26_15_護衛戦②/潰滅の魔弾
<Side:ライトクユーサー1号車>
『〝狼〟が加速! 左手の崖から回り込んでくるわ!』
再び〝狼〟が迫ってきた。
さっきの攻撃で最後尾に移った1号車に、距離を取りつつ真横につける。
同時に、搭乗者にも動きがあった。
「ラッドが構えた!」
狙撃の名手が位置を変えた。
狼の右側面に、左手一本でパイプに掴まりぶら下がると、もう片方の手を伸ばして、燧石銃をこちらに向ける。
『あいつ、あの体勢でマスケット銃を撃つつもり!?』
シルヴィが長物と称したように、あの銃は片手で扱える銃身長じゃない。
銃床を肩付けしていないどころか、腕を完全に横に伸ばして、ほとんど手だけ……いや、指だけで支えている。
だが、俺は知っている。
「回避だシルヴィ! ラッドは当ててくる! どんな持ち方でも、射撃時の反動を逃して確実に獲物を仕留めきる!」
「ですが、お父様。燧石銃の鉛玉では、このライトクユーサーの装甲を抜くことは――」
『銃身内の弾丸を解析不能! まずいわ!』
「シルヴィ! 緊急回避を!」
瞬間、緑色の光の筋が通り過ぎ、直後、強烈な閃光と衝撃が、ライトクユーサーの車体を襲った。
「うわあっ!?」
「きゃあっ!?」
激しい揺れに、悲鳴が上がる。
『偽装迷彩が一部剥離! 表面装甲露出! ダメージは軽微!』
「シルヴィ、全車で連携撹乱走行を! 2号車と3号車は陽動に!」
『わかってる! 的は絞らせないわ!』
機動と編隊を、直ちにシルヴィが組み替えた。
すべての車両を前後左右、交差するように入り乱れさせ、かつ、護衛車両は再び最後尾に戻し、あえて両車を左右にばらした。
的を散らし、ラッドの次撃を迷わせて、銃口をこちらに向けさせない。
「直撃したのか!?」
『バカ言わないで! ちゃんと躱したわよ』
回避してなお、あの衝撃。
一体、何が?
『銃弾の中に、BF波で解析不能な針状構造体が仕込まれてたわ。それが爆発したのよ。〝爆発〟と呼んでいいかはともかくとして』
つまり、今の銃弾も、聖遺物――
「急激な圧力上昇と発光現象がありながら、熱の発生も爆轟波も観測されませんでした。何らかのエネルギーによって発光範囲を急激に加圧し押し潰す。空間圧壊兵器とでも呼ぶべき銃弾です」
「……まともに喰らったら、どうなる?」
「木々や地面の破壊状況、偽装迷彩が圧縮された時間などから威力を推定いたしました」
ネオンはわずかな沈黙の後で、良くない答えを口にした。
「あの銃弾の直撃を受ければ、ライトクユーサーの装甲をもってしても、間違いなく押し潰されてしまいます」
……最悪の状況だ。
未知という優位性が無くなっただけに留まらず、防御面での安全性さえ崩れ落ちた。
「聖遺物を、使い捨ての弾丸として撃ちこむなど……」
絶句しているテレーゼさん。
教会関係者からしたら、あってはならない発想だ。
言い換えれば、聖教会の後ろ盾を得ている国家は絶対にやらない禁断の戦法。
帝国は、一種のタブーを犯していることになる。
『あの銃弾、空中で〝爆発〟してたわ。何かにあたった形跡はなかった。発射後の距離や時間に応じてなのか、それともセンサー起爆に近いものなのか……あの一発だけじゃデータ不足ね」
「だからって、そう何度も撃たせられない」
あんなのを何発も撃ち込まれたら、俺たちは容易く壊滅させられてしまう。
『救いは連射ができないところね。銃の構造って意味じゃなくて』
ラッドは既に次弾を再装填したらしい。
銃を構え、撹乱走行するライトクユーサー部隊に、再度銃口を向けている。
が、なかなか引き金を引こうとせず、二撃目は飛んできていない。
「聖遺物の銃弾は、帝国軍にとっても貴重なものなのでしょう。効果的に使用するため、こちらの走行パターンを見極めているものと考えられます」
一発目を避けられたことで、慎重を期しているってことか。
でも、あのラッドが?
