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23_06_4日目⑥/奇跡の保管庫 下

「いざ入ってみるとさ、中は割とおとなしめだね」

「装飾、控えめ」

「建築技法にもそこまでの特殊性は見られませんね。少々手の込んだ倉庫、と形容しても良いほどです」

『〝本質〟に重きが置かれているんでしょうね。外壁の彫刻に全力を使い尽くしたのかもしれないけど』


 殿内の見た目は、思っていたより普通の建物然としていた。

 この国の教会みたいな豪奢な内装にはなっておらず、しかして、質素とは言えない程度には、宗教装飾が施されている。

 地上階はフェイクだっていうから、そのせいなのかな?


「一応、この階くらいはひと回りしておこうか」

「それがよろしいでしょう。時間の猶予はあるはずですから」


 秘蹟殿の中に入った時点で、目的そのものは達成されている。

 けれど、やっておくべきことがある。

 地下に降りて、内部の様子を詳細に覚えて、なおかつ記録してくるのだ。

 後々、誰かに何か聞かれた時に、正確に様子を答えられなければ、信憑性が下がってしまう。

 それではすべてが台無しだ。


「極限レベルの信仰心の証明……か。本当にさ、そんなに上手くいくのかな?」

「そこまでの意味を持っている、ということなのでしょう。聖教会にとって、この秘蹟殿という場所は」


 まあ、その感覚は、なんとなくなら俺にもわかる。

 一応は聖教徒なのだ。信仰の心はともかくだけど。


「また、仮に失敗しても、その時は神兵と神殿騎士によって、別の着地点が設けられているようでもありました」

「ああ、騎士長さんもそんなこと言ってたね」


 成功すれば、大物との繋がりの(ほの)めかしに。

 失敗しても、混乱に乗じてアクションが取れる……とかだっけ。


「あれってさ、ケヴィンさんもそれとなく指摘してたけど、やっぱり……」

「失敗の場合、最悪は司令官の身柄を(・・・・・・・)拘束するつもり(・・・・・・・)なのでしょう。我々という賓客(ひんきゃく)を明瞭に罪人扱いすれば、各所に混乱が生まれるはず。そこを利用し事を為すのが、ドライデン騎士長の言う『次善』の策だと考えられます」


 特に、ジューダス(おれ)を入国させたブラックウッド枢機卿や、ジューダス(おれ)から賄賂(わいろ)を貰っていた人たちは、静観なんてしていられない。

 運命が一蓮托生(いちれんたくしょう)……なんていうことにならないために、俺の潔白を証明しようと足掻(あが)くか、自分たちの潔白を証明しようと藻掻(もが)くか、いずれにせよ、ドタバタとひと騒ぎ起こしてくれるはずだ。


「その隙に乗じて、避難民たちを外に連れ出す手筈(てはず)を整えることが、シスター・アイシャとドライデン騎士長のセカンド・プランであるはずです」

「まあ、やっぱりそうなるんだよね」


 俺たちへの説明が無かったのは、作戦の成功率を高めるためなのか。

 それとも――


「司令官。あなたがこの策をお気に召さないようであれば、拘束されずに済ませる(すべ)もございます」


 アイシャさんや神兵たちを頼らない手段、それをこちらは有している。


「私とセラサリスでも戦力として充分ですし、外に出ればランソン隊長もいらっしゃいます。リーンベル教会に待機する部隊員たちも、増援としてすぐに駆けつけさせられます」

「戦闘準備、万端」


 すなわち、俺を捕まえようとする神兵から何からを、力づくで制圧してしまう強硬策。

 圧倒的な武力を大々的に行使して、避難民たちを強引に連れ出してしまうという手法も、選択肢としては一応あるのだ。


「いや、いいよ。別に、取って食われるわけじゃなし」


 ただし、この強硬策は、自軍戦力を隠して行動しなければならないという、俺たち側の制約(・・・・・・・)にひっかかる。

 それに、そこまでしなくちゃならない事態では、実はない。


「拘束って言っても、やるのは神兵たちなんでしょ? なら、捕まえた後も待遇は保証してくれるんじゃない? それに、ゾグバルグ連邦の援助が見込めなくなったこの状況じゃ、避難民は俺たちの街(バートランド・シティ)に亡命させる以外にないんだから」


