27_16_ジラトーム国潜入作戦
「どうされました、司令官? 寝起きが優れないご様子ですが」
「……なんか、起きてからずっと体がだるくてだるくて」
朝、よろよろと起床した俺は、挨拶したネオンから、そんな心配を返されていた。
目が覚めてから、とにかく頭がすっきりしないし、体全体が気だるい感じでなんか重い。
「昨日、夢見がすごく悪かったみたいでさ。そのせいかなぁ?」
夢の内容はちっとも覚えてないんだけど、なんでだか、そんな感覚だけが残ってる。
「体に不調をきたすほどの悪夢ですか?」
「いや、悪夢だったのかすら定かじゃないんだ。誰かと何か、小難しい話をしていたような……それとも、激動の戦いを繰り広げてでもいたような……」
自分で言ってて、支離滅裂だなあ……
と、向こうからシルヴィの操るドローンがふわりふわりと飛んできた。
いつものやつとは形が違って、サイズもちょっと大きめのものだ。
ドローンは俺の近くまで寄って来ると、体のまわりをぐるりと一周した。
『チェックしてみたけど、各種バイタルの数値は健康の範囲内よ。病気とか怪我じゃなさそうね』
どうやらこのドローン、人体の健康状態を診断できるタイプだったらしい。
「じゃあ、例の拒絶反応ってやつかな? 俺の体がナノマシンに適応しきれてないっていう、あの」
「それは有り得ません、司令官。システム・エラーは発生していませんし、そもそも司令官の体内のナノマシンは、ほとんどの機能を休止させている状態ですから」
ネオンによれば、俺の身体の適応が不十分とはいえ、ナノマシンの誤作動とかは考えられないとのことだ。
適応できてないならないなりに、適度に稼働するよう調整が施されているのだとか。
『ナノマシンのログにも、異常は検知されてないわね』
「CAFFsのシステムでも司令官のバイタルや脳波は常時チェックしていましたが、それらしい数値の変動は見て取れませんでした。昨晩から早朝にかけての寝室の映像記録を見返しても、うなされている素振りはございません」
そうなのか。
ううむ、謎だ。
『体っていうより、心に疲れが溜まってるんじゃない? ここのところ、無理と無茶のオンパレードだったんだし』
「……まあ、聖教国から帰ってきて、そんなに日も経ってないけどさ」
けど、それを言うなら、もっと前から無理して無茶してを繰り返してるしなあ。
それこそ、ふたりに出会った日からずうっと。
それなりに慣れてきたって、自分では思ってたんだけど……ねえ?
『そもそもアンタは新人類。ナノマシンに対して危険なほどの拒絶反応がでない体質なんだから』
「なりかけの中途半端、らしいけどな」
しかし、専用の薬も定期的に投与されている現状、体が感じとれるほどの反応は起こらないとシルヴィは繰り返す。
「シルヴィも申し上げているとおり、やはり精神的な疲労ではないでしょうか。これまでの激動の経験で蓄積されたストレスが、夢という記憶の整理システムを通して表面化した、ということかもしれません」
ネオンにもそれっぽくまとめられ、俺も「そういうことなのかな」と納得する。
『でも、妙っていえば妙よね。本人が思い出せないってのはともかく、アタシたちが観測できてないなんて』
「起床後も尾を引くほどの悪夢であれば、その時間帯の脳波に通常とは違う昂ぶりが見られそうなものですが……」
むしろ、話をまとめたネオンとシルヴィのほうが、どうにも納得いってないご様子。
このふたりが悩み合う様子ってのも、なかなか珍しい光景だ。
「これを機に、設備とシステムの大規模点検を実施してみてもよいかもしれませんね」
『えー? 壊れるには早いわよ。まだ建てたばかりじゃない、この庁舎』
「ですが、資材や機材は終焉戦争以前の備蓄品も多く使用しています。保存状態は良好でしたし、理論上は耐用年数の範囲内ですが、何らかの不具合が生じている可能性も考慮して――」
「いや、まあ、俺のほうは大丈夫だよ。ちょっとだるさがあるだけだから、朝飯食べたら治ってるって」
