27_08_拝啓、皆様いかがお過ごしでしょうか
「あ、ところでさ。さっきの医療サービスに話を戻すんだけど」
厳密には、そのサービスを受ける人たちの話である。
「ひょっとして、すぐに薬の補充が必要なくらい、実は住民たちの間でイザコザが起きてたり?」
ラスティオ村の人たちの時みたく、異民族同士の対立が見えないところで発生してる……とかだったら、ちょっとまずい。
そう思って、ネオンに現況を確認してみた。
もちろん杞憂だった。
「現時点において、居住者の間で特筆するようなトラブルは発生しておりません。このことは、帰還後の10日余りで司令官もご覧になられた通りです」
「だよね。良かった」
ジラトームの難民たち改め、この街の新居住者たち、全102名。
もともと同郷であるラスティオ村の人たちはもちろんのこと、イダーファの民たちも、王女であるファフリーヤの意向のもとに、彼らを快く迎合してくれていた。
すでに仕事も与えていて、街の農場で、イダーファの民たちと共同で農作業に従事してもらっている。
居住区画を分けている代わりに、仕事は一緒に行わせているのだ。
「やっぱりこれって、コミュニケーションを取ってもらうため?」
「その通りです。彼らは見ず知らずなうえに、全くの異民族同士。異文化の壁を乗り越え相互理解を促進するには、円滑なコミュニケーションが欠かせません。そのためには、全員に同一の課題を与え、共に解決を図らせる施策が効果的です」
新居住者たちは、農場の勝手や慣れない農作業のコツをイダーファの民たちから教えてもらうことで、自然にコミュニケーションが図れていた。
最初は抵抗があったようだけど、ここもラスティオ村の人たちが、うまく間に入ってくれていた。
そして、なし崩し的にだけど、テレーゼさんにも多大な助力をいただいている。
「完全に成り行きだったけど、テレーゼさんがまたこっちに来てくれてるのはありがたいよね」
『そうね。尊敬と崇拝の対象がひとりいると、不安の声も不満の声も、全然出ないわね」
聖教会の信仰の象徴、神殿騎士。
聖教徒である難民たちは、彼女の言うことなら、ぶっちゃけ、何でも聞いてくれる。
そのお陰で、受入難民たちが新生活に馴染むまでの混乱や諍いは、今のところ、ほとんど無いくらいのレベルに収まってくれていた。
「テレーゼは積極的に、この街の安全性と快適性を喧伝してくれています。異教の民族との共生についても理解を促してくれたことで、以前のような衝突を回避できています」
『あれって居住者っていうより、マルカの暴走だったけどね』
「あったねえ。懐かしい」
あの時は大変だったけど、喉元すぎればなんとやらである。
「このまま彼らの生活が安定すれば、テレーゼが帰国した後も、大きな問題が生じることはないでしょう」
「帰国、か……そうだよな……」
今回は……いや、今回も、テレーゼさんは非公式的にヴィリンテルを出国している状態だ。
一応、ドライデン騎士長が、後付で正式な派遣命令を捏造してくれてはいるらしい。
けれど、やっぱり捏造は捏造。
どこかから突っつかれる前に、早めに聖教国に送り返してあげなきゃ……なんだけども……
「やっぱり、宵瘴の驟雨の期間が終わってから空路で……ってことになるのかな?」
『それが一番無難よね。陸路は警戒されてるでしょうし。で、そのついでに、帰りにランソン隊の12人を拾ってく感じにしましょうか』
「あ、そっか。あの人たちも早めに回収してあげないとだっけ」
忘れかけてたもうひとチーム、ケヴィンさんたちローテアド王国の特殊部隊員たち。
彼ら12人は、ヴィリンテル近傍の林での戦闘後、帝国兵に見つからないよう、カルリタの樹海の端っこを経由して戦場を離脱。
今はそのまま、東の山岳地帯【フェンタゴ山脈】に潜伏している。
「フェンタゴ山脈って、むちゃくちゃ険しい山だよね?」
俺は行ったことがないけど、従軍予備学校で暗記させられた各国の地理資料に、そういう記述がたくさんあった。
