5_07_軍事情報は一箇所に集めよ
「これが、中央司令室……」
丸い天蓋のドームをふたつ繋ぎあわせたような、大きな球体状の部屋。
足を踏み入れた俺は、呆然と、その異様さを眺めることしかできなかった。
部屋の中央、つまり球の中心に位置するあの椅子こそが、ここのトップ、つまり司令官の座る場所なのだろう。
その椅子を起点にして、下側のスペースに、別の座席が放射状に居並んでいた。
それぞれの席の周囲には、異なる機材が別個に配置されている。
おそらくは、ここに座る人間ひとりひとりに、別々の重要な役割を与えられていたに違いない。
「優秀な軍人たちが、持てる力を余すことなく注ぎ込み、国防の任務にあたっていた……」
俺の憧れた、軍隊という組織の理想像。
この場所には、きっとそれがあった……いや、今もあるのだ。
誰ひとりとして人のいない司令室は、しかし、遠大な時代を超えて、なお生きている。
壁の全面を覆うモニターは、何かの文字列を延々と流していて、俺が更に一歩を踏み入れると、自動的に画面を切り替え、大陸の地図や基地格納庫の様子、それに、遥か彼方の、ターク平原に建設したばかりの町の映像を映し出した。
「ネオン、これは?」
「監視カメラやドローンからの映像が、リアルタイムで届いています」
「今現在の各地の様子、ってことか」
さっきまで乗っていたヴェストファール輸送機や、耕作地を均す屈強な西大陸の民たち、それをまじまじと見ているファフリーヤ。
全ての映像は、今この時に、この世界のどこかで実際に起きていることだ。
そしてこれらは、兵器という名の監視の目が、粛然と捉え続けているものだ。
「第17セカンダリ・ベースが管理する、ありとあらゆる情報が、この中央司令室に集積されているのです」
司令官とは、すべての情報を集約し、分析し、全兵器の運用を決定する役割である。
そう、ネオンは俺に語った。
「そして、中心部のあの椅子こそが、あなたの座るべき司令官席です」
ネオンに促され、俺は椅子へと腰掛ける。
すると、椅子の周囲に、いくつもの立体映像の画面が起動した。
「軍事情報を一元管理している基幹プログラム【EIDOS】のコンソール画面です。必要な情報を瞬時に表示、分析できるほか、基地内外の全保有戦力にアクセスできます。使用方法は後日レクチャーしますので、今は端によけておいてください」
ネオンは、手で押しのけるような動作で、宙空に表示された画面を横に移動させた。
実体を持たない映像なのに、まるで物理的にそこにあるかのようなギミックだ。
きっと、人間が直感的に使いやすいように、という配慮なのだろう。
しかし、利便性という意味だけでは決してあるまい。
軍用の兵器や道具において、操作の複雑さを無くしておくことは、有事に際した緊急にして緊張の状況下、つまりは極限のストレス状況下で用いられるという観点において、およそ必須だと言っていい。
「モーション・センサーによって、ジェスチャーやハンドシグナル、それに視線で操作できます。音声入力にも対応していますが、こちらの操作には生体ナノマシンの機能が必要です」
EIDOSへの命令と、オペレーターたちへの指示が混同してしまわないよう、音声入力の際にはナノマシンで一緒に信号を出しておく必要があるのだとか、なんとか。
オペレーターというのが何をする人たちなのかは知らないけれど、この下にある座席について、仕事をする人たちのことなんだろうと理解しておいた。
「では司令官。目的の兵器を起動させてしまいましょう」
「よし、いつもの承認手続きの時間だな」
「はい。ですが今回は、これまでとは若干プロセスが異なります」
そう。
俺たちがセカンダリ・ベースに戻ってきたのは、ここでしかできない承認手続きを行う必要があるからだった。
ネオンは、EIDOSの画面を指も触れずに操作すると、正面に大きな立体映像を表示させた。
何かの一覧表、おそらくは兵器の名称が、グループ分けされ、列挙されているらしかった。
「簡潔に説明させていただきます。基地の兵器には、すべて個別に【兵装ランク】というものが設定されています」
その兵器の種類、性質、攻撃能力、果ては製造運用のコストなどによって、5段階にランク分けされているそうだ。
「一番上がSランク、その下にAからDランクと続きます。司令官がこれまでにご覧になられた兵器ですと、ゴルゴーンやヴェストファールはBランク、アミュレットはDランクに該当します」
ちなみに、金鉱に大穴を開けたガレイトール掘削機は、兵器ではなく重機なので、この兵装ランクというものには分類されないらしい。
「Bランクまでの兵器であれば、基地の外でも、また、司令官以下の一部上位階級の者でも起動承認が可能です。ですが、Aランク以上の兵器は、有事の際を除いて、原則基地内での事前承認が必要です」
今回必要となる兵器は、まさにそのAランク。
現在はまだ戦時中ではないので、この司令室で俺が承認しないと使用できない決まりであるそうだ。
「申請者、管制AI:NEoN。申請内容、【バル=カトレークス】の起動承認。任務内容とオプション兵装に関しては、別添のファイルに詳細」
ネオンの言葉にあわせて、俺の目の前に立体映像の球体が現れる。
形や大きさはいつものと同じだけど、色が青じゃなくて黄色だった。
いつもとプロセスが違うから、ってことなんだろう。
「承認する」
球体は、光の粒子になって消えていった。
無事に承認手続きが完了したようだ。
「これで、いいのかな?」
本当は、任務内容とやらのファイルを見てから承認しないといけないんだろう。
でもたぶん、今の俺が見たってわからない。
落ち着いたら、ここの兵器とか、専門用語とか、あとはこのEIDOSって画面の使い方とか、色々と勉強しないとなあ。
「ありがとうございます、司令官。では、シルヴィの待つ格納庫に戻りましょう」