なんだか話が大きくなってきたのを察知した俺は、適度に切り上げ朝食へ。
実際お腹が空いてるし、後はほら、本当に大事だったとしても、ふたりがなんとかしてくれるしさ。
ということで、背中に冷たい視線を感じながらも、俺は楽天的に食堂へと向かった。
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「司令官、お食事中ですが、少々よろしでしょうか」
朝食を食べ始めてすぐ、ネオンが俺に、こんな断りを入れてきた。
パンを頬張りながら頷くと、すぐに俺の視線の先に、ホログラム・モニターの立体画像が投影された。
とある地域の地図だった。
「こちらのマップを御覧ください。これは、司令官もご存知の、ある国の地勢図です」
見覚えのある国境の形。
従軍予備学校時代に暗記させられた知識そのままだ。
だけど、俺はそれを見る前から、ネオンの意図が掴めていた。
「わかってる。ジラトーム国への潜入、だろ? 聖遺物を見つけるために」
ラクドレリス帝国の北東地域と隣接する国、ジラトーム国。
それが、この地図が表している国の名だ。
また、地図中の一箇所には、赤い光点でマッピングが為されている箇所がある。
ジラトーム国の西部に位置する辺境集落、ラスティオ村である。
「俺たちが聖教国潜入に至った、一番最初の、始まりの事象」
村人たちが握っているらしい秘密、聖遺物についての何らかの情報。
これを狙って、ラクドレリス帝国軍は盗賊退治の名目でジラトームの国境を侵犯、事実上の武力侵攻を行い、村人たちを捕らえようとした。
察したアイシャさんが動いたことで、巡り巡って俺たちは、テレーゼさんやマルカと出会うことになった。
「その通りです。そして、その聖遺物に関する何らかの情報については――」
「アイシャさんとの約束で、詳細を教えてもらえることになってる」
だが、聖教国から戻ってきてから今日までの間、俺たちはまだ、あえて彼女に問い合わせをしていない。
「まあ、理由はいくつか用意もしてるけど」
まずは建前。
ヴィリンテルから護送してきた、ジラトームの難民たちだ。
102名もの大所帯の彼らが俺たちの街に馴染んで生活が安定するまでは、ひとまずのところ猶予期間。
俺たちもサポートのために尽力してるから、聖遺物の件まで手を伸ばす余裕がない……ということにしている。
『ほんとは余裕ありありだけどね』
「そうだな。同郷の先達がいるのって大きいし、テレーゼさんも……って、昨日もしたっけ、この会話」
ともあれ、順調だけれどまだまだ手厚いサポートが必要で、俺たちも大忙しです……っていうのが、一応の建前。
そして、本音のほう。
これはふたつあって、まずはひとつ目。
「我々の都合よりも、難民の保護を優先する姿勢をシスター・アイシャに見せておく。このことには複数のメリットがあります」
すなわち、アイシャさんとの関係を保ち続けられると同時に、俺たちの当初からの目的のひとつ、戦争難民を受け入れて国家規模を拡大させていくことが容易になる。
「アイシャさんが逃がして匿った難民って、まだまだ大勢いるって話だしね」
「正確な規模は確認しておりませんが、彼女のことですから」
大勢の困窮者が、各地の教会などで保護されていると考えていいだろう。
「その全てを受け入れられることも直接的なメリットですが、各国への宣戦布告前に前例とモデルケースを作っておけることにも、特に大きな意義がございます」
「そうだよな。いざ戦争が始まってから難民受け入れっていっても、相手の拒否反応だって相当だろうし」
自分の国に攻め入ってきた外敵を、そう簡単に信用できるはずがない。
が、しかし、すでに保護され安定した生活を送っている人間たちがいればどうか。
今回実証されたように、難民たちの心象は大きく異なるはずだ。
それがたとえ、諦念や辛抱と呼ばれる類の感情であったとしても、だ。
「ですので、シスター・アイシャから無理に事情を聴取することはせず――」
「ああ。こっちで勝手に調べちゃおうってことだよな」
