26_11_包囲突破戦②/〝才能〟に挑む
<Side:樹海内部、デリックたちの潜伏位置>
「ラッドー、ほんとにこの辺りなのー?」
「……手応えあった。何かを撃った」
「誰も倒れていやしねえぞ。血の匂いもねえ」
「……たぶん、人じゃない」
「ラッドの言うことならば確かだ。疑いの余地はない」
デリックたち4人は、ラッドの戦果を確認していた。
彼らは獲物と遭遇したが、脱兎がごとくに逃げられた。
銃の射程の遥か遠くまで……しかし、彼らはいまだ、戦闘を継続している。
「まあ、疑う気はねえよ。情報を得てえだけだ。算出するためにな」
デリックは、地面に残った獲物の足跡、車輪の轍を見つめていた。
(帝国の軍用馬車よりでけえ乗り物、ラッドは確かにそう言った。が、こんな森のど真ん中を、木の幹に擦りもしねえで完璧に避けて走ってやがる)
ラッドの情報と、轍から読める小回り性能などによって、サイズと速度は算出し終えた。
が、その後になってもデリックは、周囲を観察し続けた。
(この轍の跡……車輪が独立してんのか? おまけに、沈み込みの割に泥跳ねは少ねえ。音を抑えた? まだ性能を隠してやがるな)
にわかには信じられないが、自分の才能を疑わない彼は、算出結果からルートの候補を複数個、あっという間に弾き出した。
それをメリッサに一点予想させ、場所を絞りこんで行く。
「うーん……このルートだと思うよー」
「……これ、どんどん奥に向かってる?」
「たぶんさー、このウサギさん、大峡谷地帯に入る気なんじゃない」
「あんな場所に? それほどの性能か?」
「どれほどかはわからねえが、樹海の深部に逃げ込まれんのは面倒だな。ちっ、手柄を譲るみてえで癪だが……」
デリックは不承不承に笛を手に取ると、あるパターンで吹き鳴らした。
***
<Side:ライトクユーサー1号車>
「ネオン、あいつらは?」
「敵兵による追走はありません。完全に振り切りました」
『当然よ。スピードはこっちが遥かに上なんだから。カルリタの樹海の奥まで逃げ切っちゃえば、あいつらは追ってこれないわ』
いつもと同じ強気の語調。
しかし、そんなシルヴィの声は、どこか晴れない響きがあった。
俺の心も同じだった。
(あいつらは、距離が離れたくらいじゃ諦めない。そんな簡単な奴らじゃない)
もともとこちらには、「現文明の軍隊の経験則にあてはまらない」という優位性が存在した。
その代わり、「前文明の兵器の姿を見られてはならない」「前文明の武器で相手を倒してはならない」という制約条件も負っている。
ここまではアドバンテージのほうが効果を絶大に発揮してきた。
(でも、あの部隊には、その優位が十全に働かない)
実戦経験がない部隊。
それは通常、戦場の機微を感じ取れないなど、負の要因と呼ばれるもの。
けれど、今この局面においては、別の見方をすることもできる。
それは、あいつらが既存の軍隊の常識に染まりきっていない、旧来の経験則に左右されない部隊でもあるということだ。
特に、感知や予測に長けた人材を有する部隊は、諸々の制約下にある今の俺たちにとって、天敵となりうる存在だった。
――と。
『また笛の音よ。さっきとは違う音程と長さだわ』
シルヴィが再び音を感知した。
俺の知らない暗号パターン。
従軍学校時代とは違う、この任務のために新規に設定したものだろう。
でも、わかる。
「くそ! 加速と進路の変更が見抜かれたんだ!」
確証はなくとも断言できる。
笛の音というのは、通信機という反則技を持たない現文明の軍隊にとって、自軍に即時的に情報を伝える有用な手段だ。
しかし、同時に、相手にも自分の居場所を教えてしまう諸刃の剣でもある。
「隊を発見されるリスクを犯してまで伝える情報が、生半可なもののはずがない。そして、あの部隊にデリックがいる以上――」
その情報は、敵に致命傷を与えるに足る攻撃性を秘めているのに違いないのだ。
ありえないような戦術が、戦略に組み込まれているという優位性。
それがあの部隊の、最大の武器だった。
『新たな敵部隊を2つ捕捉。400メートル先に、今度は騎馬兵。こっちの進路に先回りしようとしてるわ』
「騎馬兵……あいつらじゃないな」
今の笛の音に呼応したのだろう。
当然、シルヴィは回避のためのルートを選択。
だが、〝当然〟という常套手段は、予測しやすいということでもある。
「……ネオン、このライトクユーサーの装甲強度は、どこまでの爆圧に耐えられる?」
現れた騎馬兵部隊は、デリックたちの仕込みだ。
別部隊にも意味の通じる笛の音を使い、駒として利用する。
おそらく……いや、間違いなく、俺たちの進路を制限して、狙い通りの位置に誘導する策略。
「追い込み先には、きっと爆薬が仕掛けられてる。殺傷目的じゃなく、轟音で馬を怯ませて、木々を倒してルートを塞ぐ気だ」
標的が馬車であるならば、これほど有効性の高い戦術はない。
とすれば、すでにこの森の中には、数十か所に渡ってトラップが設置済みのはず。
「現文明の科学水準における黒色火薬の威力では、装甲に傷ひとつ付きません」
