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26_09_陽動戦③/特殊部隊VS特殊部隊

<Side:聖教国南方の森林>


「無事か、アンリエッタ?」


 森の中の銃撃戦は、割合あっさり幕を降ろした。

 敵味方入り乱れての近接戦闘、それを敵狙撃兵たちは嫌ったか、近づかれる前に身を退()いた。

 敵が完全に撤退したことを見極めてから、ケヴィンは味方の無事を確認した。


(あなど)らないで。この中では私が一番目が効くのよ」


 そっけなく心配はいらないと示したアンリエッタ。

 が、態度とは裏腹に、表情はとても嬉しげだ。


「隊長、こっちも全員被害なしです。唯一、またブレーズが足に弾をかすめましたが、これも防護インナーのおかげで外傷には至っていません」

「……今日は俺、当たり日みたいっす」


 痛みがあるのか、ブレーズは(もも)のあたりをさすっている。

 外傷無しとは言っているが、青あざくらいはできているのかもしれない。


「しかしまあ、拍子抜けというのか案の定というのか。奴ら、蜘蛛(くも)の子を散らすように退いていきましたな」

「想定外の事態に弱すぎっすね。自分らもセオリー度外視してたくせして」


 彼らは奇策を選択した。

 敵狙撃兵の部隊に対して真正面から突貫し、接近戦に持ち込むという作戦に打って出た。

 一見すれば暴挙だが、しかし実際には、高度に合理的な戦術だった。

 着ているインナーの防弾性能、なにより味方同士の実力の信頼。

 そして、それ以上に敵兵の実戦経験の少なさが、作戦の成功率を大幅に引き上げた。


「こちらケヴィン。新たな敵戦力と遭遇した。騎兵ではなく狙撃兵だが、機動力がある。気をつけろレジス」


 別の戦場で戦い続ける副長に、ケヴィンは速やかに情報を共有する。


『こっちもそれらしき部隊と遭遇しました。動きは洗練されてるくせに、被害ゼロで追い返せました。たぶんですが、奴らには人を殺した経験がありません』

「いつだ? 人数は?」

『たった今です。確実に見えたのは5人。撤退支援も含めれば、推定で8人以上はいたようです』

「こっちとは別の部隊か。他にも同系統の部隊が複数いると見たほうがいいな」


 やはり敵は、実戦経験の少ない部隊。

 教本通りの固まった戦術は、良く言えば基本で王道、つまりは多くの戦場で有効的(オール・ラウンド)な戦術だと換言(かんげん)できる。

 しかし、基本の域を出ない以上、急激すぎる(・・・)変化の前には、ある種の(もろ)さが生まれやすくなる。

 変化する戦場に対し、いかに即時応戦できるかが、戦いを生き抜くコツであると同時に、強い兵士の絶対条件でもあるのだ。


(熟練の居ない若い部隊、特殊な訓練を受けた兵士……)


 思索に(ふけ)り、ケヴィンは、ある可能性に思い当たる。


「特別な新兵……もしや、帝国の従軍予備学校の卒業生か?」

「隊長、まさかあいつら、ベイルの同期生だと?」


 確証はない、しかし、確信に近いものがある。


「おまえらも薄々思ってたはずだ。あいつが帝国で受けたっつう訓練。一般兵の育成には、明らかに過ぎた内容だ」


 これまでにない特別な部隊の養成。

 そして、積極的な実戦への投入。


(ラクドレリス帝国め、何をやろうとしてやがる?)


 そんな連中が、この森の中に埋伏している。

 彼らは周囲の気配を探りつつ、銃弾を再装填した(・・・・・・・・)


「上等だ。帝国軍の虎の子がどれだけのもんか、きっちり見定めてやろうじゃねえか」


 退(しりぞ)く意思は彼らになかった。

 索敵エリアを超えてなお、全員が戦うことをやめようとしない。

 ここで得られる情報が、祖国の命脈を繋ぐことを、彼らは真に理解している。


『本当に命知らずね、あなたたちは』


 そんなケヴィンに、シルヴィから通信が入れられた。


『アレイウォスプの部隊をそっちに回したわ。2チームともカバーするから、奇襲だけは避けられるわよ』


 彼らのもとに送り込んだのは、北の林で役目を終えたアレイウォスプ。

 エネルギー切れの前に撤収か隠匿しておくべき索敵用ドローンのいくつかを、シルヴィは再び戦場に復帰させた。


「意外だな。撤退を勧めると思ったぜ」

『どうせ聞く耳持たないでしょ。アタシたちも情報は欲しいし、持ちつ持たれつよ。しっかり諜報活動に励みなさいな』


 通信を終えようとしたシルヴィに、


「待て。奴らのことを、ベイル(あいつ)には?」

『話してないわ。概要の経過報告に留めてる。未確認の敵部隊と遭遇したってね』

「……正しい判断だ。あれが帝国従軍予備学校の卒業生だってのは、あくまで俺の推論でしかねえ。真偽不確かな情報は与えず、自分の任務に専念させてやれ」


 腕のデバイスで、周辺エリアの索敵状況を確認するケヴィン。

 待ち伏せを受ける前に、こちらから仕掛けるつもりでいる。

 その気高さに、戦術AI(シルヴィ)も心から(こた)えた。


『お礼を言うわ、ランソン隊長。ばっちりサポートしてあげるから、大船に乗ったつもりでいなさい』

「はっ。ローテアド海軍に向かって大船とは、でかく出るじゃねえか」


 ・

 ・

 ・


『いるわよ。200メートル先。気づかれてるわ』

「気づいてるのはこっちも同じだ。撃つタイミングで先を越す」


 新たな部隊を発見した彼らは、敵が使ってくるのと同様、一撃離脱戦法ヒット・アンド・アウェイを徹底した。

 敵部隊の接近を狙撃で妨害し、あるいは敵の狙撃を木や茂みに隠れてやりすごし反撃。

 発砲後は直ちに移動し、そして弾を再装填して、再度狙撃。

 これを互いに応酬した。

 被弾は無い。

 が、それは敵兵にも言えること。

 戦況は拮抗し、均衡が崩れないまま、相応の時間が経過していた。


(奴ら、こっちの狙いを外すことを徹底してやがる。おまけに、さっきから、この音――)


