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26_27_帝国問答Ⅵ/責任の所在

 帝都クリスタルパレスの中心、皇城ヴァーミリオンの一室。

 第三皇子アーノルドは、此度の演習(・・)の報告書に、冷然と目を通していた。


「やっほー、弟くん。相変わらず怖い顔だねえ」


 そこに、姉である皇女アメリアが現れた。


「そういう貴様は、楽しげだな」

「そうでもないよー。あの子たち皇狼部隊(ウォルフェンド)の初陣はいまいちだったしー、〝狼ちゃん〟は途中で停まっちゃうしー、心沌識閾領式(ナザイエルジャ)は謎の干渉を受けたっていうしー、あとはー……」


 彼女の手にも、皇狼部隊(ウォルフェンド)の戦果に関する報告書。

 要するに、有益なデータが(・・・・・・・)収集できた(・・・・・)、そう言わんばかりの笑顔なのである。


「別に俺も不機嫌ではない。この顔は生まれつきだ」


 そしてそれは、アーノルド皇子も同じだった。

 彼は大規模な行動演習という名目で、ジラトームの辺境域から逃げた住民たちを捜索させていた。

 が、それと同時に、既存部隊を大改変するにあたっての問題点の洗い出しも兼ねていた。

 前者は失敗に終わったが、後者に関しては相応の成果が得られたと、アーノルドは評価している。


「そういう意味でも、よほどの軍規違反がない限り、今回は失策を不問とせよと通達を出している」

「あー、確か弟くん(いわ)く、〝(ゆる)す〟のが最強の力、だったっけ?」

「もっとも、誰かしらが何かしらの責任を負うことにはなろうがな」

「あらら、そこは許してもらえないんだ」

「軍隊とはそういう組織で、(まつりごと)とはそういうものだ」


 冷厳に言い放ちながら、彼は報告書のページをペラリとめくった。


「あー、これこれ。面白いよねー。ベルトン王国の軍服を着た、謎の襲撃部隊なんてさー」


 横からアメリアも、そのページを(のぞ)き込む。


「予想外の敵襲があって、そんでもって、聖遺物と(おぼ)しき兵器とも遭遇して、樹海の中で戦闘して……目まぐるしいねー」

聖骸部隊(サークレッド)との戦闘は視野に入れていたのだが、思わぬこともあるものだ」


 ニヤリと笑うアーノルド。

 この情報は上層部のみで止めていて、現場の兵には箝口令(かんこうれい)を敷いている。

 それだけ重要度の高い情報だ。

 アメリアもやはり楽しげに、しかして、この件に関しては、口をとがらせる素振(そぶ)りを見せた。


「思わぬなんてもんじゃないよー。こいつのせいで皇狼部隊(ウォルフェンド)の成果は弱いし、大一番も逃しちゃうしさー」


 結果を残せなかったことは、肝入(きもい)りの若手部隊にとって、確かに手痛い失態だった。

 だがアーノルドは、こちらも問題視していなかった。


 以前にアメリアも言っていたが、もともと〝(あれ)〟を万全に使える状態に漕ぎ着けるには、本来あと1年程度はかかるという予想がなされていた。

 詳細な分析はこれからだが、聖遺物兵器と思われる敵との戦闘をこなしてこの報告内容であれば、現時点において期待通りだと評価してもよいだろう。


「誰なんだろうねー。聖遺物を兵器にしちゃう勢力って」

「聖教国が聖遺物を有しているのは周知の事実。大部分が非公開であることもな。であれば、その中に兵器としての性質を有するものも、あるやもしれん」

「神兵が持っててもおかしくないっていうんでしょ。わかるけどさー」


 自軍が保有する兵器を、自軍だけしか持っていないと考えるほど、ふたりは傲慢(ごうまん)な皇族ではない。

 アーノルドはヴィリンテルの関与をひとまず疑い、アメリアは別の視点から、それ以外を疑っている。


「これについては、続報を待つしかあるまい。もはや真相は海の中だ」

「あるいは、お魚さんの胃の中かなー」


 確たる物証は何もなく、現時点では、見えない脅威の存在を覚知できたことにこそ、意味がある。


「問題なのは、こちらであろう」

「あー、こっちも意味不明だよねー」


