表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
280/310

26_20_撤退戦④/加速する極限

<Side:ライトクユーサー1号車>


 3体の〝狼〟が、真正面から迫りくる。

 後方からはブラッドも、付かず離れず追ってくる。


「完全に、挟み込まれた……」

情報(データ)を見せすぎちゃったわね。敵さんも、大峡谷の地理に精通してるみたいだし』


 進路と移動距離を読み、更には追っ手の姿を見せてプレッシャーを与え、逃げ道を制限する。

 その先には、最強の駒を先回りさせて……ブラッドが使いそうな手だ。


『さっきの崖崩れも警戒されてる。だから奥の手を使ってまで、挟み撃ちに持ち込んだんだわ』


 右手には、滝をつくるほど高い崖が(いかめ)しく(そび)えている。

 けれど、進行方向の敵に対して崩れさせたら、俺たちまで巻き込まれてしまう。

 それに、進路が土砂で塞がれれば、ブラッドの〝狼〟に追いつかれる。

 奴が挟撃を選択したのは、最大の脅威を封じるためでもあったのだ。


『望むところよ。同じ手ばっかじゃ芸がないって、こっちだって飽き飽きしてたんだから』


 シルヴィは果敢(かかん)にも、正面の敵に対して真っ向から突撃していく。


『勝負は一瞬、すれ違い様。警戒してるってことは、やられたくない(・・・・・・・)ってことでも(・・・・・・)あるはずよね(・・・・・・)

「でも、どうやって?」


 すれ違おうにも、向こうは3体。

 あの敵の機動力と連携力は、こちらが易々(やすやす)と突破することを許してくれない。

 突破に時間を取られれば、ブラッドも追いついてくる。


『まあ、見てなさいな』


 3体の〝狼〟から、銃口が向けられる。

 構えるのは、やはり見知った名狙撃手たち。


『ネルザリウス、照準――』


 あの銃を撃たせないためには、飽和攻撃が必要だ。

 すでにブラッドの〝狼〟に撃ち続けているネルザリウスを、シルヴィは、()に対しても照射した。


『――連続発射(シュート)!』


***


<Side:バラゼルンド>


『俺の合図で斉射しろ。直撃はさせず、とどめは爪で刺す』


 銃を構えた味方に対し、ブラッドは心沌識閾領式(ナザイエルジャ)から指示を送る。


 敵への手向(たむ)けは、あの銃弾。

 攻城兵器としてさえ使える強力な聖遺物の弾丸を、敵の速度を削ぐために使い、体勢が崩れたところを4体がかりで引き裂きにかかる。

 撃破ではなく捕獲のための、最優の策だ。


『敵の射撃妨害があった場合は、〝心臓〟での神速(ライフウ)も許可する』


 次善の策(バックアップ)もぬかりない。

 むしろ、この策こそが本命と言えた。


(あの敵は、こちらの射撃を必ず潰す。徹底した封じ手だが、それで自らの首を締めさせてくれる)


 皇狼部隊(ウォルフェンド)に、同じ手は何度も通用しない。

 彼は罠を張っていた。

 4体がかりの今であれば、確実に仕留めきれると踏んでいた。

 だが、その罠の起点となるべき、不可視の砲撃が飛んでこない。


(なぜだ? みすみす射撃を許すことだけは、ここまで避け続けていたはずだ――)


 疑問が解かれるより早く、敵は味方部隊の射程に入った。

 狙撃手たちが引き金に指をかけた、その瞬間。


『っ!? なんだ!?』


 彼らの視界は、真っ白な紗幕(ヴェール)によって塞がれた。


***


<Side:ライトクユーサー1号車>


連続発射(シュート)!』


 発射の直後、地面全体から白い煙が噴出した。


「な、なんだ!?」


 煙は強い勢いで、瞬くうちに岩場に充満。

 一切の視界が効かなくなった。


『まだまだ行くわよ! 最大出力、最大連射(マキシマム・シュート)!』


 どこかから、ゴゴゴ、という地鳴りのような音が響く。

 いや、まさしく地響きだ。

 滝の岩崖(がんがい)が崩壊し、土石流が発生したのだ。

 極大な岩塊の濁流が、岩場の全てを押し流すべく、怒涛(どとう)がごとくに襲い来る。


『掴まって!』


 雪崩(なだ)れ流れる巨岩と水は、計算された大災害(・・・・・・・・)

