26_06_陽動戦①/狩人を狩る者
<Side:ライトクユーサー1号車>
『配置してきたアレイウォスプに感ありよ。林の中の帝国兵がわらわらと、南に向かって集まってきてるわ』
「やっぱり、さっきの笛の音で?」
緊張が走る。
ついに、帝国軍が動き出した。
が、
『そうよ。アンタも聞いてみる?』
「ん?」
シルヴィはやけに落ち着いている。
それに、『聞いてみる』って、どういうことさ?
*
『おい、またあったぞ』
『ああ、ずいぶんと古そうだ』
林の中をうろついている、帝国軍の騎馬兵部隊。
笛の指令で南を目指している彼らは、しかし時折馬から降りては、地面の何かを拾い集めた。
手に掴んだのは、古めかしいブローチやペンダントなど、アンティーク調の宝飾品。
『探せば探すだけ出てくるぞ』
『ヴィリンテルに入れなかった巡礼者が、奉納品として置いてったんだろ……お、ここにもあるぜ』
『いつ頃のものかは知らんが、値打ちがあるに違いねえ』
『おい待てよ、お前はさっき拾ってただろ。今度のは俺の取り分だ』
「……あいつら、次々と拾ってくな」
「月明かりを反射するよう配置しましたから、暗い林の中では目立つはずです」
あの宝飾は、すべて偽装のトラップだ。
中には、使い捨ての小型発信機兼盗聴器が内蔵されている。
さっき放ったアレイウォスプたちに持たせていたおまけの正体があれだった。
索敵エリアを増やしながら、ハチ型ドローンたちはこれを林のあちこちに、いい感じに設置してくれていたのである。
「中身の盗聴器は、装置全体が易燃性の有機素材でできています。着火機構も搭載しており、あらかじめ設定した時間を超えると、発火して内部を完全に燃え尽きさせ、盗聴器であったことを気づかせない機能を有しています」
だから、これが前文明の科学技術だとばれる心配一切無しで、俺たちは敵部隊の位置と会話を知ることができている。
『習ってないのかしらね。戦地では自分が落としたもの以外拾うなって』
呆れ果てているシルヴィに、俺は、従軍予備学校で教わったことをそのまま伝えた。
「戦利品は持ち帰れって教官は指導してたよ。積極的に取りにいけってさ」
つまりそれは、敵を殺して奪えということ。
敵兵殺害には個人的な利益もあると教えこみ、現場の兵士の闘争心を高める方策。
帝国軍が入隊したての兵士に施す、効果的かつ非道徳的な戦闘教育指針だ。
『だそうよ、隊長さん』
『はっ。がめついこった。お陰で居場所がよくわかるぜ』
***
<Side:聖教国南方の林野>
騎馬兵たちは、課せられた任務の道すがら、宝飾品を探し続けた。
やがて、風が上空の雲を流して、あたりは薄暗く曇っていった。
「ち、雲が月を隠しやがった。暗くてお宝が見えねえぜ」
「どうせすぐ晴れるだろ。さっきも――」
パンパン、という乾いた音が辺りに響いた。
同時に、彼らの1人が右腕を抑えうずくまる。
「発砲音!? それも複数だぞ!」
「う、腕をかすめた! 血が……血が……」
血相を変える騎馬兵たち。
お宝探しの気分が一転、倒れた仲間をかばうため、彼らは円陣を組んで銃を構えた。
「ちいっ! 囲まれたか!?」
だが、誰に?
謎の敵を警戒しつつ、撃たれた仲間に肩を貸しつつ、彼らは木の影まで隠れ動いた。
互いの背中をカバーし合って、恐る恐る周囲を見回す。
「どこだ、どこにいやがる!?」
「大声を出すな、的になるぞ」
襲撃者の姿は見えず、銃を狙い撃つことができない。
逃げ出そうにも、どこから撃たれたのかさえわからない。
「くそお、万事休すか」
「落ち着け。敵の数もわからないうちに、情けない声を出すんじゃな――」
その時だった。
雲間が晴れて、林の中に月の明かりが差し込んだ。
暗闇が溶けるように消えていき、その中に、襲撃者らしき複数の影が。
「あの軍装は……?」
降り注ぐ月光の薄明かり。
その中で、帝国兵は確かに見た。
自分たちを狙撃した敵兵の、その着用している軍服を。
「なぜだ! なぜベルトン王国軍の兵士が、ヴィリンテルに味方しているんだ!?」
その叫びへの返答のように、林の中に、いくつもの銃声がこだました。
*
帝国兵たちが逃げ去ったのを見届けてから、襲撃者のリーダーは、部下に無線通信を入れた。
「1番より各員へ。被害状況を知らせろ」
間を置かず、すぐに返答が返って来る。
『2番、無傷です。装備も損耗なし』
『3番、同じく無傷よ』
『4番と5番、どちらも万全。かすり傷ひとつありませんぜ』
『最後、6番、ノーダメージっす』
襲撃者は、ローテアド王国海軍、ケヴィン=ランソン隊の12名。
彼らはこの作戦のため、ベルトン軍の軍服を着込んでいた。
「Aチームは全員無事だな。そっちはどうだ、レジス?」
『こちらBチーム。帝国騎馬兵の1個小隊と遭遇し、迎撃しました』
「首尾はどうだ?」
『怪我人なしです。向こうも軽傷でしょう。ベルトンの軍服をしかと拝ませて、本隊に逃げ帰らせました』
林に潜伏していたランソン隊は、6人ずつの2チームに分かれて行動していた。