 アーノルドはページを(めく)り、問題の箇所を開いた。

 帝国軍を撤退に追い込んだ、〝奴隷の軍勢〟について記したページを。


「奴隷として捕まえたのではなく、傭兵として雇ったか」


 帝国の奴隷市場では、武力化目的での奴隷購入を認めていない。

 大陸唯一の奴隷貿易国が認めていない以上、〝軍勢〟は正規の奴隷ではありえない。


「単純に読み解けば、ベルトン王国の仕業(しわざ)となるが」

「でもさー、ベルトンって内陸国じゃん。船も港もない国に、奴隷の自己調達なんてできるかなー?」


 姉アメリアのもっともな指摘に、弟アーノルドは、忌々(いまいま)しげに鼻を鳴らした。


「カンタール港の奴隷市場に調査官を派遣した。偽装取引の痕跡がないか、管理台帳を確認させているところだ」

「たぶんだけど、カンタールは関係ないんじゃない?」


 弟の不機嫌を(かえり)みず、アメリアはなおも続けた。


「奴隷として連行してきちゃった時点で、傭兵契約なんて不可能じゃん。アイツラ(どれい)からしたら、この大陸の人間はみんな同じ(てき)に見えるだろうし。そんな相手と契約書を交わしたところで、下手な口約束よか信じられないでしょ」


 これまた、もっともな指摘である。


「奴隷役務から解放した、となればどうだ?」

「うーん……『自由をあげるから命がけで戦うのだー』って命令して、言うこと聞いてくれるかなー?」


 自由や金もさることながら、よほどの信頼関係がなければ不可能だ。


「購入時にひと芝居打ったか、それとも、どこかから奴隷を奪取したか」

「それはそれで問題があるじゃん。だって、部隊を編成できるほどの大人数だったんだよ? 今まで表沙汰(おもてざた)になってないのはおかしくないかな……あ、『ひと芝居』って、そういうこと?」


 弟が『問題』だと言うその意味を、姉は正確に理解した。


「少なくとも、帝国内部に裏切り者の勢力がいる、ということにはなろうな」


 『勢力』と断言したアーノルド。

 奴隷の大量購入、もしくは大量強奪を隠蔽し、軍事化まで施すからには、裏で暗躍する人間たちが、奴隷事業の専売特許を持つラクドレリス帝国の中にいるということになる。

 そして、そんなだいそれた真似ができるのは、相応の地位や財力を持つ人物……ということになる。


「怪しいのは、このあたりだ」


 アーノルドは机の引き出しから、紙の束を取り出した。

 容疑者のリストアップは、すでに始められていた。


「うっわー、錚々(そうそう)たる顔ぶれ。皇室に反抗的な貴族が目白押(めじろお)しだねー」

「我が国の貴族には野心家が多いからな。親より継いだ領地領民で満足しておればよいものを」


 姉は思わず吹き出した。


「それ、弟君が言っちゃう?」

「貴様が笑えたことでもあるまい」


 まあねー、と適当な相槌(あいづち)を打って、アメリアはリストをペラペラとめくる。


「お、フレッチャー商会の親族もいるじゃん。やっぱり大きな商会だけあって、奴隷を使った商売もやってるんだねえ」


 そのなかの一枚に、彼女の目が留まった。


「なになに、『現在、大量の奴隷を使う事業を行っているのは2名。当主ガーネット=フレッチャーと、その姉、イザベラ=フレッチャー』。へー、妹さんのほうは有名だけど、お姉さんもお姉さんで何かやってたんだ」

「優秀な妹の方に家督を継がせたそうだが、姉も落伍者(らくごしゃ)ではないと聞く。単に、神の与えた商才は妹のほうが大きかったということのようだ」

「でたでた、才能神授説」


 弟を適当にあしらったアメリアは、ページ下部の、奴隷の使用理由についての記述に目をやった。


「ふーん、ターク平原で金鉱の採掘かあ。購入した奴隷は500人、と。あの場所だったら誰かに見られる心配もなし。容疑者まっしぐらじゃん」

「あまりにも怪しいが、純金のインゴットを帝都の金取引所に大量に持ち込んでいるのは確かなようだ。その純金を彫刻加工する芸術家集団を囲い込んだという話も出回っている。加えて、最近は地方での販路を新規拡大しているとも報告には上がっている。かなりの多忙ぶりだ」

