26_20_撤退戦④/加速する極限
<Side:ライトクユーサー1号車>
3体の〝狼〟が、真正面から迫りくる。
後方からはブラッドも、付かず離れず追ってくる。
「完全に、挟み込まれた……」
『情報を見せすぎちゃったわね。敵さんも、大峡谷の地理に精通してるみたいだし』
進路と移動距離を読み、更には追っ手の姿を見せてプレッシャーを与え、逃げ道を制限する。
その先には、最強の駒を先回りさせて……ブラッドが使いそうな手だ。
『さっきの崖崩れも警戒されてる。だから奥の手を使ってまで、挟み撃ちに持ち込んだんだわ』
右手には、滝をつくるほど高い崖が厳しく聳えている。
けれど、進行方向の敵に対して崩れさせたら、俺たちまで巻き込まれてしまう。
それに、進路が土砂で塞がれれば、ブラッドの〝狼〟に追いつかれる。
奴が挟撃を選択したのは、最大の脅威を封じるためでもあったのだ。
『望むところよ。同じ手ばっかじゃ芸がないって、こっちだって飽き飽きしてたんだから』
シルヴィは果敢にも、正面の敵に対して真っ向から突撃していく。
『勝負は一瞬、すれ違い様。警戒してるってことは、やられたくないってことでもあるはずよね』
「でも、どうやって?」
すれ違おうにも、向こうは3体。
あの敵の機動力と連携力は、こちらが易々と突破することを許してくれない。
突破に時間を取られれば、ブラッドも追いついてくる。
『まあ、見てなさいな』
3体の〝狼〟から、銃口が向けられる。
構えるのは、やはり見知った名狙撃手たち。
『ネルザリウス、照準――』
あの銃を撃たせないためには、飽和攻撃が必要だ。
すでにブラッドの〝狼〟に撃ち続けているネルザリウスを、シルヴィは、他に対しても照射した。
『――連続発射!』
***
<Side:バラゼルンド>
『俺の合図で斉射しろ。直撃はさせず、とどめは爪で刺す』
銃を構えた味方に対し、ブラッドは心沌識閾領式から指示を送る。
敵への手向けは、あの銃弾。
攻城兵器としてさえ使える強力な聖遺物の弾丸を、敵の速度を削ぐために使い、体勢が崩れたところを4体がかりで引き裂きにかかる。
撃破ではなく捕獲のための、最優の策だ。
『敵の射撃妨害があった場合は、〝心臓〟での神速も許可する』
次善の策もぬかりない。
むしろ、この策こそが本命と言えた。
(あの敵は、こちらの射撃を必ず潰す。徹底した封じ手だが、それで自らの首を締めさせてくれる)
皇狼部隊に、同じ手は何度も通用しない。
彼は罠を張っていた。
4体がかりの今であれば、確実に仕留めきれると踏んでいた。
だが、その罠の起点となるべき、不可視の砲撃が飛んでこない。
(なぜだ? みすみす射撃を許すことだけは、ここまで避け続けていたはずだ――)
疑問が解かれるより早く、敵は味方部隊の射程に入った。
狙撃手たちが引き金に指をかけた、その瞬間。
『っ!? なんだ!?』
彼らの視界は、真っ白な紗幕によって塞がれた。
***
<Side:ライトクユーサー1号車>
『連続発射!』
発射の直後、地面全体から白い煙が噴出した。
「な、なんだ!?」
煙は強い勢いで、瞬くうちに岩場に充満。
一切の視界が効かなくなった。
『まだまだ行くわよ! 最大出力、最大連射!』
どこかから、ゴゴゴ、という地鳴りのような音が響く。
いや、まさしく地響きだ。
滝の岩崖が崩壊し、土石流が発生したのだ。
極大な岩塊の濁流が、岩場の全てを押し流すべく、怒涛がごとくに襲い来る。
『掴まって!』
雪崩れ流れる巨岩と水は、計算された大災害。
ライトクユーサーは急旋回し、迫りくる濁流目掛けてスピードを上げた。
「の、呑み込まれる!」
『込まれないわよ! 口閉じてなさい!』
叫ぶシルヴィ、跳び上がるライトクユーサー。
土石の濁流とすれ違い、流れる岩を一瞬限りの足場にしては、上へ上へと飛び跳ねて、巨岩の雪崩を駆け上がる。
