26_16_無謀な作戦
1号車が囮として殿に残り、難民車両を離脱させる。
「司令官、それは――」
「この1号車は、他の車両より出力が高いんだろ? だったら、残るのはこいつ以外にありえない」
機動力や活動時間を向上させたチューンナップ。
それが施された隊長機こそ、殿に相応しい。
「ネオン、過負荷出力を最大限持続して海岸線に到達できるルートを算出してくれ。難民たちの乗る4号車から20号車をそれで逃がす。2号車と3号車はその護衛を継続。1号車は残って、アンノウンへの走行妨害を――」
「無謀です、司令官」
しかしネオンは、この作戦に反対した。
「お考えは理解いたします。ですが、敵兵器は機動性能でライトクユーサーに匹敵し、搭乗兵はこちらの装甲を貫徹しうる武器を所有しています。ここは数的有利を活用し、20両すべてで的を散らす連携撹乱戦術を――」
「だめだ! 民間人を戦闘に巻き込む軍事作戦は断じて容認しない!」
厳然と命じる俺の剣幕に、ネオンも言葉を呑み込んだ。
ネオンの言ってることはわかる。
未知の兵器に対して数的有利を捨てるなんて作戦、無謀以外の何者でもない。
でも、だからこそなんだ。
「敵にライトクユーサーを仕留めきれる武力があるとわかった以上、難民たちを乗せた車両で戦闘行動なんて、やっちゃいけない」
あの銃弾は、一撃でライトクユーサーを屠るだけの威力がある。
「そして、その武力を持った敵が他にもいるかもしれない以上、難民たちから護衛車両を引き離すわけにもいかない」
今は20両がかりの撹乱走行で対処できてるけど、後ろにも、更に5体の〝狼〟が控えている。
「すべての〝狼〟にあの銃弾が配備されているとしたら、難民車両を先行させるだけじゃだめだ。戦闘をこなせる護衛車両……2号車と3号車が、彼らには必要だ」
皆がなにか言いたげなのを無視して、俺はSePシステムの3Dマップに目を向けた。
赤い6つの光点が、ライトクユーサーに迫っていた。
「じきに2体目の〝狼〟が合流する。それが狩りの始まりの合図だ。あいつらは、一気呵成に攻勢に移る」
あいつらは、2体1組の波状攻撃体勢を整えようとしている。
第1陣が敵集団の隊列を崩しにかかり、集団から落伍した獲物を、3体目、4体目の第2陣が各個に仕留める作戦のはず。
更に、少し離れた位置にも5体目、6体目の第3陣が詰めている。
仮に第1陣の攻撃に耐え、集団を維持できたとしても、速度が落ちれば第2陣、第3陣と追いつかれ、全6体による総攻撃が待っている。
「難民を無事に逃がしきるためには、性能の高い1号車が、殿を務めるしかない」
決然と言い切った俺に、ネオンが進言した。
「司令官。手段を選びさえしなければ、局面を打開する策は複数ございます。最速の戦略を選択するなら、極超音速の戦闘機を呼び寄せ航空支援爆撃を敢行すれば、十数秒でこの窮地を乗り越えることも可能です。いざとなれば、この森を焦土と変えてでも」
方法は他にもある、そう俺を諭そうとするネオン。
「いや、それが得策じゃないことは、この作戦の開始前に充分検討したはずだ」
フルミナスレッドが発する衝撃波の爆音、ソニックブーム。
轟音を立てて飛ぶ物体があったら、帝国兵たちが気づいてしまう。
万一証言が集まれば、基地の方角が特定されかねず、ターク平原にだって疑惑の目が向きかねない。
難民を安全な場所に逃がしたはずが、結局は危険を呼び寄せてしまうことになる。
それに、ネオンたちの敵、終焉戦争を引き起こした黒幕の存在だって、無視はできない。
「難民たちが樹海を脱出するまで敵を足止めすることができたら、1号車も過負荷出力で〝狼〟たちを引き離す。フルミナスレッドを発進させなきゃならないほどの窮地に立たされるとしたら、それは俺たちだけでいい」