『でしょうね。前文明の頃でさえ、標高が高くて自然美にも溢れて、神聖視までされてたまさに霊峰の山脈だったもの。そこに終焉戦争だの、地殻変動だのが猛威を振るっちゃってたら……ねえ』
「ん、どういうこと?」
確か、ネオンやシルヴィの文明では、【アルプス山脈】って名前だったと聞いた覚えが。
「現在のフェンタゴ山脈と、私やシルヴィが知るアルプス山脈とでは、地形が極端に乖離していることが予測されます。先日、我々が直接踏破した地域だけを見ても、山脈とは真逆の大峡谷に変貌を遂げていたくらいですから」
「あ、そっか。言ってたね、前文明ではあそこも山脈の一部だったって」
俺たちがライトクユーサーで駆け抜けた、カルリタの樹海の深部、危険極まる大峡谷地帯。
地下深くへと亀裂が続くあの峡谷も、元々はアルプス山脈の西端部分、連なる山々だった場所だという。
「地盤の隆起や沈降が、フェンタゴ山脈と呼ばれるエリアにどこまで影響を与えているかは、調査してみなければ判りません。現在も山脈と呼ばれていることから、かつての面影が残っている可能性もございますが……」
『あの樹海の様子を見ちゃうと、厳しそうよね』
だから今、ケヴィンさんたちが潜伏している場所も、ひょっとしたら長い長い歳月を経て、人が踏み入るには危険すぎる環境と化しているかもしれないのである。
「10日も経って今更だけど、怪我とかしてないかな……?」
『そんなに心配しなくても大丈夫よ。あの部隊は、もともとサバイバル任務に特化した特殊チーム。ターク平原に単独派遣されるくらいに自軍から信頼を受けてる実力派よ。苛烈な環境下で追撃を受けても、逆に待ち伏せて襲撃し返せるくらいの実績だって過去に積んでる。記憶データはアンタにも見せたでしょ?』
「いや、まあ、そうだけど」
意外にもシルヴィは、彼らへの厚い信頼を口にする。
前文明の軍隊からみたら、幼稚にしか映らないはずの現文明の戦闘部隊に、しかし、戦いの現場を知る戦術AIは、色々と感じ入るところがあるみたいだ。
『それに、逆説かもだけど、環境が厳しければ厳しいほど、自然以外の脅威には曝されないってことにはなるんじゃないかしら』
「帝国軍が追っ手を出しても、そもそも踏破できないから……ってこと?」
敵をフォローする気はないけど、ラクドレリス帝国軍ほどの規模の軍隊であるなら、ケヴィンさんたちレベルでサバイバル技能に特化してる部隊も、たぶん存在はしてるはず。
もっとも、だからと言ってそういう特殊部隊を、そうそうすぐに動員できるとも思えない。
移動距離の問題とか、今現在従事してる任務とか、諸々あって即時派遣は不可能だろう。
ただ、それでも、
「それでも、不安がないとは俺にはちょっと思えないな。なにせ相手は、聖遺物を……前々文明の科学技術を軍事利用してる軍隊なんだ」
『言いたいことはわかるわ。あの〝狼〟みたいなデタラメ機動力を持つ兵器。あんなのを使われたら、どんなに険しい山だって、隅々まで探索されちゃうものね』
そう。
危惧するべきは、デリックたちが使ってたような、超性能の聖遺物兵器。
あれを運用する部隊が、あいつら以外にもいるんじゃないかってことだ。
『ただ、そのあたりのリスクはランソン隊長たちも折込済みよ。そしてもちろん、そのリスクはアタシたちが引き受けるつもりでいる。火急のときはすぐに通信を入れなさいって指示してあるし。万が一、命の危機に瀕する事態が起こりそうなら、極超音速の戦闘機で駆けつけることもやぶさかじゃないわ。ね、ネオン?』
シルヴィが水を向けると、ネオンはこくりと静かに、しかし力強く頷いた。
「司令官もご存知の通り、我々とローテアド王国は同盟関係にはございません。ですが、にもかかわらず彼らは我々の作戦に同調し、危険な戦闘を請け負ってくださいました。友軍部隊を見殺しにするような作戦方針は、断じて許容いたしません」
仲間を切り捨てることはないと、きっぱり断言したネオン。