 少し前から、大きな音が森のあちこちから聞こえていた。

 銃声ではない。

 彼らの発する戦闘音とは別の音。

 もっと大きな、爆音と呼ぶに相応しい大音量が、ドォン、ドォンと鳴っている。

 それと同時に、メキメキと木の幹が折れる音や、()ぜた土砂がパラパラと降り注ぐ音も、木々の間から聞こえてくる。


(確かベイルは、火薬を使った訓練があったと言ってたな)


 爆音は、どんどんこちらに近づいてくる。

 が、大砲の発砲音とはどこか違うと、ケヴィンは感じていた。

 微小な差だが、音の響きに収束されている感じがしない。

 そして、これが砲撃だとするなら、タイミングや角度も少し気にかかる。


(銃や大砲以外の火薬兵器……いや、トラップか?)


 茂みに身を潜めながら、ケヴィンは腕のデバイスでシルヴィを呼び出した。


「おい、確認だ。帝国軍(ヤツら)はこの場に砲車までは持ち込んでねえ、そうだな?」

『もちろんよ。部隊の機動力に支障が出るもの。軍用の貨物馬車なら来てるけど、大型の火砲は投入されてないわ」

「となるとアレは、時限式の(トラップ)か」

『ご名答。火薬がたっぷり詰まった木箱よ。原始的な導火機構で火薬の着火に時間差をつけてるわ。箱の大きさは3種類。でも、どれも威力はそれほどじゃないわね』

「ふん、目的は破壊力じゃなく、音量のバリエーションだな」


 ありがとよ、と通信を終えるケヴィン。

 敵の策略はこれでわかった。

 こちらの配置と動きを読んで、設置していた木箱(わな)を爆破、砲撃音や着弾音だと誤認させる。

 導火機構とやらで爆発時間を調整し、あわせて音の大小を変えれば、偽の遠近感をも作り出せる。


「……いや、読みでもねえな。どっちかっつうと教本(マニュアル)通りの総当たりか」


 基本に忠実であることが、決して悪いわけではない。

 悪いわけではないのだが、実際の戦況とほんの(わず)かにズレが生じ、微妙な違和感を生んでいる。

 だから罠だと気づかれた。

 柔軟な応用も得意ではあるのだろう、だが、微細な調節が効いていない。

 要するに、場数不足を露呈(ろてい)しているのだ。


「だが、戦術論理はしっかりしてやがる」


 教本通りとケヴィンも評している通り、音の出処(でどころ)や罠の設置場所に、大きなミスがあるのではない。

 特に上手いのは、各トラップの起爆タイミング。

 爆音の発生方向と間隔から、架空の砲撃の角度や装填時間までが相手に伝わるようになっていて、どちらに進むと危険かという偽情報を上手く示し、敵を誘導しようとしている。


「聞いてたな、てめえら」

『ええ隊長。奴ら、なかなかにやりますな。いや、奴らにこれを仕込んだ奴がと言うべきですかな』

「ふん、偽の砲撃音で相手が浮足立てば、後の進路も手に取るように、か」


 今回は、大砲が無いとSeP(セップ)システムによって判っていた。

 だからケヴィンたちは惑わされず、自在に戦場を動けている。

 だが本来、このトラップは本物の砲撃と併せて使うものなのだろうとも、ケヴィンは密かに戦慄(せんりつ)していた。

 大砲の数を2倍にも3倍にも思わせられるうえ、偽の爆音で本当の砲撃範囲におびき寄せれば、敵部隊を一網打尽にすらできる。

 たとえ一部が偽物と見抜かれても、相手が不用意に進軍してくれば、今度は本物の餌食(えじき)にできる。

 よくできた戦法だ。


「特殊戦闘と特殊工作をこなす若い部隊か。経験を積まれる前に、潰しておきてえところだが……」

『隊長、そいつは無謀ってもんですぜ。今の俺らに、そこまでの準備はありません』


 敵戦力は、少なく見積もっても20人以上。

 罠も含めて兵器をふんだんに使っているうえ、いざとなれば本隊の支援も受けられる。


 対して、ケヴィンたちは半数程度の12人。

 防弾防刃に優れたインナーを着用してこそいるものの、今はベルトンの兵士に扮装(ふんそう)していて、本来の装備ですらない。

 なにより、ここまで陽動役として戦い続けてきた彼らは、損耗という名のディスアドバンテージを負っている。


『こちらミシェル。残弾数が心もとなくなってきました』

『こっちもです隊長。まだ攻め込めなくもないですが、退却行動に差し障りかねません』


 部下たちからの報告が、その事実をケヴィンに突きつける。

 Bチームの分隊長(レジス)からも、同様の報告が届けられた。


『敵部隊を分断する役目は充分に果たしました。妨害者はベルトン軍だと誤認させ、帝国軍の新戦術の一部も知れた。潮時でしょうな』


 副長の的確な進言が、ケヴィンに(おのれ)の考えが間違っていないことを後押しする。

 部隊の撤退を、彼は直ちに決断した。


「ちっ。この場は足止めされておいてやる。これ以上、新兵に(はな)を持たせてやる必要はねえ。攻めあぐねてると見せかけて、引き揚げるぞ」





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