26_04_それぞれの戦場
『アレイウォスプ、展開!』
夜の静けさに包まれた林野を、ハチ型ドローンの群れが飛んでいく。
SePシステム。
テレーゼさんたち神兵部隊をヴィリンテルまで移送したときに使った、シミュレーターと小型ドローン連携させた索敵システム。
ドローンで索敵エリアを構築し、敵の部隊人数と動き方、視野角などまで完全に把握できる優れものだ。
この作戦でも、大いに活躍してもらう予定である。
そして今回は、ハチたちにちょっとしたおまけも持たせている。
「司令官、アミュレットの作業が完了、全機回収いたしました。難民たちも全員、乗車を終えています』
「お父様、わたくしたちも」
「参りましょう、ベイル殿」
「うん、行こう、皆」
すべての準備を完了し、1号車へと乗り込んだ。
作戦は、ついに本格稼働する。
『ライトクユーサー1号車、発進!』
俺たちの乗る1号車が、先陣を切って走り出す。
次いで、護衛車両の2号車が、その後ろから難民車両の4号車から19号車が列をなして追走し、最後尾を護衛車両の3号車に守らせる。
この縦一列の、アリの行列のような隊列走行で林を南下、カルリタの樹海を目指していく。
樹海の奥地へ分け入って、帝国兵では踏破不可能な大峡谷地帯に突入し、ひとまずの安全を得ようという方針だ。
「だけど、まずはこの林だ」
カルリタの樹海とは、まだ植生が異なるこの林。
樹海に比べて立木密度がかなり低く、帝国の兵士が相当な数、近辺を哨戒している。
『今回は、索敵エリアを前より多めに取っておくわ』
敵の視界を遮る木々がやや少なく、しかも、20台もの車両でいっぺんに動いているから、前よりずっと見つかりやすい。
「基本的には縦列走行を維持します。ですが、敵の配置や予想進路などによって、臨機応変に隊列を組み変えなければなりません。最悪は、変更ルートを20両分、別個に計算する必要も」
そのための時間的余裕を稼ぐ意味でも、情報を取得するエリアを拡張しておかなければならないと、ネオンも言う。
小回りの効くライトクユーサー。
それを同時並行して操れるシルヴィ。
そして、走行ルートを個別にシミュレートできるネオン。
すべての性能を連携し、敵陣の突破を図っていく。
「シルヴィ殿、帝国軍に増員があったということですが、どのような配置に?」
SePシステムで作られていく3Dマップを見ながら、テレーゼさんがシルヴィに尋ねた。
地形図自体は、前回の作戦時にサーチしたデータがあるうえ、更には呼び寄せたライトクユーサーが補強を加えたので、かなりの範囲を正確に把握できている。
後は、今現在の帝国兵の動きを掌握すればいい。
『さすがに全体の陣容はわからないわ。でも、前よりも起きてる兵士が多いわね』
「アレイウォスプを展開し終えたエリアだけでも、以前とは規模が違っています。他のエリアの夜間哨戒部隊数も、大幅に増加していることが見込まれます」
このタイミングで、夜間の活動人数を増やすだなんて。
「偶然……じゃないよね?」
「あるいは、特例入国者の存在が、帝国軍に警戒を与えたのかもしれません」
サザリの門が監視されていた以上、入国者の存在は、6日前の時点で現場レベルでは知られていた。
「じゃあ、『標的が行動を起こす前触れ』、そう思われた……?」
情報が上まで迅速に伝わったとしたら、周辺の砦から急ぎ人員をかき集めたのだとしたら、この増員にも説明が――
『はい、そこまで。トップが不安な顔をしてないの。護送対象にも伝わっちゃうわよ』
シルヴィは、立体映像の画面を立ち上げ、他の車両の難民たちの様子を映した。
小さな女の子が、とても心細そうな顔で、母親の腕に縋っていた。
『お母さん……』
『大丈夫、聖女様を御覧なさい。私たちのために、あんなに一心に祈ってくださっているわ』
親子の前には、リーンベル教会にいるはずのセラサリスの姿。
祭壇の前に膝立ちになり、一心不乱に祈りを捧げている。
さっき、難民たちに搭乗を促した時にも起動させた装置が、実はこれ。
何の変哲もない、単なる立体映像の投影機械。
だけど、映しているものは効果絶大。
出発してからここまでの間、微動だにせず祈り続ける可憐な聖女が、難民たちの不安な心の強い支えとなっている。
『まあ、アンドロイドだからできる芸当なんだけどね』
ちょっとしたズル。
だけど、テレーゼさんはかなり肯定的に称賛した。
「いえ、すばらしい演出です。難民たちが途中でパニックを起こしてしまわないかと懸念していましたが、これならば」
この演出には、当のテレーゼさんの存在も大きいものがある。
ヴィリンテルで神に祈りを捧げる聖女。
