23_05_4日目⑤/奇跡の保管庫 上
<4日目、深夜>
深夜。
人々が寝静まった時間になってから、俺たちはこっそりと、秘蹟殿へとやってきた。
流石に大人数では目立つということで、メンバーは俺とネオン、セラサリス、案内としてアイシャさん、そして、不審者に遭遇したときのためにケヴィンさん。
もっとも、セラサリスに携帯式のBF波レーダーを背負ってもらって、道中に監視の目がないかは念入りに確認してきたけど、後を付けてくる者は存在しなかった。
「拍子抜けするくらい、誰もいなかったね」
「通りの松明が味方してくれたのかも知れません。大量の灯が街中を照らしていますから、顔を見られることを嫌った可能性があります」
『こんな真夜中に出歩いてたら目立つものね。神兵さんも巡回してるし、情報がこっちに筒抜けになるって思ったのかも』
通りの先に、秘蹟殿が見えてきた。
が、それを囲うイシェンの水鉢の縁に、誰かが立っていた。
しかも2人。
歩哨の神兵ではないようだ。
向こうも俺たちに気づいたらしく、こちらに歩み寄ってきた。
「ベイル殿、お待ちしておりました」
「テレーゼさん? 来てくれたんだ」
初日に会って以来のテレーゼさんと、そして、もうひとり。
「えっと、こちらの方は?」
騎士の鎧をがっしり着込んだ巨躯の男性が、朗らかな笑顔を浮かべて歩み寄ってきた。
「やあ、アイシャ君。報告は受け取っている。ゾグバルグの件、厄介なことになったようだ」
彼は、テレーゼさんやマルカのように、聖教の意匠が施された鎧を着用していた。
つまりは、この人も神殿騎士。
だけど、鎧が少しテレーゼさんのものとは違う。
意匠が増えていたり、プレートの厚みが増すなど、全体的に厳しくなっている。
これは女性と男性の違いというより、職位の違いを表しているようだ。
「この方が、神殿騎士の頂点、ドライデン騎士長ですわ」
紹介を受けたドライデン騎士長は、「頂点とは大袈裟だがな」と謙遜を見せた。
「レオナルド=ドライデンだ。君がベイル=アロウナイト君だな? テレーゼたちが世話になったと聞いているぞ」
改めてお礼を言われ、握手を求められた。
偉い立場の人だろうに、ずいぶんとフランクな感じの騎士長さんだ。
「こちらこそ、こんな夜更けに、わざわざありがとうございます」
「いやいや、逆だろう。協力いただいているのはこちらのほうだ。そして、上層部や国民に秘密の任務をこなすのは、神殿騎士や聖骸部隊の義務とも言える」
彼も神殿騎士になる前は、神兵の特殊部隊、聖骸部隊の一員だったという。
それが神殿騎士への就任要件であることは、前にテレーゼさんも言っていた。
「少し待っていてくれないか。徹宵の部下に説明を施してくる」
そう言うとドライデン騎士長は、入口ゲートの橋を夜通し警衛する神兵たちのもとへと歩いていく。
その姿を見送っていたら、ケヴィンさんが話しかけてきた。
「人の良さげな面してやがるが、ただ者じゃねえぞ、あのおっさん」
「うん。ただ歩いてるだけの動作全部が、高度な身体操作になってる」
このことは、俺でもわかった。
あんな重そうな鎧を身に着け、それでいて、とても軽やかな身のこなし。
体重、それに、鎧の重さを、筋肉ではなく骨格に乗せきっていなければできない動きだ。
「もしかして、初日に見た教皇様と同じ?」
「みてえだな。聖骸部隊で伝承されてる秘技ってところか」
「いやいや、そんなに大層なものではない。鎧を着ながらいかに楽をして動けるかの追求、いわば怠惰の産物だ」
ぎくりとする俺とケヴィンさん。
騎士長さん、もう戻ってきたよ。
「話はしてきた。通って大丈夫だ」
「こ、こんなにあっさり通れるんですね」
取り繕った俺の言葉を、テレーゼさんが真面目に受け取った。
「それはもちろんです。内密とは言え、教皇府の許可を得られた以上は――」
「ん?」
「――え?」
首を傾げた俺を見て、表情が険しくなっていくテレーゼさん。
「……アイシャ。これはどういう……?」
「さすがは騎士長様ですわ。やっぱり、警備責任者に話をつけるのが一番てっとり早いですわね」
アイシャさんは涼しげに、現状の説明として最も適切な、不適切な言葉を呟いた。
「ま、待ちなさいアイシャ! この入殿は、有力者の支援を取り付け、教皇府に働きかけた結果だと!」
「まあ! テレーゼには事実が少し曲がって伝わってしまったようですわね。有力者に働きかけた結果、教皇府に話を通していただけなかったので、こうして内密に――」
……伝わっていなかったんじゃなくて、わざと伝えなかったな。
「実際にどなたかの後ろ盾を得られることも重要でしたが、この際、偽装で済ませも問題ありませんわ」
「問題しかないでしょう!」
正直、大問題である。
許可もなく、後押ししてくれる人もいない以上、事が露見した場合には、神殿騎士や神兵が責任を丸かぶりしてしまうことになる。
いや、ジューダスが入殿した事実に意味があるのだから、露見は確定事項なのだ。
「なんとかなりますわ。誤魔化し方は、ドライデン騎士長が心得てくださっていますもの」
「ああ、任せてくれ。許可を与えたのは誰かと問い詰められようと、名を明かすなと厳命されたと……まあ、なんだ、どうにか押し通してみせようとも」
最後の方、微妙に自信なさそうだけど大丈夫?
