表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
266/310

26_06_陽動戦①/狩人を狩る者

<Side:ライトクユーサー1号車>


『配置してきたアレイウォスプに感ありよ。林の中の帝国兵がわらわらと、(こっち)に向かって集まってきてるわ』

「やっぱり、さっきの笛の音で?」


 緊張が走る。

 ついに、帝国軍が動き出した。

 が、


『そうよ。アンタも聞いてみる(・・・・・)?』

「ん?」


 シルヴィはやけに落ち着いている。

 それに、『聞いてみる』って、どういうことさ?



『おい、またあったぞ』

『ああ、ずいぶんと古そうだ』


 林の中をうろついている、帝国軍の騎馬兵部隊。

 笛の指令で南を目指している彼らは、しかし時折馬から降りては、地面の何かを拾い集めた。

 手に掴んだのは、古めかしいブローチやペンダントなど、アンティーク調の宝飾品。


『探せば探すだけ出てくるぞ』

『ヴィリンテルに入れなかった巡礼者が、奉納品として置いてったんだろ……お、ここにもあるぜ』

『いつ頃のものかは知らんが、値打ちがあるに違いねえ』

『おい待てよ、お前はさっき拾ってただろ。今度のは俺の取り分だ』



「……あいつら、次々と拾ってくな」

「月明かりを反射するよう配置しましたから、暗い林の中では目立つはずです」


 あの宝飾は、すべて偽装のトラップだ。

 中には、使い捨ての小型発信機兼盗聴器が内蔵されている。

 さっき放ったアレイウォスプたちに持たせていたおまけ(・・・)の正体があれだった。

 索敵エリアを増やしながら、ハチ型ドローンたちはこれを林のあちこちに、いい感じに設置してくれていたのである。


「中身の盗聴器は、装置全体が易燃性(いねんせい)の有機素材でできています。着火機構も搭載しており、あらかじめ設定した時間を超えると、発火して内部を完全に燃え尽きさせ、盗聴器であったことを気づかせない機能を有しています」


 だから、これが前文明の科学技術だとばれる心配一切無しで、俺たちは敵部隊の位置と会話を知ることができている。


『習ってないのかしらね。戦地では自分が落としたもの以外拾うなって』


 (あき)れ果てているシルヴィに、俺は、従軍予備学校で教わったことをそのまま伝えた。


「戦利品は持ち帰れって教官は指導してたよ。積極的に(・・・・)取りにいけってさ」


 つまりそれは、敵を殺して奪え(・・・・・・・)ということ。

 敵兵殺害には個人的な利益もある(・・・・・・・・・)と教えこみ、現場の兵士の闘争心を高める方策。

 帝国軍が入隊したての兵士に施す、効果的かつ非道徳的な戦闘教育指針だ。


『だそうよ、隊長さん』

『はっ。がめついこった。お陰で居場所が(・・・・・・・)よくわかるぜ(・・・・・・)


***


<Side:聖教国南方の林野>


 騎馬兵たちは、課せられた任務の道すがら、宝飾品を探し続けた。

 やがて、風が上空の雲を流して、あたりは薄暗く曇っていった。


「ち、雲が月を隠しやがった。暗くてお宝が見えねえぜ」

「どうせすぐ晴れるだろ。さっきも――」


 パンパン、という乾いた音が辺りに響いた。

 同時に、彼らの1人が右腕を抑えうずくまる。


「発砲音!? それも複数だぞ!」

「う、腕をかすめた! 血が……血が……」


 血相を変える騎馬兵たち。

 お宝探しの気分が一転、倒れた仲間をかばうため、彼らは円陣を組んで銃を構えた。


「ちいっ! 囲まれたか!?」


 だが、誰に?