『場所もいくつか特定できたわ。火薬に少し〝混ぜもの〟をしてるみたいだけど、それでもダメージを通せるほどの爆発にはならないわ』
「じゃあ、完全な回避は?」
わずかな思案があってから、ネオンは答えた。
「爆薬の設置箇所数と効果範囲にも寄りますが、司令官が受けていた訓練内容からそれらを推測した場合、この車両数での縦列走行下においては、非常に困難だと言わざるを得ません」
『仮にオーバー・ドライブの速度で駆け抜けたって、何台かは確実に巻き込まれるでしょうね。もっとも、爆風を浴びた程度じゃスピードは落ちないし、倒木くらいは軽く乗り越えられるわ』
ネオンもシルヴィも、進路を読まれることは前提。
こちらも敵の妨害を読みきって、そのうえで、被害を最小にするためのルートを構築するつもり……いや、すでに構築し終えているのだろう。
『それで、敵を知り、己のことも知ったアンタは、どんな作戦を立てたのかしら?』
にもかかわらず、シルヴィは俺の意見を聞こうとする。
「前にネオンも言ってたろ。敵が突破能力を持ってないなら、その場所はこちらにとっての安全エリアだって」
『もしかして、わざと爆薬の設置箇所に突っ込むつもり?』
「ああ、だから装甲の強度を聞いたんだ」
たぶん爆薬は、進行方向の何十箇所にも仕掛けられてる。
殺すにせよ、進路を塞ぐにせよ、確実性を増すためには、そうしていないはずがない。
そして、ライトクユーサーも、音より速くは走れない。
どうやったって笛の音のほうが先に届く。
敵部隊が広範に展開している以上、集合されたら逃げ道が消される。
それに、高速走行に移行したことで、センサー・ドローンによるサポートにも遅れが生じ始めている。
このまま迂回を続けても、敵の検知が難しくなるし、原野を進んだ早馬の部隊に抜かれてしまうかもしれない。
「あいつらは、自軍の味方を巻き込むような馬鹿はしない。起爆時には、周囲の部隊を必ず遠ざける」
「その瞬間をあえて作り出し、包囲を突破するしかないとの判断ですね。しかし――」
「わかってる。この手の罠を得意とする連中が、敵の突破後に備えていないはずがない」
たとえ標的が予想通りに進んできたとしても、爆発に巻き込まれずに済む可能性や、爆薬が不発の可能性だってなくはない。
その先にも、第2の包囲網が敷かれているはずなのだ。
「敵に切り札があるってわかってるのに、こちらが先に手の内を明かすのは悪手だ。でも、手の内がばれない方法なら――」
俺の提案を、彼女たちは採用した。
『そうね。それなら確かに……ネオン!』
「SRBSシミュレーター、起動」
ネオンの瞳が、赤く輝いた。
「クレアヴォイアンス広域照射。SePシステムの取得データと併せ同時並列処理実施。全ライトクユーサーの走行パターンを即時総当たり入力。敵部隊の未来進路を600秒先までシミュレート」
人には為し得ないスピードで、最適解を模擬計算するネオン
最善手は、すぐに見つかった。
「このルートです、シルヴィ!」
『ええ、行くわよ! 各車、散開!』
***
<Side:樹海内部、デリックたちの潜伏位置>
「……集団、散らばった」
「ばらけたか。だが、そいつも〝計算通り〟ってやつだぜぇ」
ニヤリとほくそ笑むデリック。
ラッドが彼に示した場所は、散開するならこの地点だと目をつけていた箇所のひとつ。
デリックは笛を手に取り、騎馬兵部隊を、そして、他の皇狼部隊の兵士を動かした。
「この配置なら、獲物は罠に突っ込むしかねえ」
予測しうる全ての進路を導き出したデリックは、そのうちの、包囲を抜けられてしまう〝穴〟のルートの一切を潰した。
後は、それぞれのルートを監視する部隊の仕事だ。
獲物の通過を見届け次第、各々のタイミングで起爆を合図し、追い込み地点の実行部隊が爆破する手筈。
だが。
「……なんか、変」
「どうした、ラッド?」
ラッドが異変を察知した。
尋ねたディアドラに、彼は闇の先を見ながら答えた。
「5番、9番、17番がスピード落とした。8番は急旋回……13番急停止、また進んだ……」
ラッドは〝視えた〟標的全てに対し、〝視えた〟順にナンバリングを行っていた。
「お馬さんが疲れちゃったんじゃない?」
「それはあるまい。動力が馬でないことは、ラッドがしっかり確認している」
(そうだ。んなはずはねえ。日和るんだったら、もっと早くに――)
デリックの思考は早かった。
彼の才能、多重並行加速演算は、ほぼ一瞬で標的の謎の動きに解を与えた。
が、その瞬間に、デリックの背筋は凍りついた。
「奴ら、まさか――」
論理的には〝ありえない〟。
しかし、あの敵ならば〝やりかねない〟と、直感が警笛を鳴らしている。
(不可能だ。俺に匹敵する算出能力がねえ限り。だが――)
だが、デリックは己が才能と直感を信じ、敏速に笛を鳴らそうと手に取った。
しかし。
ピィィィィィィー!
彼の笛より一瞬早く、各部隊の鳴らした笛の音が、一斉に夜の樹海に響き渡った。
「遅かったか! てめえら、伏せろ!」
鬼気迫るデリックの叫び声は――
ドォォォォォォン!
――直後に起こった轟音と暴風で、千々に掻き消された。