 もとより、避難民たちを外に出すだけではだめなのだ。

 帝国軍が周辺地域を跋扈(ばっこ)する中、安全に移送するためには、俺たちの協力が絶対不可欠。

 こちらを切り捨てるようなことは、アイシャさんたちは絶対にするはずがないし、できないのである。


『だからってねえ。アンタ、もうちょっと自分を大事にしたほうがいいわよ』

「ランソン隊長ではありませんが、確かに不安を覚えますね」

「ご主人様、自虐趣味(マゾヒスト)?」

「違うから。断じて違うから」


 変なオチをつけんでよろしい。


「そんなことはもういいからさ。そろそろ下にいかない? 下に」


 神秘が保管されている〝本質〟は、地上ではなく地下なのだ。


「そうですね。我々の興味を引く品々が、必ずや眠っていることでしょう」


 ・

 ・

 ・


 地下には、隠し階段を使って降りる構造になっていた。

 ホルス・アイで階段の場所はわかっていたから、俺たちは難なく地下階へ。

 降りると、見栄えが一変した。


「あ、こっちはらしい(・・・)感じなんだね」


 公開可能な機密資料の保管庫だっていうから、てっきり、資料室みたいに沢山の棚が並んでいるのかとも思っていた。

 が、地下階にこそ壮麗な宗教装飾が、壁に柱に天井に、びっしりと施されて、権威をこれでもかと示していた。


 機密資料というのも、()せる配置になっていた。

 資料ひとつひとつが台座に置かれて、ガラスのケースに入れられ展示。

 それが、フロア全体にずらりと並んでいるのだ。


『まるで美術館ね。それも、かなり贅沢な』


 順路があるようなので、それに従って歩いていく。


「この地下1階は、主に書面の保管階のようですね。ケースの中は、文書や絵画、書物の類だけのようです」


 台座には金属製のラベルが付けられていて、資料の名称が記されている。


「書面か……じゃあ、アレはないのかな?」


 実は、ここにあるかもしれない資料で、個人的に閲覧したいものが。


失われた神話(ミッシング・リンク)があったら、ぜひ見たかったんだけど」

『ないんじゃない? アンタのいう失われた神話(ミッシング・リンク)って、バジェシラ海を聖域に指定した切っ掛けになったとかの、そういうアレ(・・・・・・)なんでしょ?」

仮に存在するとしても(・・・・・・・・・・)、高度な政治的判断の根拠となったものまでは、ここには収蔵されていないかと」


 だよなあ。

 解読結果は公開されるとされてるけど、原本はやっぱり非公開の機密事項。

 たぶん、完全に誰も入っちゃいけない別の保管場所があるんだろうなあ。


「ただ、この秘蹟殿も入殿が許可制という点を鑑みますと、我々が見るべき価値を有する資料というのも、多く収蔵されているはずです」


 順路の先に、降りの階段が現れた。

 書面のエリアはここで終わり、次の地下階へと続いていく。


「ああ。この先にあるんだよな。聖遺物が」


 聖教国が保有する32個の聖遺物。

 極めて秘匿性が高い性質を持つそれらのうちの、公開可能と判断された一部が、どこかのフロアに展示されているはずだ。

 確かに一見の価値はあるだろう。

 ……と、思っていたんだけど、


「この秘蹟殿、周囲を水堀で囲ったうえに、コルンテセラの囲壁と同一の意匠(デザイン)を施しています。で、ありながら、その地上階は丸々フェイク、本質は地下に隠しています」


 ネオンが言っているのは、ちょっと意味が違うみたい。


「聖教国がこうまでして守る秘密。興味がありませんか?」

「えっと、どういうこと?」

『あら、今回は勘が鈍いのね。さっきなんて、かなり鋭い読みを効かせてたのに』


 シルヴィもこんなことを。

 どうやら、俺が何かを見落としていて、それで何かに気づいていないらしい。


『聖教会が言う〝聖遺物〟とか〝失われた神話(ミッシング・リンク)〟とかってのは、前文明の遺産かもしれないってことよ』

「地中、出土、同じ」


 あ、そうか。

 今のでようやく、ピンときた。


「言われてみればセラサリスも、地面の下に(うず)もれてたんだったよな」


 地下の深くにあったことで、終焉戦争の被害を(まぬが)れたもの。

 それらが今になって発掘されても、不思議はない。


「発掘品は、現文明の人間の目にはさぞ不可思議に映ったことでしょう。理解の及ばない物や事象は、神と関連付けられて、聖遺物と呼ばれるようになった。そう考えるのが自然かと」

