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27_04_起こした奇跡の後腐れ 上

<7日前>

<ヴィリンテル聖教国 レミールザ宮殿>


「直ちにあの男を! ジューダス=イスカリオットを各国に指名手配させるのだ!」


赫々(かっかく)たる怒声(とどろ)く、レミールザ宮殿の会議室。

開かれているのは、副教皇派による臨時会合。

その席上で、派閥の筆頭、リルバーン副教皇が、顔を真っ赤に激昂していた。


「草の根分けても探し出させろ! 我らをコケにした報い、必ずや受けさせねばならぬぞ!」


 息を乱して叫ぶ副教皇。

 周りの複数の枢機卿も、これに同調した。


「同時に聖女を……奴めの侍女を拘束してはいかがか?」

「そうです! 直ちに神兵どもに命じるのです! それだけの大義名分が、今はある!」


 温度差はそれぞれ違うが、リルバーン同様に怒りを(あら)わにする者も少なくない。

 それだけのことを、議論の対象は仕出(しで)かしたのだ。

 すなわち、行方をくらませたジューダス=イスカリオットという男は。


「そもそも、あやつが神殿騎士を助けたというのも、虚偽の報告だったのではあるまいな?」


 ひとりの枢機卿が核心を突き、場の全員が、調査にあたった者に目を向けた。


「そ、それなのですが、何やら、いささか妙なことに……」

「妙?」


 一斉に視線に(さら)された調査者は、体をビクリと震わせながら仔細(しさい)を語った。

 彼は、入国許可の申請書類の情報をもとに、帝国領の辺境地域、イーゴル地方に人をやり、ジューダスの身元を洗った。

 そして、小貴族の群生地(シュレッド・テナント)に、確かにイスカリオット家の存在を認めた。

 認めたの、だが……


「現地の教会職員が丁重にお尋ねしたところ、『ジューダスなどという者は知らん、そんな名の子息などおらん』、と……」

「ええい! 真っ赤な偽物ではないか!」


 怒り心頭の副教皇は、憤懣(ふんまん)を机に(てのひら)ごと叩きつけた。

 バン! と大きな音が部屋に響き、報告者をより一層に萎縮(いしゅく)させた。


「で、ですが、ブラックウッド派が書簡でやりとりをしていたのは間違いありません。ブラックウッド枢機卿が希少な品物を受け取っていたという事実や、ジューダスが国内で多額の寄付を行ったことからしても――」

「そんなもの! 金さえあれば如何様(いかよう)にでもできようが!」

「しかし、それこそ貴族レベルのコネと資金力が必要です。偽物だとするなら、どうにも説明がつかないことに……」

「ぐぐ……」


 くぐもった声を漏らしながら、リルバーン副教皇の怒声が止まった。

 冷静さを欠いてはいても、仮にも彼は、副教皇の地位まで上り詰めた男である。

 合理的に為された説明を、気分で()ねつけるほど(おろ)かではない。

 トップが怒りの矛先(ほこさき)を失い歯ぎしりしたのを幸いと、別の枢機卿たちが、調査者に報告の続きを促した。


「そもそもだ。神殿騎士どもは、この不始末になんと言っている?」

「そうだ、奴らだろう。ジューダスを敬虔(けいけん)な帝国貴族であるなどと太鼓判を押しておったのは」

「その……騎士長のドライデン殿いわく、ジューダスに保護を受けた部下から、次のような報告を受けていると……」


 ドライデン騎士長の説明は、次のような内容だったという。



 事の発端は、5ヶ月は昔に(さかのぼ)る。

 ある特殊任務にあたったテレーゼ=モーリアック以下8名の神兵が、任務中に帝国領内で遭難した。

 任務の性質上、詳細を開示することはできないが、いずれにせよ遭難し、地理がわからなくなった状態で保護を受けた。

 現在地は帝国領イーゴル地方であると教えられ、〝小貴族の群生地(シュレッド・テナント)〟の一領主の子息だと名乗られた。

 立派な館に、高価であろう調度品の数々。

 更には(ぜい)を尽くした食事を振る舞われ、疑う余地など微塵(みじん)もなかった。



 これには、副教皇以外の者からも怒りの声が上がった。


「ええい! 見え()いた言い逃れを!」

「神兵どもめ! 組織ぐるみの隠蔽(いんぺい)欺瞞(ぎまん)ではないか!」

「このような報告は、副教皇派(われわれ)のみならずヴィリンテル全体に対する背反行為です! 断じて許すことなど――」

「くだらん」


 加熱していく会議場に、しかし、冷水のような一言が浴びせられた。

 議論をここまで静観していた重鎮、パトリック=ジーラン枢機卿の声だった。


「ジーラン枢機卿……? その、『くだらん』とは……?」

「では何か? ジューダスの侍女めが聖遺物を動かす奇蹟を披露したのも、あれも欺瞞であったと貴殿らは申すのか?」


 それまで口角(こうかく)泡を飛ばしていた者たちの口は、時間が止まったかのようにつぐまれた。

 しんと静まり返った議事場で、ジーランは「事の本質に目を向けよ」と、浮足立っている面々に釘を刺す。


「あの若造が正体不明の偽貴族であったと発表したところで、それは聖女の神秘性に拍車をかける結果しか生まぬ。事実として聖女が奇蹟を起こせてしまう以上、謎の上乗せは奴らの利益でしかあるまい」


 重鎮の深い洞察の(げん)に、一同は互いに静かに目配せした。


「ま、まあ確かに、本名もわからねば、探しようもありませぬしなあ」

「ううむ。聖女の身柄を拘束などしては、反発の声も多数あがるのでは?」


 話の流れに乗り気ではなかった者たちも、ここぞとばかりに、しかしておずおずと、異なる意見を述べ始めた。


「神殿騎士が教皇府にまるっきりの嘘を報告したとも思えませんな。そのあたりはどうなのだ?」

「調べた限りでは……少なくとも、演習名目での出国と、その結果、何処(いずこ)かで治療を受けていたのは事実であるようです」

「ジューダスは帰還の途につく神殿騎士に、証拠の品とでも言うべき帝国製の芸術品を持たせていたとも聞きますぞ。それも純金の彫像だと」

「そ、それです。それがブラックウッド枢機卿に渡ったという希少な品物なのです」

「むむう、本当にどこかの貴族か資産家か……しかし、それならば、なぜ偽名など?」


 考えれば考えるほどに謎を呼び、彼らの議論は混迷した。

 終いには、「まさか、本当に聖女を降誕させるため神が(つか)わされたのでは?」という発言までもが飛び出して、再び顔を真っ赤にした副教皇の「そんなはずがあろうものか!」という一喝(いっかつ)によって、会合はうやむやのまま、閉幕の運びとなった。


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