「嘘だろぉ!?」
絶叫は轟音の中に消えていき、しかし、ライトクユーサーは土砂に呑まれず、見事土石流を乗り越えた。
『このまま走り去るわよ!』
休む間もなく、シルヴィは全速力でライトクユーサーを前進させ、このエリアからも脱出していく。
〝狼〟の姿はどこにもなかった。
「逃げ切ったの、ですか?」
「煙幕は、使い切ってたんじゃ?」
装備していたスモーク・ディスチャージャー。
あれは、難民車両を離脱させた際、すでに空っぽになっていたはず。
『材料はあったじゃない。あんなにたくさん』
つまりシルヴィは、岩場の下の渓流の水を用いたのだ。
ネルザリウスの一斉照射を〝狼〟ではなく川に当て、一帯の水分を一気に蒸発、大量の水煙をつくり出した。
そのうえで、右手の崖にもネルザリウスを叩き込み、再び大崩落を引き起こす。
視界を失くした〝狼〟たちを、自機すら巻き込む広範な土石流で、一瞬のうちに洗い流した。
ただし、自分の足場はしっかり計算して確保。
見事にあいつらを煙に巻いて、挟撃の危機を凌ぎきった。
『情報を得てたのは、こっちだって一緒よ。銃の射程、連携攻撃のタイミング……敵の部隊戦術は、およそのとこまで掴んでるわ』
「だから、あんなに冷静に対処できてたのか」
さっきの戦い、シルヴィはネルザリウスを〝狼〟に撃たず、あの銃弾を撃たれないギリギリの位置まで引きつけた。
未知が未知でなくなったから実行できた戦法だ。
『ただ、だからこそわかることもあるわ。あんな程度の土石流じゃ、あの敵兵器は止められない』
敵の追撃を警戒するシルヴィ
ということは、やっぱり、あいつらも無事なのか?
『って、言ってるそばから――』
土石流が沈静化した岩場の上に、崖の下から〝狼〟たちが現れた。
ダメージらしいダメージはなく、すぐに俺たちを見定めて、4体がかりで追いかけてきた。
「崖下まで逃げながら、岩を避けたのか?」
「そのようです。あの加速機構が、それを可能にしたのでしょう」
攻撃してくる瞬間を狙って、目くらましまでかけたのに……
やはり、似たような手は二度は通じない。
『こっちも勝負をかけるわよ! 過負荷出力!』
ついにシルヴィも、ライトクユーサーの出力を跳ね上げた。
最高速度を超えた最高速度で、迫りくる狼の牙から逃れられるか――
***
<Side:バラゼルンド>
崖を飛び降り距離を稼いで、土石流を避けきったブラッドたち。
岩場に復帰し、逃げる標的の姿を認めた。
が、その瞬間、標的が速度を一気に増した。
『加速した!? 速いぞ!』
『ウサギちゃんにも切り札があったのね』
『だが、追えない速度ではない。パターンを3F−4から7G−2に変更。バラゼルンドも神速を使う!』
〝狼〟たちの関節部が、再び、翡翠色の光の粒子を放出した。
***
<Side:ライトクユーサー1号車>
「あいつら! 過負荷出力の速度についてきたぞ!」
過負荷出力をもってしても、〝狼〟たちを引き離すことはできなかった。
脚関節から光の粒子を撒き散らし、もの凄いスピードで追ってくる。
向こうの加速機構も、こちらと同等の性能なのだ。
『やっぱりね。先に使わせたって事実が、吉と出るかしら』
やがて周囲は、木々の生い茂るエリアに変貌した。
追い込まれたのではなく、シルヴィがここをチョイスしたのだ。
だが、超高速の戦闘において、障害物は命に関わる。
避けきれずに接触、転倒でもすれば、加速度によって大ダメージを負うことになる。
『リスクは承知、追う側のほうが神経つかうのよ!』
シルヴィは、ライトクユーサーの小回りを活かして、ギリギリ通れる隙間を狙い、凄まじい速度で森を疾走する。
が、〝狼〟も負けていない。
スピードを全く落とさずに、木々の隙間を一列縦隊で縫ってくる。
いや、違う。
あれは、こちらが通った轍の上を、寸分違わず走っているのだ。
