」
「あたしは帝国の軍部とコネがあるからね。あいつらが極秘裏に使ってる抜け道で、日数をかなり短縮できるのさ」
ふふん、と、得意げに鼻を鳴らすイザベラ。
「もしかして、ラスカー山地のトンネルのことか?」
「うん? 知ってんのかい?」
「あのトンネル、少し前に崩落したぞ」
「……は?」
得意げだったのはどこへやら。
イザベラは目をまん丸くして、俺の言葉にしばらくポカンと呆けていた。




