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27_06_イザベラの働きぶりからみる、現文明の国際交易事情 上

「……ていう感じでさ、俺たち(ジューダス)のことはお(とが)めなし。咎めたくても咎めようがないってね」

『ほんっとうに毎度毎度、うまくやってくるもんだねえ』


 イザベラの呆れたような溜息が、通信機越しに聞こえてくる

 実のところ、偽貴族(ジューダス)の身元確認やセラサリスの処遇については、あんまり心配していなかった。

 最初から、アイシャさんやドライデン騎士長が泥を被ってくれるだろうと思っていたし、最後の砦に教皇様だって控えている。

 これがあってか、副教皇派の追求も、どうにも勢いがなかったご様子。

 それに、なにより……


「派手にお金も()いてきたからさ。俺たちのことを悪く言いづらい人間がいっぱいだよ」


 これはもちろん、各方面に盛大に配った多額の寄付金のことだ。

 名目は教会宛ての献金だったけど、どうせ管理者である司教や枢機卿は、私腹を肥やすのに使ったに決まってる。

 彼らにとって文字通り、探られたくない腹なのである。


『その辺りのことも聞いてるよ。というか連中、味をしめてるね。あたし宛てにコンタクトを取りに来たヴィリンテル絡みの交渉者の、多いこと多いこと』

「交渉? ブラックウッド枢機卿以外からも?」

『そのブラックウッド派との取引について知りたがってたよ。偽貴族(ジューダス)様から吸った甘い汁が忘れられないのさ。ほら、人間の欲求の充足には、際限ってものがないからね』

「実は、それに乗じてジューダスのことを探ってる……なんてことはない?」

『あわよくばヒントを得たいって気配は出してたね。けど、尋ねられても、顧客の秘密は厳守だってつっぱねといたよ』


 それに続けてイザベラは、『自分の国や教会を害する悪人に商品を売ったことはない』と、しゃあしゃあと言い放ってあげたそうである。


『そのうえで、「もちろん、あなたの秘密も厳守いたしますわ」とお伝えしてあげたさ。「ご用命とあらば、お品物を優先してお持ちすることも可能ですが、いかがいたしましょう?」って締めくくってね』


 ジューダスの秘密は漏らさない。

 が、代わりに内密の優先取引を約束して、交渉役に華を持たせた。


『てことで、いつもの純金彫刻、ちょっとだけ大盤振る舞いするけど構わないね?』


 内密とは言うものの、イザベラは広告効果を期待している。

 ブラックウッド派が所有する品はどこから手に入れたものなのか。

 いつの間にか、別の聖職者も似た品を所有しているではないか。

 噂が噂を呼べば、いずれ、他の派閥の聖職者からもイザベラに注文が入ることだろう。


「手法はイザベラに任せるよ。流通量とか、どこまでリスクを冒すかも含めて、好きにやっていい」


 この件で、イザベラほど信用できる商人はいない。

 それは、彼女の商取引の手腕や眼力が優れている……というだけじゃない。


『ふん、わかってるじゃないか。これはあたし、イザベラ=(・・・・・)フレッチャーにしか(・・・・・・・・・)できない商売(・・・・・・)だからね。あたしを通さず商会から買い付けようにも、純金彫刻はあたし以外に卸せない。あのガーネットにさえだ』


