27_17_お膳立ては完璧です
アイシャさんからの通信は、こんな言葉から始まった。
『まずは、連絡が空いてしまいましたことをお詫びいたしますわ。聖教国周辺の帝国軍が撤退したことで、〝現地〟にも何が変化があったのではと、状況を確認していたものですから』
「いや、それは別に。俺たちもそこそこ忙しかったしさ」
とりあえずは、建前のほうを述べてとぼけておく。
「でも、『現地』ってことは、ラスティオ村の……例の聖遺物についての話、なのかな?」
が、尋ねないのも不自然なので、さらっとした感じで聞いてみた。
それに対する返答が、さっきのこれだった。
『その通りですわ。そして同時にお願いでもあるのですが……叶うなら、ぜひあなた方のお力で、現地の聖遺物を探していただきたく』
「俺たちに?」
不思議とアイシャさんは、積極的にこちらに情報を渡そうとしている。
以前は言いたくなさそうだったのに……といっても、あの時はまだ、直接会ってすらいない頃だったけど。
『セラサリスさんから聞いて驚いていたところですわ。まさかラクドレリス帝国が、聖遺物をすでに兵器として用いていただなんて』
不思議どころじゃ済まない発言も出てきたぞ。
「アイシャさん、聖遺物に軍事利用できるものがあるって、知ってたの?」
『私が……といいますより、そういう仮説が以前から存在していた、ということですわ』
〝聖遺物には武器や兵器にあたるものがあるはずだ〟
昔から、一部の神学者や聖職者によって、このような説が唱えられていたという。
メレアリアス神話の記述を、聖教会に残る古い文献などと照らし合わせると、その可能性が高いと考えるのが妥当なのだと。
『内容が内容だけに、通説とはなっていませんけれど、研究者の間ではそこそこの支持を集める学説となっていますわね』
「そういえば、神話のなかの何節かが戦争や紛争を示唆してるって解釈もできる……とかいうのを、昔聞いたことがあったかな」
まだ、じいちゃんが生きていた頃。
家を尋ねてきた神父さんとか教会関係者の人が、そういう話をじいちゃんとしてたのを、朧げにだけど覚えている。
『あら、本当ですの? これ、相当にセンシティブな問題ですから、公に声を大にして言う人は多くありませんのよ』
「あー、やっぱり? 結構深刻そうな顔してたんだよね、じいちゃんたち」
俺から〝じいちゃん〟という言葉が出たことで、アイシャさんはある種の納得を口にした。
『ベイルさんのおじいさん……教皇様のご戦友でしたわね。であれば、確かにそういう話をする機会も、多くあったかも知れませんわ』
まあ、これは俺もそう思う。
教会の人がじいちゃんに会いに来たり、反対に会いに行ったりしてたのって、実は教皇様繋がりだったっぽいのが、教皇様本人の口から明かされてるし。
『お話しを戻しますわね。ラスティオ村にあると思しき聖遺物。これが兵器利用できるものかどうかは、正味のところ、こちらでは掴めておりませんの。ただ、前提として、とても大きなものだという予想をしていますわ』
「予想? 実際には見ていないの?」
尋ねはしたけど、これは半分演技みたいなもの。
目に見えて聖遺物だとわかるオブジェクトがあったのなら、村人たちの記憶にもしっかり残っているはずであり、俺たちが把握できてないのはおかしいってことになる。
『発端からお話ししましょう。ベイルさんも、ジラトームが宝石鉱山の国だということは、よくご存知ですわね?』
「【ジラトーム・ジュエル】でしょ。有名だからね。色んな意味で」
ジラトーム国の特産品である、希少な宝石類。
ジラトーム・ジュエルとも呼ばれるそれらは、その高価さもさることながら、隣国の軍事侵攻を止め続けている優秀な貢物としても知名度を有している。
果たしてそれが、名誉であるのか不名誉なのかはさておいて。
