表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
282/310

26_22_撤退戦⑥/ギリギリの戦い

<Side:ライトクユーサー1号車>


 ブラッドたちの追撃を(かわ)しきり、俺たちは、どうにか大峡谷地帯(キャニオン・ゾーン)を突破した。

 順調……とは言えなかった。


「想定よりも、かなり時間がかかっています」


 隠密行動として見るならば、失敗にも近しい状況だった。

 最短ルートを通るどころか、敵に姿を発見され、激しい戦闘まで繰り広げた。

 振り切ることには成功したが、相当な時間を奪われた。

 夜明けは、近い。


「ネオン、難民車両のほうはどうなってる?」

「2号車から20号車は、1時間ほど前に海岸線へと到達し、ハイネリアで回収いたしました。後は我々の1号車のみです」

「間に合うかな? 夜が明ける前(タイムリミット)までに」

『太陽が昇るかどうかのタイミングになっちゃいそうね。どうにか帝国兵がいなそうなところを探してみるしかないわ』

「あの〝狼〟と同等の敵部隊が、他にはいないことを祈りましょう」


 ここまでくると、本当に神頼みだ。


「ところでネオン、なんであいつら、途中で追走をやめちゃったんだ?」


 やめたというより、〝狼〟が動きを停めてしまったように見えた。


「正確なところはわかりません。機体の仕様か、不備か。パイロットへの負荷が想定を超えていた可能性も。いずれにせよ、現時点では長時間の運用ができない兵器であると考えられます」


 高い速度と運動性能を誇っていたけど、継戦能力でライトクユーサーに劣っていたということらしい。


『戦闘中に機能停止(フリーズ)しちゃうのは致命的よ。搭乗者を完全無防備にしちゃったうえ、フォローのために別の部隊も動きを止めざるを得なくなった。いくら現文明の兵器水準を遥かに上回る機動力と防護能力があったって、本格的に実戦投入できる段階じゃないわね』


