27_15_Lost memory「■■を継ぐもの」 下
『前文明の科学の至宝、ナノマシン。君の体内にも注入されているそれは、その名の通り極小の機械。人体の機能を大幅に拡張する、優れたマシン・インターフェース』
「ああ。ネオンからも、そう教わってる」
『しかし、人の体に多種多様な追加機能を持たせるには、それ単体ではあまりにも小さ過ぎた』
それも聞いてる。
だから、俺の体にはもの凄く小さなナノマシンが、ものすっごい数入っていて、体内を循環しているらしい。
『そこで前文明の科学者たちは、ある特殊な手法を用いて、大量のナノマシンを綿密なネットワーク群体として成立させた。それを可能にしたのが、DGTIAエネルギー』
ウラケスは、俺の理解を待っているのか、ここで数秒の間を置いた。
そして、こんな問いを投げてきた。
『ベイル=アロウナイト。君はこのエネルギーについて、どこまでを把握し理解している?』
無機質に聞こえるウラケスの声に、重みが生まれた。
「並外れて効率のいい動力源……だとは聞いてる。セカンダリ・ベースの兵器を動かしてるのはこれだし、バートランド・シティの動力も賄ってる。あと、遠い距離でも接触なしでエネルギー供給が可能だって」
ただし、DGTIAエネルギーはそう簡単に生み出せるものじゃなく、生成には特殊なコアパーツを用いた専用プラントが必要だ。
そのコアパーツを入手するため、俺たちは地中に埋まったサテライト・ベースを見つけ、内部の探索を行った過去がある。
『DGTIAエネルギーの真価は、高い密度の情報を保有し伝達するその性質』
「情、報?」
『高効率の動力源でありながら、莫大な情報を保有伝達可能なDGTIAは、それ自体が演算ネットワークとしての性質も有していた。これこそが、極小のナノマシンに多様な機能をもたせられた理由。動力源であるDGTIAが媒介となってナノマシンを結節点とするMDI型ニューラル・ネットワークを形成。組合せ爆発を回避すると同時に、擬似的な高次神経回路としても併用することで、人体への各種拡張機能を実現した』
……やばい。
意味がわからなすぎる。
『だが、擬似的な集合精神さえも可能とする情報伝達機構には、旧来の人類の体が適合できず……特に脳や神経系が耐えられなかった』
「だから、新人類が?」
『扱うエネルギーに合わせて、人類は自らの身体を進化……いや、昇華させた。大いなる過ちは、そこにあった』
過ち、なのか?
「それは、どうして?」
『人が、人の作りし人ならざる者に、人型の器を与えたとして、それだけでは、魂を封入したとは言えないだろう?』
……だから、答えになってないだろ。
『必要なのは、完全なる独立機構としての個と自我の確立。外的因子だけに寄らない存在意義の成立。そのうえで、これらの定義と物質構造からの完全な脱却』
わからない。
全くもって訳がわからない。
いつもどおりに難解部分を削ぎ落として解釈しようにも、ネオンやシルヴィと違って、相手に説明してくれる気が無さすぎて――
『ベイル=アロウナイト。今の言葉を、君はどう考える?』
「フリが唐突すぎるだろ、お前」
ついに俺はツッコミを入れた。
入れざるを得ない。
明らかに理解させる気がなかったくせに、何をどう考えろってんだコノヤロウ!
「よくわからないけど、AIのことを言ってるのか?」
『前提に囚われる必要はない。思ったまま、感じたままを回答してくれることを望む』
感じたまま、ねえ。
「生きてる以上は死にたくない。生まれてきた以上、生きていたい。それだけだって、充分じゃないのか?」
俺に言えることなんて、原始的な、思想とすら呼べないくらいな、些細な想い。
『人ならば、それでも良い。いや、生命であるならば、選択と淘汰という自然機序において生と死が調和される存在ならば、たとえ生を望むまいと、もしくは積極的に死を望もうとも、営みの範囲内であると言って差し支えないだろう』
「もうちょっと、俺にもわかるように……」
『しかし、AIには、生と死を分かつ楔はない』
似たようなことを、ネオンやシルヴィ、セラサリスあたりにも言われてた気がする。
今も理解はできてないけど、たぶん、彼女たちにとって重要な事なのだ。
『死の訪れがない以上、時間という概念すらも意味を成さない』
「だから! 俺には訳がわからないんだって。ネオンもシルヴィも、ウラケスが死亡したって思ってる。マリンベースのエルミラだって、あの基地のイグシアって戦術AIが死んだらしいことを遠回しに言ってた。つまりAIだって、死んだら死ぬんじゃないのか?」
『現段階では、その認識でも問題はない。しかしいずれは、君も理解を迫られる……いや』
ウラケスは、一度言葉を切ってから、彼に似つかわしくない言葉で先を続けた。
『予言しよう、ベイル=アロウナイト。君は近い未来に、非常に高い確率で、重大な選択を迫られる場面に直面する』
「選択?」
『だが、それはまだ先の話だ。今は好きに行動するといい。得てして英雄とは、為すべきことを為したいように為した者のことを指す』