『もう1年近くも前のことですわ。ジラトームでは国が主導する形で、新たな鉱山の開発に着手することになりましたの』
「その場所が、ラスティオ村の?」
『ええ。とても近くだったそうですわ』
場所の選定自体は、至って普通に決められた。
既存の鉱山の地層の伸び具合から、それが続く方向や深さを予測して、未発見の宝石鉱脈を掘り当てようという従来の手法だったそう。
『ご想像もつくかとは思いますけれど、鉱山というのはいきなり採掘というわけにはいきませんの。探鉱のための試掘をしなければなりませんし、更にその前段階もありまして』
前段階、つまり、地形や地質の調査確認などを行うべく、国の役人や熟練の鉱夫たちが、調査団として当該地点に派遣された。
当然ながら、調査は相応の日数を要することになる。
そこで、彼らの調査拠点かつ宿泊場所として選ばれたのが、調査地点から一番近くの小さな集落、ラスティオ村。
調査団は予定通りに村を訪れ、そのときに、ちょっとした出来事があったという。
『現地に赴いた方々のお話しですと、調査の過程で、試掘というほどの規模ではありませんけれど、小さな穴を掘ったりもしたそうですわ』
「じゃあ、その穴の中から聖遺物が?」
『いいえ、そうではありませんの。それでしたら、帝国の教会支部から、すぐにヴィリンテルに詳細な報告が送られていましたわ』
言われてみれば、これもさっきの理屈と同じだ。
穴なんていうわかりやすい目印があったら、俺たちどころか帝国軍だって、村人を追うまでもなく聖遺物を見つけていたはずである。
『起こったのは、本当に些細な出来事。その掘削作業を行うに際して、村人たちの一部から、反対意見のようなものが上がったそうですわ』
それは主に、高齢の村人たちから寄せられた声だったという。
『大地に穴を開けてはならない、地下には恐ろしい怪物が眠っている……そんなふうな訴えがあったということですわ』
「怪物……」
否応なしに、鋼鉄の狼の姿が頭をよぎった。
そして、もうひとつ思い出す。
「それって、ラスティオ村の古い民間伝承のこと?」
『あら、ご存知でしたのね』
足の下に、それはもう恐ろしいモノが潜んでいる……ラスティオ村のお年寄りが言っていたことだ。
『もっと正確に申し上げますと、ラスティオ村も含めた辺境地域、つまりジラトームの西端部を中心に根付いていた古い土着の信仰ですの。今となっては……まあ、ちょっとした昔話として、言い伝えられているくらいですけれど』
言葉を濁したアイシャさん。
聖教会のシスターの立場で、異教の信仰が残っていることを認めるのは、やっぱりちょっとまずいらしい。
『役人たちも始めのうちは、やんわりとあしらっていたそうですの。お年寄りの話を聞くだけ聞いてあげはして、それでも、結論を変える気はなかったと』
「まあ、そうだよね。自国の存続が懸かってる一大国家プロジェクトなんだから」
ジラトームにおける宝石採掘の目的は、金銭的な収益だけではない。
お隣の軍事大国にして侵略国家、ラクドレリス帝国へと貢いで、ご機嫌を取って、軍事侵攻をストップさせ続けるための最優先外交政策。
地元住民の反対があったとて、その住民も含めた国民たちの生存には替えられない。
『ですが、ここで不可思議なことが起こりましたの。他の近隣の村々からも、老人たちが、まるで判を押したように、大地を掘り返してはならないと言って、次々にラスティオ村まで陳情しに来たそうでして』
「『ちょっとした昔話』にしては仰々しい……いや、物々しい事態になってるね」
ジラトームの西端地域ということは、彼らはすなわち、ラクドレリス帝国との国境に限りなく近い村々の人間。
言い換えれば、大戦直後の軍事侵攻で踏みにじられた地域の住人たちである。
今も帝国によって自分たちの安寧が脅かされていることは、いかに辺境の村の居住者といえど百も承知であったはず。