 ただ、ライトクユーサーも無傷では済まなかった。

 荒い機動を繰り返したうえ、最後は過負荷出力(オーバードライブ)を連続し、圧壊兵器の銃弾を回避しながらの高速走行。

 脚部のダメージは相当なはずだし、偽装迷彩も大部分がボロボロになっている。

 損耗は、非常に激しかった。


「ギリギリの戦いだったな」

『別に勝てない相手じゃなかったわよ。6体がかりで輸送戦車1台を仕留められないだなんて、未熟を(さら)したのは向こうのほうだわ』


 プンスカと怒るシルヴィ。

 防戦に徹することを()いられたのが、かなり腹立たしいようだ。

 俺は彼女に笑いかけた。


「あいつらの怖さはよく知ってる。俺たちが無事だったのは、シルヴィが優秀だったからだよ」


 あいつらにひと泡ふかせた……なんていう後ろ暗い感慨じゃなかった。

 激戦をくぐって俺たちの命を運び続けたパイロット(シルヴィ)に、心の底から、深い賛辞を送って(ねぎら)った。


『……ふん、わかってるなら、いいのよ』

「ああ。ネオンも、このままサポートを頼む」


 功労者はシルヴィだけじゃない。

 ネオンが常に行動結果をシミュレートし続けてくれたから、〝狼〟の攻撃をかわし続けて、無事に大峡谷地帯を越えられた。


「もちろんです、司令官」


 さて、あとの頼みは、もうひとり。

 こんな時ばかりって怒られそうだけど、それでも神様(・・)、あと少しだけ、俺たちにどうかご加護を――


 ・

 ・

 ・


 祈りが通じてくれたのか、残りの樹海は、そこそこ順調に抜けられた。

 哨戒の帝国兵たちがいたけれど、SeP(セップ)システムで気づかれることなく回避成功。

 懸念していた7匹目の〝狼〟も現れず、カルリタの樹海はそろそろ終わり。

 残るは海岸線の手前、10キロメートルほど続くヴァーチ・ステップを抜けるだけとなった。


「やっと、ここまできたな」

『ただ、完全にSeP(セップ)システムの索敵エリア外に出ちゃったわ。事前のルートを大幅に無視して、アレイウォスプも戦闘機動で置き去りにしてきちゃったから』


 俺たちが今走行している場所は、当初予定していたルートから、かなり西に()れてしまっている。

 1号車に残っているアレイウォスプはあとわずかなうえ、先行させた19台が撒いたアレイウォスプは全然違うエリアにいる。

 つまり、ここから先は、SeP(セップ)システムによる索敵が効かないことになる。


『クレアヴォイアンスを単体で運用して、穴を埋めるわ』


 別エリアのアレイウォスプを無理に移動させても、エネルギー切れになりかねないとシルヴィ。


「……って、そういや、ここまで配置してきたドローンたちはどうするんだ?」


 このヴァーチ・ステップだけじゃなく、カルリタの樹海の中にも大量に残してきたままだ。


『今回の(ほとぼ)りが冷めてから、後日回収ね。今は帝国兵に見つからないよう、森のなかで隠密行動中。隠れる場所はいっぱいあるから、稼働エネルギーが尽きる前に全機をうまく隠蔽(いんぺい)するわ』

「ああ、頼む。あいつら、戦場に落ちてるものはなんでも拾っちゃうから」


 帝国の兵隊は、戦利品なら何だって持ち帰る。

 宝飾品に見せかけた発信機だって、任務中なのに夢中で集めていたくらいだ。


「シルヴィ、ライトクユーサーのエネルギー残量にも気をつけてください」

『そうね。ネルザリウスを高出力で連発したし、無理な機動もし過ぎちゃったから、少し足回りが――』


 ピィィィィィィィー!


 甲高い音が、薄れゆく夜気を震わせた。


「また笛の音!?」


 まさか、ブラッドたちが!?

 でも、あいつらのとは音が違う。

 方向もだ(・・・・)


「シルヴィ! クレアヴォイアンスの広域照射を!」

『もうやってる! 帝国軍の騎兵隊だわ。草原地帯、海岸線へのルート上に、部隊を広範に布陣してる』


 敵の配置は、すぐさまマップに表示された。

 かなりの数の騎馬兵たちが、ライトクユーサーの進路に()かれている。


「まさか、森を迂回(うかい)していた早馬の部隊が到着した?」


 ネオンは言下(げんか)に否定した。


「ありえません。戦闘をこなしながらとはいえ、ライトクユーサーは馬を凌駕(りょうが)する速度でカルリタの樹海を走破してきました。ですが、敵軍にはこちらの速度を上回るものが、ひとつ」

「そうか、あの笛……!」


 馬と笛による伝令で、南方エリアに展開していた大量の騎馬兵部隊を一斉に動かし、この一帯に先回りを……!


