5_04_上手な取引の仕掛け方 下
「金鉱の傍に溶鉱炉を設置しました。採掘された金鉱石を溶かして延べ棒を順次精製しています」
ネオンが立体映像を切り替えた。
今度は倉庫内のようだ。
そこには、光り輝く金の延べ棒が、天井高くまでぎっしり積まれている。
「そんな馬鹿な……倉庫内の金鉱石は少し前に出荷して、ほとんど残ってなかったのに、どうやって……?」
「無論、掘ったのです。あの金鉱の金は、今朝の段階で埋蔵量の8割方を採掘し終えています」
「……まったく、本当に馬鹿げてるよ」
唖然と呟いたイザベラに、ネオンは事務的な口調で説明を続けた。
「お父上に説明の際には、この延べ棒を数本と、金彫刻をひとつふたつ手土産として持参してください。専用の施設を作ったことの証明になります」
「そりゃあ、誤魔化せるだろうけど……」
険しい顔で悩むイザベラ。
ネオンの案に従えば、父と商会を騙すことになる。
しかし、こちらに反抗できる立場ではない。
「金の純度は……聞くまでもないんだろうね」
「もちろんです」
ネオンは立体映像を消して、イザベラの視線を自分に向けさせた。
「延べ棒は、全てあなたの取り分になっているとしてお父上に報告なさるとよろしいでしょう。加工職人には対価として報酬を支払っている、彫刻の材料となる延べ棒もあなたが提供していると」
ふうん、と、イザベラは意味ありげな目つきでネオンを見た。
「内々で資金と延べ棒を回すことで、帳簿に誤魔化しを効かせられるようにするんだね?」
「理解が早くて助かります。裏で捌いた彫刻の販売代金は、すべてこちらに送るか、物資に変えていただきます」
「表向きに稼いだほうの代金は、どうする?」
「記録上はあなたの事業の収益としますが、内実は我々の軍資金です。別の事業に投資するという体で、こちらに回していただきます」
「……まったく、たいしたもんだよ」
何を聞いても即座に返答してくるネオンに、イザベラはついに苦笑を漏らした。
「脅したり、技術力を見せたり、あげく辻褄合わせの台本まで用意し終えてる。もしかしてあんたら、あたしがあそこで金鉱を掘ってるって、知ってたのかい?」
「いいえ。この平原の数カ所に金が埋蔵していることは確認していましたが、それに気づいた人間がいたことは把握していませんでした」
「ちょっと待ったネオン。数カ所って、他にも金脈があるのか?」
俺は思わず会話に割り込んだ。
イザベラも、眼の色を変えて絶句しているから、知らなかったことらしい。
ネオンは、再び手のひらから立体映像を投影して、ターク平原の地図を示した。
「町の半径400キロメートル以内に、ふたつの大きな金脈を確認しています。うちひとつに、すでにガレイトール掘削機を向かわせました。夕方までには採掘を開始できる見込みです」
そういえば、もともと地質を定期的に調べてたって言ってたっけか。
きっとまた、一晩で大穴を開けて、朝にはどっさり金鉱石が取り出されているんだろうなあ。
「他に、ふたつも……」
悔しそうな声が、イザベラの喉から漏れた。
俺たちが現れなければ、すべて彼女のものになっていたかもしれないことを考えると、同情……は沸かないな、これっぽっちも。
「ところで、イザベラは、どうやって金脈を見つけたんだ?」
「もともと、言い伝えがあったんだよ」
あの盆地は、大昔に金が掘られた穴だという伝承が、遊牧民族などの間で口伝されていたという。
「誰も信じないし、信じたとしても手を出すやつはいなかったけどね」
そりゃあ、そうだろう。
いかにも眉唾な民間伝承だ。
「そんな話に、どうしてイザベルは食いついたんだ」
「……妹に、負けたくなかったんだよ」
「妹?」
その人物に、俺は思い当たる。
「もしかして、ガーネット=フレッチャーのことか?」
「ふん、やっぱり知ってるんだね」
「才媛の誉れ高い女商人、ってことくらいなら」
ガーネット=フレッチャー。
今のフレッチャー商会の経営者一族の中で、帝国民に最も知られている名が、彼女だろう。
まだ18歳の若さでありながら、類まれな商才を発揮し、帝国の経済界に頭角をあらわした女商にして女傑。
並の商人には真似のできない着眼点と先見の明で、多くの事業を成功に導いた、まさに慧眼の持ち主。
若い女性ということもあって、多くの貴族が屋敷に招き寄せていると、もっぱらの噂だった。
「言いたかないけど、ガーネットはあらゆる才能の詰め合わせ商品さ。どうやったって勝ち目がないってのは、子どもの時分に思い知らされてる」
フレッチャー家には男児がいない。
だから、娘の誰かが家を継ぎ、その婿となる人物が次期商会長になるのだという風説も、まことしやかに飛び交っていた。
(家督を巡る争いと、長女としてのプライド、か)
名だたる商家の娘が、辺境の荒野で金鉱採掘をしていたことに疑問があったけど、イザベラにも紆余曲折があったのだろう。
「でも、負けたくないってことは、まだ家督争いに決着はついてないってことなんだろ?」
「いいや。もう勝負はついてる。父上は、家を継がせるのはあの女だと、早々に決めちまったしね」
吐き捨てて、奥歯を食いしばるイザベラの顔には、深い怨恨の根が垣間見える。
「それだけなら、あたしも諦めがついただろうよ。でも、あの女は、あたしの婚約者まで奪っていったんだ」
(跡取り絡みの色恋沙汰、かな?)
こちらもこちらで、政略的な臭いがする話だ。
しかし、実の姉から地位も婚約者も奪い取ったとは、噂の通りで、ずいぶん豪胆な女傑みたいだ。
「金の採掘までは上手く行ってたんだ。その利益で、新たな商売の手蔓を伸ばそうとして、そこで妹の妨害工作に遭った。そのせいで、利益を全部吹っ飛ばしたよ」
声色に、邪悪なものが混じり始める。
貴族への悪態の時をついていたときより、負の感情が声に篭もっていた。
「このプライドは、利用できますね」
そしてそれは、ネオンの歓心を買うことになる。
「本人の前で、よくも言えたもんだね」
不快感を隠そうともしないイザベラに、ネオンは淡々と、その意図を説明し始めた。
「我々は、いずれ帝国に対して宣戦布告をする予定です」
「薄々、感付いちゃいたさ」
「あなたも一枚噛みませんか?」
「なんだって?」
目を見開くイザベラ。
俺だってびっくりしている。
ネオンは熱の篭もらない声で、イザベラに取り引きを持ちかけた。
「我々の側に与すれば、戦争後、あなたを商会のトップに就かせると約束しましょう」
這い寄るように心に染みこむ、冷たい悪魔の囁きだった。




