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27_09_狼の再動

<ラクドレリス帝国 城塞都市アケドア>


「おいブラッド。いつまで待機してりゃいいんだよ、俺らは」


 城塞都市アケドアの一角、とある大きな軍施設。

 中に設けられた応接室で、革張りのソファにふんぞりかえったデリックが、入ってきたブラッドにぶつけた第一声がこれだった。


「大峡谷の岩の下からラムンテーダを引っ張り出して、もうずいぶんと経ってるだろ」


 カルリタの樹海における戦闘後、デリックたち皇狼部隊(ウォルフェンド)はアケドアに呼び戻され、この施設内での待機を命じられていた。

 彼らの操るラムンテーダ以下6体の聖遺物兵器。

 それらの修復作業と、そして同時に、戦闘中に停止してしまった理由を究明するためである。

 つまりここは、そういう特殊な場所ということ。

 いわば、聖遺物兵器を運用する部隊専用の基地であり、同時に秘密研究施設である。


「〝心臓〟の調整は終わった。ラムンテーダなしじゃ訓練もできねえ。ここでできることは何にもねえ」


 聖遺物兵器の搭乗者は、自身の体に操縦用の聖遺物を埋め込まれている。

 彼らが〝心臓〟と呼ぶその聖遺物も、ここで分析や調整が行われ、このため、食事や宿泊用の個室なども、施設内には用意されていた。

 軍隊が保持する施設にしては、待遇がかなり良い。

 が、それでもデリックは不満を募らせた。

 到着以降、皇狼部隊(ウォルフェンド)の部隊員全員に、それぞれ個室が割り当てられたが、そこに放り込まれて以降、彼らには何の指令も与えられていなかった。


 だが、今日になって、ラムンテーダを操る4番隊の4人が呼び出され、この応接室で待つよう指示があった。

 革張りのソファが用意された豪華な応接室だったが、そのまま小一時間が経過。

 とうとうデリックが「待機場所が変わっただけじゃねえか」と文句を言い出し、そこにブラッドが現れたのである。


「……デリック、いい加減、うるさい」

「堪え性がないわよねー、デリックって」

「先日の屈辱(・・)を考慮しても、目に余るな」


 ぐだぐだと文句を垂れ流すデリックに、もはや辟易(へきえき)しているラッド、メリッサ、ディアドラの3人。

 しかし、この中で唯一、前回の任務で個人的な敗北(・・・・・・)(きっ)していたデリックは、腹の虫が収まるところを知らなかった。


「うっせえ。こっちはピンピンしてんのに、何の任務も振られねえのは非効率かつ非合理だって言ってるだけだ。違うかブラッド?」

「そうだな」


 不機嫌と不快に(まみ)れたデリックの主張を、ブラッドは適当に流して、自分も対面のソファに腰掛けた。

 そして、持参していた重そうな鉄製のトランク・ケースを開くと、ある紙面を4人に提示するため取り出した。

 勘の良いメリッサとディアドラが、それを読む前に内容を察した。


「あ、もしかしてー、みんなが心沌識閾領式(ナザイエルジャ)から追い出されちゃった、あれの話ー?」

「特究班の分析結果が出たのか?」

「まあな」


 特究班。

 正式名称を、ラクドレリス帝国陸軍特質科学究理班。

 この秘密施設内に存在する、一般には公表されていない軍のセクション……どころか、帝国軍内でも一部の者にしか存在を知られていない、特殊な研究機関である。


「……結論は?」

「何者かによる外部からの干渉、と、イスモル博士は見ているようだ」

「なーんだ。デリックが壊しちゃったんじゃなかったんだー」


 ケラケラと残念そうに笑うメリッサ。


「うっせえ。それよりブラッド、『ようだ』ってのはどういうこったよ?」


 デリックは彼女の嘲笑(ちょうしょう)を一蹴すると、いらつきを隠さず問いただした。


心沌識閾領式(ナザイエルジャ)で金髪の女を見たっつってんだろ。調べりゃ一発で――」

記録(ログ)が残っていなかったそうだ。干渉の際、何らかの方法で消去されたか、そもそも記録されない仕組みだったのか」

「んだとお?」


 デリックの眼の前に堂々と現れ、赤子をあしらうがごとくに彼を心沌識閾領式(ナザイエルジャ)から弾き出した、金髪の少女と老齢の男性。

 何の抵抗もできなかったデリックは、あの結果を自身の敗北と受け止め、日に日に不機嫌を(つの)らせ続けた。

 ふたりの所在が判るならば、今すぐにでも、どこにでも乗り込んでやりたい気持ちでいる。

 しかし。


「……つまり、手掛かりゼロ」

「これでは探しようがないな」

「ったく、『何者か』だの『何らかの』だの。何ひとつとして解ってねえんじゃねえかよ。無能軍人どもが」


 何の成果も示されず、ますますイライラと毒づくデリック。

 だが、そんな彼に、ブラッドは別の紙面を提示した。


「そうでもない。容疑者くらいは見つけたそうだ。お前の証言をもとにしてな」

「お?」


 デリックは身を乗り出して、新たな紙を覗き込んだ。


 ・

 ・

 ・


「その聖女ってのが、俺の見た金髪女だってのか?」

「それって確かさー。スパイからの報告にあったってやつでしょー? ヴィリンテルに潜り込ませてる」


 デリックとメリッサの質問に、ブラッドは「ああ」と端的に答えると、ある推察を口述した。


「メレアリア聖教会における聖者の認定要件は、聖遺物が何らかの反応を示すことだと言われている」


 聖遺物に干渉できるとすれば、やはり聖遺物。

