26_25_長い長い夜の終わり
<Side:リーンベル教会>
「……リック、おい、パトリック! 返事をせんか!」
自分を呼ぶ声が耳に届き、ジーラン枢機卿は、何度目かの目覚めを迎えた。
「この、場所、は……」
先ほどまでの白い世界は消えていた。
見えるのは、リーンベル教会の礼拝堂。
そして、自分のことを心配そうに覗き込む、旧友の司教の顔。
「……なんだダニエル。いつにも増して締まらん顔だな」
「無事なんじゃな!? 本っ当に無事なんじゃな!?」
ジーランは身体の調子を確認しつつ、寝かされていた長椅子から起き上がった。
「相変わらず小心なことだ。たかだか一晩に二度倒れた程度のことで」
「馬鹿言うでない! 一晩中意識をなくして、もう朝じゃぞ!」
「朝……そうか、夜は明けていたか」
彼は、自分の胸に手を当てて、その後で、こちらを優しく見守っていたセラサリスへと視線を向けた。
「聖女よ、終わったのか?」
「肯定、および否定」
「終わりであり始まり……などとは言うまいな。私が貴様ら先人に協力することは、今後一切ありはしない」
突き放したジーランは、破れた紅い法衣を見つけ、着替え始めた。
体調は、すこぶる良好であるようだった。
「パトリック……お前さん、聖者になってまで中枢に潜って、一体何を――」
「ダニエル。今宵見たことは、すべて忘れろ」
冷たく言い放ち、そして、アイシャにも釘を差すことを忘れない。
「シスターよ。貴様が何をしようと勝手だが、これ以上、ダニエルを巻き込まんことだ」
しかし、今日のアイシャはこれに反撃した。
「あら、今になって前言撤回するおつもりかしら? 私がゾグバルグで孤児だった時分、アイアトン司教がいらしたレーデン教会を頼れと勧めてくださったのは、あなたではなかったかしらね? パトリックさん?」
「な、なんじゃとお!?」
明かされた仰天の事実に、アイアトン司教の口があんぐり開いた。
「相変わらずの仮面主義者めが。その口調の時は……いや? 今、貴様は――」
ジーランは一瞬、虚を突かれたように固まってから、控えめに笑い出した。
「ククク、そうか……なれば、この引き合わせも、あるいは神の思し召しだったのやもしれんな」
その様子は、旧友の司教にさらなる驚愕を与えていく。
「お、おい、セラサリスよ。パトリックはどうしてしまったのだ? 急に憑きものが剥がれたみたいになったと思ったら、不気味に笑い始めおったぞ」
「剥がれる、真逆。付与した」
「ま、まさかお主が何かしたのか!? 卑屈なこやつが、わずかたりとも清々しさと晴れやかさを抱いてしまうなぞ、世の終焉にも匹敵する――」
「ダニエル。貴様、余程この教会から追い出して欲しいらしいな?」
睨むジーラン。
ひいっ、と仰け反るアイアトン。
「まあいい。聖女よ、貴様の仲間に伝えておけ。いかなる合意に達しようとも、我々は決して、未来を過つ選択はせんとな」
可能な限りに法衣を整え、礼拝堂を出ていこうとするジーラン枢機卿。
「お体、お大事に」
にこりと笑いかけたセラサリスに、彼は、ふん、と鼻を鳴らして、
「気遣い、感謝しよう」
不機嫌を装い去っていった。
他の者には、どう形容していいかわからない光景。
ついにマルカが耐えかねて、セラサリスに問いただした。
「セラサリスさん。あなたたちは、何を――」
「秘密。でも。とても良いこと」
***
<Side:帝国軍部隊>
「事はすでに起こった後か」
赤く燃え盛る草原に、ひとりの男が現れた。
帝国軍の総指揮権を有する皇族、第三皇子アーノルド。
「作戦は、失敗に終わったようだな」
青い瞳が、惨状を冷徹に一瞥する。
前日も皇城ヴァーミリオンにて公務に勤しんでいた彼は、睡眠時間を移動にあてて、戦場の跡地と呼ぶべきヴァーチ・ステップに颯爽と登場していた。
この文明の技術水準では、到底不可能なスピードで。
「アーノルド殿下、これは……」
「北の大隊指揮官に伝えよ。本日を持って演習を終了とする。全軍を直ちに引き上げさせよ」
「承知、いたしました」
命令は、すぐさま伝令役に伝えられ、北の本隊へと送られる。
伝令役が去った後、皇子の氷の瞳が、ギロリとここの指揮官に向いた。
「この戦場で兵を率いていたのは、貴様か?」
「はっ。わたくしです、アーノルド殿下」
「部隊を撤収後、速やかに皇城ヴァーミリオンへと出頭せよ。事の次第を、詳細に報告してもらう」
「……はっ」
指揮官は、怒りと屈辱に歯ぎしりしながらも、己のが責務を返礼で示した。
***
<Side:ハイネリア>
「司令官、良い報告をひとつ。難民たちは無事にバートランド・シティへと到着、受け入れが完了いたしました」
潜水艦ハイネリアに回収された俺たちに、喜ばしい知らせが届けられた。
あとは俺たちが帰投すれば、晴れて任務も達成される。
「オペレーション・ラットライン、完遂だな」
不測の事態は山程あったけど、終わり良ければ全て良し、だ。
「あれ? そういえばさ、街での難民たちの応対って、誰がやってるんだ?」
『あっちのアタシが対応してるわよ。たぶん今は、あったかい食事を提供してるんじゃないかしら?』
……あっちの? たぶん?
「……シルヴィって、何人もいるの?」
今更な俺の質問に、シルヴィは呆れたような声になった。
『アンタ、ほんっとうに今更よね。今回だって、ライトクユーサーを20台別々に操縦してたの、見てたじゃない』
だって、ほら、距離とかさ……
『通信機って便利な代物も、散々使ってきてるでしょうに』
「いやでも、混乱とかしないの? あっちこっちで色んなことやってて」
「あ、それは大丈夫だそうですよ、お父様。街に戻って同期処理というものを行えば、記憶を共有できると教わりました」
相変わらず、ファフリーヤは物事を俺より完璧に理解している。
「司令官、これは以前、あなたにもお伝えしていることですよ」
「……そうだっけ?」
『まったく、ちょっとは〝らしく〟なってきたと思ったのにねえ。もうちょっと教育量を増やさないとダメかしら』
「そうですねシルヴィ。今回の反省点なども踏まえて、明日からでも講義内容の拡充を――」
「げ!? そ、そういう話は、今はいいんじゃないかな……」
終わりが良くても良くなくても、必ず明日はやってくる。
さて、俺の明日はどうなるのやら。