 彼らの求める純金彫刻は、フレッチャー商会の仕入れルートを介しておらず、イザベラからしか購入できない。

 だから、彼女にジューダスの真相を追求することは、唯一の取引の糸を手放してしまうことに繋がる。

 腐敗しきった聖職者たちは、欲求に正直だ。

 ゆえに、リスクのコントロールは容易いはずで、イザベラほどの商人ならば、それを誤ることもない。

 ジューダスの正体に辿り着かれる危険は小さく、それで資金が入ってくるなら大歓迎。

 そして、妹のガーネットに一矢報いる展望が一気に現実味を帯びてきた以上、イザベラのモチベーションも最高潮。

 下手に口出しするよりも、好き勝手やらせたほうが良い結果に繋がるはずである。



「あ、あとさ。いつもの物資の横流しの件だけど」

『ああ、今度のも順調だよ。予定通り、エルメン山の中腹あたりに荷を運んどく。今度のはそこそこ量があるけど、うまく回収できるだろ?』

「うん、問題ない。むしろ、大変なのはイザベラの私兵の人たちじゃない? 大量の荷運びを、それも山の中までって」


 まあ、指定したのはこっちなんだけどね。

 まだ宵瘴の驟雨(ナーレ・セロイエ)の期間が空けないから、発見されにくい場所とルートを選ばないと。


『それなんだけど、今回はあたしの私兵たちを使えなくてね。ゾグバルグでの新規事業とかに全員回しちゃってるから、信用できる運び屋を使うよ』

「運び屋?」


 初めて聞く言葉だ。


『帝国領の北東部から南東部にかけてを縄張りにしてる連中さ。外法者(アウトロー)寄りの集団だけど、ゾグバルグ絡みの交易にも一枚()んでるから、筋を通しておきたいしね』

「へえ。そんな繋がりまで持ってるんだ」


 イザベラは得意げに、フフン、と笑った。


『そりゃあ、商人だからね。伝手や手蔓(てづる)は、大小いくつも確保してるのさ』


 このあと、幾つかの細かい打ち合わせをして、今回の通信は終了した。


***


「運び屋って、どんな人たちなんだろ?」


 イザベラとの通信を終えて、俺はふと、さっき気になった言葉を(つぶや)いた。

 疑問の答えは、やっぱりネオンが持っていた。


「イザベラの記憶データを参照しました。どうやら〝中間商人〟に相当する組織ないし民族である……と言えそうな集団ですね」

「中間商人?」


 そしてここでも、聞かない言葉が現れる。


「そうですね、〝商人と商人を繋ぐ商人〟とでも申しましょうか。国家間の物流網が未発達な時代における仲買人(ブローカー)の役割を担った人間たちのことを指します」

「あ、それって〝流浪(るろう)の民〟って呼ばれたりする、あれかな」


 このセラクネイス大陸には、歴史上、国交が閉ざされていたり、あるいは移動が困難だったりする国々というのが多くあった。

 そうした国同士の間、国境線上に(またが)る地域には、大規模な隊商を組んで商売に精を出す〝定住地を持たない民族〟というのが、多数存在する。


「たしか、片方の国で特産品とか輸入品とかを仕入れてから、もう片方の国まで運んでいって高く売って、その繰り返しで生計を立ててる人たち……だよね?」

「その通りです。そういった商業に特化した移動民族などが、中間商人と呼ばれます」


 ネオンのいた前文明でも、歴史上、中間商人の役割を果たした民族というのが色んな地域にたくさんいて、国交がない国家間の交易を横から取り持つ形で、国際流通のネットワークを形成していたのだとか。


「このネットワークを利用して、前文明では宗教が伝導され、学問上の交流が起こり、また、国家が武器を輸出入することにも繋がりました。中間商人は文明社会が交流によって発展していくうえで無くてはならない、いわば〝媒介者〟だったのです」


