5_01_自給自足の基本は農業
「また、えらいことになってるな……」
西の大陸の民たちを町に住まわせてから、2日目の朝。
……そう、まだ2日目だ。
なのに町は、また新たな変貌を遂げていた。
「昨日は一夜で100棟の住居ができたかと思えば……今日のは、一体何なんだ?」
町の郊外。
昨日までは、真っさらな荒れ地が漠々と広がっていただけの場所。
一晩明けて朝になったら、地面が削られ、塹壕のような窪みができていた。
「いや、塹壕にしては広すぎる」
大人の身長分くらいの深さまで掘り込まれた窪みは、塹壕みたいに細長い形状ではなく、見渡す限りといっていいくらいの広大な面積に及んでいた。
「昨夜のうちに、ゴルゴーンとアミュレットに地面を掘り下げさせておきました」
朝一番に俺をここまで連れてきたネオンが、概略説明を始めた。
なんでも、金鉱のほうに輸送機で持ち込んだ掘削機械の一部をこちらにも運んで、アミュレットに夜通し掘らせていたのだという。
確かに昨晩、何かを砕くかのような音がどこかから響いてたけど、これが原因だったのか。
「それで、何を始めるんだ?」
「生活の基盤が整ったところで、国民たちに仕事を与えようかと」
仕事?
国民たちに?
「彼らには農業に従事していただきます。食料自給は、国家の命題のひとつですから」
こんな荒れた土地で文句を言われないかな……なんて心配したけど、そもそも彼らは砂漠の民。
ここより環境条件の厳しいところで農作物を育てていたそうなので、おそらく問題はないだろうというのがネオンの意見だった。
「ですが、ここの土質が農業に向かないのは事実です。そこで、耕作地の土壌をそっくり入れ替えることにいたしました」
ネオンの言葉を待っていたかのように、狙いすましたタイミングで、8両編成のゴルゴーン戦車部隊が到着した。
『持ってきたわよ』
先頭の車両からシルヴィの声。
8台のゴルゴーンは、後部に長大なコンテナを装着していた。
中身は、全部土だという。
「セカンダリ・ベース周辺の密林地帯の土を回収し、ゴルゴーンに運搬させました」
シルヴィは、ゴルゴーンを掘りこんだ場所の縁べりに横付けると、コンテナを開いて、土をどさどさと落としていく。
あっという間に、堀の中には8つの土の山ができあがった。
「あと2回ほど往復すれば、地表まで埋まる量が運び込めるでしょう。また、肥料として樹木を粉砕加熱して腐葉土化したものも用意しています」
土の山を均して、上から腐葉土を撒けば、土壌改良工事は完了だという。
「じゃあ、またゴルゴーンで整地するのか?」
「いえ、耕地の均し作業は、国民に初仕事として与えましょう」
人がやるより、ゴルゴーンのほうが早く終わるんじゃ……と思ったけれど、自分たちの畑を自分たちで造らせることに意義があるそうだ。
だから、超技術的な農機具類は使わせず、スコップなどの、ネオンが言うところの『原始的な道具』しか与えないらしい。
「これは、強要ではなく彼ら自身のための仕事です。この地で働くことに充足感を覚えさせれば、団結力や、ひいては愛国心が育めます。何もしない民は、国家にとって害悪にしかなりませんから、一刻も早く仕事に就かせるべきなのです」
いくら作業効率がいいからって、優れた技術に頼り切りにさせるわけにはいかないってことだ。
「また、ゴルゴーンやアミュレット兵の稼働には、基地から供給されるDGTIAエネルギーが必要です。生産量が少ない現状、ところどころで節約しておくことも大切です」
「そうか、そういうことも考えないといけないんだな」
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土を全て運び込んだタイミングで、ネオンは西大陸の民の代表者たちを招集した。
耕作地をつくることを説明し、それぞれの部族に働き手の男衆を出すよう指示。
結果、ほとんどの男性が作業員として志願した。
その彼らに、アミュレット兵がグレーカラーのスコップをいくつも手渡している。
色合いからして、配給品の食器類を作ったのと同じ機械で制作したのだろう。
「なんでも作れるんだな」
「司令官にも、後で製作工程をご覧に入れます」
「俺が見て、理解できればいいけど――」
どん、と、腰のあたりに軽い衝撃。
「おはようございます、お父様」
褐色の少女ファフリーヤが、後ろから俺に抱きついていた。
「おはよう、ファフリーヤ。ひとまず離れような」
彼女は、昨日俺が渡したヘッドセットを今日も装着していた。
だから、俺の言葉も通じている。
が、ファフリーヤは腰からは離れたものの、そのまま正面に回りこんで、再び抱きついてきた。
「朝からお父様にお会いできて、ファフリーヤはとても幸せです」
彼女は上目遣いで、キラキラと満面の笑顔を浮かべている。
「そ、そっか……うん、俺もファフリーヤと話せて嬉しいよ」
引き剥がすことを早々に諦めた俺。
笑顔を返して、頭をなでなで。
政略結婚を受け入れる覚悟を決めた手前、これくらいのスキンシップも甘んじて受け入れよう。
(ただ、お父様って呼ばれるのだけは、どうも慣れないけど)
歳の開きだって、俺とファフリーヤはせいぜい、少し離れた兄妹ってくらいだし。
でも、こんなに嬉しそうに笑っているファフリーヤに、それを止めてくれなんて言えっこなかった。
「それで、お父様。婚姻の儀のことなのですが」




