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25_03_6日目③/証明された神々 上

<6日目、朝>


 さて、朝食が終わり、教会巡りの準備……は、今日はちょっとだけ遅らせる。

 偉い人たちからの接触(コンタクト)が予想される今、一番早いタイミングは、今この時間帯だ。

 誰か来るかなと待ち受けていた、その矢先。


『やっぱりというか、また来たわよ』


 教会の周りを張っていたシルヴィから、見知った人物の来訪が告げられた。


「……ジーラン枢機卿」


 ドローンから投影された映像には、あの気難しそうな顔が映っている。


「他に先駆けて、この人か」

「あるいは、すでに他の派閥を牽制(けんせい)してあるのかもしれませんわね」

『正解よ。副教皇派の聖職者が他派閥の重鎮たちに会いに行ったのを、アレイウォスプで監視してたわ』


 ジューダスと接触するのであれば、副教皇派との〝戦争〟になる。

 彼らはそんなふうに(うそぶ)いて、他派閥の動きを止めていたのだ。


「リスキーですわね。教皇様との〝戦争〟にもなりかねませんのに」

「帝国との〝本当の戦争〟のほうが遥かにリスキーだと、そういう判断もあったのでしょう」


 政争よりも戦争のほうが恐ろしい。

 そこに異論を挟む気はない。

 ……でも。


「でも、そのためなら避難民たちを見捨てていいなんて発想は、間違ってる」


 結局のところ、ジーラン(こいつ)をどうにかしない限り、避難民たちの国外脱出は叶わないのだ。



 リーンベルの応接間で、ジーラン枢機卿とテーブルを挟み相対した。

 2日前、ジーランが訪ねてきたときと同じ構図。

 ただし今日は、ネオンも部屋の中にいる。

 避難民たちを国外に無事に出すための、ここが最大の山場となるのだ。


「前置きは、必要でしょうか?」

「いらぬ。私も暇ではない」


 そう言う割に、ジーランはなかなか口火を切ろうとしない。

 アイアトン司教がティーセットを持って部屋に現れ、俺とジーランに紅茶を用意した。

 俺はカップに口をつけたが、ジーランは手を伸ばそうとしなかった。


「まずは、貴様を(あなど)っていた非礼を()びよう」


 置いたカップが、カチャリと音。

 それを皮切りに、ジーランは〝戦争〟を開始した。


「まさに有言実行。かなりの高値で買っていただいたようだ」


 我々との喧嘩(けんか)をな、とでも続けそうな鋭い目つきで、俺をグサリと一瞥(いちべつ)する。


「ご協力は、いただけませんか?」

「ほう、何への協力か?」

「平和への」


 避難民という言葉は、まだ出さない。

 敵に回すにせよ、本当に協力を取り付けるにせよ、相手の出方を知らないうちは、交渉という次元に至れない。

 特に、ジーランみたいなタイプの場合は。


「できんな。貴様ら()、戦争を()とする側の人間であろう?」


 ジューダスは軍人あがりの貴族の家系。

 確かにそういう設定を練ってきた。


「戦争を起こさせぬためには、より強い武力を求めよという野蛮(やばん)な発想。貴様ら軍人は、平和の実現を力によって叶えるものだと決めつけていよう」

「では、あなたはどのように?」

「神を用いればよい」


 迷いなく、(よど)みなく、ジーランは神を道具にする(・・・・・・・)と言い切った。


「人間は、元来、単純な生き物だ。隣人と同じ神を信ずることで、隣人をも信じられる。同じ神を愛することで、隣人を愛するようになる」

「人を疑わずに済めば、(いさか)いは起こらなくなると?」

「信じること、疑わぬこと、受け入れること。これすなわち真の親愛。人の身だけでは到底至れぬ、神の御業(みわざ)にのみよって至れる境地。このような説法が、各地の教会で人々に説かれている。これを、貴様らは綺麗事(きれいごと)だと(さげす)みおる」

「……蔑むというのは、いささか言葉が強すぎるきらいがありますが、平和や戦争という現実的な観点からみると、実情にそぐわない言論という感は否めません」


 これでも、かなり言葉を選んだ。

 が、彼の反応は予想と違った。


「ふん、私も同意しよう(・・・・・・・)。人は大多数が単純な生き物だ。が、その単純さを利用しようと企む〝ごく一部〟がいる以上、平和は常に(おびや)かされる。ゆえに、平和の維持には力が必要だという発想も、的を射たものと認めはしよう」


 (ことごと)く対立することになる思っていたが、そうではなかった。

 しかし、これは意見の一致とは言えない。


「だが、私の思想は、貴様ら軍人のそれとは根本が違う」

「……と、言いますと?」


 さあ、どうくる?


