27_18_信頼の表裏
「……ってことだそうだけど、どうする?」
アイシャさんとの通信を終えた俺は、ネオンとシルヴィの意向……という名の決定事項を確認した。
「向かいましょう。せっかくお膳立てが整っているのですから」
『そうよ。アタシたちの行動を読んだうえでの「是非お願いします」なんだから、迷うことはないじゃない』
「あれ? ふたりとも乗り気なんだ」
行くのは当然、確定している。
だけど、ふたりの反応は正直、俺の目には意外に映った。
「てっきり、いいように利用されてる、とかって警戒するのかと思ってた」
たとえ相手が協力関係の間柄でも、そういうドライな対応をするのがこのふたりだと、そんなイメージが強かったけど。
「もちろん、そういった〝悪い見方〟も、戦略上の視点としては必要かつ重要です。ですが、シスター・アイシャも我々との関係を拗れさせたいとは考えていないはず。先程も、やや焚き付けるような雰囲気こそありましたが、それでも〝我々への情報提供〟という体裁は崩していません」
これはその通り。
誘導っぽくはあったけど、「行くかどうかは俺たち次第、もし行くならば協力を惜しまない」……というのが、アイシャさんの示しているスタンスである。
これに対し……というか呼応し、「であれば行こう、さあ行こう」というのが、ネオンとシルヴィの言い分なのである。
『思惑なんてお互い様でしょ? それに、あのシスターさんにしたら、アタシたちは体よく難民を保護してくれる優良な受入先。罠に嵌めてもメリットは無いし、機嫌を損ねたくもない。こっちに利益がないような提案は、そもそもできないわ』
「ロジックとして、俺たちにマイナスやゼロはありえない、ってことか」
「他に打開策がない、という側面もありそうですね。ラクドレリス帝国軍がジラトーム国に駐留し続けている現状、彼女の言う現地の協力者も、自由に身動きを取れないのでしょう。下手に協力者を動かして敵の警戒を生むよりも、潜入工作に実績ある我々を頼るのは、理に適った判断かと」
「実績、ねえ」
確かに実績なんだよなあ……
教皇様のお住いに隠密潜入なんていう無茶苦茶を成功させちゃったのは。
「まあ、アイシャさんのことだし、また裏で大勢の人を助けるみたいな計略が練ってあったりするのかな」
というか、間違いなくそういう話が隠れてる。
アイシャさんが策謀を巡らせるのは、必ず、誰かを救うためなのだから。
「苦労はさせられるのかもしれないけど、悪いことにはならないだろうし、うん、誰かを助ける結果に繋がるなら、やってみて損はないか」
などど、自分なりにも納得してみたところ、シルヴィのドローンが何か言いたげにふわふわと飛んできた。
というか、普通に言ってきた。
『アンタはもうちょっと、疑問とか警戒とかを覚えてもいいんじゃない? そこまで読めててそのセリフって、味方に寝首を掻かれちゃう人間の思考パターンよ』
露骨に呆れ声を出すシルヴィ。
面と向かって、そこそこひどいことを言ってくれる。
「いや、でもほら、色々と知ってるわけでさ。アイシャさんの人柄とか、やってきたこととか。アイアトン司教からも、昔の話を聞いてるし」
彼女の信念、困っている人を救済したいっていう強い意思には、疑いを挟む余地なんかない。
『訂正。アンタって、アレだわ。時代が時代なら、身の上話をしてきた女にお金を渡して、途端に音信不通にされちゃうタイプ』
「なかなかひどいこと言ってるよね!?」
わからないけど、たぶんそうに違いない。
と、ネオンのほうも、こんなことを。
「そちらもですが、ご自身がジラトームに向かうという状況についても、まずは疑問を持たれたほうがよろしいかと」
「え、そう? 現地の人とコンタクトするなら、同じ現文明の人間がいるほうがいいんじゃないの? アイシャさんの協力者とも会うことになりそうだし、無人兵器だけだと不都合のほうが多いだろ? この文明の技術と異質である以上、ドローンは隠密行動以外を封じられてることになるんだから」
俺がこう言うと、なぜだろう?
心なしかネオンが、虚を突かれたみたいな感じになったような?
「そりゃあ、アレイウォスプとかアレイマウスとか、こっそり調べるのに便利なドローンがいっぱいいるのはわかってる。けど、聖教国のときと違って、今回は明確な敵がいる」
向こうに駐留している帝国軍は、聖遺物兵器の捜索部隊。
つまり、異文明の技術について知見があるかもしれない部隊だ。
こちらのドローンが鹵獲されてしまうリスクは、実は結構高いはず。
「特に今は、宵瘴の驟雨の後半戦。神経過敏になってる人間も多いんだから、生物偽装のドローンだって、人の目に留まっちゃうのはよくないだろ」
敵の兵士だけじゃなく、ジラトームの住民たちも要注意だ。
今は人々が周囲の異変に、敏感に反応しちゃう時期と言えるのだから。
「やけにハチがいっぱい飛んでる……とか、ずいぶんネズミを多く見る……とか、町の人が変に宵瘴と関連付けちゃって、それを帝国軍の駐留部隊が怪しんで調べだしたら――って、えっと、ネオン?」
やっぱり、ネオンの反応がどこかおかしい。
いつもどおりのクール・ビューティー無表情……とみせかけて、絶妙にきょとんとしたを顔してるっぽい。
「な、何か変なこと言ってたか、俺?」
「いえ、すべて司令官のおっしゃる通りです。遠地のためDGTIAエネルギーの補給もできませんから、小型ドローンのみでの現地調査は推奨できません」
「そう、だよな。うん、いいんだよ、ね?」
ならば、なおも続いてるその表情って何さ?
