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25_01_6日目①/強すぎる〝お願い〟

<6日目、朝、レミールザ宮殿大会議場>


「――で、ありますから、クロンシャ公国より神学者マビノラ氏を、ベルトン王国よりノヴァーリス侯爵を、来月中にもお呼びすることとし――」


 多くの聖職者が集う、レミールザ宮殿の大会議場。

 開かれているのは臨時の評議会。

 昨夜の委員会において、ラゴセドの(はこ)の発光現象が奇跡と認定され、それを引き起こしたセラサリスも、聖女と認定される運びと相成った。

 とすれば次は、ラゴセドの(はこ)動いたことの意味(・・・・・・・・)を解明する必要がある。


 この臨時評議会では、解明を進めるにあたり招致(しょうち)するべき専門家などについての話し合いが行われた。

 もっとも、議題のほとんどが確認事項であったことから、評議会はそう長い時間を要さず、閉幕に差し掛かっていた。

 ……はずだった。


「では、以上で本評議会は終了としますが、教皇様、よろしいでしょうか?」


 議長として進行役を務める枢機卿が、儀礼的に確認を取る。


「ええ。ですが、最後にひとつ、私からよろしいでしょうか。今日の議題にあまり関係のないことなのですが」


 しかし今日は、儀礼的には終わらなかった。


「もちろんです、教皇様。追加の審議案件でしょうか?」

「いえ、これは、私個人のお願いの域を出ないことです」


 この言葉に、若干のどよめきが会議場を走り抜けた。


「お願い……ですか。教皇様にしてはお珍しいですな」


 議長はにわかに驚きながらも、教皇が発言する時間を設け、書紀係に正確に記録するよう目で念押しした。


「現在、ヴィリンテルは外からのお客人を受け入れているのは、皆様ご存知ですね? 例の聖女をこの地に導いた、あの若者です」


 場のざわめきが強くなり、出席していたリルバーン副教皇が慌てて、しかに表面上は穏やかに、言葉を挟んだ。


「恐れながら教皇様。導いたとは申せども、あの者は意図して聖女を連れてきたのではありますまい」


 教皇は静かに(うなず)いて、副教皇の言葉を肯定した。


「確かにそれは偶然だったのでしょう。奇跡とは神のもたらす必然であるとはいえ、彼に神秘性があるとは言えません。ですが、この国に外部の客人というのも、めったにない機会です。そして彼は、なんでも、歴史ある教会の探訪を望まれているとか」


 副教皇の顔が険しくなる。

 他の出席者たちにしても、顔に困惑を浮かべていた。


「彼の滞在期間も残りわずか。信頼のおける若者であるゆえ、みなさんも、お力添えしてあげてほしいと思います」


 議場は更なるざわつきを見せたが、教皇は彼らに賛否を問うでもなく、「では、これで本日の評議会はおしまいですね」と述べて、議長に閉幕を告げるよう促したのち、静かに会議室を後にした。


***


「いったい何をしたのだ!? あの貴族の小倅(こせがれ)は!」


 レミールザ宮殿の小会議場。リルバーン副教皇は、急遽(つど)った副教皇派の重鎮たちに怒鳴り散らした。

 もはや人相が変わるほどに激昂(げっこう)したその相貌(そうぼう)は、彼の焦慮と窮迫を、ありありと表していた。


「よもや、隠し玉が教皇とは……」


 窮迫は、集まった他のメンバーも同様だった。

 彼らの優位、リーンベル教会への圧力が、これで一瞬にして無に帰した。


 昨日までのリーンベル教会は、そう強い一手を打てていなかった。

 金にがめつい人間たちを高額の寄付金で黙らせて、信心深い清廉な人間たちも、聖女の奇跡で手玉に取る。

 この策までなら、彼らもここまで動揺しない。

 現に、彼らは手回しによって、リーンベルの動きを一度は封じきるに至っていた。


 だがしかし、〝教皇様のお言葉〟となれば、次元が遥かに違っている。

 あのお言葉には、敵対者でさえ従わざるを得ないほどの、絶対的な効果があるのだ。

 これ以上ない籠絡(ろうらく)の策を、ジューダス=イスカリオットは強打してきた。

 しかも、何をどうやったかは誰にもわからないというおまけまで付いている。


「しかし副教皇様、見方を変えれば、これはチャンスかもしれませんぞ」

「チャンスだと?」


 副教皇の血走った目が、発言した者を鋭く捉えた。


「いかにして教皇を動かしたのか、わかったと申されるか?」

「皆目見当もつきません。ですがこのことは、清さの象徴であったはずの教皇にも、つけいるべき(きず)があることの――」

「たわけが」


 異様に低い静かな声が、室内に重く響き渡った。


「そのような短絡的(たんらくてき)な事態でないことが、なぜ理解できぬ」


 声の主は、ジーラン枢機卿。

 彼は、(あふ)れる怒気を隠そうともせず、誰をともなく(にら)みつけた。


「教皇は、汚らしい金や欲では断じて動かん。若き日に神兵としてヴァーラルカ島の戦火を生き延び、その後は神父として、紛争地域の教会ばかりに自ら望んで赴任し続けた。あの男が調停した争いの数々、よもや、この場に知らぬ者はいまい」


 誰しもが不可能と断じた偉業を成し続けた、生ける伝説。

 それがクリストフ=デュレンダールという男に他ならんと、ジーランは拳を強く握りしめながら言う。


「あの狂老人(・・・)には、真実として一欠(ひとかけら)の俗欲たりとも存在せぬ。歴史上、聖者と呼ぶにふさわしい者が本当にいるとすれば、現教皇をおいて他にない。そんな男を……あの小僧めは懐柔(かいじゅう)したのだぞ!」


 彼は最上級の賛辞とともに、握った拳を机に強く叩きつけた。


「小僧の素性を何としてでも調べあげよ! 教皇との接点を、あらゆる方面から探しだせ! あれを台頭させることは、我らが派閥のみならず、ヴィリンテル全体のパワー・バランスを左右するぞ!」


 言葉を荒らげたジーランの剣幕に、他の司教はビクリと(ひる)んで立ち上がった。

 副教皇まで同様だった。

 そして、自身に(るい)が及んではならないとばかり、皆、足早に部屋から出て行った。


「おのれ……」


 ただひとり残ったジーランは、大きく息を吸ってから、ゆっくりと吐いて、椅子から立ち上がった。

 そして、先ほどまでの怒気を感じさせない静かな歩調で部屋を去ろうとし、


「まさか、ダニエル……?」


 ふと、立ち止まって、窓の外の空を仰いだ。


「……ダニエル、まさか貴様、あの絵空事(ゆめ)を忘れておらんというのか?」





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