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5_03_上手な取引の仕掛け方 上

『幼女との愛を確かめあってるところ悪いんだけど』

「うわあっ!?」


 ファフリーヤに抱きつかれていた俺は、背後からのシルヴィの声に飛び上がった。

 振り向くと、ゴルゴーンが俺のすぐ後ろまでやってきている。

 こんなに巨大な兵器なのに、静音走行で近づかれると全く気がつかない。

 すごい技術なのはわかるけど、こういう心臓に悪いことはしないでほしいもんだ。


『金鉱のほう。8割方の採掘が完了したわ』

「あ、ああ、そうか。さすが、仕事が早い……な……?」


 相槌(あいづち)を打つも、何か違和感。


「……なあ、掘削じゃなくて、採掘(・・)が完了?」

『そう言ったわ。あそこの(きん)の8割は、もう地上に運んだわよ』


 穴あけが終わったどころか、もう金鉱石の大半を回収したのかよ!?


『ついでに、昨夜のうちに盆地内に運んでおいた溶鉱炉を、ついさっき稼働させたわ。金の延べ棒(インゴット)は現地で順調に作ってるから、さっさとイザベラとの交渉の準備をしちゃいなさい』


***


 午後、俺とネオンは、イザベラに会いに拘置所へと出向いた。


「ずいぶんと早いじゃないか。昨日の今日で、もう準備してきたのかい?」


 手錠は解除したけれど、彼女は今も拘置所の一室にいる。

 西大陸の民と一緒の居住区に住まわせたら絶対にトラブルになるし、彼女自身も断固としてそれを望まなかった。

 もっとも、食器などの配給品は渡したし、拘置所にも水道を引いているので、この文明の家屋より快適に過ごせる環境は整っている。


「材料さえ用意すれば、短時間で製作できるのが強みですから」


 卓上に置いたトランク型のケースを開けるネオン。

 中には、馬に乗った騎士の彫刻が、ちょうど20個収まっている。

 全長は、一般的なフォークやスプーンと同じくらい。

 手綱を操り、勇敢に剣を振り抜く躍動感ある騎馬像は、もちろん全てが純金の輝きを放っていた。


「午前中に完成したばかりの品々です。どうぞご確認を」


 イザベラは、こちらが用意した白い手袋をつけると、ケースの中のひとつひとつを手にとって、じっくり眺めた。


「驚いたよ。本当に精密にできてる。剣や鎧は歪みなく、馬の筋肉は躍動するよう。おまけにこの大きさなのに、表情の細かいとこまで作りこんでる。皇族や貴族のお抱え芸術家でも、これほどの加工ができる腕前の奴は、そうはいないよ」


 イザベラは大きな商会の娘、目利きは確かなはずだ。

 その彼女がここまで()めるんだから、一般的に見て、よほどの品物ってことになるんだろう。


「かなりの値段で売れるはずだよ。こんなもの、どうやって作ってるんだい?」

「携帯型の三次元積層造形装置、3Dプリンターとも呼ばれる技術で作成しています。いかなる大国でも決して真似のできない技法、とだけ説明しておきます」


 俺もさっき見せてもらったけど、びっくりな技術だった。

 万年筆の先っぽが何本も束ねられたような機械が、台座の上に、溶かした金で絵を描いていた……と思ったら、その絵がどんどん盛り上がっていったのだ。

 絵の上に次の絵を描き重ねていくような感じで金を塗っていき、最初に馬の脚が、次に胴体と騎士の脚が現れた。

 そうやって、鎧が、剣が、馬の頭が、最後には騎士の腕と顔が生まれて、気づいたら、馬上の騎士の彫刻ができあがっていた。


「門外不出ってわけかい。いいんだね? そんなものを、帝国の貴族に売りつけちまって」

「大量生産品を高額で売りつけられるのですから、我々としてはぼろい商売です」

「ま、そうだね。ぼろい商売には違いない」


 使用している技術は凄まじく高度でも、1個の彫刻に使っている(きん)は、それほどの量ではない。

 なのに、イザベラの目算では、精巧緻密な加工品という付加価値だけで、同量の(きん)の20倍以上の価格で買い手を見つけられそうだという。

 こっちは大した手間暇をかけてないのに、本当にボロ儲けだと、なんだか後ろめたさを感じてしまう。


「所詮は我々の敵性国家です。軍資金を奪われているにも気づかない連中が間抜けなだけですよ」

「戦争とはいえ、なんだか詐欺っぽい行為だなあ……」


 ポツリと漏らした俺のことを、イザベラが(にら)んだ。


「言っておくけど、あたしは適正な価格でこいつを売ろうとしてるんだよ。この女の言うとおり、こんな技術力は帝国どころか他のどの国にだってない。流通量を見誤らなければ、価値は更に膨れ上がるはずさ」


 イザベラいわく、最初にわずかな量を数人の貴族に売っておけば、あとは勝手に噂が広まり、自然と価値が上がるという。


「貴族ってのは、草の葉につく虫みたいなもんさ。優れた芸術品って名前の葉っぱが大好きで、他の貴族がおいしそうに(かじ)りついてると、自分も同じものを食べたくなる。ところが、葉っぱの数が少なくて自分の分がないとわかるや、皆、自分に優先して葉っぱをよこせとわがままに鳴き出す。そうなれば、こっちのもんだよ」


 他にも買いたがってる人間がいるとか、1個作るのに時間が掛かるとか、希少性を仄めかすと、とたんに貴族は代金を上乗せしてくるのだという。


「『金ならくれてやる、とにかく自分に便宜を図れ』と、いったい何度言われたことか」


 苦々しげに吐き出すイザベラ。

 金彫刻を高額で売りつける手伝いをする背景には、貴族に対する個人的な恨みも手伝っているのかもしれない。


「ただね、価格はいくらでも釣り上げられるけど、全部の取引を内密にってわけにはいかないよ」


 イザベラの言うとおり、貴族というのは自分の見栄のために芸術品を蒐集(しゅうしゅう)している。

 買ったものは必ず周りに自慢するし、自慢された貴族に芽生えた悔しさも、新たな購買意欲へと変わり、延々と連鎖する。


「大半はこっそり売却するとしても、最初の数個はちゃんと表向きに商売しなきゃならない。こっちで噂を広める必要だってあるからね。でも、そうなれば、あたしにも父上に報告する義務が生じる。あの金鉱にしたって、金の採掘量とか収益とかは、1年おきに知らせてたんだ」


 商会長の娘という肩書で事業を回していた以上、父親への説明は絶対に避けられない。

 金の採掘から金彫刻の製造販売へと事業を拡大するならば、詳細を報告せざるを得なくなる、とのことだ。


「それについては考えています。他国から腕のいい金の加工職人を、工房ごと(・・・・)招致(しょうち)したと説明してください」


 ネオンは、手のひらを光らせて、立体映像を投影した。

 驚いたイザベラが数歩退く。

 その眼前に、今現在の金鉱の様子が映し出された。

 監視用ドローンの映像だろう。

 そこには、巨大ドリル重機【ガレイトール掘削機】によって掘られた大穴と、その少し離れた位置に建てられた、水蒸気を吹く大きな装置が映っていた。


「金鉱の(そば)に溶鉱炉を設置しました。採掘された金鉱石を溶かして、延べ棒(インゴッド)を順次精製しています」

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