26_07_陽動戦②/新たなる敵部隊
<Side:ライトクユーサー1号車>
『ランソン隊が交戦を開始したわよ。北の本隊から降ってくる部隊に奇襲をかけてる」
「戦況は?」
『至って優位に立ってるわ。必ず先手を取れるから、まずダメージを与えて怯えさせて、強国の軍服を見せて戦意を削いで撤退させてる。さすがの手際ね』
SePシステムと偽装盗聴器が、彼らのサポートとしてかなり役立っているらしい。
「敵部隊が捜索のためにばらけていることも、彼らの戦術を効果的にしています。戦闘音を辺りに響かせ、近寄ってきた別の部隊に手傷を負った仲間を保護させる。その間に自分たちは離脱できるうえ、襲撃の事実とベルトン軍の目撃情報を、確実に本隊に持ち帰らせることに成功しています」
「これで混乱が生じてくれれば……」
「はい。現場への指示が錯綜することで、我々の行く手で待ち受ける帝国兵たちにも混乱が伝播してくれるかもしれません」
木々の密度が増してきた。
もう少しで、俺たちもカルリタの樹海に突入する。
さっきの笛の音による指示は、樹海に蔓延る哨戒兵にも届いたはずだ。
戦況は、決して予断を許さない。
***
<Side:聖教国南方の森林>
『隊長、今退いたので6部隊目ですぜ』
「ったく、数だけは一丁前だな。レジス、そっちはどうだ?」
『7部隊目を追い返しました。1人落馬して足を痛めたようですが、部隊長が強引に持ち上げていきましたな』
「はっ。味方を置き去りにしない程度には規律が回ってやがったか。これなら、ベルトンの軍服のこともしっかり報告してくれそうだ」
ケヴィンたちは戦い続けた。
待ち伏せし、奇襲を仕掛け、敵の撤退を見届けてから移動して、別の部隊を待ち伏せする。
これを何度も繰り返した。
短い時間に戦闘が連続していたが、彼らに疲労の色は見られなかった。
『他方向を警戒しなくて済むのは助かりますな。隊の全員を攻撃に投入できるのはかなりのメリットです』
「だが気をつけろ。そろそろSePシステムとやらの索敵エリアが終わる頃合いだ」
索敵が有効なのは、アレイウォスプを展開させていた地域だけ。
すなわち、ライトクユーサーが走行する可能性のあった範囲に限られる。
ゆえに、彼らが知れるのは、北から降りてくる敵部隊の動向のみ。
敵の動きに合わせて陽動と移動を重ねた彼らは、南へ南へ下ることになり、そのエリアから外れつつあった。
『わかってるなら、そろそろ撤退を始めなさい。そこからあと100メートル先までしか、索敵エリアは繋がってないわよ』
シルヴィからも警告が入る。
辺りの木々は密度を濃くして、周囲はもはや、林ではなく森の様相。
鬱蒼とした夜の森。ここからは、敵の奇襲を受けやすくなる。
しかし、ケヴィンに退く気はなかった。
「ローテアドとしても、帝国とベルトンには潰し合ってほしいからな。ギリギリまで粘らせてもらうぜ」
ケヴィンたちは、極限のサバイバル状況下において、継戦と生還を果たすための訓練を積んだ特殊部隊。
森に不慣れな帝国騎馬兵団とは違い、このフィールドは彼らの主戦場だと言っていい。
SePシステムの功績以前に、卓越した技能と経験則が、彼らをこのフィールドに適応させて、ここまでの戦果を築いてきた。
(ん? これは……?)
