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27_05_起こした奇跡の後腐れ 下

<現在>

<ヴィリンテル聖教国 リーンベル教会>


「……というのが、先日行われた派閥会合におけるやり取りであった」


 実に無意義な時間であった、と、ジーランは愚痴(ぐち)を吐きつつ、眼前で冷や汗をかくアイアトン司教の淹れた紅茶をゆっくりと(すす)る。


「そ、それで丸く収まったのなら――」

「手配は無意味と結論づけたが、追求不要とは言っておらん」


 どうにかして事が穏便に済むよう願うアイアトンだったが、ジーランは「できぬ相談だ」と突っぱねた。


「し、しかしじゃな。お前さんは詳しい事情を知っておるではないか。なんなら(わし)らなんかより、よっぽど――」

「私が知り得ている事実は、奴らが先史人類の手先であるということだけだ。どこに潜伏し、今は何を企んでおるのか、お前こそ把握しているのか? ダニエル」


 鋭い目線に、アイアトン司教は「うっ」と言葉を詰まらせた。


「それが……その、儂も、詳しいことは聞いておらんでなあ」


 悄然(しょうぜん)と小さい声になっていく司教。

 実際彼は、何も聞かされていない人間である。


「あくまで難民を救出するための協力者で、受け入れ先の集落まで護衛してくれるとしか……」

「だろうな。お前が知るのはその程度までで十分すぎる」


 容赦なく断じたジーランは、何も言えなくなったアイアトンから視線を外し、ニコニコと彼らの様子を覗くシスター・アイシャのことをジロリと見向いた。

 彼女は聞かれる前に答えた。


「そうですねー。一応、反ラクドレリス帝国を掲げる軍事組織だとはおっしゃっていましたよー」

「得体の知れぬ自称(・・)軍事組織に、100人を超える難民の保護が可能だと?」

「うーん、聞いたお話しですと、どこかに大きな集落を築かれているということでしたねー。居住の快適さは、テレーゼも保証していましたしー」


 意外にも情報を出し惜しみしないアイシャ。

 これはつまり、自分も重要な情報は知らないという裏返しである。

 となれば、


「どうなのだ、聖女?」


 自然、ジーランの視線は、アイシャの隣のセラサリスへとスライドする。

 セラサリスは、可憐な花のように笑った。


「潜伏先、ラクドレリス帝国領、ターク平原」

「なに……?」


 目を(みは)ったジーラン。

 アイシャも、そしてアイアトンも、ぎょっとした顔でセラサリスを見遣(みや)った。


「詳細、ファイル送付」

「何を――ぬっ!?」


 セラサリスの白い指がジーランに向くと、彼の左胸のあたりから、緑色の光がぼうっと漏れて、すぐに消えた。


「……何のつもりだ、聖女」


 自身の左胸……翠蓋の核珠(アーメラ=セノグ)と呼ばれる聖遺物が埋め込まれた箇所を(さす)りながら、ジーランはセラサリスをじろりと(にら)んだ。


「帝国内にも教会関係者は数多(あまた)いる。無論、副教皇派の人間もだ。彼らを通じて、ラクドレリス帝国軍に情報を渡すこともできるのだぞ」


 セラサリスは、首をふるふると横に振った。


「非推奨。体、負担大」

「……まあいい。信用するとしよう」


 いくら睨みつけようとも、ふんわりとした笑顔と浮かべ続けるセラサリスに毒気を抜かれたか、ジーラン枢機卿は割合あっさりと、彼女への追求を諦めた。


「だが、ヴィリンテルへの敵対が確認されたならば、先程のファイルとやらの内容を公開する」


 とはいえ、強硬な物言いはやめないジーラン。

 そんな彼を、アイアトン司教があたふたと(なだ)めている。

 アイシャはそれを横目に、小さな声でセラサリスに問いかけた。


「よろしいのですか? セラサリスさん」


 セラサリスは、清楚(せいそ)挙措(きょそ)で首を傾げた。


「ジーラン枢機卿のことですわ。ベイルさんたちに、お伝えしなくても?」

「まだだめ。時期尚早」


 きっぱり断言するセラサリス。

 アイシャ自身、話すべきかは迷っていた。


(あの方は、どうして……)


 聖遺物を体内に取り入れていたジーラン枢機卿。

 目の当たりにした、狂気にも等しいその信念。

 そうまでして、彼が成し遂げたいこととは何なのか?


(明瞭な敵対関係であったのならば、迷うこともないのですけれど……)


 アイシャには、ジーランの立ち位置(スタンス)が掴めなかった。

 ジーラン枢機卿は、セラサリスのことを認め、アイアトン司教のことも心憎く思っている。

 アイシャ自身、子どもの頃から彼の人柄はよく知っていた。

 無論、それだけで味方であるとは断じられないのだが、少なくとも、敵であるとも言い難い。


(……あるいは、言いたくない、のかもしれませんわね)


 紅茶を味わうその横顔には、仏頂面ながら穏やかな気配。

 協調の兆しが見えている……と感じてしまうのは、願望だろうか?