『最初の一発は、たぶん武力示威でもあったんだわ。敵を1台仕留めつつ、高い威力を見せつける。残りが怯えて散り散りになって逃げたところを、個別に追いかけ叩いていく。移動手段さえ壊しちゃえば、難民の足じゃ、大峡谷地帯から動けないってわかってるのよ』
それを避けるため、シルヴィはあえて部隊を分かれさせず、連携性能による射撃妨害戦術を選択した。
常に高速で掻き乱し、しかし一瞬たりとも密集さず、地形も上手く利用して、ラッドの銃を封じ込めた。
『封じたってのは早計よ。無理して撃ってこないってだけ。隙を見せたらあっという間。後続の合流待ちなのも大きいわ』
単機で無理に攻めずとも、味方が追いつくのを待てばいい。
他の〝UNKNOWN〟にだって、銃弾はおそらく配備されている。
「シルヴィ様、あの銃弾をアミュレットで防ぐことは?」
現状、俺たちの勝っている点のひとつが兵器数。
鋼鉄の兵隊アミュレットが。護衛車両と輸送車両に、全部で88体も乗っている。
だが、彼らの動員に、シルヴィは否定的だった。
『無理よ。威力が高いし、効果範囲も広すぎるわ。アミュレットだって耐えられない。連携回避で撹乱と陽動はできるけど、機動力の差で〝狼〟の方の餌食になっちゃう』
「回避ではなく撃滅は? あの鉄の兵団では、あれに勝てませんか?」
『まだデータ不足だけど、歩兵を〝戦車〟に挑ませるのは無謀だわ。数の利があったとしても』
「戦車……」
つまり、シルヴィはあの〝狼〟を、ゴルゴーンと同格だと判断しているということ。
そんなのが、全部で6体……
『撹乱はライトクユーサーで継続するわ。もっと高次のやつに切り替える。20両全部を戦闘機動に移行して、銃弾を躱しながら相手の性能を見定める。能力さえ正確に把握できれば、アミュレットと連携して対処することができるはずよ』
この緊急事態下でも、速やかに最適解を導く戦術AI。
現状の装備を考えれば、最も適切な作戦だろう。
でも俺は、その作戦を承服できない。
「……シルヴィ。ライトクユーサーにも過負荷出力機能が備わってるって言ってたよな?」
『使い所が難点だけどね。エネルギー消費が激しいし、各部機構にもかなりの負担がかかるから、持続時間が限られるの』
「タイミングは緻密に計算しなければなりません。敵の戦闘データが揃い次第、SRBSシミュレーターで――」
作戦を組み立てる彼女たちを、俺は手で制した。
「2号車から20号車を、過負荷出力で離脱させよう。この1号車で、〝狼〟どもを足止めする」
【ちょっと長めの補足】
『歩兵を〝戦車〟に挑ませるのは無謀だわ。数の利があったとしても』
上記のシルヴィの台詞は、ミリタリーに詳しい人ならツッコミを殺到させたくなるくらいに語弊があります。
ただし、「現代の戦場においては」という注釈がこれには付きます。
どういうことか、ちょっと解説していきます。
①ツッコミどころ
まず、「現代の」戦車戦においてですが、
戦況や戦術によっては、歩兵が戦車に挑むことも、歩兵が戦車を打ち破ることも、当たり前なくらい普通にあります。
現に、ウクライナとロシアの戦争では、
ウクライナ歩兵が対戦車ミサイル「FGM-148ジャベリン」によってロシアの戦車を撃破する様子が、開戦当初はニュース映像として度々流れていましたし、
また、パレスチナのガザ地区でおこなわれている戦争でも、
イスラエル軍の高性能戦車のセンサーをかいくぐるため、歩兵が死角から近づき手榴弾でそれを破壊……という戦闘の様子が、これも映像で報じられていました。
こうならないよう、戦車は通常、味方歩兵が随伴する「歩戦協同」によって、死角や側面をカバーしてもらったりします。
(『当たり前なくらい』とか言っちゃうのは、これはこれで語弊がありますが……)
②シルヴィの台詞
では、どうしてシルヴィは『無謀』だなどと言ったのか。
端的に答えを述べれば、「戦車が歩兵に負ける」という弱点が克服されたから、です。
彼女が軍務に就いていた時代には、センサーやレーダー技術が魔法じみて発達しています。これは本編にずっと記してきた通りです。
遮蔽物に隠れた敵を正確に感知するレーダーや、敵の視野角やバイタルまで遠隔でわかるシステム、更には、感知した敵を遮蔽物を無視して狙い撃ちにできる指向性エネルギー兵器。これらが戦車に搭載されています。
死角が無くなり、待ち伏せや奇襲を遠くから感知でき、その瞬間に攻撃に移れる。
ここが「現代」との違いです。
兵器が変われば戦術が変わり、戦闘のセオリーも変わってきます。
そして兵器は、敵兵器への対抗手段を講じる度にどんどんアップグレードしていきます。
ですのでこれは、いつか来たるべき戦場の変化を、作者が勝手に予想したうえで物語の中に落とし込んだ。
それがシルヴィの台詞となってあらわれたものと、そんなふうにご認識ください。
……などと長々書いておいてアレなんですが、
単純に「歩兵と戦車の純粋な単体戦力差をあらわしただけの台詞」と雑に解釈してさっと流すのが、一番楽な読み方ではありますね。