「『戦争は武力の不均衡が引き起こす』。『回避するにはより強い武力が必要だ』。そんなことを、世の軍略家は(そろ)って言う。だが、その発想と方策は、世界の彼処(かしこ)で国際緊張を顕在化(けんざいか)させる根幹となり、武力の増強競争を生み出す源泉となるに過ぎぬ。緊張が極限まで高められ、軍備の拡張に追従できぬ国が出てしまえば、すなわち、そこが戦地となる」


 彼の言葉は、静かに、しかし、確実に熱を帯びていく。

 だんだんと、怒りを(あら)わにしてきているのだ。


「必要なのは武力ではない、人の心の革新なのだ! そして、それを成し遂げられる神という名の偶像が、都合よく(・・・・)大陸全土に()かれている。これを利用せずして、何を使う!」


 だから聖教会を守らねばならない、避難民(リスク)を背負うわけにはいかない、そういうことなのだろう。

 大局のための少数の犠牲……軍人の考えにも通じなくはない発想。

 しかして、確かに根源は聖職者的だ。

 これは、逆に追い風(・・・・・)かもしれない(・・・・・・)


「……聖職者らしからぬご発言はともかく、そんなことが、本当に可能であるとお思いなのですか?」


 ジーランが感情任せになってくれれば、突破口が見えるかも……?

 そんな浅はかな俺の挑発は、


「可能だとも。人の精神が未熟である、今この時代に(・・・・・・)おいてならば(・・・・・・)


 予想の(なな)め上の地点に、話を飛躍させることになる。


「革命されるべくは、国ではなく人なのだ。人が変われば世界は変わり、人が変わらねば世界は変わらん。なれば、全ての人間に唯一絶対の価値観(・・・・・・・・)を与えればよい。ゆえに革新は、人の手ではなく神の手によって成し遂げられねばならんのだ!」


 違和感があった。

 ジーランの言葉の中に、そして視線に(・・・・・・)


(この人、さっきから俺を見ていない(・・・・・・・)……?)


 目線は俺に向いている。

 なのに、目は俺のことを捉えていない。

 怒っているのは、俺個人に対してではないのだ。

 なら何に?


「そういうあなたも、ずいぶんと論理的に……いえ、戦略的に神を語るのがお好きなようだ、ジーラン枢機卿」


 わからない。

 思想には確かに隔たりがある。

 けれど、戦略的という点においては、一定以上に似通った方向性があるようにも思える。


「ならば、本当はわかっているはずです。目先のリスクを危ぶみ回避したところで、それは後々の大きなリスクの前触れでしかないことを。全面的にとは申しません。利害が一致する部分だけでも、協力を――」

「できぬな」


 怒気を込めて拒絶するジーラン。

 このまま進めば、おそらく核心に迫ることができる。

 でも、何だ?

 なにか、妙な気配……嫌な予感が……いや、迷うな。

 鬼が出ようが蛇が出ようが、踏み込まなければ、事態は何も変わらないんだ!


「あなたは、何をそんなに意固地になっているのです?」

「知った口をきくのは構わん。事実、知っているの(・・・・・・)だろうからな(・・・・・・)


 言葉の違和感、焦点の合わない怒り。

 『知っている』ことが、それを生む。

 だとしたら、この人は、俺たちの何を知って――


「だが! 不可能だとして調和を諦め、現実的だと軍備の増強にひた走る。そんな〝合理的な不条理〟を積み重ね続けた結果……貴様らの、かつて栄えた(・・・・・・)先史の文明(・・・・・)はどうなった(・・・・・・)!」





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