無論、その抑止のためにジラトーム・ジュエルの採掘が必要だということだって、重々理解していたはずだ。
「でもさ。その話も、直接的に聖遺物に結びつくんじゃないんでしょ?」
不可思議は不可思議だけど、アイシャさんが今言ったのは、ラスティオ村の人たちが経験している過去の出来事。
であれば当然、ネオンとシルヴィも把握しているデータということになる。
だけど、ふたりはこの情報から、聖遺物の存在を導き出すには至らなかった。
『その通りですわ。調査のほうも多少の滞りを見せた程度で、ほとんど予定通りに進捗したというお話しですわ』
結局のところ陳情は、偏屈な辺境住人たちの取るに足らない戯言だとして、反対運動とすら受け止めてもらえなかったという。
『ただ、その調査の結果が、どういうルートを通じてか、ラクドレリス帝国へと漏れ伝わったと、確かな筋から連絡が入りましたの』
「帝国に? それって、今の話の内容も含めて?」
『はい。おそらくですけれど』
調査結果がどういう内容だったのか、それはアイシャさんも知らないことらしい。
けれど、その情報を帝国軍はどう解釈したのか、ジラトームの西端地域に、軍隊を強引に越境派遣させるに至った。
そして、ラスティオ村を占拠した。
『そこにどういった理屈や論法があったのかは、私にも判っていませんわ。ですが……』
「でも、帝国軍が動き出すに足る理由になった」
それも、その場所には聖遺物兵器が眠っているという判断が為されて……そう考えるのが、最も妥当なはずだ。
『現地の協力者からの情報もお伝えいたしますわ。今現在、ラスティオ村に押し入った帝国軍部隊は、近隣の村々を事実上占拠すると同時に、東のタパンの町に拠点を構える形で、一部部隊を駐留させているそうですの』
もともと帝国軍は、ジラトーム国に軍事拠点を設けていた。
かつての軍事侵攻の名残であり、それが完全に停まって以降は、兵士数が減ることはあっても増えることはなかったという。
だが今回、帝国は新たに村々を占拠して、新たに部隊を留まらせた。
あいつらは、今も聖遺物を探している。
「そういうことなら、調べてみないわけにはいかないな」
これはある意味、俺たちにとっての予定調和。
けれど、通信機の向こう側でも、『ふふっ』と微笑みを漏らす声。
『そうおっしゃると思いまして、すでに現地の協力者に宛てて伝書鷹を放っておきましたわ。あなたがたのことを記した文書を持たせておきましたから、サポートしてくださるはずですわよ』
アイシャさん、手際がいいっていうか、これって……
「……もしかしてさ、アイシャさん。俺たちが勝手に行こうとしてるの、気づいてた?」
『さあ、どうでしょう』
白々しさ満点で、彼女はまたも微笑みの声を通信機から送ってきた。
『ただ、貴族のふりをして聖教国に潜入してしまうほどの胆力と行動力を持つ方々ならば、帝国軍が聖遺物兵器を狙っていると知りながら、大人しくしているはずがないとは思っていましたわ』
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<ヴィリンテル聖教国 リーンベル教会>
ベイルとの通信を終えたアイシャは、指輪型の通信機を机の引き出しの奥底にしまうと、部屋を出て、礼拝堂へと向かった。
そこで独り待っていた、パイプオルガンの椅子に腰掛ける、金色の髪の少女へと語りかけるために。
「これで、本当によろしくて? セラサリスさん」
不安が滲んだその声は、人気のない広い礼拝堂にやけに響いた。
「ベイルさんたちを、見方によっては利用する形に……なってしまいますけれど……」
問われたセラサリスは、穏やかな笑顔を浮かべながら、美しい金色の髪を横に揺らした。
「ご主人様、理解ある人。大丈夫」




