5_02_政略結婚は計画的に
「それで、お父様。婚姻の儀のことなのですが」
(ぐ……来たか)
避けては通れない話題が、ついにファフリーヤから振られてしまった。
「えっとだな、ファフリーヤ。結婚は、今すぐにっていうのは、だな」
言葉を若干つまらせた俺の手を、ファフリーヤの小さな手がぎゅっと包み込んだ。
「わかっています。お父様には、国家を樹立し、民を導く重大な使命があるのですから」
山積みの土を平らに均している人たちを見遣りながら、柔らかい笑顔で理解を示すファフリーヤ。
彼女は俺の事情、というより、民たちの事情を汲んで、自分のことより優先させている。
まだ幼くとも、前国王の娘として自国民を第一に考えているのだ。
(王族としての責務、ってやつか)
俺にそんなものが背負えるかな、と、少しだけ気持ちが暗鬱に沈んでしまう。
が、そんなことを案じていられる心の余裕は、ファフリーヤが放った言葉にかき消された。
「部族会議では反対意見を述べる人もいたのです。ですが、妻と認めてくださっただけではなく、王冠まで与えていただいたことを伝えたら、皆、私の婚姻を心から祝福してくれて――」
……王冠?
「現人神であられるお父様が、わたくしを正室にお選びくださったとあって、民たちも――」
正室ってなによ!?
次から次に飛び出してくる不穏な単語の数々。
愕然と言葉を失くしている俺に、ネオンがフォローを入れてきた。
「民たちの間では、自国の王女たるファフリーヤが、神から強く求婚されたことになっているようです」
「ちょっと待ってくれ! 政略結婚はともかくとして、俺が求婚したことになってるのか!?」
そういう事実があったようです、とネオン。
あるわけないだろそんなもの!
「なんでも、西大陸の文化においては、王が正室を選ぶ際、王から后に冠を贈るという伝統があるそうで」
「王冠なんて、贈るどころか俺だって持ってな……いや、待てよ」
俺の目は、ファフリーヤの頭に装着されている、俺が渡した物品に吸い寄せられていた。
「なあ、まさか……」
「そのまさかです。彼女たちは通訳用のヘッドセットを、一種の王冠だと思っているようですね」
再び言葉を失う俺。
ネオンはフォローという名の追撃をかけてきた。
「決め手は司令官とお揃いだという点にあります。神と認識している御方が身につけている装飾品。王権を象徴する王冠だと思われても、不思議はないでしょう」
「でも、黄金とかでできてるならまだしも――」
「司令官、あのヘッドセットの機能をお忘れですか? あれは、神の言葉を解することができる、いわば神の権能の一端が宿ったアクセサリーです。金銀財宝以上の価値があるのでは?」
……確かに。
「いや、でも! こっちの大陸は一夫多妻制じゃないんだぞ」
「そのような風習は、新国家の法整備次第でどうにでも作り変えられます」
どうしてか、ネオンが俺の味方をしてくれない。
「私としても、願ったり叶ったりの展開ですから。もともと、国民の中からも信頼できそうな者を選んで、技術の一部使用権限を与える予定でしたので」
「な、なんだって?」
その人間に、ファフリーヤを選んだっていうのか。
さっきは、民たちには原始的な道具しか与えないようなことを言っていたのに。
「彼女の歳なら覚えも早いでしょうし、一国のトップという立場です。理解力によっては、司令官の代行権限を付与することを検討してもいいかもしれません」
どうやら、ネオンの中でファフリーヤの評価はかなり高いようだ。
「従順な人材は貴重です。あとはそれを、従順かつ優秀な人材に育て上げればよいのですから」
「それはそうかもしれないけど……」
ここまで話しておきながら、俺は、この会話が翻訳機でファフリーヤに筒抜けなことを今更思い出し、彼女の様子を窺った。
が、ファフリーヤは話の内容を理解できていなかったのか、急にまじまじと見つめてきた俺に不思議そうな顔をしてから、無邪気に抱きついてきた。
(まあ、わかってないなら、いいか……)
例によって、頭をなでてあげる俺。
そんな俺に、無表情のはずのネオンから、わずかに呆れたような気配。
「司令官。今回は教えておきますが、ファフリーヤは今の我々の会話を9割以上理解していますよ」
「へ?」
まさかの忠告に、思わずファフリーヤの顔を見る。
「ネオン様、いじわるです。そこは、知らないふりをしておいてくださるところです」
彼女は俺に抱きついたまま、口をとがらせてネオンに抗議した。
無邪気さの名残はあるものの、雰囲気がさっきまでとはどこか違う。
「あなたのことは信用していますが、司令官に警戒心が全くないのも問題ですので」
いやいやいや。
これって、どういうことよ?
「覚えておいてください司令官。王族と女はしたたかなのです。王は国と民を守るために、そして、女は好いた男に抱かれるために、いかなる奸計をも辞さない覚悟を胸に秘めているものです」
えっと、つまり、ファフリーヤのこれは王族としての演技?
それとも、女としての……いや、うん、どっちだよ?
「お父様。もちろんファフリーヤはお父様が大好きです」
当惑する俺の心中を見定めてか、ファフリーヤは俺に抱きつき直して、顔を埋めてきた。
「わたくしがお役に立てるようになれば、お父様はわたくしをお側においてくださるし、民たちを守ってもくださります。王族としても、女としても、これ以上の幸せはファフリーヤにはございません」
うまく言い包められている気がしてしまうのは、俺がファフリーヤに交渉能力で負けてるからなんだろう。
(ああ、ネオンが信頼を寄せる理由がわかった)
この子は無邪気でありながら、とんでもなく強かでもあるのだ。
「ですから、お父様も、ファフリーヤが大好きなお父様でいてください」
今度のは、俺にも意味が明確にわかった。
もしも俺が、西大陸の民たちを害するような行動をとったとき、ファフリーヤは彼らの指導者として、俺と道を違えなくてはならないのだ。
「大丈夫だよ、ファフリーヤ。俺はファフリーヤたちを裏切らない。自分のためだけじゃなくて、皆のための国を作るって、約束する」
俺の言葉に、嬉しそうな表情を浮かべるファフリーヤ。
この顔は、きっと嘘や演技じゃない。
そう、すっきりと思えるくらい、彼女の笑顔は清水のように澄んでいた。




