5_08_資源は序盤で確保せよ
『シートベルトは締めたわね。じゃあ、発進するわよ』
俺たちを乗せたヴェストファール輸送機は、発出口から外に飛び出て、再び基地の上空に舞い上がった。
密閉された空間から、急に高空へと景色が変わり、俺はごくりと生唾を呑み込む。
心臓が、ドクンドクンと荒く騒いだ。
「さ、さっき起動した兵器に乗るのかと思ったけど、違うんだな」
吃ってしまう俺。
波打つ脈拍が、口まで震わせてしまったらしい。
案の定、シルヴィに『慣れないわねえ』と呆れられた。
「今回起動した兵器は走行速度が遅いので、目的地まで、このヴェストファールで輸送します」
「じゃあ、またロープで引っ張り上げるのか? 昨日のドリル重機みたいに」
『そうよ、今日のはこの1機で充分だけどね』
空中を進むヴェストファールは、木々のない開けた地面の真上でぴたりと静止した。
「あれ? また着陸?」
『垂直着陸もできる場所だけど、これはワイヤーを垂らすだけよ』
その時、下の地面で何かが動いた。
いや、何かどころか、動いていたのは地面そのものだ。
大地に一直線に亀裂が入り、そのまま、左右に開いて四角い大穴が開いていく。
「ここにも発出口があったのか」
「はい。ここの大型昇降機で、昨日もガレイトールが発進しました。そして今日は――」
開いた穴の底から、何かが上にあがってくる。
昇降機という鉄の床に乗って出てきたその兵器こそ、たった今起動させたAランク兵器だ。
「多脚型装甲戦闘車両【バル=カトレークス】。キャタピラー走行では踏破できない、急峻な山岳地帯での活動に特化した特殊戦車です」
特殊というだけあって、その形状は実に独特だった。
「なんか、虫みたいだ」
車両本体はゴルゴーンと同じくらいの大きさだけど、多脚型という名が示すとおり、8本もの脚を有している。
その脚はかなり長くて、本体部分の5倍くらいあった。
直立すると、かなりの高さになる。
「1脚につき関節が5箇所あります。全ての脚を同時に複雑に動かすことで、どんなに険しい斜面でも、車体を常に平行に保つことが可能です」
『本来だったら、対空射撃用ユニットとか、長距離狙撃用ユニットとかを装着させるんだけど、今回はその手の武装は持たせてないわ』
帝国には、空を飛ぶ戦力なんて当然ないもんな。
「対空用兵器は、来たるべき時まで温存することになるでしょう」
来たるべき時。
それはつまり、ネオンたちの文明を、新人類を滅ぼした何者かが、俺たちの前に現れる時を指す。
ネオンにとっては、現在の文明国家との戦争なんて前哨戦にも過ぎないのだろう。
すべては、待ち受ける真の強敵のため。
だから、目の前の敵がどんなに脆弱でも、万全の準備を整えている。
『索投擲銃、軸線固定……射出!』
ヴェストファール輸送機の底部から、空中輸送用の吊り索が発射される。
地上に向かって凄い勢いで伸びていくワイヤーの先端部は、待ち受けるバル=カトレークスの後部に、ガキンと大音を立てて接続した。
『ジョイント完了。吊り上げるわ』
「『垂らす』っていうか、射撃みたいな迫力だったな」
もうちょっと、穏便な方法がありそうなものだけど。
『時は金なりよ。どっちの機体もアタシが操作してるんだから、失敗なんてあり得ないもの』
「同時並列操縦と精密射出、そして、高精度の風向風速予測が可能な戦術AIならではの技能です」
ワイヤーを巻き上げて緩みをなくすと、ヴェストファールは出力を上げ、多脚型戦車を宙に浮かばせた。
「何度見てもすごいなあ……」
あんなに重そうな兵器を軽々と吊り上げて飛んでるだなんて、本当に神話の世界の出来事みたいだ。
『このまま、北東の山岳地帯まで輸送するわ』
「ラスカー山地に向かうのか?」
何であんなところに?
ひょっとして、崩落させたっていう帝国のトンネル絡みだろうか。
「いえ、本任務は帝国軍の隠し通路とは、直接の関連はありません」
「じゃあ、どうして?」
「資源採集のためです」
昨日、鉄とか銅とかの材料資源が不足してるって言ってた、あの件であるらしい。
「このラスカー山地の地中には、大量の卑金属と希土類が埋蔵しています。また、位置的に、我々が帝国に攻め入る際には、この山脈を越えねばなりません。そちらの準備も併せて行います」
山脈を資源採掘用プラントに改造するとともに、ゴルゴーンなどの兵器を帝国に侵攻させるためのゲートも建設するそうだ。
言ってることのスケールが大きすぎて、俺の頭じゃ全容が掴めない。
『目標地点に到着よ。バル=カトレークスを降下させるわ』
深緑の木々が生い茂る、青々とした山脈地帯、そのど真ん中。
吊っているワイヤーをゆっくり伸ばして、シルヴィは多脚型戦車を着陸させる。
山と山がつくり出す渓谷の斜面を、8本の長い足がしっかりと捕らえた。
「この場所に、埋蔵資源の採掘施設を作るんだな」
『そうだけど、まずは地均しが先よ』
シルヴィは準備運動とばかりに、ワイヤーを外したバル=カトレークスを、その場から数歩動かした。
「本任務用オプションとして、バル=カトレークスには外付けのプラズマ式アーム・ユニットを装着しています」
見ると、前脚の2本にだけ、他の6本にはない部品が取り付けられている。
「プラズマって、ガレイトール掘削機のドリルと同じ?」
雷みたいな力で、地盤を爆砕するとか言っていたやつだ。
「はい。もっとも、こちらはドリルではなくカッターやハンマーに近いのですが――」
『説明より、実際に見せたほうが早いわ』
ネオンを言い差し、すぐさまプラズマ・アームを起動するシルヴィ。
前脚部に装着されたユニットから、長い爪が伸びていく。
その爪の先端が、青白い閃光を放ったかと思うと、鎌のように脚が動いて、山の斜面を粉々に削った。
破裂させた、と言ったほうが適切かもしれなかった。
「うわっ。あんなふうになっちゃうのか」
生えている木も鎮座する岩も、その全てを粉砕、いや爆砕していく多脚型戦車。
輸送機が離着陸できるスペースを、ものの数分で作ってしまった。
『降下するわよ。基地で積んできたアミュレットに、プラントを建造させるの』
「アミュレットは建設機材と一緒に、ここに配備し常駐させます」
ちなみに、兵装ランクがDの兵器は、上位ランク兵器のオプション品という扱いでいいらしい。
だから、バル=カトレークスの起動と一緒に任務内容を承認した時点で、計画に含まれていた機数分のアミュレット兵やドローンも、一緒に使用許可がおりたそうだ。
『おりたっていうか、許可を出したのはアンタなんだけどね』
シルヴィから、至極もっともなツッコミが。
「バル=カトレークスは、斜面の掘削と整地をしたあと、アミュレットたちプラント建造部隊の護衛に回します。万が一、帝国兵が接近してきた場合には、落石等を装って、あるいは、搭載された兵装を用いて、事故に見せかけて追い払います」
「掘削工事に偽装工作までやってのける、か。万能な兵器なんだな」
さすがはAランク兵器だ。
この後、俺たちは基地に戻って、ゴルゴーン戦車で町へと戻った。
ヴェストファール輸送機は基地に残して、プラント建設用資材の搬入作業に就かせるという。
これで、資源不足の問題に、ひとまず打開の目処がついた。




