27_02_ご機嫌ナナメのイザベラ嬢
『言っておいたはずなんだけどねえ。事を起こす前には連絡してくれってさ』
俺たちが聖教国から帰ってきてから、早10日。
久しぶりに帝国商人イザベラから入った通信は、こんなセリフから始まった。
「いや、やりとりはしてたでしょ? 色々用立ててもらったじゃん。貴族の服とか、馬車とか、家具調度とか」
『その後だよ。ずいぶん派手にやったって聞いてるよ。軍閥のお偉いさんからね』
不機嫌そうなイザベラの声。
まあ、それもそのはず。
イザベラの有するコネクション――帝国軍上層部との親密な繋がりは、俺たちの動向を正確に彼女に教えていたのだ。
すなわち、帝国軍による難民捕縛作戦の失敗の報を。
「さすが商人、耳が早いね」
『もっと早くに教えてくれる口も、そっちについてたはずなんだけどね』
自分の分をわきまえつつも、ちくちくと恨み言をぶつけてくるイザベラ。
実にめんどくさいので、さらりと流してしまおうっと。
「やっぱり、軍のなかでは責任問題とかになってる感じ?」
『そりゃあね。アーノルド皇子が視察にまで来られた大規模演習。そこで期待した成果が上がらなかったって、どいつもこいつも顔を真っ青にして相談に来たんだよ』
「相談? イザベラに?」
捕縛作戦の失敗は、帝国軍のお偉いさんたちを西に東に奔走させる事態を生んだ。
自分に処分が降り掛かってはたまらないと、彼らは持てるコネをフル活用。
結果、一部がイザベラを頼ったのだ。
なんのための作戦だったのかは一様に口をつぐんでいたそうだけど、およそ芳しくない結末だったことは簡単に想像がついたという。
というより、相手に隠すつもりがなかったらしい。
「とにかく察してほしかったんだろうね。自分がどれだけの窮地に追い込まれているのかをさ。演習とは銘打ってるけど、本当は重要な軍事作戦だったんだって、言葉と態度の節々から伝えようとしてきたよ」
その重要な軍事作戦における大失態。
万が一、皇子の怒りが収まらないようなら、お詫びの品を携えて個人的に皇城に赴かねば、と……要するに、自分の立場だけは危うくならないよう、高価で珍しい贈答品の調達をイザベラに依頼したのだ。
「普通に軍事機密の漏洩じゃん……」
敵国の軍隊ながら、これでいいのか帝国軍。
『連中は理解してるんだよ、自分のポジションが常に狙われてるってことをね。まずは保身が最優先。おかげであたしは、奴ら相手においしい商売ができてるわけさ』
「商魂逞しいねえ」
一応、褒め言葉のつもりだったんだけど、イザベラは再び最初の恨み節に。
『だからこそ、事前の連絡は欲しかったんだけどねえ』
イザベラは、ラスティオ村の人たちのことを……つまりは、ジラトーム国の難民のことを俺たちから聞いて知っていた。
だから彼女は、軍のお偉いさんの態度を見るまでもなく、その大規模演習とやらが難民狩りであることを察知できていたのである。
イザベラ視点で、俺たちの関与は確定的。
とすれば当然、恨み言はこちらに向くわけで。
……ただ。
「って言われてもなあ。『事』っていうほどの事は起きてないし」
彼女の言う『事を起こす』とは、具体化すれば、俺たちと帝国軍との間での戦闘発生を意味している。
商魂逞しいイザベラはそこにかこつけて、『おいしい商売』をしようと目論んでいたのだ。
準備は実は万全で、だから、あとは事が起きるタイミングだけ。
けれど、そんなふうに彼女が介入することは、あの状況ではできなかったろう。
俺たちが帝国軍の包囲網を突破するのに要した時間は、わずか一晩だけだったのだから。
「聖教国からの〝帰り道〟は基本隠密行動だったから、正面衝突ってほどの戦いには発展してないし」
これは嘘だけどね。
『よく言うよ。聖教国の南の森で轟音が鳴り響いてたとか、南の海岸付近で〝泥の怪物〟が出現したとか、話題に事欠かいてないくせしてさ』
「お、本当に耳が早い」
嘘は普通に見抜かれた。
この辺りは特に秘密情報のはずだろうに、戦闘の詳細までしっかりと掴んでいる。
商人という人種の優秀さと、なにより怖さだ。
「帝国軍って、今はどんな感じに動いてるの? 事後処理とかも聞いてない?」
そして、軍の機密を入手できる優秀な商人が、戦闘記録という過去の情報だけで満足するはずがない。
将来の商機を逃さぬよう、相談の見返りとして聞き出せる限りの先々の内部情報だって、狡猾に引き出しているはずである。
「ふん、今度こそ、あたしに便宜を図ってくれるんだろうね」
イザベラの声のトーンが、やや下がった。
さっきまでの恨み節は、全部前置き。
この通信の目的は、俺たちから情報を得ると同時に、反対に俺たちへと情報を流すことで、将来の莫大な利益に繋げようって考えなのである。
まったくもって、抜け目ない商人だ。
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