「……となると、セラサリスも発見者が俺たちじゃなかったら、聖遺物として扱われていたのかな?」

『どうかしらね。単に発掘されただけじゃダメみたいよ』


 話しているうち、俺たちは地下2階に到着していた。

 ここに展示されている資料は、書類の類ではなかった。

 ぱっと見では、割れた石のような、木片のような形をした、小さな何かの破片らしきものばかり。


「聖遺物……じゃないよね、これは」

『何かは判っていないみたいよ。聖遺物と同じ場所で出土した、謎の物体って扱いみたい』


 確かに台座の金属ラベルには、名称の代わりにそんな意味のことが書かれている。


「宗教的意味を見出せなかったため、聖遺物とまでは認定されなかったのでしょう」

『残念ね。アタシたちからしたら、感慨深い品なんだけど」

「ひょっとして、ここの収蔵品の全部が、前文明の機械の残骸ってこと?」


 その通りです、と、ネオンが肯定。


「このエリアに展示されているものは、前文明の何らかの装置の破片であるようです。あまりに経年劣化が激しく、今ここで年代を特定するのは困難ですが、高い技術で作られた人工物に間違いありません」

『で、奥にあるのが、ちゃんと聖遺物として扱われてる出土品みたいよ』


 残骸エリアの少し先、開けた円形のスペースに、それらは設けられていた。

 資料用のものより大きめの台座が、全部で18、エリアの円周の縁に等間隔に並んでいる。

 その上に載せられている物体こそが、正真正銘の聖遺物だ。


「これが、聖遺物……」


 サークル状のエリアの中心位置に立って、順々にそれらを見渡していく。

 ひとことに聖遺物と言っても、形状は多種多様で、ひとつとして同じ見た目をしたものはなかった。


「いかがですか、司令官。聖教の神秘を目の当たりにしたご感想は?」

「……感想もなにも、『なんだこれ?』としか」


 第一感は、「見慣れぬ物体」。

 自然界には存在しない複雑な形で、かといって、人間の社会の中においても見られない特異なフォルム。

 確かにこれは、現在の文明で生み出されたものではないと、ひと目でわかる。


「この異質さ、聖教会が神秘だって言い張るのも頷けるよ。どういう根拠づけかは知らないけど」


 一応、台座の金属ラベルには、聖遺物の名称のほか、その訳語が付記されていた。

 例を挙げると、こんな感じ


暁月の旗(フロラ・レペッテ)

白砂の小鐘楼(シェム・ルランツァロ)

第五番目(ハーネカ・)の北央星(セレロセイラ)


「……ほんと、何語だよこれ?」


 宵瘴の驟雨(ナーレ・セロイエ)とかもそうだけど、メレアリア聖教の宗教用語って、よくわからない固有名詞が使われることが非常に多いのだ。


『こんなの、よく残ってたわね。アタシたちの時代でも現存品は少なかったはずなのに』


 懐かしげな声はシルヴィから。

 彼女はドローンで映像記録を撮りながら、同時にセラサリスに、ホルス・アイで聖遺物を分析させていた。


「やっぱり、前文明の機械なんだ?」

『わかるものはそうよ。アタシたちからしても骨董品(こっとうひん)の機械類。これなんて、すごいわよ」


 シルヴィは、この中でもひときわ大きい、ゴテゴテとした(かたまり)をドローンで示した。

 子どもの身長ほどもあるそれは、なにかの機械や配管の集合体らしく、中心にはくすんだ球体が嵌め込まれている。

 これ、気のせいか、見覚えがあるような……


「司令官は、過去にこのパーツの後継品をご覧になったことがあります」

『ほら、サテライト・ベースで手に入れたあれよ。エネルギー・プラントを稼働するために――』

「あ、思い出した! DGTIA(ディグティア)エネルギーを生成する装置の、コア・パーツだ」


 前に見たやつとはサイズや細かい形状とかが違ってるけど、確かにあのパーツと良く似ている。


「前文明における究極の動力革命、その揺籃期に作られた初期型のコア・パーツです。人類の主要動力源が電気からDGTIA(ディグティア)エネルギーに移り変わって行く時代の、過渡的な発明品です」

