1_01_届かない慟哭
「これより! ラクドレリス帝国従軍予備学校! 第148期生の配属先を発表する!」
石造りの重厚な大講堂に、軍の礼服を着た教官の声が響き渡った。
ここは、大陸最大の軍事国家、ラクドレリス帝国が誇る兵士の養成学校。
無骨な石壁に、長剣や騎兵槍、それに燧石銃が立てかけられた、いかにもな軍の施設然とした講堂に、俺たち卒業生が集められていた。
これで聞き納めとなるはずの鬼教官の声に、ずいぶんと喜んでいたのが、つい2時間ほど前のこと。
「――以上だ! 各員! 1週間以内に配属先の部隊に合流し! 立派に務めを果たしてこい!」
そして、混乱していたのが1時間50分前のこと。
「あの、教官?」
「何用だ! ベイル=アロウナイト!」
おずおずと手を上げた俺の耳を、威圧的な大声がつんざいた。
この学校の制服に身を包んだ俺の名は、ベイル=アロウナイト。
本日、従軍予備学校を卒業する予定の生徒、つまりは兵士見習いだ。
そして、目の前で怒鳴っているのは、日夜俺たちに実戦訓練をつけてくれていた鬼教官。
この教官、普段の会話から大絶叫でいちいち怖い。
訓練中なんて、罵声だけで人を殺せそうなくらいの怖ろしさで、正直、話しかけたくなんかない。
だけど、聞かないわけにはいかなかった。
「俺の名前って、呼ばれてませんでしたよね?」
「それがどうした!」
「えっと、俺の配属先は、まだ決まっていないってこと……なのでしょうか?」
教官の眦がキッとつり上がり、おれは条件反射でビクッと震えた。
「馬鹿を言うな! とっくに決まっている!」
怒鳴られながらもほっとする俺。
「では、どちらの隊に合流すればよいのでしょうか?」
「不要だ!」
……はい?
「貴様は! どこの隊にも! 配属しないことに決まっているのだ!」
配属。
しないことに。
決まっている……
嘘だろぉ!?
「ちょ、ちょっと待って下さい教官! 一体どうして!?」
「簡単だ! 貴様が! 軍人として不適格だからだ!」
本当に簡単に言ってのける教官。
しかし、到底納得なんてできっこない。
「今日までの1年間、俺、無茶苦茶苦しい訓練に耐えてきたんですよ!?」
来る日も来る日も剣を振るい、銃を撃ち抜き、何日も何日も走り続けて、這いつくばって、本当に血の滲む過酷な戦闘訓練を重ねてきた。
何人もの同期生が脱落していく中、俺は生き残り、こうして卒業の日を迎えたのだ。
「そうだ! 確かに貴様は耐えて生き残った!」
「だ、だったら――」
「だがそれだけだ! 乗り越えたのではなく耐えただけ! はっきり言って、貴様に兵士の適正はない! 中途半端に生き残り、敵地で捕虜になるのがオチだ!」
教官は、苛烈に俺の不要性を説いていく。
でも、俺だって引き下がれない。
「い、今更言われたって困ります!」
「貴様のような者を部隊には入れられん! 歯車がひとつ狂えば組織は瓦解する! 軍隊において瓦解とは、すなわち死と全滅を意味するのだ!」
「だからって、ここで解雇なんてあんまりです!」
「解雇ではない! なぜなら! 貴様は従軍予備学校を卒業できなかったのだからな! 軍による雇用は発生していない!」
なん、だって……?
「そんな無茶な! 座学も実習も、単位は全部取ったじゃないですか!?」
「言ったはずだ! 『それだけだ』と! 最終審議の結果、貴様に卒業資格は与えないこととなった!」
そんな横暴がまかり通るっていうのか。
それが帝国軍という組織だっていうのか。
ふざけやがって!
「わかりましたよ! 荷物をまとめて故郷に帰ればいいんでしょう!」
「いいや、それも許さん! 貴様の身柄は直ちに拘束される!」
教官の声と同時に、講堂の扉が勢い良く開いた。
なだれ込んできたのは、軍服を着こんだ屈強な男たち。
正規の帝国の兵士だった。
彼らは呆然としている俺を取り囲むと、冷然とマスケット銃を突きつけてきた。
「ど、どうして!?」
「貴様に帝国兵の適正はない! だが、我が校の訓練に耐える能力だけはある! 他国に亡命でもされれば、災厄の種になりかねん!」
「そんな理不尽な!」
俺の慟哭は、しかし、意にも介されることはなかった。
帝国兵たちは造作もなく俺を組み伏せると、強制的に牢屋へと連行した。
それが、1時間30分前のこと。
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そして、今。
「むー! むー!」
俺は猿轡を噛まされて、更には両手両足を桎梏で拘束され、帝国軍の特殊護送馬車で運ばれている。
この馬車は荷台が鉄板でできていて、戦地で囚えた捕虜や、犯罪を犯した者の運搬に使用される。
1年間、帝国のための兵士になろうと頑張ってきた俺は、犯罪者同然の扱いで、どこかに移送されていた。
「うるさいぞ、少し黙っていろ」
見張り窓が開いて、馭者の兵士が俺にツバを吐きかけた。
「こっちはお前なんかのために、危険地帯に行かなきゃならんのだ」
「むぐう! むぐう!」
危険地帯ってどういうことだ!?
出せない声で、俺は馭者に向かって問いかける。
「おいおい、そいつは教えちゃならんことだろうが」
別の声。
外にはもう一人兵士がいるらしい。
「構うかよ、どうせこいつは逃げられねえんだ」
最初の男が、卑しみの目で俺を見る。
「いいか、お前はこれから、魔神の神殿に供物として捧げられる。帝国軍でも最高機密の場所に行けるんだ。兵士冥利に尽きるってものだろ」
「おいおい、こいつは兵士になれなかっただろうが」
「おっと、そうだったな」
2人の兵士は、俺を見下して嘲け笑った。
「恨むなら、お前の中途半端な鈍臭さにしてくれよ」
この言葉に、俺は同期生たちの蔑みの目を思い出す。
連行されていく俺のことを、あいつらは、これまで苦楽を共にしてきたはずの仲間は、こう笑い飛ばした。
『もっと早くに脱落しとけば良かったのによ』
同情や憐憫なんて一切ない、ただただ、俺をこき下ろすだけの冷淡な言葉。
あまりの悔しさに、俺は馬車の中で、涙が枯れるまで泣き腫らした。
馬車は長い時間を走って、そして、ようやく動きを止めた。