そして当然、アイシャさんから聞き出さないからと言って、ネオンが何も手を打たないはずがない。
これが本音のふたつ目にして、最大の理由だ。
「聖遺物が、前文明や前々文明の――高度な科学技術を誇りながらも滅亡した文明の遺留品であると判明した今、そして、我々に対する驚異的な兵器たり得ることが明らかとなった今、ラスティオ村の聖遺物について、早急な調査と全容解明が求められます」
特に、それがラクドレリス帝国の手に渡りかねない状況とわかっていながら、指を咥えて見ていることだけは絶対にできない。
「当該聖遺物の確保を目標に……あるいは、帝国軍からの強奪も視野に入れての行動も必要となるでしょう」
もしも帝国が、すでに聖遺物を発見していたとしたら、奇襲や強襲をしかけることも想定しておかねばならない。
それくらいに優先度合いが高いのだ。
「けど、そんな簡単に見つかるの?」
『そりゃあ、見つかるわよ。前提条件が明確になったんだもの』
鍵となるのは、やっぱり、ラスティオ村の人たちの記憶データだ。
聖教国に行く前の時点では、前提情報が足りていない、精査のための精査くらいしかできないと、そんなふうにふたりは言っていた。
しかし、今は違う。
『これまでは、藁山の中の針探しだったけど』
「この度の聖教国潜入作戦によって、多くのヒントが得られました」
秘跡殿に入ったことで、俺たちは聖遺物と定義されるものの正体を知った。
すなわち、前文明以前の科学技術の残滓、地下から発掘された〝遺留品〟であることを。
また、ラクドレリス帝国が欲している聖遺物がどういうものかも、あの〝狼〟との遭遇によって判明した。
すなわち、前々文明の遺した軍事兵器であることを。
「ここまで前提が出揃えば、記憶データからそれと思しき情報を抽出することも、充分に可能です」
「この前提だと……村人たちが見慣れてないものを探す感じ?」
『見慣れたものになっちゃってるケースも考慮しないといけないわよ』
もしも仮に、その〝遺留品〟が生まれたときから身近に存在してたとしたら、彼らにとっては当たり前にそこにある、もはや慣れ親しんだ物体となる。
小さな違和感すら覚えることはないだろうから、これはヒントになってくれない。
『でも、アタシたちが手に入れた手掛かりは、村人たちの視点とは全く別の、異なる角度からも見ることができるわ』
「聖遺物の実物を知れたことで、どのように出土したかの予測が立てられ、同時に、それをもとに帝国がどのように聖遺物を探すのかも、ある程度の推測が可能となりました」
入手した新たな鍵は、帝国軍が探し求める聖遺物兵器が、前文明ではなく前々文明の残留物であるということ。
複数個、複数種類を所持していたことから、帝国軍はそれらの探し方について、ある程度の知見やノウハウを持っているとも考えられる。
前文明において発見されていなかったにもかかわらず、だ。
『前文明がそれを発見できていなかったっていう事実。これをもとにして、当該地域の終焉戦争前の地理的要因とか、前文明の〝事情〟なんかとも照らし合わせる。そこに、今現在の地形や居住集落とかを加味すれば――』
「えっとシルヴィ、『事情』ってのは?」
遮っちゃったけど、こういうのは一応確認しておきたい。
齟齬とかすれ違いが生まれてたりすると、後々の任務に支障が出かねないし。
『前にネオンも言ってたでしょ。覚えてない?』
「今も地下資源が残存している理由ですよ、司令官」
「ああ、あの話? 前文明では資源を採掘ができなかった場所があるっていう」
高度な科学技術を有した前文明。
だというのに、今の現文明の時代まで、地中に手付かずの資源が残っている理由。
これに対する説明として、ネオンは、『その場所にすでに大都市が出来上がってしまっていた』ために採掘作業が不可能なケースがあると言い、また、『他にも、当時は国同士の権利の兼ね合いで開発できなかった地域や、宗教上の理由で立ち入れなかった区域など、技術面以外の問題で採掘不可能だった場所というのが数多く存在』したとも述べていた。
