26_12_包囲突破戦③/目には目を
<Side:ライトクユーサー1号車>
『各車、散開!』
巨大な爆発が起こる直前、ライトクユーサー部隊は、ある戦術を実行していた。
これまでの縦列走行を取りやめて、全20両がバラバラに、森の中へと散っていく。
『アレイウォスプが敵の第2陣を捉えたわ。爆薬の位置もクレアヴォイアンスで全箇所把握済み。後は――』
「笛の音だ! シルヴィ!」
『やっぱり散開を見破ったわね! けど、こっちも調整は完了よ!』
全車を同時に制御するシルヴィは、それぞれの位置や速度を個別に調節した後で、
『全ライトクユーサー、最大加速!』
森を最高速度で突っ切らせた。
進行方向には、あいつらが設置した爆薬の罠と、
『全車両、ネルザリウス起動! 照準、各車正面の敵埋伏部隊!』
そのずっと奥に、馬上で銃を構えて並ぶ、第2陣の帝国騎馬兵団の姿。
それをモニターで視認した瞬間、
ピィィィィィィィー!
各部隊の笛が鳴らされた。
全く同じタイミングで。
「全トラップ点火されました! 今ですシルヴィ!」
直後、車体正面で爆炎が激しく上がり、
『全車一斉掃射!』
爆発に乗じて、ネルザリウスが発射された。
「ぐぅっ!?」
「うっ!?」
落馬する騎馬兵たち、爆炎を突破するライトクユーサー。
20箇所同時爆発の凄まじい威力と大音量に、他の帝国兵も地に倒れ伏す。
『直撃したわっ! 第2陣は全員昏倒状態よ!』
「ネオン! 難民の車両は!?」
「全車無傷です! 一帯の敵戦力が無力化された今のうちに、この場を離脱します!」
燃える森の中、馬から落ちて意識を飛ばす兵たちの横を、ライトクユーサーは高速で駆け抜けた。
「やりましたねお父様! 爆発の罠も、第2の包囲陣も、無事に突破です」
『アタシたちを一網打尽にするつもりが、逆に全滅してれば世話ないわね』
喜ぶファフリーヤ。
シルヴィも鼻高々に、してやったりと笑っている。
「ああ。あいつらの高い練度のおかげだ」
事実、あいつらは才能だけじゃなく、高度な戦闘技能を駆使していた。
笛の音による迅速な情報伝達と、着実な部隊行動。
それを逆手に取ったのが、20箇所同時起爆の誘発戦術だ。
計算通りに追い込まれたと思わせて、実際にはこちらの意思で、同じタイミングで各所の罠に全車で突っ込む。
同時起爆で一斉に起こる爆風爆音の衝撃波。
それに紛れさせる形での、指向性エネルギー兵器による範囲掃射。
それも、全20車両一斉攻撃。
『あんな戦術、よく思いついたじゃない』
「初日に見せつけられたからさ。ほら、ターク平原の金鉱で」
忘れるはずがない。
あまりに衝撃的だった。
俺がネオンとシルヴィに出会ったあの日。
イザベラが金を採掘していた金鉱から、奴隷だったイダーファの民たちを解放した。
あのとき、ゴルゴーンに搭載していたネルザリウスで、金鉱の内外に配置されていたイザベラの私兵だけを狙っていっぺんに気絶させていた。
「あれを爆発と同時にやれれば、不自然な倒れ方とは見做されないんじゃないかと思って」
やや楽観的とも思える俺の予想を、ネオンたちも肯定してくれた。
「すばらしいご判断です。あの規模の爆発であれば、轟音や衝撃波によって意識を飛ばした、あるいは、落馬のショックで気を失ったと帝国軍も誤認するでしょう」
『気絶した兵士本人もそうよ。敵の攻撃を受けただなんて認識する間もなかったわ』
結果、前文明の兵器技術を見られずに、この場を突破することに成功した。
「不安なのは、車体があの爆発に耐えてるところを第1陣に見られてたら……ってとこだけど」
