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27_10_デュレンダール教皇の行動から読み解く、現文明の国家間情勢

 教皇様との通信は、毎回、優しい声色の挨拶から始まられる。


『やあ、ベイル君。昨日ぶりだね』

「こんにちは教皇様。いつもよりお早いですね」

『そうなんだよ。今日は公務に、ずいぶん早めに区切りがついたものでね』


 親しみを感じる口調でお話しになられる教皇様。

 俺は礼儀をわきまえつつも、同様に親しみを込めて挨拶を返した。


『本当だったら、日が落ちるまでは仕事が詰まっているのだけれど、職員の皆が引き受けてくれたものだから』


 日暮れまでは、まだまだ時間が残っている。

 けれど、今日はもう執務室を後にして、自室に戻って来ているという。


(やっぱり、体調が心配されてるんだろうな……)


 内心、察するところはある。

 声に乗ってしまわないよう、注意しないといけないな。


『しかし、こうなってしまうと夕食までやることがなくてね。もしよければ、また老人の昔話に付き合ってもらえないかね?』


 もちろんです、と、俺は明るく快諾する。

 こんな状況、10日前までは考えもしなかった。

 まさか、教皇様と毎日のように、通信機越しに会話することになるだなんて。


***


 発端は、だいたい1週間くらい前だった。

 俺たちが聖教国から戻ってきた、その2日後まで遡る。

 この日の朝、リーンベル教会に1羽の伝書鳩が、手紙を携え降り立った。


「んん? アイシャめ、もう何かをやり始めておるのか?」


 最初、鳩を見つけたアイアトン司教は、またアイシャさんが何事か暗躍しているものと思い込んだ。

 だが、これは彼女も知らない鳩だった。

 リーンベル教会で飼育している伝書鳩ではなかったのである。


「どっから迷い込んで来よったんじゃ? 足の通信筒の形を見るに、ヴィリンテルの鳩のようじゃが……」

「とりあえず、お手紙を読んでみましょうかねー」


 不審に思いつつ、まずは手紙を確認することに。

 しかし、書かれていたのは暗号文。

 古いタイプの暗号だったけど、これをアイシャさんが解読に成功。

 同時に、鳩の出どころについても、こちらはアイアトン司教が突き止めた。

 なんとこの鳩は、教皇様のお住まい、コロルゼア小宮殿から飛ばされたものだと判明したのだ。


「こりゃあいかんぞ! 直ちにお返しに参じねば!」

「あ、待ってくださいダニエルさん」

「鳩さん、お役目」


 司教は鳩が、なにかの間違いでリーンベルに舞い降りてしまったものと考え、慌てて返却に行こうとしたが、アイシャさんとセラサリスが食い止めた。

 解読した暗号文に、こんなことが書かれていたからだった。


『戦友ノ忘レ形見トノ、対話ヲ求ム』


 アイシャさんは俺たちにこの旨を、指輪型通信機を使ってすぐに伝達。

 相談の結果、教皇様にも通信機をお渡しすることに。

 そこで、バートランド・シティの場所を知っている伝書鷹テクトータに飛んできてもらい、指輪をヴィリンテル聖教国に送付したのである。


 アイシャさんから「受け取った」という旨の連絡をもらったのが5日前。

 その日のうちに教皇様に、鳩と一緒にお送りしたらしい。


 その結果が、これである。


***


『それでね。バートときたら、『このほうが効率がよかろう』などと言って、屁理屈じみた無茶を強引に通してしまってねえ』


 1日の公務を終えられた教皇様は、自室に戻られたその後に、指輪を取り出し、こちらと通信を繋ぐのが日課となっていた。

 主な会話は、俺のじいちゃんとの昔の思い出話。

 通信は、あちらに指輪が届けられた日から今日まで、1日でも日の空いた試しがなかった。


『あの時は困ったものだったよ……いや、孫の君に、あまり悪しざまに言うものではなかったね』

「いえ、わかります。話のネタには困らない人でしたから。じいちゃんは」


 ぶっちゃけ俺も、じいちゃんの結構な無茶に付き合わされてたクチである。

 だからだろうな。

 教皇様の思い出話を聞いてると、顔には自然、笑みが(あふ)れてきてしまう。


「じいちゃんって、自分が面倒なことは、ガーッと一気に済ませちゃう性分でしたよね。そのくせに、興味があることなら何時間でも掛けられちゃうので、(たち)が悪くて」

『そうだろう、そうだろう。バートの奴めは、伝書鳩での手紙でも、何往復ものやり取りを(うと)んじている節があった。送れる紙の量に限りがあるならばと、砂のように細かい文字で、嫌がらせのようにびっしりと――』