 ライトクユーサーは急旋回し、迫りくる濁流目掛けてスピードを上げた。


「の、呑み込まれる!」

『込まれないわよ! 口閉じてなさい!』


 叫ぶシルヴィ、跳び上がるライトクユーサー。

 土石の濁流とすれ違い(・・・・)、流れる岩を一瞬限りの足場にしては、上へ上へと飛び跳ねて、巨岩の雪崩(なだれ)を駆け上がる。


「嘘だろぉ!?」


 絶叫は轟音の中に消えていき、しかし、ライトクユーサーは土砂に呑まれず、見事土石流を乗り越えた。


『このまま走り去るわよ!』


 休む間もなく、シルヴィは全速力でライトクユーサーを前進させ、このエリアからも脱出していく。

 〝狼〟の姿はどこにもなかった。


「逃げ切ったの、ですか?」

「煙幕は、使い切ってたんじゃ?」


 装備していたスモーク・ディスチャージャー。

 あれは、難民車両を離脱させた際、すでに空っぽになっていたはず。


材料(・・)はあったじゃない。あんなにたくさん(・・・・・・・・)


 つまりシルヴィは、岩場の下の渓流の水を用いたのだ。

 ネルザリウスの一斉照射を〝狼〟ではなく川に当て、一帯の水分を一気に蒸発、大量の水煙(みずけむり)をつくり出した。


 そのうえで、右手の崖にもネルザリウスを叩き込み、再び大崩落を引き起こす。

 視界を失くした〝狼〟たちを、自機すら巻き込む広範な土石流で、一瞬のうちに洗い流した。

 ただし、自分の足場はしっかり計算して確保。

 見事にあいつらを煙に巻いて、挟撃の危機を(しの)ぎきった。


情報(データ)を得てたのは、こっちだって一緒よ。銃の射程、連携攻撃のタイミング……敵の部隊戦術は、およそのとこまで掴んでるわ』

「だから、あんなに冷静に対処できてたのか」


 さっきの戦い、シルヴィはネルザリウスを〝狼〟に撃たず、あの銃弾を撃たれないギリギリの位置まで引きつけた。

 未知が未知でなくなったから実行できた戦法だ。


『ただ、だからこそわかることもあるわ。あんな程度の土石流じゃ、あの敵兵器は止められない』


 敵の追撃を警戒するシルヴィ

 ということは、やっぱり(・・・・)、あいつらも無事なのか?