「アイシャ! あなたはまた、ドライデン騎士長に無茶な要請を!」
「まあ、そう怒るな騎士テレーゼ。身動き取れぬ現状を打破するには、時に強引な手立ても必要だろう」
「退出の際、警衛の神兵が敬礼して見送る様子を誰かに見せれば、噂は勝手に広まりますわ」
「……『誰か』とは? こんな夜更けに、通行人などおりませんが……まさか?」
「日が昇れば、みなさん勝手に歩き始めてくれますわね」
「あ、朝まで中に……」
開いた口が塞がらなくなってしまったテレーゼさん。
結果がどうなるかは、まさに博打だ。
なお、こんな強引な手法のため、アイアトン司教は「儂は知らん。儂はなーんにも聞いとらん」と、我関せずで寝室に閉じこもってしまった。
今頃はベッドのなかで、悪いことが起こりませんようにと、震えながら祈ってくれていることだろう。
「確かに我々神兵には貧乏籤かもしれないが、悪い手ではないと思うぞ。避難民のことを第一に考えればこそだ」
なお、騎士長さんはこの作戦にそこそこ乗り気である。
「神兵が関与している以上、最初から不法入殿だなどと疑ってくる者はいない。誰が何のために入殿を許可したのかと、各派閥が疑心暗鬼で牽制し合えば、それが最善。無許可が発覚したとしても、それまでに聖教会内で大きな混乱が生じたならば、ひとまず次善。いずれにせよ、その隙をついて次の行動を起こせるようになると、そういうことだろう?」
結果がどうあれ、事態は動く。
それが人命救助に繋がるならば、私のことは存分に使ってくれ、とドライデン騎士長。
「なんて人のいい……」
「自ら利用されに来てんぞ、このおっさん」
あらゆることの責任を丸かぶりすることになるはずなのに、見上げた奉仕精神である。
「なあに。自分を使い勝手のいい駒として見れるようになっておくと、こういう時に道が拓きやすくなるものだぞ」
力なく笑ったドライデンさん。
笑顔がなんか痛々しい。
「テレーゼさんもそうだったけど、この人も色々と苦労してるんだろうなあ……」
「他人事みてえに言ってるが、お前さんも似たりよったりだからな」
俺もよく、自分を盤上の駒として見てる、とかって言われてたっけ。
主にこの人に。
「少しは危機感を持てってこった。駒を自認する人間は、指し手を自認する連中からしたら、どっちにも転がせるくらいの舐められた見方しかされねえぞ」
「失礼ですわね。目的と利益の一致と言ってくださいませんこと?」
「……自覚はあるんだね」
危機感、ねえ。
無いこともないような、もはや色々諦めてもいるような。
「まあまあ、とにかく事を済ませようじゃないか。着いてきてくれ」
騎士長さんの先導のもと、橋をわたってイシェンの水鉢を越えていく。
辿り着いた秘蹟殿の入口は、大きな石の扉で閉ざされていた。
「すまんが、手伝ってくれないか? なにぶん、人手を用意できなくてな」
この扉、鍵を外した後は人力で動かすものらしい。
「じゃあセラサリス、お願いできる?」
「任務、了解」
「むむ? いやいや、メイドのお嬢さんではなく――」
苦笑いする騎士長さん。
その横を、スタスタ歩いていくセラサリス。
扉の縁に手をかけて、するりと横にスライドさせた。
「――は?」
重い重い石の扉は、ペラペラの木板と見紛うほどに、とても静かにスムーズに動いた。
「え? いや、え?」
目をまん丸くするドライデン騎士長に、シルヴィがドローンから自慢げに語りかけた。
『メイド兼護衛のお嬢さんよ。騎士長さん』
「あ、ああ、そうか。すごいな、うん……」
彼は呆気にとられていたが、すぐに冷静になり、
「……いや、今の声は、どこから?」
声の主の姿が見えないことに気が付き、キョロキョロと辺りを見渡した。
「大丈夫ですよ。そのうち感覚が麻痺してきますから」
同じく駒を自認する人間として、アドバイス。
騎士団長は色々なものを呑み込んで、「そ、そうか……」と苦笑いを返してきた。
やっぱり、かなりの親近感だ。
*
「ではベイルさん、お気を付けて」
俺たちを見送るアイシャさん。
中に入るのは、貴族役の俺と、その従者であるネオンとセラサリスの3名のみ。
ケヴィンさんも外で待機だ。
「よし、じゃあ、行こうか」
が、すぐに入るのかと思ったら、ネオンは扉の内側と外側を出たり入ったり、何やら行き来し始めた。
「やはり、外との通信はできませんね」
通信感度をチェックしていたというネオン。
結果は失敗。
BF波が遮断されていたことから、あらかじめ予想していたようだ。
「とはいえ、BF波を弾く素材は外壁のみ、内部は至って普通の建築資材で構成されています」
「解析、完了。地下、深大」
見れば、ホルス・アイを背負ったセラサリスが、すでに壁の内側に。
ネオンが通信感度を確認していたのと平行して、内部も解析していたという。
「ただ、内部にも、BF波で調べられない物体がいくつかございます」
「じゃあ、もしかして、それが――」
ともかく、確認作業はすべて終わった。
後はこの目で、実際に見てくればいい。
「中の様子をしっかり記憶してきてくださいませ。騒ぎになれば、本当に秘蹟殿に入ったのかと、真偽の確認で様々な方に問い詰められるでしょうから」
『安心なさい。なんなら映像記録を提供してあげるわよ』
「まあ、それはありがたいですわね。アイアトン司教が喜びますわ」
立入禁止の宝物庫、秘蹟殿。
研究家からすれば、垂涎の資料の山だろう。
けど、彼は間違いなく喜びはすまい。
俺たち全員が喜べる結果になるかは、この後にかかっている。