『ちょうどこのあたりからよね。ナノマシンが普及しだしたのも』

「そうですね。DGTIA(ディグティア)エネルギーによって、それまでの電子回路では実現できなかった素粒子レベルのデバイス開発が――」


 昔話に花を咲かせるネオンとシルヴィ。

 もちろん俺にはさっぱりだ。


「ふーん、じゃあ、こっちのこれも、『過渡的な発明品』ってやつ?」

『そっちは違うわ。もっと後の時代の機械で、分類としてはジョーク・グッズ』


 ……何それ?


「このような骨董品たちを、聖教会はどのように解釈しているのでしょうね」

「正直さ、こんな名前と翻訳じゃ、意味不明じゃない?」

『同意するわ。これなんて酷くない?』


 言われ、シルヴィが示した聖遺物のラベルを見る。

 記されていた名称は、『燃える木釘(ラマーディーカン・)と鉄製農具(ウレ・バロイアンツィ)』。


『燃えてないし、木釘じゃないし、鉄製でも農具でもないわ』


 名称も翻訳も、何がなんだか……


「でも、翻訳があるからには、何らかの言語ではあるのかな?」

『だと思うけど……神話由来の造語なのかしらね?』


 名付けがどういう基準で行われているのかは、何故か一般には非公開。

 シルヴィも疑問を口にしてるってことは、テレーゼさんやマルカの記憶にも無かったということだ。


「少なくとも、第17セカンダリ・ベースの調査で把握している現文明の言語には、このような言葉は存在しません。神秘性を高めるための独自言語であるのかもしれませんね」


 これ、出土する度に聖教会の委員会とかで名前を決めているのだろうか。

 翻訳のほうも含めて、宗教家のネーミング・センスを疑いたくなる。


「名称決定における何らかの根拠や法則はあるものと考えられます。宗教的に大きな意味を持つ以上、宗教的な意味を持つ名となるはずですから」


 もっともな道理である。

 ひょっとしたら、実は公開されていない失われた神話(ミッシング・リンク)とかがあって、それに基づいているのかな。


「とはいえ、サンプルがこれだけでは法則性を読み解くことはできませんね。読み解く意味も今回は……セラサリス?」


 話を途切れさせ、ネオンがふと、セラサリスのことを気にかけた。

 つられて俺も、彼女を見ようとして、


「あれ、いないぞ?」


 さっきまで側にいたはずのセラサリスが、忽然(こつぜん)と姿を消していた。

 いや、いた。

 彼女は聖遺物エリアの端にある、暗い通路の入口に向かって歩いていた。


「セラサリス、どうかした?」

「こっち」


 彼女はスタスタ、通路の先へと進もうとする。


「ちょっと、セラサリス――」

「こっち、呼んでる」

「呼んでる?」


 いつにもまして不思議な言動。

 ネオンも怪訝(けげん)な顔をして、セラサリスの奇行を見守っている。

 セラサリスは、吸い込まれるようにして暗い通路に入っていき、俺たちも後を追いかけた。

 彼女は、通路の一番奥まで行って停止していた。


「え? あれって……」


 通路の奥には、部屋があった。

 先程の聖遺物エリアと同様、スペースを円形に区切られた、飾り気のない小さな部屋。

 その中心には、黒い大きな塊が設置されていた。

 サイズはさっきのコア・パーツの比ではなく、人の背丈を(ゆう)に上回る、まるで岩塊の柱のような物体。


「これも聖遺物? なんで、こいつだけ離れた場所に?」


 それに、他と違って台座やケースもない。

 ただ、床に()め込まれた金属板によって、こんなラベリングが施されていた。


 【ラゴセドの(はこ)




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