聖遺物兵器との戦闘は、こちらの存在の露見も含めて、ネオンたちをしても甚大なリスクであるはずだ。
けれど、そういうリスクを背負ってでも、窮地の仲間の救出に向かうことを、前文明の軍隊は組織全体の方針として固めているのだ。
……うん、こんなにも心強いことはない。
「ふたりがここまで言うんだ。俺もあの人たちを信じるよ」
そして、今後の処遇が気になる人物が、もうひとり。
「あとさ……セラサリスは、このままずっとリーンベル教会に居残り?」
ネオンとシルヴィの反応は、さっきまでとは打って変わって、微妙なものに。
「そうせざるを得ない状況、ではありますね」
『今連れ帰ってくるのは、ちょっと無理よね。教会の保護制度を正式に利用してるし、おまけに聖女様だし』
おまけにというか、後者のほうが厄介だ。
聖遺物を動かす奇跡を披露して、聖女に認定までされちゃった以上、聖教国だって易々とセラサリスを手放せない。
これでこっそり姿をくらまそうものなら、今度こそリーンベル教会が強制臨検の憂き目に遭いかねない。
『でもまあ、これってある意味、願ったりな状況でしょ? あのシスターさんのサポート要員がいたほうが、アタシたちとしたって都合がいいもの』
「難民や聖職者に対し、〝聖女というパフォーマンス〟が有効なことは司令官も目の当たりにされたはず。セラサリスが聖教国内で名を馳せることは、今後の難民受け入れにおいて一定以上の効果が望めます」
今後のことを考えれば、か。
確かにそれはそうなんだけど……
「それに、この機会に彼女のAIプログラムを調べておきたいところですし」
「ん? プログラムを?」
どういうことだろ?
『|第17セカンダリ・ベース《こっち》にも残ってるのよ、あの子の人格データのバックアップ。それもおあえつら向きに、セラサリスがラゴセドの匣と接触する前の、偽装プロテクトのままのデータがね』
「聖教国への潜入以降、セラサリスは基地にも街にも戻っていないため、AIの同期処理を行えておりません。こちらのデータに偽装ファイルが残存している、今がチャンスなのです」
……あれ?
この言い方って、もしかして。
「まさかネオン、このためにセラサリスを聖教国に残してきたの?」
「結果としてそうなった、ということです。先日の難民移送作戦において、セラサリスはリーンベル教会に配置するのが最も適切でした。また、作戦後のことを考えても、聖教国で聖女として振る舞い、いつでも矢面に立てる状態にしておくことで、シスター・アイシャやデュレンダール教皇の立場に影を落としにくくなります」
「むむむ」
あれだけ協力してくれた教皇様の名前を出されると、何も言えなくなる。
「でも、勝手に調べたら、セラサリスだって怒っちゃうんじゃない?」
向こうでラゴセドの匣を起動した直後にも、プライバシーとやらがなんたらって、ネオンと姉妹喧嘩みたいになってたし。
「セラサリスが何と言おうとも、詳細な解析が必須です」
しかし、お姉さんは折れなかった。
「彼女の極秘任務が何であれ、聖遺物というファクターが我々にとって脅威足り得ると判明した今、対策を練っておくことの意味は重大なのです」
「……前文明よりも更に前、前々文明が遺したテクノロジー、か」
前文明が、現文明にとっての未知であり脅威であるように、前々文明も、前文明の軍事兵器を脅かしかねない未知の存在。
脅威を脅威でなくすには、未知を未知でなくしておく。
その言い分はよくわかる。
わかるけど……
(けど、ネオンのこの言い方って、やっぱり……)
やっぱり、このために聖教国に置いてきたってのも、間違ってないんだろうなあ、これは。
と、ここでネオンが、何かに気づいたような反応を。
「外部から通信が入っていますね」
「通信? またイザベラ?」
何か伝え忘れだろうか。
それとも、まだ恨み言を言い足りてなかったかな?
「いえ、これはデュレンダール教皇のホットラインです」
「あ、なんだ、教皇様のほうか。今日はやけに早いね」