 謎の敵を警戒しつつ、撃たれた仲間に肩を貸しつつ、彼らは木の影まで隠れ動いた。

 互いの背中をカバーし合って、恐る恐る周囲を見回す。


「どこだ、どこにいやがる!?」

「大声を出すな、的になるぞ」


 襲撃者の姿は見えず、銃を狙い撃つことができない。

 逃げ出そうにも、どこから撃たれたのかさえわからない。


「くそお、万事休すか」

「落ち着け。敵の数もわからないうちに、情けない声を出すんじゃな――」


 その時だった。

 雲間が晴れて、林の中に月の明かりが差し込んだ。

 暗闇が溶けるように消えていき、その中に、襲撃者らしき複数の影が。


「あの軍装は……?」


 降り注ぐ月光の薄明かり。

 その中で、帝国兵は確かに見た。

 自分たちを狙撃した敵兵の、その着用している軍服を。


「なぜだ! なぜベルトン王国軍(・・・・・・・)の兵士が(・・・・)、ヴィリンテルに味方しているんだ!?」


 その叫びへの返答のように、林の中に、いくつもの銃声がこだました。



 帝国兵たちが逃げ去った(・・・・・)のを見届けてから、襲撃者のリーダーは、部下に無線通信を入れた。


1番(ケヴィン)より各員へ。被害状況を知らせろ」


 間を置かず、すぐに返答が返って来る。


2番(ポール)、無傷です。装備も損耗なし』

3番(アンリエッタ)、同じく無傷よ』

4番(ミシェル)5番(マルセル)、どちらも万全。かすり傷ひとつありませんぜ』

『最後、6番(ブレーズ)、ノーダメージっす』


 襲撃者は、ローテアド王国海軍、ケヴィン=ランソン隊の12名。

 彼らはこの作戦のため、ベルトン軍の軍服を着込んでいた。


「Aチームは全員無事だな。そっちはどうだ、レジス?」

『こちらBチーム(レジス)。帝国騎馬兵の1個小隊と遭遇し、迎撃しました』

「首尾はどうだ?」

『怪我人なしです。向こうも軽傷でしょう。ベルトンの軍服をしかと拝ませて、本隊に逃げ帰らせました』


 林に潜伏していたランソン隊は、6人ずつの2チームに分かれて行動していた。

 奇襲をかけ、姿を(さら)し、ベルトン王国の兵士であると誤認させてから、見逃す。

 襲撃により帝国軍の作戦行動に遅れを出させ、更には誤情報によって現場指揮への混乱を誘発するのが、ネオンによって課された彼らの任務だった。


「よし。初手の仕込みは完璧だ。各員よくやった。敵の第2陣に備えて気を引き締めろ」


 迅速に次弾の装填に移るケヴィン。

 具体的な指示は出さなかったが、他の隊員たちも木の影に身を隠しながら、各自弾を込め直していた。


「しかしな……まさか、またこの軍服を着ることになろうとはよ」


 皮肉げに自らの着用装備を眺めたケヴィン。

 かつてのターク平原偵察任務の際、彼らがカモフラージュとして着用していたベルトン王国軍の制服――厳密には、それを模した(まが)い物の偽制服――、それを再び、この作戦のために引っ張り出したのだ。


『大事に取っとくもんっすねえ』

『だな。何がどこで役に立つか、わからねえもんだ』


 敵対国の軍服だが、それを着ることに不満を持つ者はいなかった。

 彼らは熟知しているのだ。

 感傷よりも合理性を突き詰めることこそが、戦場という極限の世界において遥かに重要だということを。


「だが、絶対にしくじるなよ。捕まっちまえば、一発で偽物だとバレちまうぞ」

『違えねえ。なんせ、ベイルに見破られたくらいだからな』


 苦笑する隊員たち。

 かつて彼らは、ベイルに素材の違いを見抜かれて、本当はローテアド王国軍だと看破(かんぱ)された。


『あー、でも、どうっすかねえ? ほら、ベイルって、新兵未満の割に能力高めじゃないっすか? 帝国の雑兵(ぞうひょう)如きじゃ、本物偽物の判別なんてつかないんじゃないすかね?』

