26_03_ルート・オプション 下
<作戦案その3 陸路による難民移送>
「従いまして、本作戦では再びライトクユーサーを活躍させることといたします」
『ありえない』提案はさっきまでで終わり。
ここからは、本当に実行するべき作戦内容を検討していく。
前にテレーゼさんたち神兵部隊を移送したルート。
あれをほぼ逆にたどっていくような形で、南の海岸線まで抜けていくのだ。
そこから先は、ハイネリアを使ってバジェシラ海の中を進み、ターク平原まで帰還する。
「ゴルゴーンを呼んだりとかは、しないんだね?」
敵との戦闘も想定されるなら、そこは信頼と実績の戦車ゴルゴーン……みたいなイメージもあったけど。
「ライトクユーサーであれば、森林地帯でも静音走行が可能です。武装も搭載できますし、もともとオフロード仕様の陸上輸送兵器ですので、本任務に最適です」
『戦車で森の木々をなぎ倒すわけにもいかないでしょ。追跡者に道を拓いてあげてるようなものじゃない』
言われ、以前にゴルゴーンが派手に密林の木々を粉砕していたのを思い出す。
ゴルゴーンでも速度的に追いつかれることはない。
けど、とても隠密任務とは言えない豪快な逃走劇になってしまう。
『小回りが効いて、悪路にも強い。なおかつ、隠密任務に適した静音性能を持った輸送用兵器といえば、ライトクユーサーを置いて他にいないわ』
また、輸送できる人数にしても、ゴルゴーンよりライトクユーサーの方が多い。
「だがよ、これだけの大人数、車両ひとつふたつじゃとても足りねえだろ?」
難民たちは全部で102人。
かなりの大所帯だ。
『もちろん、必要な数を準備してあるわ』
「以前と同様の手法によって、既にカルリタの樹海に送り込んでいます」
手の早いネオンたちは、ヴィリンテル訪問初日、教会の地下で百人超えの難民集団を見せられた段階で、ライトクユーサーを呼び寄せていたそうだ。
樹海の中の、帝国軍が踏破できない大峡谷地帯に隠れさせ、今まで待機させていた。
『もっと暗くなるのを待って、ヴィリンテルの側まで呼び寄せるわ。そうね、前にテレーゼたちを降ろした泉あたりがいいかしら』
あの場所までなら、見られずに難民を運ぶ方法があるとシルヴィ。
「じゃあ、他に決めないといけないことは……」
『乗員の詰め込み方かしら。1車両あたりの定員は10名だから――』
「あ、じゃあ、全部で11両か。だいぶ多いな」
『難民だけを乗せるつもりならね』
むむ? 違うの?
「司令官。いかに現文明の科学技術水準が低いとはいえ、本任務は多数の民間人を引き連れたうえで、一国の軍隊から逃げ果せねばならないのです。各車両には、護衛のアミュレットを搭乗させねばなりません」
『逃走だけじゃなく、戦闘だって想定される任務だもの、相手を舐めずに万全の態勢を整えるのがプロの軍人よ』
「……ごもっともです」
『それに、アンタやネオンを乗せる車両も別にいるし、護衛車両だって最低2両は必要だわ』
俺が乗るのは難民を乗せる車両とは別のもの。
さらに、アミュレットのみを大量搭載した護衛専用の車両も用意する。
これだけで3車両。
そして、難民車両にもアミュレットを搭載するってことは、1台に1体ずつを乗せるとして……難民と合計で114人、ライトクユーサーは12台。プラス3台だから15台。
うーん、思ってたより車両数が多いぞ。
「司令官、それも計算が違います」
「およ?」
『アミュレットの動員数よ。単体運用はオススメできないわ』
「以前に詳解いたしましたとおり、アミュレットの真価は高度な連携性能にあります。運用は最低でも1車両あたり3体、いえ、護衛対象を守りつつ戦うことを考慮しますと、更にもう1体」
確かに、単体では特化型のマーライオンでさえ、汎用型のアミュレット・Mタイプ3体の連携に勝てなかった。
「いやでも、そしたらその分、1両あたりの難民の乗員数が減っちゃうよな。乗車可能人数が増えるわけじゃないんだから」
アミュレットを4機も入れるとしたら、難民は6人までしか乗れないわけで。
そうなると……合計170人、つまり17台。それプラス3台なんだから……
「20両も!? そんなにいっぺんに、別々に指揮を執ることなんて――」
『できるに決まってるでしょ。アタシはSIL−V。〝独立無形の戦列将校にして武勇部隊〟よ。この名は伊達でつけられてるんじゃないんだから」
揺るぎない自信を表すシルヴィ。