だから今、彼らの感覚は、鋭利なナイフのように研ぎ澄まされ、
(なんだ……? 肌がひりつくこの感じ……)
ゆえに、ケヴィンがそれに気づけたのも、必然だったと言えるだろう。
「伏せろブレーズ!」
隊長の怒号に、ブレーズは両腕で頭を守り地面に飛んだ。
同時に、森の奥から、パン、と小さな銃撃音。
『痛っつ……! 正面茂みから銃撃! 距離50メートル!』
撃たれながらも、狙撃者の位置を無線で報告するブレーズ。
視えていたケヴィンも走りながら銃を構え、反応射撃で茂みに銃弾を撃ち込んだ。
手応えはなかった。
「ちっ、外したか! 全員! 木の影に隠れろ!」
彼らは敏速に太い木の幹に身を隠し、敵の射線を遮った。
地に倒れたブレーズも、そのまま体を横転させて、藪の後ろに逃げ込んだ。
「ブレーズ! 生きてるな!」
『なんとか無事っす。防弾インナーが受け止めてくれたんで……』
報告するブレーズの様子は、ケヴィンの位置からも目視できた。
彼は左前腕部をさすっている。
あそこに弾が当たったらしい。
ただし、出血や骨に異常はないようである。
実は彼らには、ある装備がネオンから支給されていた。
バートランド・シティの模擬戦で着用していたダメージ軽減の練習着、あれをグレードアップさせた防護インナー服を、ベルトン王国の軍服の下に着用していたのだ。
『報告、正面に敵兵6!』
こちらと同数か。
そう思ったケヴィンに、
『奥にあと4人いるわ!』
夜目の効くアンリエッタから修正が入った。
数の利は向こうにあるようだ。
しかし、それよりも気になることがある。
ケヴィンは素早く弾を込め直しつつ、敵の様子をうかがった。
『妙です隊長。急に敵兵の動きが変わりました』
「ああ、方角もだ」
この敵は、SePシステムの感知にかかっていなかった。
ということは、南から待ち伏せていたことになる。
つまりそれは、北の本隊とは別の部隊がいたということ。
更には、こちらの動きが予測されていたということ。
「総員、気をつけろ。こなれたヤツらが来やがったぞ」
通信機で全員に指示を出すケヴィン。
樹の幹を盾に銃を構え、見えない敵の気配を探る。
(何者だ、奴ら)
先ほどの銃撃は、音もなく近づいてからの一撃離脱戦法だった。
いや、厳密には離脱していない。
潜伏位置は変えたようだが、まだ周囲には、敵の気配が蠢いている。
それも、複数の気配が。
(さっきまでの騎馬兵じゃねえ。歩兵……いや、狙撃兵か? だが、気配の消し方が妙だ)
というよりも、気配の現れ方が妙だとケヴィンは思い直す。
そして気づいた。
(……なるほどな。こっちの銃口の動きにピタリ合わせてきてやがる。味方のひとりが狙われたタイミングで、別の奴が気配を発して陽動してんのか)
ケヴィンの言う気配とは、殺意の感知などではない。
もっと現実的なものだ。
例えば、枝葉の揺れ、影の濃さ、空気の流れ、果ては歩行から生じる地面の微弱な振動など。
自然の中で人が動作したために生じる、極々微細な、しかし、確かな存在証明。
熟練の、本当に戦い慣れた軍人だけが感じ取れるそれを、正体不明の敵はわざと発して、意識をそちらに誘導している。
(練度が高え……なんてもんじゃねえな)
特筆すべきは、この動作が、その場しのぎの撹乱ではないこと。
戦術として緻密に練られた連携行動だ。
陽動につられた敵が銃をあちこち動かせば、狙われる味方の人数は増えるが、1人あたりに銃口が向いている時間は少なくなる。
動かさないなら銃口は自分に向いていないことになり、安全に接敵したり、狙撃のために頭を出すことが可能となる。
いたずらに敵に見つかるリスクを冒しているようで、その実、撃たれるリスクを着実に減らし、攻撃チャンスを増やしているのだ。
(リスクを最低限に抑えた接敵、からの精密射撃、そして離脱か。狙撃兵のセオリーじゃねえ。奴ら、何か特殊な訓練を受けていやがる……だが、それにしちゃあ詰めが甘え)
現に、完全に先手を取られたブレーズは、腕で銃弾を防御することに成功した。
頭を撃たれて即死していておかしくなかったシチュエーションだというのに、だ。
防護インナーの性能ありきとはいえ、無傷というのはどうにも解せない。
しかし、敵が手を抜いているとも思えない。
「まさか連中、実戦が初めてなのか?」
この答えはただの副産物。
得られた情報から、彼は取るべき戦術を選択し、部隊に迅速に指示を与えた。
「総員、着剣!」
これだけの言葉で、全員が隊長の意図を理解する。
「6つの気配に、左から順に番号を振れ! 合図と同時に各自の隊員番号と対照の敵兵を一斉狙撃、直後に突撃する! 標的以外の動きにつられるなよ!」
隊員たちは慣れた手つきで、銃の先端にナイフを取り付け銃剣に変える。
全員が、素早く作業を終えると同時に、
「撃て!」
6発の銃撃音と共に、樹木の陰から躍り出た。
***