「妹に負けっぱなしは嫌なんだろうなー。そのために死の大地なんかで一攫千金(いっかくせんきん)と一発逆転を狙ったと。とてもじゃないけど、奴隷に軍事能力を仕込む余裕はなさそうだねー」


 リストを置こうとしたアメリアは、イザベラについての記述がもう一枚あることに気づき、紙をペラリとめくった。


「お? 面白いこと書いてあるよ。『500人の購入奴隷は、カンタール港の奴隷市場を経由せず、直接ターク平原の西海岸に上陸させた』、だって。超がつく特別扱いじゃん」

「イザベラは軍閥の連中と太いパイプを築いているようだ。本人が金鉱の視察に向かう際、軍がラスカー山地の軍用隧道(トンネル)の使用許可を与えていたとの記載も下部にある」


 アメリアは先を読み、「おお、ほんとだ」と(うなず)いた。


「あれれ? でもあのトンネルって今は使えないよね? どうやって金塊をこっちに運んでるの?」

「雇った私兵にラスカー山地を迂回させる輸送ルートを通らせているそうだ。かなりの時間がかかるゆえ、イザベラ本人は金鉱に出向くことを止め、ずっと帝都で活動している」

「ふーん……お、さっき言ってた純金彫刻の詳細もあるじゃん。『精緻な造形の純金製彫刻を貴族や上流階級に対面販売で卸している』、と」


 読み進めるうち、アメリアの眉間(みけん)(しわ)が寄った。


「『腕の良い彫刻家を雇ったと目されるが、詳細は調査中』……だって。これ、結構肝心なとこじゃない?」


 ふざけた報告書だねー、と笑うアメリア。

 アーノルドは不機嫌そうに、「無論、諜報部の長官を呼びつけ仔細報告させた」と吐き捨てた。


「妹に探られぬためか、あるいは商品に付加価値(プレミア)を与えるためか、イザベラは雇った芸術家が誰であるかを顧客にも明かしていないそうだ。しかし彫刻の出来栄えはかなりのもので、噂では、バーンメル領主のウィリンガー伯爵が絶賛したという」


 へえ、とアメリアが声を漏らした。

 ウィリンガー伯爵といえば、爵位は低いが確かな審美眼を持つことで知られる人物。

 その蒐集品(しゅうしゅうひん)の数々には、現皇帝である父も一目置いているという逸話(いつわ)があり、故にアメリアもアーノルドも、噂にその名が出てきた事実を、軽んじることはしなかった。


「きちんと(はく)も付いてるねえ。秘密のヴェールでプレミア感をアップとか、かなりの商売上手じゃん。その彫刻、お姉ちゃんも欲しくなってきちゃったなー……ちら」

「ガキか貴様」


 上目遣いをした姉を、弟は一蹴(いっしゅう)した。


「ぶー、いいじゃんけちんぼー。お姉ちゃん、このお城に来るまで金銀財宝なんて全くの無縁だったんだよー?」


 ふくれるアメリア。

 しかし、本気ではなかったらしい。

 アーノルドが相手にしてくれないと見るや、すぐに機嫌と話を元に戻した。


「で、このイザベラ=フレッチャー、弟君はどう思うの?」

「現時点では『(みじ)めな女』だ。家督と婚約者を奪った妹に一矢報(いっしむく)いんと、及ばぬ才能で報われぬ努力を続けている。貴様の言うとおり、奴隷を軍隊化する余裕など到底あるまい」

「ふうん、そっかあ」


 意見が肯定されたというのに、アメリアは、弟の総括をつまらなそうに聞き流した。

 その総括が、こんな言葉で締めくくられるまでは。


「――だが、こんな人間を隠れ(みの)にするような者が背後にいるならば、よほど強大な勢力が動いていると言わざるを得まい」


 アメリアの目に、赤い赤い()が灯る。


「弟君、ひょっとして裏で糸を引く人間(ワイヤー・プラー)についても当たりつけてる?」

「いくつかの仮説が導ける、というだけだ。可能性を排除する根拠は予断や偏見などではなく、徹底した調査の結果でなければならん」

「調査って、容疑者に監視の目でも張り付けるの?」

「そんなまどろっこしい真似はせん」


 じゃあ、何を?

 アメリアの問いへの答えを、アーノルドは氷のように冷たい声音で言い放った。


(おり)を見て、イザベラ=フレッチャーを皇城(ここ)に呼びつける」




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