『夜目で遠目なら見抜かれないと、願いてえとこだな』

『心配いらねえさ。奴らは森での夜間戦闘に慣れてなさそうだったぜ』

『はっ、真っ昼間の平地戦訓練だけしかしてねえ、本当の意味で雑兵ってこった』


 軽い口調。

 しかし、重要情報のやりとりも含まれる。

 これも彼ら流。

 普段どおりの言葉遣いで平常心を保つと同時に、全員で状況を把握し共有する。


「お前ら、無駄口はそこまでにしとけ。そろそろ次が来る頃合いだ」

『その通りよ。騎馬兵の1個小隊が北北西から降りて来てるわ。6分19秒後に接敵見込み』

「ふん、さっきの銃声に反応したな」


 シルヴィからの情報が届き、ケヴィンは腕に貼った薄型デバイスを起動、表面に小さな映像画面を表示した。

 その画面から光が漏れないよう、もう片方の手と顔で覆って(のぞ)きこむ。

 映っているのは、この林の周辺地形図と、移動するいくつかの光点。

 中央の白い光点が自分の現在地、青い光点が味方の隊員、そして、赤い光点が接近してくる敵兵士。

 索敵監視システムからの情報のマッピングである。


「数は7か。隊列は……ずいぶんばらけてるな。2人ほど遅れてるぞ」

『馬術の練度に差があるみたいね。小隊長もフォローする気がないみたい』

「はっ、ろくなチームじゃねえな」


 敵の未熟を鼻で笑うも、ケヴィンの目は真剣だった。

 得た情報を瞬時に分析、味方に配置の変更を指示する。

 敵隊列を狙撃しやすい位置に各員を移動させ、敏速に、最適な奇襲態勢を整えた。

 同じくBチームを預かる副長のレジスも、速やかに配置変更を完了させていた。


『林にも馬にも不慣れな兵士を駆り出すとは、何を企んでいるんでしょうな』

「人手不足ってことは有り得ねえ。(てい)のいい実戦訓練として、任務を若い兵たちに振ったか。あるいは――」

『あるいは?』

「――何か新たな企みで、1から部隊を編成し直した、とかな」


 非武装の難民たち(みんかんじん)を追いかけるにしては、あまりに過剰な人員投入。

 聖遺物という重大目的があるにしても、あるいは、神兵というヴィリンテルの軍事力を警戒しているとしても、それだけでは説明のつかない大編成だと、ケヴィンは直感する。


「ラスティオ村の聖遺物以外にも、別の狙いがあるような気がしてならねえ」

『隊長の勘が当たりだとすると、奴らがヴィリンテルを敵に回していることとも、深い連関がありそうですな』


 ラクドレリス帝国の軍部が欲しがるもの。

 ヴィリンテルが有するであろう秘密のなにか。

 聖教の機密、神の名を(かん)する……奇跡?


(まさか、メイド嬢ちゃんが起こした〝奇跡〟とやらが、帝国側にも絡んでくるのか?)


 突拍子(とっぴょうし)もない思いつき。

 しかし、奇妙なくらいに()に落ちる。

 とはいえ、声に出すのは(はばか)られた。

 代わりに一言、ごちておく。


「ったく、当たってほしくねえもんだな。熟練の勘ってやつはよ」


 隊長の嘆声(こえ)に何かを感じ取ったのか、通信相手のレジスは沈黙し返事をしなかった。

 代わりに若いブレーズが、茶化して場の空気を入れ替えた。


『まったく、厄介(やっかい)な山を引かされたもんっすねえ。それとも、隊長の引き(・・)が強いんすかね?』

「けっ、恨むなら、自分(てめえ)の悪運かモーパッサン提督にしとけってんだ――来るぞ」


 一瞬で、彼らの目つきが鋭く変わる。

 見つめる先の暗闇から、複数の(ひづめ)の音。

 奇襲のために息を潜めた偽ベルトン(ローテアド)軍の兵士たちは、闇の向こうの帝国兵に、燧石(マスケット)銃を静かに構えた。


***



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