『真似してくれちゃって。プレッシャーのつもりかしら。でも、こっちが上がるのは――』
目の前に、大きな木立。
それを避けると同時に、シルヴィは、
『――スピードだけじゃ、ないんだから!』
脚部で地面を踏み抜いて、スピンしながら急旋回。
本来曲がりきれない方向に、脚力任せに強引にコースを変えた。
それを急制動によって、しかし機敏に、〝狼〟たちも追ってくる。
『そうよ、そのまま着いてきなさい』
振り切れない。けれど目的はそれじゃない。
シルヴィは敵にルートを悟られないよう、どこかに誘導しているようだった。
「ネオン、確か過負荷出力は、『持続時間が限られる』んだよな?」
「その通りです。性能上昇の代償に、大量のエネルギー消費を求める、両刃の剣の機能です」
「なら、あの狼は?」
問いの意図を理解したネオンは、俺の考察に同意を示した。
「この局面まで使用を控えていた以上、あちらの加速も、常時使える機能ではありません」
やっぱりそうだ。
関節を防護してまで速度を上げるなんて技法、無理をしてないはずがない。
『おんなじ機能におんなじスピード、後は、どっちの耐久が上回るかよ!』
「あいつらがへばるまで、保つのか?」
『読めないわ! そこは賭けよ! 神様にでも祈ってなさい!』
これはもはや、前文明と前々文明、どちらの科学技術が上かの勝負。
だが、同じスピードというのは少し違った。
少しずつ、少しずつだけど、〝狼〟が追いついてきている。
そして、真っ先に気がついたのは、テレーゼさんだった。
「っ!? シルヴィ殿、この場所は!」
ライトクユーサーの進路の先には、巨大な亀裂がぱっくり横に広がっていた。
対崖までは400メートルくらい離れていて、谷の中には、槍のように尖った岩が、何本も地の底から生えている。
ここは俺も見覚えがある。
神兵たちを聖教国へと移送したとき、強引な連続ジャンプで飛び越えた、あの大亀裂だ。
「まさか、また誘い込まれた!?」
『冗談! こっちが誘ったのよ!』
崖に向かって超高速で、ライトクユーサーは駆けていく。
〝狼〟たちも怯むことなく、速度を維持して追いかけてくる。
「奴らも飛ぶ気だ!」
加速性能の勝負の次は、跳躍性能での勝負。
だが、前回使った足場の岩は、あの時にすでに崩れている。
別の岩を足場にするのか、過負荷出力ならば届くのか、それとも――
「シミュレート開始。本機と敵機の現在速度、敵狙撃銃の射程距離から、最適な狙撃角度と出力を設定。必要高度取得のための曲面曲率、開脚角度、車輪回転数を――」
「ネ、ネオンっ!?」
『あの時の応用よ。4つの車輪に4つの脚部、独立して可動させれば――』
後ろに〝狼〟、前には亀裂。
その亀裂の縁が見えてくる。
が、それを目前にして、シルヴィは、
『――こういう芸当だってできるんだから!』
ネルザリウスを正面の地面に発射した。
「なにをっ!?」
至近の距離で土石が爆ぜ散り、なだらかな窪地みがそこに生じた。
その窪地へと、車輪が踏み入れた次の瞬間、
「演算完了! シルヴィ!」
『各部出力値並列入力! 制御系システム強制解除! 跳ぶわよ!』
ガクンと衝撃、からの浮遊感。
俺たちは、崖を踏み切り跳躍していく〝狼〟の姿を、真下に見ていた。
「うおっ!?」
ライトクユーサーは、垂直に跳んでいた。
崖に向かって飛んだのではなく、崖の手前、窪地の上で、地面から10メートルも高く跳ね上がる。
漏れた声は、果たして誰のものだったか。
モニターの中で、こちらを見上げる狼の搭乗者の顔も、驚きのあまり歪んでいた。
この光景を、やけにスローモーションに感じるなか――
『取ったわよ! 躾けてあげるわ野良狼っ!」
――活き活きとしたシルヴィの声が、耳に響いた。
『最大出力、最大連射! 地の底まで落っこちなさい!』