「あ、それ見てました。小さい紙に針とインクで、拡大鏡まで使って熱心に字を書き込んでましたけど、あれって……」

『まったくあやつめ。さも楽しげに記しておったのだろう。様子が目に浮かぶよ』


 そう言って、自身も楽しげに笑う教皇様。

 俺も俺で、生前のじいちゃんの姿が脳裏に浮かんで、ちょっと目頭が熱くなる。

 それに、今まで謎だったじいちゃんの行動の、その理由も少しわかってきた。


「え、じゃあ、あの時メトロフの教会にじいちゃんが出かけてたのって、教皇様からのご相談があったからだったんですか?」

『そう。あれは私からバートに頼んだことだった。ちょうどあの頃、帝国領はメトロフ地方で、古い貴重な文献が発見されたという噂が流れてね。だというのに、待てど暮らせど、教皇府まで報告があがってこなかった。それどころか、その文献がどこぞの貴族に密かに売られようとしているという情報が、まことしやかに聞こえてきた。帝国支部の誰がどこまで関わっているかが不透明だったものだから、外部の信頼できる人間に調査を依頼するしか手立てがなくてね』


 要するにじいちゃんは、教皇様の密偵みたいな役回りを、長年ずっとやっていたのだ。

 片足がうまく動かなかったのに、やけに色んな場所へと遠出してたのは、戦地で育んだ友情を大切にしていたからだった。


『ただ、バートはどうにも、やりすぎてしまうきらいがあった。探るところまででよかったというのに、その闇取引の現場を押さえて、関係していた人間を全員縛り上げてしまったのだから』

「うわ、じいちゃんならやりそう」

『まったく、自分の歳と不自由な足を自覚しろと、何度(たしな)めたことか。これで本人は、「教会と帝国の(うみ)を出してやったまでじゃ」などと飄々(ひょうひょう)と手紙に記してくるのだから。確かにあの件は、色々な人間に内密裡の処分が下ったものだよ』

「ははは……」


 ともすれば、当時の極秘情報なんじゃないかと疑われる話まで含まれていて、「これ、俺が聞いててホントにいいの?」なんて冷や汗をかかされることもしばしばだ。


「じいちゃんは他にもいろんなところに行ってましたけど、ああいうのって、全部教皇様の?」

『その通り。バートは私が為すべき様々なことに協力してくれた。君が赤ん坊だった頃は、さすがに断られていたがね。「目も手も離せん! 子どもは怪獣じゃー!」などという叫びが伝書鳩で送られてきたよ。だから私も援助を申し出たというのに、まったく、歳を取っても自分の意思を曲げぬこと曲げぬこと』


 にもかかわらず、話の中には、ふたりが出会ったかつての戦地、ヴァーラルカ島での出来事だけは、これまで一切出てきていない。

 亡き戦友への義理立てなのだろう。

 じいちゃんが死ぬまで(おれ)に隠し通した何らかの〝秘密〟について、教皇様の口から語られることはなさそうだった。


 ・

 ・

 ・


『おや、もうこんな時間か。時が経つのは早いものだね』


 小一時間ほど話したのち、教皇様は、今日の語らいの終わりを告げた。

 まだ夕食の時間には早いけど、やっぱり聖教の教皇様ともあろうお人が、そんなに暇なはずはない。

 公務以外にもやることがあるなか、合間を縫って、俺との会話時間を捻出していたのだ。


『済まないね。毎日毎日、君の時間を奪ってしまって』

「とんでもありません。じいちゃんの話が聞けるのは、俺も嬉しいです」


 本当に嬉しそうに聞こえたのだろう。

 通信機の向こう側からも、同様に嬉しげな笑い声が。


『到底語り尽くせぬよ。バートとは、それだけの時間を共に歩んできた。直接会うことは滅多になかったがね』

「え? お会いになっていたこともあったのですか?」

『君が生まれる前の話だよ。おいおいこれも、話してあげるとしよう。では、今日はこの辺りで、ね』


 そう言って教皇様は、名残惜しそうに通信を終了した。


***


「あー、緊張したぁ……」


 通信が切れたのと同時に、俺はデスクにべったり突っ伏した。

 いかに会話が楽しかろうと、相手は聖教会の頂点にして、聖教国のトップ。

 通信の後は毎回、気疲れがどっと押し寄せ、こんな感じにヘロヘロである。


「じいちゃんの話が聞けるのはありがたいけど、これ、ホントに毎日続けるの?」

『いいじゃない。これも外交よ、外交』


 楽しそうに笑ってるシルヴィ。

 完全に他人事である。

 行政長の仕事と言われれば、そりゃあそうかもしれないけど。


「ご気分を害される表現かもしれませんが、デュレンダール教皇は貴重な協力者であると同時に、極めて良質の情報源であるとも言えます。我々のデータベース上において、メレアリア聖教に関する情報の不足が否めませんから」

