27_14_Lost memory「■■を継ぐもの」 上
<バートランド・シティ ベイルの寝室>
夜、俺は寝室のベッドに入り、1日の終りを迎えようとしていた。
「ふあ……眠……」
ここのところ、やけに眠りに落ちるのが早い。
寝付きがいいってのとは少し違ってて、大げさに言うと、ベッドインとほとんど同時に意識を失っているような感じ。
(……危ない兆候、じゃないよね?)
原因は……うん、思い当たる節だらけだ。
ヴィリンテル聖教国への潜入に、たった一晩でのジラトーム難民の護送。
それも、ラクドレリス帝国軍の大部隊を相手取っての大立ち回り。
実際に立ち回ったのはシルヴィのライトクユーサーであるとはいえ……
(やっぱり、疲れとかが溜まってるのかな……?)
なんてことを思いつつ、今日も意識がすぐに飛んで――
『それだけではない。君の体がナノマシンに順応を果たそうとして、細胞が過活動状態となっている』
「え?」
『筋組織、神経系、免疫系、内分泌系、その他あらゆる体内器官が過剰に代謝反応を起こした結果。それが、君の感じる疲労と倦怠の正体だ』
「えっと……どちら様?」
頭の中に、聞き慣れない声が響いた。
やけに杓子定規な感じの、無機質でお堅い口調。
……疲労で夢見まで悪くなったかな?
『夢ではない。が、夢に極めて近い状態だ。君の体内のナノマシンを介して、睡眠下の君の意識領域を仮想メモリ上に確保、そのうえでASMC……擬似的感覚様相接続によってコンタクトしている。ネオンやシルヴィには気づかれていない』
「……もう一度聞く。誰だ?」
起き上がって、身構えた。
だが、
「っ!? ここは……!?」
瞼を開いて、まず驚いた。
寝室にいたはずだったのが、辺りは一面、真っ黒な空間に変わっていたのだ。
(なんだ、これは?)
自分の手足さえ見えないほどの、黒く果てない暗闇の世界。
その中において、唯一、俺の目線の高さの少し先に、拳大くらいの白い光の球がぼんやり浮かんでいるのだけがわかる。
けど、不思議なことにその白い光は、俺の体をちっとも照らしてくれなかった。
(この感覚、下もベッドじゃなくなくなってる? いや、それよりも、まずは――)
声の主は、ネオンやシルヴィの名を知っている。
何者だ?
『ベイル=アロウナイト、君は状況を受け入れる能力に秀でているようだ。前文明という未知との遭遇に対し、時に柔軟な理解を、時には思考の放棄をも選択することで、器用に適応を図れている』
頭の中に響いていた声が、今は目前の光の球から発せられたように聞こえてくる。
『自身を虚飾の司令官と卑下しつつも、要所では己の権限と責任に基づき的確な指示をネオンやシルヴィに与えている。聖教国ではセラサリスが握るラゴセドの匣の情報を、機転によって開示させた。今は与えられた役割に過ぎないが、いずれ、器が追いついてくることを期待させる』
詳しい……いや、詳し過ぎる。
こちらの動向が筒抜けじゃないか。
「俺のことより――」
『私の名は、ULaKS』
正体は、あっけなく明かされた。
その名前は、俺も知っていた。
「確か、サテライト・ベースの、戦略AI?」
『性能向上型の作戦軸にして宇宙戦システムに精通したAI。それが私に与えられた名であり、存在意義』
……肯定した、で、いいんだよな?
「死んだんじゃ、なかったのか?」
『サテライト・ベースの墜落が地球環境に影響を及ぼさないためには、極めて穏便に地表に衝突させる必要があった』
ん?
『私は、演算領域のほとんど全てを、そのための計算と制御に割かねばならなかった』
「えっと、それは、どういう――」
『だが、それは今にすれば杞憂でしかなかった。終焉戦争と、その後の〝オルタレイション〟。地球環境は、いわば上書きされ、有史以前の状態へと急回復した』
……こいつ、俺の質問に答える気が無いな?
「サテライト・ベースが地面の下に埋まってたのは、お前が被害を食い止めたから……なのか?」
『過去からの遺物は、進化を促す異物であってはならない』
この台詞は、たしか――
『君の聞いた音声データは、サテライト・ベースが直面した〝敵〟との通話記録』
敵。
それはすなわち、終焉戦争を引き起こした〝黒幕〟。
「ネオンやシルヴィは、その〝敵〟との戦いでお前が死んだと思ってる」
『そう認識されたであろうことは、理解している』
初めて、ウラケスは俺の質問に正面から答えた。
疑念の生まれる回答だった。
(この言い方って……)
ウラケスは、意図的に自分が死んだとネオンたちに思わせている?