その聖女の意を受けて、無辜の民たちを安住の地へと送り届ける神殿騎士。
聖教会を象徴する聖者と準聖者が味方であるという事実が、極めて効果的な精神的支柱となっているのだ。
「彼女をリーンベルに残したのは、最初からこれを狙って?」
「もちろんです。不測の事態に備えるため、手立ては色々と用意しています」
一般人の移送というデリケートな任務だからこそ、万全以上の万全を尽くす必要があるとネオン。
「それに、セラサリスにはもうひとつ、大事な任務があるのですから」
***
<Side:リーンベル教会>
「すべてお前の思惑通りか? ダニエル」
「パトリック……やはり、お前さんがくると思っておったよ」
聖女が祈りを捧げ続けるリーンベル教会。
静粛な礼拝堂の扉を開けて、ジーラン枢機卿が現れた。
纏った薄紅色の法衣で風を切るように、一直線に祭壇へと進んでいく。
そこに、マルカとアイシャが立ち塞がった。
「ほう、神殿騎士もおったか」
言葉の割に、ジーランはマルカを意識しているようには見えなかった。
彼の視線は、たったひとり、祭壇に向かい膝をつく、金色の髪の少女に向けられていた。
「聖女よ。こんな夜更けに何をしている?」
詰問口調で尋ねるジーラン。
その眼前に、マルカが割って入った。
「ご覧の通りです、ジーラン枢機卿。セラサリス様は夜を徹し、神に祈りを捧げられて――」
「控えよ神殿騎士! 私は聖女に尋ねている!」
激昂したジーランの声が、静粛な空気を叩き割った。
***
<Side:ライトクユーサー1号車>
『控えよ神殿騎士! 私は聖女に尋ねている!』
「やっぱり、ジーランが来たか」
「はい。それも単独です。シスター・アイシャの予想の通りですね」
『他の副教皇派の連中も監視してるけど、リーンベルには行ってないわ。それぞれの伝手で、他派閥の集会の理由を探ってる。でも、ジーランだけは違うみたい』
『あやつらを、聖教国の外に出したな?』
『質問、意図、不理解』
『では、問いの方向を変えてみるか? 貴様の主人、ジューダス=イスカリオットは今どこにいる? こんな夜更けに、馬車がなくなっているのはどういう訳だ』
「早いな。出国がバレるのは想定内だけど……」
『でも、気づいてるのはジーランだけよ。連携を取ってるようには見えないわ』
「他のメンバーには、おそらく、ジーラン枢機卿が待機を命じたのでしょうが、不安に耐え切れず……といったところかと」
アイアトン司教の流した偽情報は、彼らに効果覿面だったようだ。
副教皇派は統制が効かず、自分勝手な保身行動に走っている。
『混乱の極み……いえ、愚かしさの極みね』
連携を取られていたら、もしかしたら、ヴィリンテルからの脱出そのものが危うかったかもしれない。
けれど、そうはならなかった。
「これもやっぱり、ジーランが?」
「おそらく、そうなのでしょう。難民が人知れず出国すれば、ヴィリンテルの抱える問題がひとつ無くなることになります。それを狙い、敢えて副教皇派を抑制しなかったのでしょう」
「アイシャさんの読み通りか」
でも、リーンベル教会に現れたということは、全くの無罪放免にしてくれるつもりもないということ。
「難民は見逃しても、主犯格を逃すつもりはないのでしょう。ジューダスの身柄を押さえるか、見つからないなら、リーンベルに籍を置くセラサリスの身柄を押さえることで、責任の所在とする考えかと」
「でも、それだって、こっちの読み通りだ」
難民はすでに国内を去り、サザリの門が開いた証拠もどこにもない。
神兵たちは組織立って隠匿に回ってくれるし、その指揮はドライデン騎士長が直々にとってくれている。
それを承知でジーランも、証拠を隠される前に抑える腹づもりで、リーンベルに乗り込んできたのだろう。
だがこれは、反対に、ジーランの身柄をセラサリスとアイシャさんに抑えてもらう作戦に、うまく嵌ってくれたことになる。
あの男が夜明けまで、副教皇派との連携がとれない状況をつくっておくのが狙いなのだ。
方法は口八丁で、最後の手段は実力行使で。
「聖教国内は、これでひとまずどうにかなります。後は――」
「ああ。国外のあいつらも、抑えないとな」
開門は、おそらくばれてはいなかったはず。
だけど、明日の朝まで見つからないかと言えば、それはおそらく難しい。
この予想は、やはり覆ってくれなかった。
ピィィィィィィィー!
林の中から、音が聞こえた。
やけに甲高くて長い……これは……笛の音?
「ネオン、この音の出どころは?」
「北の林です。我々が通過してきた経路上。タイヤ痕が発見されたものと思われます」
「もうか! 思ってたより、早い……!」
闇の奥から、敵の魔の手が迫りくる。