しかし、自身も潜入任務を得意とするケヴィンさんとアンリエッタからも、この編成の無理が指摘される。
「にしたってだ、隠密任務で20って数は多すぎるぜ」
「せめて、子どもは親に抱えてもらうとか、人数を詰めてみたら?」
『だめよ。悪路をぶっ飛ばして走るんだから、全員シートベルトの着用が絶対。護送対象の安全を保護する観点から、強引な積み込みは断固認めないわ』
「あなた方のおっしゃるとおり、確かに発見のリスクが高まる数字ではあります。ですので、作戦遂行のため、いくつかの絡め手も用意します」
「絡め手?」
「我々の科学技術に加え、完璧なサバイバル能力を有する優秀な部隊がいれば、帝国兵の裏をかくことなど造作もないでしょう」
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***
林の奥で、黒い影が蠢いた。
作戦の要、集結させたライトクユーサー全20車両が、俺たちの前へ現れるべく近づいてきたのだ。
驚き不安がった難民たちを、テレーゼさんが言葉巧みに言いなだめた。
「司令官、こちらをご装着ください」
「あ、俺のヘッドセット」
ここ1週間ほど着けていなかった、いつものヘッドセットが手渡された。
「これで偽貴族役は、名実ともにお終いだ」
実感し、改めて気を引き締めた。
ここから先は、また一軍の司令官役。
ここから先は、戦場なのだ。
そして、その戦場を駆け抜けるための、優秀な戦闘車両がついに姿を現した。
現したの、だが、
「あれ? なんかゴテゴテくっついてるよ?」
四脚の輸送戦車、ライトクユーサー。
現れた20両、そのすべての車体表面全体に、何やら泥の塊みたいな凹凸が。
立体的な塗料だろうか?
木の枝や草やらもびっしりこびりついていて、さながら、四本足の泥の怪物みたいになっている。
『偽装迷彩よ。念入りに、枝葉をワイヤーで括りつけまでしたわ。まったく、なんて旧時代的なことをさせてくれるんだか』
「旧時代って、これも廃れた技術なの?」
『そうよ。各種センサーやレーダー類の発達、それに戦場の非人化なんかも経ていくうちに、欺くべきは人間の視覚じゃなくなっていったから』
と、難民たちが俺たちのほうへと、わらわらと集まってきた。
俺の周りを取り囲み、口々にライトクユーサについて尋ねてくる。
「み、御使い様、このたくさんの泥の箱は、一体?」
「足と車輪があるようですが、これを曳く馬はいずこに?」
向こうではテレーゼさんも囲まれていて、一斉に説明を求められ困っていた。
これは、神の御使いの出番だ。
「馬のいらぬ、神の奇跡によって動く馬車である。このようにな」
シルヴィに目で合図を送り、わかりやすく動かしてもらった。
が、皆さん、これでも不安が拭いきれずに、乗車に二の足を踏んでしまっている。
俺とテレーゼさんがかなり丁寧に説明し、速やかに乗り込むようお願いしているのに、効果なし。
ううむ、これは困った。
『ま、こうなるだろうと思ってたわよ』
見かねたようにシルヴィが、ある装置を起動した。
すると、全員が、まるで魔法にかかったように、進んで中に乗り込み始めた。
「ナイス、シルヴィ」
「さすがですね、実に効果的です」
難事から解放された俺とテレーゼさんは、シルヴィの偉大な功績を称えた。
『当然よ。こんなところで時間をかけていられないでしょ』
まあ、この魔法の装置については後で触れるとして、だ。
「ところでシルヴィ、ライトクユーサーの装備は?」
重要なのは、まずこっち。
いくら隠密作戦とはいっても、なんの攻撃武装もなしってことはないだろう。
そう思って聞いてみる。
『おなじみのネルザリウスを積んできたわ。ゴルゴーンに搭載してるものに比べて、ちょっと出力弱めだけどね』
他にも補助的な兵装のほか、アミュレットと各種ドローンも、かなりの数を積んできたという。
というか、アミュレットたちは実はとっくに稼働中。
数体がせっせと穴を掘っていて、別の数体が馬車を細かく解体している。
放置して発見されるのを防ぐため、地面の下に埋めておき、後日回収するのである。
「また、司令官にお乗りいただく1号車のみ、機動力を向上させるチューンナップを施しました。瞬間的な出力と活動時間を通常機の140パーセントに増加させています」
「1号車だけ? 他にも適応できなかったの?」
むしろ、難民を乗せるライトクユーサーこそ、性能を上げるべきじゃないか?