 と、セラサリスが唐突に、部屋の外へと向かい歩き出した。


「どうされました? セラサリスさん」

「時間。オルガン、演奏」


 にっこりと言われ、アイシャも気がついた。


「そういえば、そろそろ定刻でしたわね」


***


 多くの人々が集まった礼拝堂に、美しいパイプオルガンの音色が流れる。

 荘厳な音楽を奏でているのは、聖女と崇められる金髪の少女、セラサリス。

 この時間になると聖女様による生演奏が始まる……そんな噂が口づてに広まって、彼女のオルガン演奏会は、もはや毎日の恒例行事と化していた。

 ラゴセドの(はこ)を動かしてからずっと、彼女の人気は衰えることを知らなかった。


 ちなみに、パイプオルガンを鳴らすための送風装置のふいごを動かしているのは、なんと神兵である。


「あら、いらしていたのですね、ドライデン騎士長」


 アイシャは、礼拝堂の入口付近に佇む知り合いの姿を見つけ声をかけた。

 神兵や神殿騎士のリーダーにして、アイシャの協力者、レオナルド=ドライデンその人である。

 彼は、聴衆たちの後ろで小難しい顔をしながら、パイプオルガンを弾き鳴らすセラサリスの姿を眺めていたが、アイシャの声に気がつくと、いつもの穏やかな笑みを浮かべて挨拶を返した。


「やあ、シスター。相変わらず盛況だね、彼女の演奏会は」

「神兵のみなさんが、ご協力くださっているおかげですわ」


 アイシャがお礼を述べたとおり、演奏会への神兵の動員は、ドライデン騎士長の計らいによるものだった。

 ここでふいご係をやるかわりに、その時間帯の訓練を正式に免除……というのが、彼のアイデアである。

 といっても、大きなふいごを断続的に動かすことは、それだけで結構な重労働。

 結局のところ、動員された神兵たちは、演奏会が終わる頃には、毎回へとへとに疲れ果てていた。


「ですが、よろしくて? 多忙な神兵のリーダーが、こんなところで油を売っていて」

「まあほら、何かあったときのために護衛がいても困らないだろう?」

「そうですわね。不穏分子は監視しておくに越したことはありませんもの」


 ぴくりと、騎士長の眉が動いた。


「シスター・アイシャ?」

「無論、あなたの立場とお考えは理解しておりますわ、ドライデン騎士長。聖女の行動を正確に把握しておかなければなりませんし、また国内で暗殺未遂なんて起きてしまっても困りますものね」


 穏やかな笑顔のままでドライデンは、饒舌(じょうぜつ)にしゃべるシスターを注意深く見つめた。


「私も以前なら、積極的にあなたにそういう協力をお願いしていたはずですわ」

「今は、そうではないと?」


 騎士長の問いに、アイシャは、


「これでも私、セラサリスさんを信用しておりますのよ。彼女が人々を救済したことは、()じ曲げようのない事実ですもの」


 彼女にしては珍しく、不快を露わにして答えた。


「信用に足る事実、か。まあ、否定するものではない……のだろうな」

「それに、副教皇派の暴走は、当面はあの人が抑えてくださるでしょうから」

「あの方?」


 ふとドライデンは、この聴衆の中に、こちらに近づいてくる気配があることに気がついた。

 それが誰だか視認したとき、彼は、出入口の側に陣取っていたことを少し後悔した。


「これはこれは、ジーラン枢機卿。あなたも聖女様の演奏をお聞きに?」


 運悪くドライデンは、教会を辞去しようとするジーランと鉢合(はちあ)わせた。

 一瞬で、まあ仕方ない、と状況を受け入れた彼は、挨拶がてらに先方の反応を窺うことに。

 ジーランは、慇懃(いんぎん)に探りを入れてくる騎士長のことを、ジロリと不快げに一瞥(いちべつ)したが、


「そんなところだ」


 質問を短く流して、そのまま教会を出ていった。

 何かしらの嫌味や苦言を(てい)されると思っていた騎士長は、意外な反応に内心で驚いていた。

 拍子抜けしたというよりも、むしろ、危機感を抱いていた。


「これは、どうにもね」

「あら、どうされましたの? ドライデン騎士長」

「わずか10日で……いや。わずか一晩で、ずいぶんと世界が変わってしまったようだね」


 神殿騎士である彼の目には、アイシャは慈善活動家として、通ずる信念を持った仲間として映っていた。

 アイシャの活動に、ドライデンは神兵をあげて協力したし、その結果が自分や神兵に(もたら)すものは、掛け値ない価値があると信じていた。

 そんな彼女との間で、聖女セラサリスに対する認識に……そして何より、ジーラン枢機卿に対する認識にズレが生じてしまったことを、ドライデンは不吉な予兆だと危ぶんでいるのだ。


「あの夜に、一体なにが起きたというんだい? シスター・アイシャ」

「起こったこと……それは、あなたにもわかっているはずですわよ。騎士長」


 続くふたりの声は、合致した。


「奇跡」


 それ以外に、言い表しようがない。

 しかし。


「だがね、シスター。それというのは、誰にとっての奇跡なんだい?」


 騎士長は、シスターと別れ去っていく。

 礼拝堂には、厳かなパイプオルガンの旋律だけが、美しく響き続けていた。



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