 そして、そのネットワークと運搬能力を応用して、(くだん)の組織は運び屋稼業にも手を出しているのだろうと、そんなふうにネオンは話を締めくくった。


「国って、色んな人のおかげで発展してるんだな」

「我々がヴィリンテル聖教国に持参した服飾や調度も、一部はラクドレリス帝国以外の国の品でした。イザベラはあれらも、中間商人を介して仕入れていたのでしょう」

「あ、俺たちも恩恵受けてたんだ」


 意外な事実に、少し感心。

 言われてみれば、あっちでネオンがつけてたアクセサリー類なんかも、いくつかは帝国で流行ってるのとは違う感じのデザインだったような気もする。


「そういやネオン、街に帰ってきてすぐ、ボディを元に戻しちゃったよね」


 貴族の家庭教師に(ふん)するため、聖教国では大人びた容姿に変わっていたネオンのパーソナル・ボディ。

 しかし今現在、彼女の体は、元の少女の姿に換装し直されている。

 あれ以来、ネオンはあのボディを一度も使っていなかった。


「あっちのボディのほうが、性能がいいって言ってなかった?」


 俺としては、見慣れてるこの姿のほうが違和感はない。

 けど、せっかく能力が向上してたのに、ちょっともったいない気もしてしまう。


「確かに各種能力のグレードアップが望めますが、ですが、代わりにエネルギーの消費量も増大してしまいます。プラントを稼働しているとはいえ、いまだDGTIA(ディグティア)エネルギーの生産量はセカンダリ・ベースをフルチャージさせるに至りません。やはり、随所随所で節約しておくことが大切です」


 そういえば、最初の頃からそんな話をしてたんだっけ。


「そして、このバートランド・シティの中においては、街の管理システムや第17セカンダリ・ベースからのバックアップを常時受けられます。私のボディに余剰な機能を詰め込んでも、宝の持ち腐れでしかありません。といいますより、本来はパーソナル・ボディも不要だと言って過言ではないくらいです」


 ボディは現文明人(おれ)との円滑なコミュニケーションのため。これも前にネオンが言ってたことだ。

 だから、あの性能アップさせたパーソナル・ボディというのは、あくまで、基地や街のサポートが効かない遠隔地に出かけるための、特別な措置であったのだという。


「とはいえ、街の機能や行政制度はもう少々拡充して良い頃合いかもしれません。居住人口が増加しましたし、以降も増えていく見込みとなりましたから」

「そうだな。食料の安定的な供給量とか備蓄量とかって、人数によって変わってくるもんな」


 今も農作物を栽培するための農場プラントは稼働してるし、それを食事として提供する施設も街に備えている。

 けれど、今後も人の数が増えていくなら、そういう機能面だけじゃなく、住民が自給自足できるための仕組みだって整えていかないといけなくなる。


『食料もだけど、薬とか医療サービスもよね。街の機能や基地の備蓄品だけに頼りきりって状況は、そろそろ脱しておきたいでしょ?』


 このシルヴィの言い方で、ピンときた。


「あ、ひょっとして、さっきイザベラがちらっと言ってたやつ? ゾグバルグでの新規事業がどうとかって?」


 当然ながら、第17セカンダリ・ベースが保有する医薬品類は、今の現文明のそれを遥かに凌駕(りょうが)する効能を持っている。

 しかし、どんなに優れた薬でも、原材料をどこかから定期的に入手し製造していかなければ、いつかは備蓄が尽きてしまう。


「その通りです。テレーゼの協力も得られたことで、医療サービスの維持に必要な物資の調達に、おおよその目処がつきました」

『いい肩書きよね、神殿騎士って。色んな国に顔が効くんだもの。特に、ゾグバルグ連邦との結びつきが大きいわ』


 なんでも、テレーゼさんの伝手を使って、イザベラにゾグバルグ連邦の優良な商人や生産者を紹介してもらい、そこから物資を買い付ける方向で計画が進んでいるという。

 受け入れ難民の安全に関わる話とあって、テレーゼさんはとても友好的に協力してくれたそうである。


『表向きには、ただの大規模な商取引よ。けど、その中に一定の偽装取引とかを組み込んで、誤差分をバートランド・シティに送られるようにしておくの』

「買い付け交渉はイザベラに一任してあります。独自の売買取引も許可していますので、これも良い隠れ(みの)となるでしょう。ゾグバルグ側に我々の存在を気取らせないのはもちろんのこと、帝国側にも取引内容を不審視されないよう、適切なバランスを保つよう指示しました」

「おお。いつの間に」

「我々が聖教国から帰還した、当日のことです」


 ……いや、マジでいつの間によ?



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