「チューン・パーツや追加エネルギーパックの搭載のために、乗車スペースを縮減しなければなりません。このために、難民を乗せる車両には同様の措置はとれず、また、1号車にはアミュレットも搭乗させておりません」
『1台くらいは数より質の機体があると、連携戦術の幅が広がるのよ。その分無理をやらせがちにはなっちゃうけど、そこは隊長機の宿命だと思ってもらうしかないわ』
「ああ。依存はないよ。シルヴィ、存分にぶん回してくれ」
難民を乗せた車両に無茶はさせられない。
リスクがあるなら、それは俺たちが引き受けるべきだ。
「帝国兵の数も配置も、前の時とは変わってる。勝率……いや、作戦の成功率が上げられるなら、迷わず1号車を戦わせてくれ」
『そう言ってくれると思ってたわ、アンタなら』
「ですが、やはり戦闘は極力避けねばなりません。今回は敵兵に対し、不審に思われる排除方法を用いることはできません」
例えば、今まさに説明のあったネルザリウス。
発光も発煙もしない指向性エネルギー兵器であるこれは、屋内や地下に隠れた敵をも狙撃することができ、おまけに非殺傷設定まで可能な万能武器だ。
だけど、今回はこの万能性がよろしくない。
「味方の兵士が不自然に倒れていれば、帝国軍は、なんらかの勢力の介入を確信することでしょう。ましてや、全員が無傷で気絶させられたという不可解な事態に直面すれば――」
「神の奇蹟だなんて騒いで、ヴィリンテルの関与を疑いそうだ」
よって、敵兵を発見次第、バンバン撃って気絶させていく……なんて方法は今回は無し。
ネルザリウスを使うシーンは作ってはならないし、そういう局面になったとしても、なんらかの偽装を施す必要があるってことだ。
『ま、過度に心配しなくて大丈夫よ。テレーゼたちを送った時を思い出しなさい。今回もSePシステムを使って、帝国軍の部隊配置が手薄な抜け道を探し当てるから』
だけど、それでも不安を消し去ることはできないし、そも、完全に消し去ってもいけない。
敵に増員があった以上、以前の作戦がそのまま通じるとは限らない。
不安という名の警戒心を、常に装備しておかなければ。
それに、今回も時間制限が存在する。
ライトクユーサーを見られないためには、夜が明けるまでに南の海岸線まで抜けきらなければならないのだ――
「小難しい面をしてんじゃねえ。そろそろ全員乗り込み終わるぞ」
パコンと、頭を叩かれた。
ケヴィンさんだ。
その後ろには、ローテアドの部隊員たちが勢揃い。
全員が、銃とナイフを装備している。
「予定通り、俺らはこの林の中を移動しながら、帝国兵どもを撹乱する」
そう、ケヴィンさんたち12人は、ライトクユーサーには搭乗しない。
ここからは、彼らとも別行動だ。
「そっちも上手くやれよ、司令官殿」
ケヴィンさんは拳を握り、こちらに向けて突き出した。
「無理しないでね。隊長さんも、みんなも」
俺も拳を握りしめ、彼の拳に軽くぶつける。
「ファフリーヤ様、どうかご無事で」
「アンリエッタも、お気をつけて」
各々が各々のやり方で別れを済ませ、それぞれの戦場に散っていく。
俺も、俺の戦場で、できる限りのことを――