奇襲をかけ、姿を晒し、ベルトン王国の兵士であると誤認させてから、見逃す。
襲撃により帝国軍の作戦行動に遅れを出させ、更には誤情報によって現場指揮への混乱を誘発するのが、ネオンによって課された彼らの任務だった。
「よし。初手の仕込みは完璧だ。各員よくやった。敵の第2陣に備えて気を引き締めろ」
迅速に次弾の装填に移るケヴィン。
具体的な指示は出さなかったが、他の隊員たちも木の影に身を隠しながら、各自弾を込め直していた。
「しかしな……まさか、またこの軍服を着ることになろうとはよ」
皮肉げに自らの着用装備を眺めたケヴィン。
かつてのターク平原偵察任務の際、彼らがカモフラージュとして着用していたベルトン王国軍の制服――厳密には、それを模した紛い物の偽制服――、それを再び、この作戦のために引っ張り出したのだ。
『大事に取っとくもんっすねえ』
『だな。何がどこで役に立つか、わからねえもんだ』
敵対国の軍服だが、それを着ることに不満を持つ者はいなかった。
彼らは熟知しているのだ。
感傷よりも合理性を突き詰めることこそが、戦場という極限の世界において遥かに重要だということを。
「だが、絶対にしくじるなよ。捕まっちまえば、一発で偽物だとバレちまうぞ」
『違えねえ。なんせ、ベイルに見破られたくらいだからな』
苦笑する隊員たち。
かつて彼らは、ベイルに素材の違いを見抜かれて、本当はローテアド王国軍だと看破された。
『あー、でも、どうっすかねえ? ほら、ベイルって、新兵未満の割に能力高めじゃないっすか? 帝国の雑兵如きじゃ、本物偽物の判別なんてつかないんじゃないすかね?』
『夜目で遠目なら見抜かれないと、願いてえとこだな』
『心配いらねえさ。奴らは森での夜間戦闘に慣れてなさそうだったぜ』
『はっ、真っ昼間の平地戦訓練だけしかしてねえ、本当の意味で雑兵ってこった』
軽い口調。
しかし、重要情報のやりとりも含まれる。
これも彼ら流。
普段どおりの言葉遣いで平常心を保つと同時に、全員で状況を把握し共有する。
「お前ら、無駄口はそこまでにしとけ。そろそろ次が来る頃合いだ」
『その通りよ。騎馬兵の1個小隊が北北西から降りて来てるわ。6分19秒後に接敵見込み』
「ふん、さっきの銃声に反応したな」
シルヴィからの情報が届き、ケヴィンは腕に貼った薄型デバイスを起動、表面に小さな映像画面を表示した。
その画面から光が漏れないよう、もう片方の手と顔で覆って覗きこむ。
映っているのは、この林の周辺地形図と、移動するいくつかの光点。
中央の白い光点が自分の現在地、青い光点が味方の隊員、そして、赤い光点が接近してくる敵兵士。
索敵監視システムからの情報のマッピングである。
「数は7か。隊列は……ずいぶんばらけてるな。2人ほど遅れてるぞ」
『馬術の練度に差があるみたいね。小隊長もフォローする気がないみたい』
「はっ、ろくなチームじゃねえな」
敵の未熟を鼻で笑うも、ケヴィンの目は真剣だった。
得た情報を瞬時に分析、味方に配置の変更を指示する。
敵隊列を狙撃しやすい位置に各員を移動させ、敏速に、最適な奇襲態勢を整えた。
同じくBチームを預かる副長のレジスも、速やかに配置変更を完了させていた。
『林にも馬にも不慣れな兵士を駆り出すとは、何を企んでいるんでしょうな』
「人手不足ってことは有り得ねえ。体のいい実戦訓練として、任務を若い兵たちに振ったか。あるいは――」
『あるいは?』
「――何か新たな企みで、1から部隊を編成し直した、とかな」
非武装の難民たちを追いかけるにしては、あまりに過剰な人員投入。
聖遺物という重大目的があるにしても、あるいは、神兵というヴィリンテルの軍事力を警戒しているとしても、それだけでは説明のつかない大編成だと、ケヴィンは直感する。
「ラスティオ村の聖遺物以外にも、別の狙いがあるような気がしてならねえ」
『隊長の勘が当たりだとすると、奴らがヴィリンテルを敵に回していることとも、深い連関がありそうですな』
ラクドレリス帝国の軍部が欲しがるもの。
ヴィリンテルが有するであろう秘密のなにか。
聖教の機密、神の名を冠する……奇跡?
(まさか、メイド嬢ちゃんが起こした〝奇跡〟とやらが、帝国側にも絡んでくるのか?)
突拍子もない思いつき。
しかし、奇妙なくらいに腑に落ちる。
とはいえ、声に出すのは憚られた。
代わりに一言、ごちておく。
「ったく、当たってほしくねえもんだな。熟練の勘ってやつはよ」
隊長の嘆声に何かを感じ取ったのか、通信相手のレジスは沈黙し返事をしなかった。
代わりに若いブレーズが、茶化して場の空気を入れ替えた。
『まったく、厄介な山を引かされたもんっすねえ。それとも、隊長の引きが強いんすかね?』
「けっ、恨むなら、自分の悪運かモーパッサン提督にしとけってんだ――来るぞ」
一瞬で、彼らの目つきが鋭く変わる。
見つめる先の暗闇から、複数の蹄の音。
奇襲のために息を潜めた偽ベルトン軍の兵士たちは、闇の向こうの帝国兵に、燧石銃を静かに構えた。
***




