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25_02_6日目②/Si vis pacem, para bellum

<6日目、朝、リーンベル教会>


「大っ変、申し訳なかったぁっ!」


そのアイアトン司教の声が、リーンベル教会の食堂の中に響いていた。


「よもや教皇様の縁者であったなどとはつゆ知らず、これまでたいそうなご無礼をば!」

「うん、とりあえずさ、それ、やめて」


 朝食が用意されるはずのテーブルに、額をこすりつける司教。

 俺を拝み倒す彼の頭をどうにかこうにか上げさせて、その隙にアイシャさんが食事を配膳した。


「ですが、本当に驚きましたわ。事前におっしゃってくだされば、もっといい食材を仕入れてお(もてな)しいたしましたのに」

「いや、俺だって知らなかったし」


 彼女のこれは冗談だけど、昨日の聖女セラサリスに続き、俺の立場まで一変しそうな勢いだ。


「人の奇縁は侮れませんわね」

「我々も把握しておりませんでした。司令官の祖父は、本当にすべてを隠し通していたようです」


 教皇様にも言ったとおり、俺とじいちゃんは、町から離れたところでひっそりと隠棲していた。

 時折人は尋ねてきたし、中には教会の関係者だっていた。

 だけど、誰も彼もが、じいちゃんとは楽しげに笑い合うばかりで、互いに(かしこ)まったりはしていなかった。

 少なくとも、教皇様との間に親交があるなんて気配は、どこにも感じたことはなかった。


「軍属だった頃、ヴァーラルカ島に派遣されてたってことなら知ってたけど、詳しく教えてくれなかったんだ」


 じいちゃんと同じ軍人だったっていう人も、たまに家にやってきてた。

 けれど、彼が戦場の話をすることはなかった。

 しないようにしていた、というのが、正しかったのかも知れない。


「若き日の教皇様が神兵だったことは誰もが知る事実ですわ。聖骸部隊(サークレッド)の一員として、戦中にヴァーラルカ島に派遣されていたらしいという話も、まことしやかな噂として、関係者の間で(ささや)かれているそうですわよ」


 公式には明かされていない神兵の特殊部隊、聖骸部隊(サークレッド)

 ここに所属していた以上、教皇様はかなり厳しい訓練を受けた、優秀な兵士だったということになる。


「終戦後、神父として各国の紛争地域に赴いた。これはしっかり記録に残っていますわ。教皇様のご尽力によって、多くの民間人の血が流れずに済んだというのは、あらゆる国で語り継がれていますの」

「こっちは噂じゃが、神殿騎士への昇格の話を蹴ってまで神父に転身し、各地の紛争処理を優先されたとのことじゃ。そのせいで一度は上層部との間に亀裂が生まれたものの、圧倒的な実績をもって司教に返り咲き、数年後には枢機卿に、最後は教皇に選出されたという」

「有名な逸話(いつわ)ですわね。このために、ゾグバルグ軍から神兵に志願する者には、神への信仰心もさることながら、それ以上に教皇様の偉業に憧れている者が多いと言われていますますわ」

「うむ。デュレンダール様が教皇になられた年には、志願者が前年の5倍に跳ね上がったとかいう話を聞いたことがあるぞ」


 代わる代わるに、教皇様の伝説じみた逸話(いつわ)を語るシスターと司教。

 ふたりの興奮混じりの様子からも、聖教徒への影響力が絶大なのがよくわかる。

 そんな人とじいちゃんが知り合いだったなんて、孫の俺からしたら、今でも天地がひっくり返ったような感覚だ。


「たいしたもんだな。お前さんのじいさんは」


 ……で、だよ。

 ケヴィンさん(このひと)さ、あんまり驚いていない感じなんだよね。


「もしかして、知ってた?」

「いや、ここまではな」

「じゃあ、どこまでさ?」

「……まあ、そうさな」


 少し考え込むような間を挟んでから、ケヴィンさんは、次のようなことを語った。


「バートランドっつう帝国兵の名には覚えがあった。が、現教皇と戦友だなんて話は出回ってねえ。そもそも、『語られない英雄』の戦果は真偽を確かめようがねえうえ、尾ひれ背びれが山ほどくっついて、こっちも伝説みたいになってるからな」

「うん? 『語られない英雄』?」


 教皇様も言ってたけど、もしかして、じいちゃん有名人なの?