 それを扱えるとされる人物が、都合よく表舞台に現れた。


心沌識閾領式(ナザイエルジャ)に干渉した何かが、ヴィリンテルの保有する聖遺物だとすれば、だいたいの筋が通ることにはなる」

「……確かに、それっぽく聞こえる」

「聖女の現れたタイミングと、ジラトーム難民の逃走タイミング。こうも一致していれば……か」


 ラッドとディアドラも、ブラッドの考えに同調する。

 確証はなくとも、関連を疑って(しか)るべき、と。


「もうひとりのジジイはどうなんだよ? そいつも聖者か?」

「さあな。ヴィリンテルには高齢の聖職者が()いて捨てるほどにいる。その中に公表されていない聖者がひとりやふたりいても、不思議はない」


 暗に特定は難しいと、ブラッドは簡潔に述懐した。

 特に異論は出なかった。


「ちっ。探るなら、所在の割れてる聖女のほうか」

「言っておくが、ヴィリンテルへの潜入許可など断じて降りんぞ。アーノルド様やアメリア様の権限をしても不可能だ」

「わあってるよ。それができたら、最初(ハナ)からあんな大軍事行動なんぞ必要なかったってんだろ」


 釘を刺されたデリックも、一応は理解を示す言葉を返した。


「けどな、ブラッド。あのままやられっぱなしってのは、俺は我慢ならねえぞ」


 だが、彼の目にはあの日から、怒りの炎が(くすぶ)っている。


「意見が合うな」

「あ?」


 そしてそれは、ブラッドをしても同様だった。

 彼は、再び鉄のトランク・ケースを開けると、ある書状を取り出して、デリックたち4人に提示した。


「昨日付けで、我ら皇狼部隊(ウォルフェンド)には、皇命独立部隊としての特殊権限が与えられた」

「皇命?」

「独立部隊?」


 書状には、ある印章が押されている。

 その意匠(デザイン)が象るのは、帝国で最も強い権威を持つ人物。


「その名の通り、皇帝陛下が直々にお認めになられた、アーノルド殿下の直接麾下(きか)にある特別部隊だ」

「おい、そいつは……」

「そうだ。以後、我々は軍の組織や職制に捕われず、アーノルド殿下のご命令によってのみ動く。実質としては、アメリア様のご命令ということでもあるのだろうがな」


 正規の命令系統からの独立。

 その権限を、皇帝によって付与された部隊。

 彼らは帝国軍のなかにおいて、最も特殊な立ち位置をもった部隊のひとつと相成った。

 そしてデリックは、それが意味するところをすぐに理解した。


「出てんだろ、最初の命令が」


 嬉しげに口元を歪めるデリック。

 ブラッドも、彼に不敵な笑みを返した。


「殿下のオーダーはただひとつ。『謎の軍事勢力の正体を探れ』。我々が樹海で追跡した泥の怪物。ベルトン軍の制服を着た妨害者。そして、南岸より現れたという奴隷の軍勢。あれらの正体を突き止める」

「いいねえ」

「そうこなくっちゃ」

「……借り、早めに返す」

「ああ。ラッドなら機会を逃すまい」


 不敵な笑みは、瞬く間に全員に伝播(でんぱ)した。


「対象は国家規模の軍事力を有する巨大組織であり、なおかつ、聖遺物を兵器として扱うことに長けた軍隊だ。そう前提したうえで動く」

「異論はねえよ。要するに、部隊総掛かりで調査に当たるっつうことだろ?」


 無論、人員を遊ばせておくなどもってのほか。

 敵の正体を一刻も早く看破すべく、総動員かつ最適の配置で、最大限効率的に探らねばならない。


「デリック、ラッド、メリッサ、ディアドラ。お前たちのチームは、ヴィリンテルの聖女を探れ」


 ゆえに、ブラッドの采配は、即断にして果断だった。


「干渉者の正体を突き止めろ。顔を見ているお前が適任だ、デリック」

「たりめえだ。他の奴らに任せられるか」

「ねえねえ。ラムンテーダは? 徒歩で向かえなんて言わないでしょー?」

「復旧作業は完了している。一番損耗が少なかったからな。秘密裏にならば使用も許可される」

「……今の、ちょっと含みがある」

「さてな。いずれにせよ、やはりお前たちが適任だということだ。朗報を期待する」


 これで伝達事項は終わりだとばかり、ブラッドは鉄のトランクをガチャリと閉じた。

 ソファから立ち上がった彼に、ディアドラが、別の視点からの問いを与えた。


「軍諜報部との兼ね合いはどうする? あちらも独自に動いているのだろう?」


 潜入しているスパイを含め、帝国軍の諜報部隊も、ヴィリンテル聖教国を探っている。


「連携は不要だ。が、我々は彼らの情報にアクセス可能な権限も与えられている」


 軍のトップ、アーノルド皇子の麾下部隊であることの強み。

 皇狼部隊(ウォルフェンド)は他部隊の干渉を受けない反面、自分たちは、他所の部隊に協力を自由に要請できる。


「他を上手いこと利用しろ、か。ま、衝突しちまうのは悪手だな」

「……デリック、得意そう」

「よかったねー。あの気持ちの悪い猫かぶり、活かせる機会じゃん」

「てめえら。あれがどれだけ高度な計算に基づいてるか、一から説明してやろうか? ああ?」

「言ってやるな、メリッサ。デリックが緩衝材として役に立つのは事実だ。気色悪いのも事実だが」

「ディアドラ! てめえが一番毒吐いてんじゃねえか!」


 彼らは再び動き出す。

 危険な牙持つ狼の部隊(むれ)が、今一度、聖教国へと忍び寄る。





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