これが聖遺物の探索にも、ぴったり当てはめて考えられる。
「前文明において調査や採掘が許可されなかった地域。なおかつ、終焉戦争や自然現象によって地形や環境の変化が顕著なエリア。このように紐解いていきますと、場所については、ある程度までの絞り込みが可能です」
『あとは、ラスティオ村の人たちから取得してた記憶データを、そのエリアに関するものに限定して詳細に分析すれば』
聖遺物に関するなんらかの情報が、見つけられるはず。
「じゃあ、うまくいけば、ピンポイントで所在地を特定することも?」
「いえ、残念ながら、そこまでは難しいかと思われます」
トントン拍子かと思いきや、そう都合良くも行かないらしい。
「村人たちが明確な共通認識を……例えば、物や場所を崇拝対象化するなどして神聖視したり、反対に、忌み地として嫌悪感や違和感等を覚えていたのであれば、それを足掛かりに、我々も該当エリアを早期に絞り込めていました」
現に、あの村のお年寄りは、古くからの民間伝承らしきものを、おそらく口伝で受け継いでいた。
けれど、それがそのまま聖遺物のことであったなら、ネオンがとっくに記憶から手掛かりを掴めていたはずだった。
「対象となるのは、あくまで無意識下でさえ違和感を覚えない事象。すなわち、彼らにとってはいたく日常的普遍的で、なおかつ、特段に気にとめないような共通認識が形成されている、そんな物か場所です」
それを、別の人間の記憶データと、つまり、現文明の常識を知りつつも、彼らとは生活圏の違う人間の記憶データと対比して、微妙な感情の差を……朧げで微細な感覚の差が生じているところをピックアップし、分析、検証するのだという。
「……それ、結構大変じゃない?」
なお、対比に使うデータというのは、俺や、ケヴィンさんたちローテアド王国の特殊部隊員たちから取得していた記憶のほか、テレーゼさんやマルカたち、敬虔な聖教徒の感覚を持った人間から得た記憶も用いるという。
後者は対象が聖遺物である以上、必要不可欠と言っていい。
だがしかし、これら膨大な記憶データの比較と対照に、果たして、どれくらいの時間を要するのか。
「短時間では終わらないでしょう。記憶データのサンプル数も少ないですから、分析結果は明瞭な結論というよりも、予測や仮説の打ち立ての域に留まるかと」
「サンプルとしては少ないんだ……」
それでも、実際に現地を調査するにあたっての、事前の参考情報として大いに役立つとネオンは言う。
『ま、村人各人の記憶データのラベリングはしっかりやってあるし、明日の朝には何かしらの成果が出てるわよ。それを元に方針を立てて、どういうふうに現地入りするか考えましょ』
「あ、割と早く出るんだね、分析結果」
てっきり、数週間とか数ヶ月とか掛かるのかと思ったけど、そうでもなかった。
(ていうか、これって、たぶん……)
たぶん、ふたりはもっと前から分析を始めてて、新たに街に来た難民たちの記憶データも並行してラベリングしてて、それも含めた分析結果が出るのが明日くらい……ってことなんだろう。
(動くつもりは、街に戻ってきたときから満々だったんだろうなあ)
あるいは、樹海であの〝狼〟の聖遺物兵器を見たあのときから……かな?
だから、明日の朝には分析結果が出るであろうに、それより早く俺に状況を伝えたってことは、
(「心構えをしておけ」ってことだよな)
どんな方針が立てられるにせよ、現地に向かうのはやはり確定なのだ。
そうなれば、向こうにいる帝国軍とも――
(ま、いいや。期待しつつ、覚悟もしつつ、じっくりゆっくり待ってよう)
……なんて感じに、割と楽天的に構えていた、その矢先だった。
このやり取りから、わずかに1、2時間後のこと。
ラスティオ村の聖遺物について――
『叶うなら、ぜひあなた方のお力で、現地の聖遺物を探していただきたく』
――まさかの、アイシャさんのほうから、話を切り出してきたのである。