「あー、まあ、それは理解してるよ、一応」

『内部事情っぽいことまで、バンバン提供してくれるわよね。孫にお小遣い、みたいな感覚なのかしらね』

「お小遣い?」


 聞き慣れない言葉である。

 どうやら、現文明の時代水準では馴染(なじ)みのない概念らしい。


「それは知らないけど、孫ってのはちょっと違くない?」

『そう? 命を賭けあった戦友の忘れ形見なんて、本当の孫以上に可愛いがりたくなりそうなものでしょ?』


 いや、わかるけどさ。そうじゃなくって。


「もうちょっと、ちゃんとした理由みたいなのもありそうに思えるんだけど」


 理由っていうか、意図っていうか、思惑っていうか。

 人聞きは悪いかもだけど、そういう裏側の事情ってやつがありそうな気が、なんとなくながらしてしまう。

 この(おぼろ)げな疑問について、ネオンが上手く言語化してくれた。


「デュレンダール教皇の行動に政治戦略的な意味を見出すとすれば、聖教国の情報を提供することで、こちらの情報を得られる状況を作り出している……とは言えるでしょうか」


 俺がなんとなしに感じていたのは、まさにこれだ。

 思い出話がメインとはいえ、俺も一方的に聞き手に回ってるだけじゃない。

 話の流れもあるし、信頼関係的なところもあるしで、教えても支障がない範囲で現状なんかをちょっぴり程度に話したりしている。


「また、司令官との関係性を維持することで、最悪の事態を回避する意図があるとも受け取れます。踏み込んだ言葉を用いれば、我々に対する消極的な(・・・・)監視手段と抑止手段を確保した、とも」


 もちろん教皇様も、深く探りを入れてくるようなことはしない。

 だから、俺たちの目的に気づけているとは思えない。

 前文明の人類を復活させるために国家を樹立し、現文明の国々に戦争を仕掛けるだなんて、だいそれた目的を。

 けど。


「目的がわからないまでも、〝脅威〟だってことは明白だもんな」


 聖教国に正面から入国できてしまう偽装工作能力に、教皇邸の厳重な警備をこっそり突破してしまう隠密潜入能力。

 それだけでも充分に危ない集団なのに、よもや、ラクドレリス帝国の大軍勢を相手取って、見事に難民の移送を果たしてしまう軍事力だって持っている。

 本当なら野放しにするのもまずい危険組織……いや、超危険勢力だ。


「つまり、いざという時に手綱を……か」

『握れるかどうかはともかく、でしょうけどね。他にもまずい勢力は沢山いるもの』

「そうだな。神様の国の周囲に大規模な部隊展開をしちゃう、どこぞの帝国……とかな」


 かつての大陸間大戦争の終結直後、それまで同盟関係だった近隣国に、躊躇(ちゅうちょ)なく侵略戦争を仕掛けたラクドレリス帝国。

 新たな大戦争を起こしかねない危険な帝国主義国家への対抗手段に、俺たちがなりうると、そう考えている節もあるのかも。


「あるいは、すべての既存国家への対抗手段なのかもしれませんね。大陸最大宗教のトップともなれば、他にも国際規模の懸案事項を数多く抱えていて不思議はありませんから」

「……だよなあ。聖教の教皇様だもんなあ」


 国家と国家の関係性は、実に流動的で非予測的だ。

 それまで仲良く同盟を結んでいた国同士が、国際情勢の推移の中で突然関係が途切れたり、果ては、敵味方がそっくり入れ替わった……なんて奇怪な現象だってざらにある。

 そんな国々に、メレアリア聖教会は必ず支部を置いているから、国家間の外交関係に敏感にならざるを得ないのだ。


「無論、我々に対するリスクを軽視などしているはずがありません。ですが、デュレンダール教皇にとっては、〝戦友の孫〟という極めて親密な接点がある集団でもあります」


 権威や国益が思惑となって複雑化してしまった諸国家よりも、ある意味では頼りやすい軍事組織となりうる……そんな可能性が希望的楽天的ながら存在するのが、俺たちという集団なのである。


旗幟(きし)を鮮明にすることは避けつつも、しかし、友好関係は構築しておく。この判断と対応は、外交戦略的に間違っておりません」

「白黒はっきりさせないことにメリットがある……か。結局こっちも複雑だなあ」


 複雑で奇怪でややこしいからこそ、国と国との関係においては、常に最善を打ち続ける外交政策が求められる。

 最善を引き寄せる(・・・・・)外交戦略、という言い方もできるかもしれない。


「ですので司令官も、デュレンダール教皇から通信が入った際には、今までどおり友好的にお話しに応じてあげてください」

『変に(かしこ)まったりしないほうが、教皇様からは受けがいいわよ。きっとね』


 俺は思わず苦笑を漏らし、


「あんな雲の上の人と仲良く話をする間柄になっただなんて、なんの冗談が起きてるんだろうね」


 そんな俺に、シルヴィが微笑むような声でこう言ってくれた。


『堂々と誇ったらいいじゃない。アンタのおじいちゃんの人徳なんだから』





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