「えと……どうかしたかな? ネオン」
「感服しておりました。正直に申し上げまして、司令官が自軍兵器の有用性のみならず、状況下における限界性をここまで認識できているとは、思い至っておりませんでした」
「……さいですか」
ネオンさんまで、ちょっとひどい。
嫌味じゃないぶん、シルヴィのよりもなおひどい。
『一応フォローしたげるわよ。すっごく昔にね、ネオンとアタシであるシミュレーションをやってたの。現文明の人間が、前文明の軍事兵器群を理解するにはどのくらいの時間がかかるのか……ってね。対象者が仮に軍人だったとして、必要最低レベルの感覚的な〝慣れ〟に到達するだけでも、1年やそこらじゃ効かないって結果が出ちゃってたわ』
科学も文化も、水準に大きな差のつく現文明と前文明。
その差は、人間の知識や価値観の大幅な違いに直結し、理解の大きな障壁となる。
『だから、アンタに本格的な戦術戦略を学んでもらうのは、体にナノマシンの耐性がついてからにしようかって、そういう相談を前からネオンとしてたのよね』
「ナノマシンには、大量の知識を人体に短時間で学習させる機能も備わっています。情報を一瞬で脳に読み取らせ形式知として習得させられるほか、技能プログラム・データを擬似的な暗黙知として体得させることも可能です。後者の場合は、肉体や神経伝達系の強化や補助も同時に実行します」
「へ、へえ……」
他に、ナノマシンの体内ネットワークを別の人のネットワークと繋げる情報通信システムとしても利用でき、そのネットワークでセカンダリ・ベースのサーバーにアクセスして、必要な時に必要な情報や技能プログラムをダウンロードすることもできる……とかいう、どういうこっちゃなこともネオンは言っていた。
「えっと……要するに、ナノマシンを使って覚えるほうが効率的ってこと、かな?」
「はい。ですが司令官は、我々の事前の予想を覆し、前文明の兵器について運用の前提条件を、おそらく感覚的にとはいえ理解するに至れています。文明間に相当の隔たりがあるにもかかわらずのこの結果は、司令官の思考柔軟性と適応力が極めて優れていると評価できるでしょう」
おお、珍しくネオンに褒められてるぞ。
『要するに、アンタも様になってきた、ってことよ』
シルヴィからもだ。
結構嬉しいぞ、これ。
「ま、まあ、俺って状況を受け入れて適応する能力だけは高いらしいし」
嬉しいけど、あまり調子に乗らないよう、ちょっと謙遜。
こういうところで慢心してると、それこそ……ん?
誰に言われたんだっけ? これ?
(いや、まあいいか。ひとまず悪い気はしないし、うんうん)
などと、しっかり悦には浸っていたところ、
「ですが、それとご自身の安全や内在リスクを顧みないことは、全く別のお話です」
あれ? そっちの話に戻ってきちゃうの?
「いや、でもさ、結論的なところが当たってたなら……」
「それはそれで、これはこれです」
いくら相手が知り合いでも、兵士たるもの警戒心は忘れるな。
リスクの多寡を理解のうえで、リターンと天秤にかけろ。
それは重々わかってるけど、ねえ。
「とは言うけどさ……もしも俺が嫌だって言ってても、ふたりは連れて行くんだろ?」
『そりゃあ、もちろん』
「司令官のおっしゃった通り、調査の過程で、現地人と話をする必要も生じるでしょう。当然、余所者と認識されますから、怪しまれる要素は極力減らさねばなりません」
表向きには旅人として振る舞いながら、裏ではこっそり調査を行う。
そういう立ち回りが求められるのが、今回の作戦である。
「司令官は、こうした潜入工作を聖教国で予習済みですから」
『だいたいアンタは、嫌だなんて言わないじゃない。絶対に』
「……まあ、適任だって自分でも思ってるよ」
リスクを考慮したところで、他に動かせる人員がいるじゃなし。
結局ここでも、それはそれで、これはこれなのだ。
それに、お飾りで街のトップに収まってるより、よっぽど俺に合ってる気もするし。
「そういうことなら、じゃあ、いつ向かう?」
この流れだと、今すぐに……なんて言われるのかと思ったけど。
「出発は明日の早朝といたしましょう。今朝方に説明を差し上げました記憶データの分析作業も、それまでには完了が見込まれますから」
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