『夜通しの強行軍だったでしょうに、元気なことねっ!』


 急旋回するライトクユーサー。

 敵の配置を見極めて、包囲の穴を突くしかない。


「突破できるか!?」

『やってやるわよ! 掴まってなさい!』


 意気軒昂(いきけんこう)に、シルヴィがライトクユーサーを疾駆させる。

 が、すぐに彼女は異変に気づいた。


『待って、向こうの地面に何か……ちょっと、まさか!?』


 それは、俺たちの目にも見える形で現れた。

 草原の先が、どんどん明るくなっていく。

 太陽が昇ったんじゃない。

 大地が(・・・)赤く光っている。

 こともあろうに帝国軍は、草原一帯に大量の油を撒いて、一斉に火を放ったのだ。


『馬鹿じゃないの!? 兵を(あぶ)り焼きにするつもり!?』


 火勢が強い。

 草原は一瞬のうちに、火の海に変わっていった。

 これを指示した指揮官は、自軍の兵士が炎に巻かれても構わないと、たぶん本気で思っている。

 そのせいで、効果は絶大だった。

 驚愕の表情になった帝国兵たちが――


「た、隊長! 何なのですか、あの〝四ツ足〟の化け物は!?」


 ――こちらを見つめて(・・・・・・・・)叫び出したのだ。


『見られたわ! こんな馬鹿みたいに燃やされたら、どうやったって丸見えになっちゃう!」


 開けた草原、火に照らされるライトクユーサー。

 遠目でも目視できてしまう。

 焦るシルヴィに、テレーゼさんが進言した。


「引き返し、再び樹海に避難しては?」

『そしたら森にも火を付けるわよ! あの馬鹿軍団は!』

「大峡谷には〝狼〟も残っています。万一復旧し再起動していたならば、確実に追い込まれてしまいます」


 後退はできない。

 あの〝狼〟と再戦できるほど、こちらの損耗は少なくない。


『強行突破するわ! あんな火じゃライトクユーサーはびくともしないわよ』


 ライトクユーサーは速度を上げて、火の海の中を突っ切っていく。

 帝国兵たちは、近づく前から恐れをなした。


「た、隊長! 化け物が止まりません!」

「泥の怪物です! 逃げましょう!」

(たばか)られるな! 泥と木くずに覆われているが、あれは人工物だ! 〝四ツ足〟の通った場所を見ろ。車輪の跡がついている!」


 しかし、敵の指揮官が、理知的に兵士の混乱を抑えた。

 やはり明る過ぎる。

 視覚情報があることで、未知が未知でなくされていく。

 そして、あの指揮官は知っていた。

 形が馬車と異なろうとも、車体を()く馬すら見えずとも、それが獲物だと認識させる魔法の言葉を。


「ヴィリンテルの秘蔵の兵器に違いない! 鹵獲(ろかく)して、神の御業(みわざ)とやらを暴いてやれ! 続け!」


 指揮官は愛馬に(またが)り、率先して標的(こちら)に目掛けて駆けてくる。

 逃げ惑う寸前だった帝国兵たちまで奮起して、武器を手にして走り出した。


『やるわね。宵瘴の驟雨(ナーレ・セロイエ)鬱憤(うっぷん)が溜まり続けてたところを、的確に()き付けたわ』


 神の(たた)りに(さいな)まれながら行軍し続けた部下の前で、その神の手先を討つ機会だと発破をかける。

 しかも、自ら先陣を切ることで、兵たちの士気を跳ね上げつつ、逃亡できない空気感をも作り上げた。

 自軍の兵士をうまく乗せる、かなり厄介な指揮官だ。


「シルヴィ、ネルザリウスは!?」

『ちょっと厳しいわ! エネルギー残量ギリギリよ!』


 向かい来る敵兵たちを、ネルザリウスで一掃はできない。


『それでも負ける要素はないわ! 体当たりだって敵を倒せる! ただ……』


 まだ薄暗い。

 けれど、そろそろ夜が明ける。

 バジェシラ海まで、十数キロ続く草原地帯(ヴァーチ・ステップ)

 もともと配置されていた部隊が多く、騎馬隊たちまで集まっている。


「穴が、ない……」


 アレイウォスプは使えない。

 炎が煌々(こうこう)と燃えているうえ、東の空もだんだんと(しら)み始めて、夜闇が払われようとしている。

 今使えば目撃される。

 そして、こちらに回収する余裕がない以上、それは、帝国兵に鹵獲(ろかく)されてしまうことに繋がる。

 俺たちの乗るライトクユーサーだって、すでにはっきりと見られているのだ。

 いや、ライトクユーサーよりも、まずいのは――


「敵部隊と交戦済みの現状、ライトクユーサーを新たな部隊に視認されようと、大きなリスク変動はないと言えます。しかし――」


 しかし、潜水艦(ハイネリア)まで見せるのはまずい。

 あれの存在が割れるのは、こちらに海の拠点があると教えるようなもの。


 場所まで特定できるとは、普通であれば考えにくい。

 けれど、相手は聖遺物を戦闘に投入してくる異能の軍隊。

 いくら常識ではありえなくとも、絶対に探り当てられないとは言い切れない。


「迂回して、別の場所に誘導できないか?」

『やってやりたいとこだけど、エネルギーが稼働限界ギリギリなのよね!』


 大峡谷を抜けるのに過負荷出力(オーバードライブ)を多用した。

 ネルザリウスとクレアヴォイアンスも、相当に酷使した。

 おまけに、足回りにも不安がありそうなことを、シルヴィは言っている。

 〝狼〟のときの縦横無尽な戦闘機動は、もうできない。

 このままじゃ、ハイネリアとの合流場所まで、こいつらを引き連れてしまうことに――


『こうなっちゃったら、ネオン』

「やむを得ません。誠に遺憾(いかん)で、不本意ですが――」


 ハイネリアの露見は避けられないと諦めるのか。

 あるいは、フルミナスレッドを発進させて帝国軍を一掃するのか。

 ネオンの取った選択は――


「不本意ですが、この場は彼ら(・・)に任せましょう」

「え――」


***



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