「司令官……」
これだけは、断固として譲れない。
しかし。
「ですが、お父様。ライトクユーサーの武装は、おそらく、あの敵兵器に通用しません」
ファフリーヤの冷静な指摘に、頭に昇っていた血が下がった。
……確かにそうだ。
あの狼は、クレアヴォイアンスを阻害した。
ということは、同じようにBF波を用いる指向性エネルギー兵器も、効果は期待できないってことに――
『安心なさい、ファフリーヤ。そんなのはどうとでもするわよ』
だがシルヴィは、それを何でもないことのように嘯いた。
「ですが、有効な武器がなければ……」
対抗手段を持たない者は、一方的に蹂躙される。
鉄砲という近代兵器に祖国を滅ぼされたファフリーヤは、そのことを骨身に染みて知っている。
俺の命令は、そういう無謀で無責任な作戦立案に過ぎなかった。
しかし、シルヴィは俺を責めようとしない。
『前文明の軍隊では、こんな指導がされてたわ。〝何がなくとも、創意工夫で補い尽くせ。それを放棄し諦念せし日に、死するは守るべきものぞ〟ってね』
……死するは、守るべきもの。
『軍事教官が新兵に叩き込む戦闘原理の根底概念よ。定型句があるわけじゃないけどね。これだけ聞くと、ただの非合理的な根性論に聞こえるかもだけど――」
「いや、よくわかる」
何かがないから何もできないなんて、戦場じゃ言い訳にもならない。
武器がないから、装備がないから敵との戦いを放棄するなんて、それこそ国防の兵士にあるまじき非合理だ。
「従軍学校の教官も、似たようなことを言ってたよ。締めの言葉は『皇命に背く愚挙大罪なり』だったけどさ」
守りより攻めに重きを置く、帝国の軍ならではの警句だ。
『ふうん、それは好都合ね』
「大義なき侵略の軍と、背水の守勢の軍では、兵士のモチベーションに天地の差が生まれます」
自信たっぷりに奮い立つシルヴィ、それにネオン。
「後者はいかなる劣勢を強いられようとも死兵となって立ち上がります。が、前者、つまり帝国軍の兵士たちは、『皇帝の命に背いたのではない』という釈明が成立する状況となれば、任務を諦め退却することでしょう」
「反対、しないのか?」
揺らいだ俺に楔を打ち直すかのように、ネオンはきっぱり言いきった。
「反対もなにも、作戦の決定権を有するのは司令官です。私はあくまで補佐役の身。司令官がこれと定めた方針の成就のため、最大限にバックアップすることが役割です」
そして彼女は小さく、しかし、しっかりと微笑んだ。
「そして、人命を第一義とした作戦行動に携われることを、私はとても好ましく思っています」
曇りないその言葉には、万感の想いが込められている。
戦争のために生みだされた、AIたちの切なる想いが。
「相手は大陸一の軍事国家だ。やってくれるか?」
問いかけは、俺自身への奮起の促し。
過去との決別、祖国と戦う反逆の意思。
その決断を、改めて言葉に。
『大陸一の軍事国家ですって? たかだか数百年の蓄積しかない赤子の兵団に、アタシたちが負けるとでも?』
「前文明には、数千年に渡る戦いの歴史、膨大な血を流して紡いだ生命の歴史がございます。命を持たないAIにさえその重みを理解させる、忌むべき戦争の数々が」
誇るべき歴史などではなく、幾多数多を失い続けた、負の教訓。
「――シルヴィ。この戦場を委ねます。司令官のご期待に、見事応えてみせてください」
上官たる戦術AIからの指示に、ボディを持たない戦術AIから、不敵に笑った気配があった。
『命令復唱! 1号車を殿に残し、2号車から20号車を戦闘地域から急速退避! 彼らのハイネリア搭乗が完了するまで、1号車は戦闘機動で敵機を足止め! ――覚悟はいいわね、司令官?』