『それだって大丈夫よ。あの瞬間、帝国兵はアタシたちを視認できる状況じゃなかったわ。起爆の合図があった時点で、地面に伏せたり耳を塞いだり……正しい行動だけどね。でもって爆発後は、予想以上の音と熱風で目なんて開けてられなかったし』
敵の第1陣は、獲物を追い込んだ時点で役目を終えている。
取り逃がしがあったとしても、そのために第2陣が置かれていたのだから、深追いよりも身の安全を確保するのが優先だ。
「突破シーンを明確に目撃できなかった以上、敵は、起爆タイミングの遅延や爆薬量の不備といった別要因を疑うことしかできません。気絶している第2陣を発見しても同様です」
『ま、最終的には「何が起きたかわからない」っていう結論にもならない結論を受け入れるしかなくなるわ。未知の兵器にやられたなんて発想には、なりっこないわよ』
粗ばっかりだった俺の作戦立案を、このふたりがうまく形にしてくれた。
「さすがはお父様です。制約を破ることなく、完璧な作戦でしたね」
「本当に感服いたしました。あの一瞬で、ここまでの策略を張り巡らせるとは」
だからまあ、ファフリーヤとテレーゼさんの称賛は、完全に過大評価だ。
***
<Side:樹海内部、デリックたちの潜伏位置>
森は赤々と燃えていた。
木々が焼け、火の粉が舞い、炎が森に爛々とした明るさを生む。
その火が赤く照らし出すのは、帝国騎馬兵たちの無惨な姿。
多くの兵士が傷つき、倒れ、気を失っている。
その愛馬たちも轟音と火勢に慄き、暴れて、周囲の兵に更なる被害をもたらした。
動ける者も怪我人の救助にあたったり、馬をどうどうと諌めたり。
とてもではないが、追撃をかけられる状態ではなかった。
「ラッド、怪我はないか?」
「平気。ディアドラも大丈夫?」
ラッドとディアドラは無事だった。
ふたりは岩陰に身を隠すことで、爆風の難を逃れていた。
「ああ、心配いらない。他の2人もどうせ無事だ」
そのふたりから少し離れた地面の上で、土と枝葉がもぞりと動く。
「なにが『どうせ』だディアドラ。こっちも少しは気にかけやがれ」
「うえぇ、泥まみれだよぉ。髪の毛ぐっちゃぐちゃ……」
土と葉をかき分け、デリックとメリッサも現れた。
このふたりも全くの無傷である。
獲物の誘導役だった彼らは、潜伏位置が爆破地点から離れていた。
炎は届かず、周囲の木々も燃えていないが、それでも土をかぶったところに、爆発の威力が窺える。
「……爆風、凄かった」
「うー、なんでいっぺんに点火しちゃうのよー。ばかー!」
頭の土を払いながら、味方の不手際を責めるメリッサ。
しかし、彼女以外の3人は、険しい顔で赤々と燃える森を見ていた。
「この状況、どう思う?」
「逃げられるはずがねえ……と、言いてえとこだが」
「……うん」
森の先から、笛の音が響いた。
さきほどまでには使われなかったパターンが、いくつかの場所から発される。
その意味はすべて、『作戦失敗』。
「えー!? 取り逃がしたの!? 全部の場所でー!?」
「ちっ。そりゃそうだろうよ。こっちの起爆タイミングを一致させられる神憑った連中が、みすみす捕まってくれたら苦労はねえ」
奥歯を噛み締め、悔しがるデリック。
彼の心はこの森のように、怒りの炎で燃えていた。
「標的の中に、間違いなく俺と同じ算出の才能を持った奴がいる。そうじゃなきゃ、あの同時爆発の説明がつかねえ!」
憤怒が森に迸る。
デリックは、自分の才能に絶対の自信を有していた。
が、それが己だけに与えられた才覚だと思い込めるほど、自惚れてもいなかった。
事実、従軍予備学校の同期たちは、いずれも自分にない才能を花開いている。
とはいえ、自分に匹敵する同系の人間を認められるほど、そのプライドは安くなかった。
