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25_05_6日目⑤/最後の頼り

「アイアトン司教はああおっしゃいましたが、私は聞かせていただきますよ」


 重い沈黙を破ったのは、アイシャさんだった。


「お話します。こちらも、お聞きしなければならないことがあります」


 ネオンも二つ返事で彼女に応じた。

 事がここまで極まってしまった以上、もはや秘密を抱えたままでは、身動きを取ることができない。


***


 ネオンは、こちら側の背景を余すことなく開示した。


 自分たちが、高度に発展した科学文明の技術で生まれた存在(AI)だということ。

 その文明が一度滅んだこと。

 ただし、前文明の人類は絶滅しておらず、今も目覚めの時を待っていること。

 そしておそらく、前文明よりも更に前、前々文明とでも呼ぶべき高度科学文明も存在していたこと。


「つまり、私たちが聖遺物と呼ぶあれらは、前文明ないし前々文明の科学技術の残滓(ざんし)……なのですわね?」

「はい。ですのでジーラン枢機卿も、なんらかの記録媒体などによって、前文明の歴史を知ったのではないかと推察されます」


 心当たりはないかと尋ねるネオン。

 アイシャさんは「残念ながら」と首を横に。


皆目(かいもく)見当もつきませんわ。少なくとも私の知る限りにおいて、あの人が過去にあんな話をしていたことは一度もありませんでしたもの。アイアトン司教にも、おそらく……」


 さっきの彼らの反応からも、それは窺える。


「だとすれば、ヴィリンテルに赴任してからのことでしょうか?」

「そうとは限りませんわよ。諸外国の教会を渡り歩いた方ですから」


 これは、アイアトン司教も言っていたことだ。

 ただ、そういう〝神秘〟に触れられる可能性が最も高いのは、この聖教国ということにはなる。

 そう考えると、少し、俺にも思い当たるものがある。


失われた神話(ミッシング・リンク)、じゃないかな? 発掘されたけど未解読のものって、たくさんあるんでしょ?」

「可能性として濃厚ですわね。あの人なら、聖典庁の解読部門に出入りしていておかしくありませんわ」

『もしくは、秘蹟殿の中に保管されている聖遺物のどれかから、かしらね』

「それはどうでしょう? あの方のような反神兵論者が入殿許可を申請したなら、歴代の騎士長が記録に留めているはずですわ」


 入るには、事前の許可が必要な秘蹟殿。

 泉の橋には警衛の神兵たちもいるし、入口の重い石扉の開閉には複数人の男手が必要。

 俺たちだって、ドライデン騎士長の協力が得られていたから潜入できたのだ。

 こっそり入ることは出来ず、もしそんな記録が内密にでも残っていたなら、自分が気づいていたとアイシャさんは言う。


「シスター・アイシャ。以前あなたは、聖教会は聖遺物を起動させることを〝奇跡〟としていると、そう説明していましたね?」

「その通りですわ。そして、〝奇跡〟を起こした人間は教皇府が聖者として認定します。けれど、ジーラン枢機卿は――」

「聖者に認定されていないのですね」


 アイシャさんの首が、縦に動いた。


「隠匿している可能性もありますけれど、正直なところ、聖教会の人間である私には、奇跡を隠す意味が考えつきませんの。仮にあの方が聖遺物を起動させられるとして、これを秘密にしておくメリットなどはありますかしら?」


 聖者とは、職位を超越したステータス。

 得られる機会をみすみすふいにするなんて、聖教会に所属する者の視点ではありえない。

 では、そうではない人間の、それも、実際に奇跡を起こした側の視点ではどうか。

 アイシャさんが聞きたがっているのは、あの件(・・・)だ。


「秘蹟殿にあった聖遺物、『ラゴセドの(はこ)』は、セラサリスのAIのなかにアクセスキー・プログラムが内蔵されておりました」

「よく判りませんが、彼女が奇跡を起こせた理由でしょうか?」


 ネオンが答える代わりに、セラサリス本人がコクコクとうなずいた。


秘密鍵(シークレット・キー)、複製不可」

『他の人には動かせないわ。あなたたちが聖者と呼んでる偉人たちでもね。あれは、もともとラゴセドの(はこ)に関連する任務を帯びていたセラサリスだから接続できたのよ。もっとも、そのデータはアタシたちでも読み取ることはできないんだけど』


 どこまでを理解できたのか、ため息を吐きながら、アイシャさんは天を仰いだ。


「参りましたわね。あなた方の抱える秘密こそが、あるいは、現状を打破する手立てになると期待していたのですが」

『なるようだったら、とっくに使ってたわよ。アナタだってそうなんでしょ?』

「……そうですわね。ラスティオ村の聖遺物のお話は、この件に有利に働きませんわ」


 わかったことは、ただひとつ。

 ジーラン枢機卿の……ひいては副教皇派の協力が、絶対に望めないということだけ。


***


 この後、5大派閥の重鎮の教会を何軒か訪ねてみたけど、感触は良くなかった。

 副教皇派とは犬猿の仲だと聞いてたけど、どの人も、少し避難民の件を(ほの)めかしただけで、一様に話を()らしてしまうのだ。


「皆、我々との接触自体に及び腰になってしまっていますね。紛争の火種になりうるという判断よりも、副教皇派との軋轢(あつれき)を怖れたと言えそうですが」

『まったく、聖職者としての矜持(きょうじ)はないのかしらね。ちょっとくらいは期待してあげてたのに』


 俺たちとジーラン枢機卿との溝は決定的。

 それがはっきりしている中、こちらへの味方を表明すれば、今後の副教皇派との関係に差し障る。


「教皇様のお言葉添えがあって、なおこれか」


 協力を取り付けるどころか、もはや〝消極的な協調〟すら望めない状況。

 どんな慈善も、結局最後は権力や利益の話にすり替わってしまう。


「もう一度、教皇様にお願いして……ってのは、たぶん無理だよね?」

「おそらく難しいでしょう。可能であったなら、教皇も最初から『ジューダスの巡礼支援』ではなく、『避難民の保護』を全体に通達していたはずです」

「……だよなあ」


 完全中立というヴィリンテルの立場、避難民たちが不法入国者という事実、帝国の兵が哨戒している現状、そして諸々の国際情勢。

 教皇様は、取り巻くすべての状況を総合し、その中で打てる最大の一手を打ってくれたのだ。

 古い戦友の忘れ形見(ベイル=アロウナイト)を信頼し、避難民たちの命運を、そして、大きな戦争に繋がりかねない事態の打開を託してくれた。

 その信頼に、どうしても応えたいって気持ちがある。


「ひとまず、アイシャさんに報告してみようか」


 通信機で彼女に状況を伝えると、少しの沈黙があってから、こんな言葉が。


『こうなると、最後の手段しかありませんわね』


 手立てがあることはあるらしい。

 でも、こんな八方塞がりの状況で、なにを?


『あまり気のすすまない方法ですわ。正直、申し上げるのが心苦しくもありますの』

「やっぱり、なにかリスクが?」

『いえ、単に私が気乗りしない、というだけなのですけれど……』


 どういうことだろう?


『もう一度、アイアトン司教に動いていただくのですわ』




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