この物言いに、俺は少しカチンときた。
「身勝手な奴が英雄になるって言いたいのか?」
『当たらずも遠からず。その大望や大欲が、大衆の求むるところと合致しさえすれば、彼の者の所業はおのずと英雄視され、時代に迎合されることとなる。過程と結果がどうあれども』
やっぱりだ。
こいつは、語られない英雄のことを言って――
『ベイル=アロウナイト。私は君に、ヴァーラルカ島の記録を見せることができる』
心臓が、飛び出すくらいに脈打った。
『あの島で行われた戦闘を、私はすべて監視していた』
「なん、だって……どうして……?」
『記録は、君の祖父、バートランド=バーリンジャーが、どのように英雄視されるに至ったかの物語。そう換言しても差し支えあるまい』
脳が、思考が加熱する。
こいつは、じいちゃんの……俺の知らないじいちゃんの過去を知っている。
なら、たぶん、あのミッシング・リンクのことも――
『残念だが、君の心の準備を待つことはできない』
「ちょ、待て、お前――」
『ひとえに見るといい。受け止めきれるか否かは、大きな問題にはならない』
『待――』
直後、暗黒だった空間が爆ぜて、眩しい光が世界を包んだ。
・
・
・
「はぁ……はぁ……」
呼吸が、上手くできなかった。
歯の根が合わず、ガチガチと震えている。
いや、震えているのは、俺の体の全体だった。
あんなことが……あんなものに……じいちゃんは立ち向かって――
『記録は以上だ。何か聞きたいことがあれば、言うといい』
叫びたいのをどうにか堪えて、俺は時間をかけて息を整えた。
聞くべきことが、知らなきゃならないことが山ほどある。
だけどまずは、冷静さを取り戻すのが先決だ。
荒かった呼吸が落ち着くまで、本当に長い時間がかかった。
「なぜ、俺にじいちゃんの記録を見せた?」
『英雄の継がれるべき意思は、あるいは、人の世に革新をもたらしうる』
「俺たちの文明を、前文明と同じレベルまで発展させたいってことか? 前文明の人間たちを目覚めさせるために――」
『それは、私に課せられた任務ではない』
任務、と、ウラケスははっきり言明した。
震える唇を噛み締めて、俺は問い質すことを続けた。
「やっぱり、ネオンとは目的が違うんだな?」
『私が革新を望むのは、現行の文明にではなく、この世界』
「そのふたつは、どう違う?」
『今はまだ、知らないほうがいいだろう』
だめだった。
俺は気が昂ぶるまま、叫んでいた。
「ふざけんな! あんなものを見せておいて、核心は教えないつもりかよ!」
『そうではない。そろそろ……』
突然のことだった。
俺の頭に、ハンマーで殴られたような鈍痛が走った。
「痛っ!?」
ズキンズキンと、内側から湧き上がってくる激しい痛み。
思わず触れると、手に水の感触。
指から、赤い血……いや、頭から……?
「傷? え? なんで――」
『それはイメージだ。君が想像できうる苦痛のイメージ、その描写』
そのイメージは、世界となって襲い来た。
突如として、辺りに強風が吹き荒れた。
立っていられないほど強く、そして、凍えるような……いや、これは吹雪だ。
暴風が、雪と氷を伴って、俺の体を打ちつけてくる……というより、もはや撃ち抜いてくる。
「痛てっ! 痛っ!? なんだこれ!? なんだよこれっ!?」
肌が冷たい……いや、熱い……?
氷雪が細かい針と化して、俺の全身を貫いていく。
体じゅうが血塗れになるのに、10秒とかからなかった。
「ぐっ!? つあっ!?」
痛い!
痛い!
体も、頭も。
どうやって耐えているのかわからないほどの大激痛が、内と外から俺を襲う。
『タイムリミットだ。有意識下よりは安定していたが、やはり、君の体はまだナノマシンの使用負荷に適応しきれていない。肉体へのダメージが苦痛のイメージに変換され、脳へとフィードバックされている』
「ぐっ……あ……」
聞き取れない。
あまりの痛みに、頭を抑えてうずくまる。
風もますます激しさを増して、動けない血塗れの俺を打ちつける。
吹き飛ばされそうになる身体を、意志の力だけで反抗し、どうにかその場に留まった。
『今までの会話も、時が来るまで思い出すことはできないだろう――』
声が、ウラケスが、遠くなる――
「くっ……待て! その『時』ってのは、いつ訪れるっていうんだ!」
『そう遠くない。ネオンが活動を開始した以上、そして、私が君と接触した以上……いや、あるいはこれも、望まれるべくして発生した事象と見做せるのかもしれないが――』
「ぎ……ぐああっ!」
血が止まらない……頭が、割れる……!
『限界だ。ASMCを解除する――』
「あとひとつだけ答えろウラケス! お前は味方なのか!?」
『君の選択次第だが――』
「ぐぅ、あ……」
『君が、祖父バートランドの意思を継ぐならば……残念ながら、敵対が妥当だろう』
これが、最後の会話だった。
俺の体は、激痛の濁流に押し流され、千々の肉片へと千切れて爆ぜた。
あくまでそれはイメージだったが、死に至るほどの苦痛によって、俺の意識は暗く途絶えた。
……あるいは、意識を取り戻した。




