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24_04_ラクドレリス帝国群雄譚Ⅵ/皇狼部隊(ウォルフェンド)

〜帝国の小さな田舎町トモロ〜


 空が夕焼けに暮れなずむ頃、デリックたちは、イーゴル地方のトモロという小さな町に到着した。

 旅の荷物を整理した彼らは、町にひとつしかない宿に入り、そして、思わぬ人物と出会った。


「あっれー? 見知った人はっけーん」


 メリッサの声が届いたか、その人物も4人に気づいた。


「やはりトモロを通ったな」


 彼は、デリックたちと同じ軍服を着用していた。


「ブラッドじゃねえかよ。なんでお前がここにいやがる?」


 ブラッド=ウェルズリー。

 従軍予備学校の卒業生で、デリックたちの同期生。

 そして、同期の中で最も優秀な成績を収めた首席卒業生でもあった。


「無論、命令だ。本作戦の大隊指揮官からのな。お前たちの身柄を引き受けに来た」

「『作戦の大隊指揮官』だぁ? 皇女様じゃねぇのかよ?」

「ねーねー、身柄引き受けってなんでー? あとちょっとでヴィリンテルじゃん。どっかの野営地にでも寄るのー?」


 この質問をブラッドは半ばスルーし、事実の伝令をまず優先した。


「俺たち従軍予備学校の卒業1期生は、総員で作戦に組み込まれることになった。【皇狼部隊(ウォルフェンド)】という名前でな」

「……部隊名、つくの?」

「つけるとして、こんなタイミングなのか?」

「まさにそこだ。部隊結成のため、我々は一度アケドアに集合し、全員(そろ)って出立せよとのお達しがあった」


 4人は驚き、当然に憤慨(ふんがい)した。


「えーっ!? アケドアって、また戻んないとなのー!?」

「うっわ、効率悪っ! バカじゃねえのか!?」


 口の悪いメリッサとデリックを、ブラッドはじろりと流し見る。


「言っておくが、先にお前たち4人がアケドアに招集されていたからだ。合流地点に選ばれる口実(・・)になったのは」

「はあ? こっちのは別任務での招集だっつの。後から順次合流で充分だろが」

「……要するに、僕らはお邪魔虫」

「手柄を取られたくないのだろう。ポッと()の新参部隊に」


 ラッドとディアドラの穿(うが)った意見を、ブラッドも肯定した。


「建前は、『皇女様の肝入(きもい)り部隊に危険が及ばないように』といったところだ」

「くっだらねえ。ここでも〝軍隊ごっこ〟かよ」


 ぼやくデリック。

 メリッサもむくれ、今にもキーキーと声を荒げそうだ。

 そんな彼らとは対照に、至って冷静なディアドラは、ブラッドに詳しい状況説明を求めた。


「情報くらいは得られているのか?」

「一応な。標的(ウサギ)に動く気配は見られない(・・・・・)そうだ。が、長く(こも)っていられる状態でもあるまい」

信憑性(しんぴょうせい)に疑問有り、か」


 ブラッドは小さく首肯(しゅこう)した。


「ヴィリンテルに潜り込ませたスパイが機能しなかったらしい。確たる証拠を得ることも、関係者をカネで釣ることもできなかったようだ」


 潜入自体は上手くいった。

 しかし、そのスパイは入国許可からたかだか1年にも満たない新参者。

 有力派閥に取り入るどころか、無派閥の司教にさえ相手にされなかったという。


「けっ、当然の帰結じゃねえか」

「だよねー。ヴィリンテルの中に呼ばれるような聖職者って、聖教会の上澄みも上澄みでしょ?」


 今の地位へとあがるため、自分たちもそうしてきた(・・・・・・)以上、近づいてくる者を警戒するのは自明の理。


「その通りだ。よって知れたのは、聖教国の些細(ささい)な内情くらいなもの」


 どうやって入手したのか、ブラッドは、スパイからの報告内容が書かれたという文書を取り出した。

 受け取ったラッドとデリックは、一様に眉根(まゆね)をひそめた。


「……これ、些細?」

「どこぞの貴族子弟が来訪中だの、聖女と(あが)められる奴が現れただの、叩けばホコリが出そうなことばっかりじゃねえか」


 報告はどう見ても重大事項、なおかつ緻密(ちみつ)だった。

 昨夜現れたばかりの(・・・・・・・・・)聖女にまで(・・・・・)言及が及んでいる(・・・・・・・・)

 が、誰もこのことを不自然と思わず、むしろ、スパイはなぜこれでアクションを起こさないのかと、そちらのほうを疑問視した。


「あまりに目立ち過ぎていて、逆に関係者と接触(コンタクト)できなかったようだ。その貴族が滞在している教会というのも、有力派閥に属しておらず、そのくせ神兵や神殿騎士と繋がりが深いとある。おまけに、その神殿騎士どもの手引で秘蹟殿へと入り、従者が奇跡を起こしたしたともな」

「うっわー、露骨(ろこつ)。罠なんじゃないのー?」

「陽動の線も無くはない、と、潜入している者も判断したようだ」


 なお、報告には、その教会には内密に協力者を得ようとする動きがあったようだとも書かれている。

 だが、この機においてそんなあからさまな誘いは、やはり罠である可能性のほうが高い。

 スパイは下手に動くことができず、状況を静観するという消極的な選択肢を選ばざるを得なかった。


「結局のところ、何も掴めていないのと変わらん。可能性だけで言うなら、今この時にも……というところだ」


 この標的は馬鹿ではない。

 多くの部隊が集合しているという情報を掴めば、その布陣より前に逃亡を図ることも、十二分に考えられる。


「そうなっちゃったら、アタシたちは完全に出遅れだねー」


 城塞都市アケドアは、ヴィリンテル聖教国までかなり遠い。

 直線距離でも400キロメートルを(ゆう)に超える。

 地形などを考慮すれば、どんなに優秀な早馬を飛ばしても数日を要してしまう。

 おまけに、彼らはここまで来た道を、今から引き返さねばならない。

 だが。


「だが、さしたる問題はない。我々であれば、1日もあれば(・・・・・・)ヴィリンテルまで(・・・・・・・・)到達できる(・・・・・)


 そんなこんなを見込んだ嫌がらせを、しかし、彼らは一笑に付した。


「はっ、不憫(ふびん)なことだねぇ。常識に(とら)われてる奴らはよ」


 不敵な、あるいは関心すらもなさそうな顔で、デリックたちは窓の外を見た。

 外には、大きな布のシートに覆われた、彼らの巨大な〝荷物〟があった。




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