『って、言ってるそばから――』


 土石流が沈静化した岩場の上に、崖の下から〝狼〟たちが現れた。

 ダメージらしいダメージはなく、すぐに俺たちを見定めて、4体がかりで追いかけてきた。


「崖下まで逃げながら、岩を避けたのか?」

「そのようです。あの加速機構が、それを可能にしたのでしょう」


 攻撃してくる瞬間(すき)を狙って、目くらましまでかけたのに……

 やはり、似たような手は二度は通じない。


『こっちも勝負をかけるわよ! 過負荷出力(オーバードライブ)!』


 ついにシルヴィも、ライトクユーサーの出力を跳ね上げた。

 最高速度(フル・スピード)を超えた最高速度(フル・スピード)で、迫りくる狼の牙から逃れられるか――


***


<Side:バラゼルンド>


 崖を飛び降り距離を稼いで、土石流を避けきったブラッドたち。

 岩場に復帰し、逃げる標的の姿を認めた。

 が、その瞬間、標的が速度を一気に増した。


『加速した!? 速いぞ!』

『ウサギちゃんにも切り札があったのね』

『だが、追えない速度ではない。パターンを3F−4から7G−2に変更。バラゼルンドも神速(ライフウ)を使う!』


〝狼〟たちの関節部が、再び、翡翠色の光の粒子を放出した。


***


<Side:ライトクユーサー1号車>


「あいつら! 過負荷出力(オーバードライブ)の速度についてきたぞ!」


 過負荷出力(オーバードライブ)をもってしても、〝狼〟たちを引き離すことはできなかった。

 脚関節から光の粒子を()き散らし、もの凄いスピードで追ってくる。

 向こうの加速機構も、こちらと同等の性能なのだ。


『やっぱりね。先に使わせたって事実が、吉と出るかしら』


 やがて周囲は、木々の生い茂るエリアに変貌した。

 追い込まれたのではなく、シルヴィがここをチョイスしたのだ。

 だが、超高速の戦闘において、障害物は命に関わる。

 避けきれずに接触、転倒でもすれば、加速度によって大ダメージを負うことになる。


『リスクは承知、追う側のほうが神経つかうのよ!』


 シルヴィは、ライトクユーサーの小回りを活かして、ギリギリ通れる隙間を狙い、凄まじい速度で森を疾走する。

 が、〝狼〟も負けていない。

 スピードを全く落とさずに、木々の隙間を一列縦隊で()ってくる。

 いや、違う。

 あれは、こちらが通った(わだち)の上を、寸分違わず走っているのだ。


『真似してくれちゃって。プレッシャーのつもりかしら。でも、こっちが上がる(・・・)のは――』


 目の前に、大きな木立。

 それを避けると同時に、シルヴィは、


『――スピードだけじゃ、ないんだから!』


 脚部で地面を踏み抜いて、スピンしながら急旋回。

 本来曲がりきれない方向に、脚力任せに強引にコースを変えた。

 それを急制動によって、しかし機敏に、〝狼〟たちも追ってくる。


『そうよ、そのまま着いてきなさい』


 振り切れない。けれど目的はそれじゃない。

 シルヴィは敵にルートを悟られないよう、どこかに誘導しているようだった。


「ネオン、確か過負荷出力(オーバードライブ)は、『持続時間が限られる』んだよな?」

「その通りです。性能上昇の代償に、大量のエネルギー消費を求める、両刃(もろは)の剣の機能です」

「なら、あの狼は?」


 問いの意図を理解したネオンは、俺の考察に同意を示した。


「この局面まで使用を控えていた以上、あちらの加速も、常時使える機能ではありません」


 やっぱりそうだ。

 関節を防護してまで速度を上げるなんて技法、無理をしてないはずがない。


『おんなじ機能におんなじスピード、後は、どっちの耐久が上回るかよ!』

「あいつらがへばるまで、()つのか?」

『読めないわ! そこは()けよ! 神様にでも祈ってなさい!』


 これはもはや、前文明と前々文明、どちらの科学技術が上かの勝負。

 だが、同じスピードというのは少し違った。

 少しずつ、少しずつだけど、〝狼〟が追いついてきている。

 そして、真っ先に気がついたのは、テレーゼさんだった。


「っ!? シルヴィ殿、この場所は!」


 ライトクユーサーの進路の先には、巨大な亀裂がぱっくり横に(・・)広がっていた。

 対崖までは400メートルくらい離れていて、谷の中には、槍のように尖った岩が、何本も地の底から生えている。

 ここは俺も見覚えがある。

 神兵たちを聖教国へと移送したとき、強引な連続ジャンプで飛び越えた、あの大亀裂だ。


「まさか、また誘い込まれた!?」

『冗談! こっちが誘ったのよ!』


 崖に向かって超高速で、ライトクユーサーは駆けていく。

 〝狼〟たちも(ひる)むことなく、速度を維持して追いかけてくる。


「奴らも飛ぶ気だ!」


 加速性能の勝負の次は、跳躍性能での勝負。

 だが、前回使った足場の岩は、あの時にすでに崩れている。

 別の岩を足場にするのか、過負荷出力(オーバードライブ)ならば届くのか、それとも――


「シミュレート開始。本機と敵機の現在速度、敵狙撃銃の射程距離から、最適な狙撃角度と出力を設定。必要高度取得のための曲面曲率、開脚角度、車輪回転数を――」

「ネ、ネオンっ!?」

『あの時の応用よ。4つの車輪に4つの脚部、独立して可動させれば――』


 後ろに〝狼〟、前には亀裂。

 その亀裂の(ふち)が見えてくる。

 が、それを目前にして、シルヴィは、


『――こういう芸当だってできるんだから!』


 ネルザリウスを(・・・・・・・)正面の地面に(・・・・・・)発射した(・・・・)


「なにをっ!?」


 至近の距離で土石が爆ぜ散り、なだらかな窪地(くぼち)みがそこに生じた。

 その窪地へと、車輪が踏み入れた次の瞬間、


「演算完了! シルヴィ!」

各部出力値並列入力(オール・インプット)! 制御系システム(ドライブリミット)強制解除(・フルリリース)! ()ぶわよ!』


 ガクンと衝撃、からの浮遊感。

 俺たちは、崖を踏み切り跳躍していく〝狼〟の姿を、真下に見ていた(・・・・・・・・)


「うおっ!?」


 ライトクユーサーは、垂直(すいちょく)に跳んでいた。

 崖に向かって飛んだのではなく、崖の手前、窪地の上で、地面から10メートルも高く跳ね上がる。

 ()れた声は、果たして誰のものだったか。

 モニターの中で、こちらを見上げる狼の搭乗者(あいつら)の顔も、驚きのあまり歪んでいた。


 この光景を、やけにスローモーションに感じるなか――


『取ったわよ! (しつ)けてあげるわ野良狼っ!」


 ――活き活きとしたシルヴィの声が、耳に響いた。


最大出力、最大連射(マキシマム・シュート)! 地の底まで落っこちなさい!』




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