4_09_空を制する者は戦争を制す
「空……輸?」
聞きなれないネオンの言葉を、俺は思わずオウム返し。
文字通りの意味なら、空から輸送するってことだけど、そんな、まさか――
「ちょうど来ましたよ」
ネオンの指が、盆地の縁の向こう、東の空を指さした。
夕陽で赤く染まりつつある空から、巨大な円柱が迫ってくる。
「……嘘だろ」
俺は、自分の目が信じられなかった。
とてつもなく巨大なドリル重機【ガレイトール掘削機】は、上から何かに吊り下げられて、宙に浮かんでいたのである。
「こんなの、ありなのか……」
昨日から散々に驚かされて、もう大抵のことでは驚かない自信があった。
なのに、目の前のそれは、その大抵を軽々と凌駕している。
ゴルゴーンよりひと回り以上も大きな兵器が、なんと、空を飛んでいるではないか!
金属の塊であるはずのそれが、しかも、4機がかりでロープで吊って、自分より遥かに大きな円柱を持ち上げているのだ。
「大型長距離航空輸送機【ヴェストファール】。両翼の【T−VPFエンジン】により、高い出力と優れた航続距離を実現しています」
飛んでいる。
何度も言うけど、空を飛んでいる!
ヴェストファールと呼ばれた兵器は、角ばったゴルゴーンとは違って、ボディは流線型でキャタピラとやらも付いていない。
代わりに、側面部に向かうにつれて形状がやや平たくなり、そこに円形の部品が取り付いていた。
ネオンによれば、それが空を舞うための機構なのだという。
「司令官、いささか驚きすぎでは? 航空戦力であれば、すでに飛翔型ドローンをご存じのはずです」
「だって、あれは鳥みたいなものだって言ってたじゃないか……」
「それを大型化させたものと捉えていただければ」
「いくらなんでも、大きすぎるだろ……」
ドローンが鳥なら、これは伝説上の生き物だ。
「それも、こんなにも巨大な物体を吊るしながら、自在に飛び回れるだなんて……」
唖然と見上げているうちに、4機のヴェストファールは、盆地の中にガレイトール掘削機なる巨大重機を着地させた。
そのまま、自分たちも順々に、俺達の傍に着陸していく。
『重機類の運搬、完了したわよ』
輸送機から、シルヴィの声がした。
「え? シルヴィなのか? ゴルゴーンから乗り換えられたんだ」
てっきり、ゴルゴーンの1号機がシルヴィなんだと思ってたけど、そうじゃなかったんだな。
『乗り換えってのも違うわよ。簡単にいえば、セカンダリ・ベースの兵器群全部がアタシなの。これは単に、声を出す場所を変えただけ』
兵器全部が、シルヴィ?
「なあ、それだと万が一にも、その、1機でも撃墜とかされちゃったら……」
『死なないし怪我もしないわよ。アタシのデータは基地のサーバーと常に同期処理が行われてるの。ネオンもそうよ』
仮に兵器が壊されても、基地が無事ならシルヴィも無事ってことなんだろうか。
難しくて、よくわからない。
「彼女は陸海空、大気圏内すべての兵器を同時並列的に操るための戦術AIですから」
ネオンの補足も、今回は混乱に拍車をかけてくる。
『でも、航空戦力はゴルゴーンよりもエネルギー消費量が多いから、現状では滅多なことじゃ動かせないわ』
「整備のコストも馬鹿になりませんし、不用意に飛行して誰かに見られることも避けねばなりませんので」
そんなことを話していると、ヴェストファールのハッチが開いて、中からアミュレット兵が降りてきた。
輸送機の中には、他にも採掘用の道具が積み込まれているそうで、兵たちはそれを運び出している。
『さっさとガレイトールをセットさせちゃうわ。夜通しやれば、明日の朝には目的の地層まで到達できてるはずだから」
また一晩でやっちゃうらしい。
「問題があるとすれば、そこの建物に収容している商会の私兵たちが、振動と騒音で眠れなくなることくらいでしょうか」
「ああ、あいつらは……別にいいか」
さんざん西大陸の民たちを虐げてきたんだ。
少し扱いが悪いくらい、我慢させよう。
「ともあれ、これでスタートラインに立ったわけだな」
国民、金鉱、そして交易ルート。
曲がりなりにも、国を繁栄させるための仕組みができあがった。
……たったの2日間で。
「来たるべき宣戦布告に備えて、富国強兵を推し進めましょう、司令官」
『敵兵を蹂躙する日が待ち遠しいわ』
あいかわらず、好戦的なことを言ってるAIふたり組。
頼もしいやら、おっかないやら……
こうして、俺たちの新国家は、その第一歩を順調に踏み出したのだった。