「第2陣も機能しなかったようだな。騎馬隊を動員というのは、最初から不安要素ではあったが」
土に塗れたデリックは、拳を握り、地を叩きつけた。
「もう追いかける手立てはねえよ――」
怒りを噛み締めた彼の口は、
「――普通ならな」
唐突に歪み、不敵な笑みへと変わっていた。
「追うのか?」
「ったりめえだ。わざわざアケドアから出向いてきて、屈辱塗れで終われっかよ」
そう、彼ら皇狼部隊はたった1日で、城塞都市アケドアからこの戦場へと現れた。
そんなことは不可能だ。
400キロメートル以上も離れた距離を、1日で埋めることなど。
……現文明の技術では。
「連れて来といてよかったよねー」
「……デリック、動かして」
「ったく、戦闘にまで駆り出すことになるとはよ」
デリックたちは、潜伏地点を少し移動し、枝葉で隠匿していた〝荷物〟を開放した。
アケドアからずっと運んでいた、布で覆われた巨大な荷物。
枝を払い、布を留めているロープに手を伸ばすと、その下から、くぐもった重低音が聞こえてきた。
それは獣の唸り声にも、何かの脈動音にも聞き取れた。
「へっ、こいつもやる気満々じゃねえか」
デリックはロープを解くべく、結び目に手をかけた。
――だが。
『待てデリック』
「あ? んだよブラッド。止めるつもりじゃねえだろうな?」
この地点にはいないはずの人間の声を、デリックは感じ取った。
ブラッド=ウェルズリー。
彼はデリックたちより北、樹海に入る手前の林で、ランソン隊と交戦した部隊の指揮を執っていた。
『これらは我が軍の極秘兵器だ。使用には、いくつかの要件を満たしているほか――』
「アーノルド皇子っつうか、アメリア皇女の許可がいるってんだろ。それなら得てるぜ」
確かに許可は降りていた。
ただしそれは、ラスカー山地の調査任務を言い渡された段階であり、この戦場は想定されてもいなかった。
「だいたいさー、ここに来るのにみんなも乗ってきたわけじゃん。今更でしょー」
デリックの言葉から、メリッサも会話の内容をおおよそ察し、口を挟む。
『だが、ヴィリンテルの神兵ならばまだしも、ベルトンに露見するのは時期尚早が過ぎる。目撃者を全員殺すか捕縛するなら別だが――』
「しちまえばいいじゃねえか、ベルトン軍なんて皆殺しによ」
「……そもそも、隠す意味、ある?」
「ベルトンとヴィリンテル。繋がりはもはや濃厚だろう。少なくとも、襲撃者は聖教国と繋がっている」
ラッドとディアドラも同調した。
ベルトン兵が本物かどうか、疑いの余地があるとは思っていたが、それでもこの戦場に現れた敵はヴィリンテルとグルだと、彼ら4人は決めつけていた。
「それにあの標的は、こちらと同じなのではないか?」
4人とも、やられたままで黙っていられる性分ではなく、
「どうするよ、ブラッド?」
「どうするのー、ブラッド?」
そしてそれは、ブラッド=ウェルズリーにしても同様だった。
『現場で判断するには荷が重い。が、逃げられるわけにもいかん。なにより――』
「お? 『なにより』、なんだって?」
『――初陣がこのザマでは、アメリア様のお名前に傷がつく』
「……くくく」
彼らの意見はまとまった。
「御託はこの辺にしとこうぜ。どの道、こいつは目立ち過ぎちまう。特に夜間はよぉ」
皇狼部隊は、総力を上げて逃げた獲物を追跡する。
「どうせ見られちまうんなら、開き直ってやっちまおうぜ」
ロープが解かれ、荷を覆う布が内側から破かれた。
切れ目から翡翠色の光が溢れ、呻くような、轟くような、猛獣じみた声が夜に響く。
「さあ、感動の再会と行こうや!」