「でも、そんな二つ名の兵士、従軍予備学校でも聞いたことがなかったよ?」

「そりゃあそうだろ。ラクドレリス帝国にとっちゃ軍史から消したい悪名だからな。自軍兵士にも自国民にも、断じて教えたりしねえだろうさ」


 他国(よそ)では英雄として(たた)えられるバートランド=バーリンジャーは、しかし、ラクドレリス帝国からしたら軍の命令に逆らった、いわば背反行為者だと、ケヴィンさんはさばさばと語った。


「ま、知りたきゃ後で教えてやるが、ローテアドに伝わってんのは結局のところ噂話だ。俺より教皇に聞いたほうが、確実なことがわかると思うぜ?」

「いや、ひとまずは置いとくよ。今は避難民たちの件をどうにかしないとだし」


 不思議と、強がりではなかった。

 若き日の爺ちゃんと教皇様は、きっと、同じ目をして、同じ何かを見つめて、同じ戦場を共に駆けた。

 それを知れただけで今は充分だと、心から思えていた。


「いずれにせよ、教皇様の支持を取り付けられたことは大成果ですわ」


 滞在期間が残り2日にして、状況は大きく動いた。


「早ければ1時間と経たずに、ジューダス=イスカリオットに教会への招待が殺到しますわ。あるいは、臨時の派閥会合に招かれる可能性さえありえますわね」

「ジューダスを取り込むために、ってことだね?」


 現教皇との繋がりが(ほの)めかされたジューダスを、他の派閥に先んじて手懐(てなず)ける。

 そういう競争が展開されるはずだ。


「その時に、逆にこちらが各派閥との密室外交に持ち込むのですわ。避難民たちの国外脱出に向けた協力……いえ、消極的な協調だけでも得られれば」


 避難民の存在が、政治的外交的なリスクであることは動かない。

 でも、彼らを暗々裏(あんあんり)のうちに逃がし切ることに理解を得られるなら。

 多くの派閥が黙認だけでもしてくれるなら、副教皇派をしても妨害できない状況がつくりあげられる。


「そうなれば、あとは俺たちのほうでどうにでもできる」


 出国が可能になりさえすれば、後は、バートランド・シティに護送するだけだ。

 教皇様のおかげで、今度こそ、光明が見えてきた。


***


「隊長、教えちゃってよかったんですか?」

「あ? なんのこった? ロラン」


 朝食が終わった後で、ケヴィンは部下に詰め寄られていた。


「ベイルのお祖父(じい)さんの話ですよ。前の時は、言わないって――」

「仕方ねえだろ。本人が知っちまった以上、聞いてくるなら答えるしかねえ」


 ケヴィンは、「あくまで聞いてくるならだ」と、この部分を強調する。

 部下たちは神妙な顔でうなずいて、若いブレーズも賛同の意を言葉にした。


「英雄譚とはいえ、明快な正義の話ってわけじゃないっすからねえ」

「当然だ。戦時中の出来事なんだ。キレイ事だけで収まらねえのは、あいつだって理解してるだろうよ」

「だからこそですよ。隊長だって言ってたでしょう。英雄の墓を暴くような真似はするなって」


 が、同じく若手のロランだけは、納得いかなげな態度を崩さない。

 隊長も、彼の言い分に理があることは認めている。


「俺だって進んで話してえとは思っちゃいねえよ。そもそも、ローテアド(うち)で知れてる逸話なんざ、誇張や誤情報が多分に含まれてるだろうしな。だから教皇に聞けって丸投げしたんだろうが」

「なんか、凄い状況っすね。丸投げ相手が聖教会の一番偉い人って」

「言っとくが、お前らも自分からペラペラしゃべるんじゃねえぞ。あくまでスタンスは〝尋ねられたなら仕方ねえ〟だ」


 念入りに釘を刺すケヴィン。

 〝知っているのは噂程度、詳しいことまではわからない〟。

 話すとしてもこの前置きを徹底しろと、口を酸っぱく命令する。

 部下たちも、現状ではそれがベストだと各々納得したようである。


「んなことより、各員、装備の手入れを怠るなよ」


 意見の相違が見られたのを機に、隊長は部下たちに活を入れ直す。


「そのヴィリンテルの教皇(トップ)から、直々に国内暗躍の許可が下りたんだ。AI女と策謀シスターが大人しくしてるはずがねえ。状況はすぐにも動くぞ」

「同感ですな。場合によっては、帝国兵とのドンパチも起こり得るでしょう」


 副長のレジスもケヴィンに同調する。

 戦いを控えた独特の緊張感が、一瞬で部隊員にも伝播(でんぱ)した。


「結局こっちも戦争の話ですかい?」

何時(いつ)の世も血腥(ちなまぐさ)いというやつですな」


 血気盛んな部下たちを、ケヴィンも不敵な笑みでまとめ上げる。


「はやるなよ、野郎ども。あいつらも戦闘行動は最終手段で、原則は隠密作戦と偽装工作のはずだ。おそらく俺らも駆り出される。どんな無茶にも即応できるよう、態勢を常に整えとけ」



今回の話のタイトル、『Si vis pacem, para bellum』。


意味は「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」。

銃弾の「9mmパラベラム弾」の名の由来にもなった、ラテン語の警句です。

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