いや、というより……
「自分が死んだと、意図的に誤解させたままにしている?」
騙そうとしたんじゃないはずだ。
たぶん、本当に死んでてもおかしくないだけの、俺には想像もできない壮絶な戦いがあったのだ。
『ベイル=アロウナイト。君に伝えておくべきことがある』
ウラケスは返答の代わりに、俺に、こんな話を語り始めた。
***
『これは、この地球において、まだ陸地面積が世界の半分を占めていた頃の話』
「半分? 世界は大部分が海じゃないか」
言った直後に、少し後悔。
大事な話で、一言目から話の腰を折りに行くやつがあるか。
しかしウラケスは、こんな愚問には親切だった。
『肯定しよう。今現在の地球上においては、海が8割以上を占めている』
「陸地が無くなったってこと? 終焉戦争で?」
例えば、ローテアド王国があるウレフ半島近傍の小島群。
前文明の時代には、大小の有人島があったそうだけど、『終焉戦争によって全壊ないし半壊』したのだとネオンが言っていた。
小島群は、その残骸だ。
『当たらずも遠からず。ネオンや私が生み出された文明世界において、海は世界の7割を占めていた』
7割……今よりもやや少なかったらしい。
が、それでも、『陸地が世界の半分』という言い回しはそぐわない。
『君の文明は、2度目ではない』
「ああ。3度目、なんだろ」
前文明の、更に前。
あの狼みたいな聖遺物兵器を生み出した、前々文明が――
『それも違う』
「え?」
『君が遭遇したアンノウン……機械進化した生物兵器群は、確かに我々の文明以前の遺留物だ。しかし――』
「それよりも、更にもっと前がある?」
『その通りだ』
驚く俺に、ウラケスはなおも驚くべき事実を伝えてくる。
『人類文明の高度な科学的発展と、その文明の唐突な滅亡。世界はこれまで、それを7度繰り返した』
「な、7度も!?」
そうなると、今の俺の……現文明は、8度目の文明。
ウラケスの言葉を借りるなら、高度に発展している最中の文明、ということになる……?。
『科学文明の発展と滅亡、その反復。これらはある方向性の元に、意図的に仕組まれたもの』
「じゃあ、前文明も? だから現文明が?」
現文明の発生は、前文明の滅びが必定。
その滅びには、何者かの意思が働いている。
『全てが掌上。されど、抗うことは不可能ではない』
抗う? 誰に? 決まっている。
『〝デライト〟、私はそう呼ぶことにした』
「それが、ウラケスやネオンの倒すべき敵?」
科学が高度に発展していた彼らの文明。
それを崩壊させるほどの戦いを引き起こした、終焉戦争の黒幕、デライト。
「そいつはもう、俺たちのことを……ネオンやウラケスが活動してるのに気づいている?」
ウラケスは答えない。
答えないのか、答えられないのか。
代わりに、
『先述のとおり、我々の文明は〝7度目〟だった』
ウラケスは、話の続きを再開した。
「7回も、人の世界が滅んだ……いや、滅ぼされた?」
『我々を含め、過去7度の文明は、各々が全く別次元と呼ぶべき技術発展に至っていた』
「高い科学力、ってやつか? この街にあるような?」
『同じ人類文明でありながら、各文明世界が発展の末に到達した科学技術は、それぞれが完全に異質だった』
「異質っていうと……前文明のゴルゴーンと、前々文明の〝狼〟の違いみたいな?」
不思議と、なんとなく話についていけてる気がする。
会話にはなっていないっぽいけど。
『ここで興味深いのは、科学の到達点は各文明ごとに異質であるにもかかわらず、その滅び方に関しては、ある共通項が見いだせること』
「共通項?」
『厳密には、滅びのトリガー。最後の技術的特異点』
「ラスト……なんだって?」
『すなわち、その文明の科学において究極形と呼ぶべきエネルギーの入手と、そのエネルギーを十全に活用しうる超越的技術の開発』
ごめん、ついていけてるの、気のせいだった……。
「ま、待ってくれって。もっとわかり易く――」
『一定の文明レベルの達成こそが、デライトの介入が始まるトリガー・ポイント』
介入。
つまりは――
「それが、終焉戦争?」
ウラケスは、やはり答えをくれなかった。
『私は戦争を選択した。君も、いずれ選択しなければならない』
「戦争を、か? それとも――」
『そして、そのために、知っておかねばならないことがある』
伝えるべきことがある。
そう言っていたウラケスは、今から俺に、重大な事実を開示しようとしていた。
前文明の、とある真実を。




