22_07_3日目⑤/招かざる客 下
「襲撃者確保! ジューダス様の無事を確認!」
一瞬のうちに暗殺者を無力化した、ケヴィンさんたち護衛部隊。
縄で迅速に手足を縛り、口布を剥ぎ取ると、近場にあった木製の彫刻を掴んで、口内に押し込むようにして強引に噛ませた。
結構大きめなもんだから、暗殺者はあごが外れそうなくらい口を大きく開けたままに。
手荒な拘束だなー、なんて思っていたら、最後に入ってきたネオンが、ケヴィンさんにこっそりこんな指示を。
「そのまま彫刻を噛ませ続けておいてください。奥歯に毒物を仕込んでいます。自害できないよう、これから取り除きます」
ケヴィンさんは小さく頷いてから、
「制圧完了! 別室に連れて行け!」
部下に命じて、男を担がせ運ばせた。
「ああああ……死ぬかと思った……」
緊張の糸が切れた俺は、ペタンと床にへたり込む。
その脇で、シルヴィがブレーズさんに、ホルス・アイで室内をスキャンさせ始めた。
『床の何箇所かにナイフの毒素が移っちゃってるわ。マーキングしたから、注意して拭き取っておいて』
「お掃除、念入り」
ドローンで立体映像を投影し、当該場所を色で示した。
その箇所を、毒が効かないセラサリスが丁寧に洗浄していく。
「司令官、その上着も脱いでしまってください。武装奪取の際、上腕部に毒が付着したはずです」
「……勘弁してよ、ネオン」
触れないように注意して脱ぎながら、よく見ていたらしいネオンさんに、恨みがましい目を向けてみる。
……そもそもさ、侵入者くらい気づいてたよね?
気づいたうえで、俺の部屋に入れてたよね?
「意図くらいはわかるけど、せめて、俺にも知らせてくれれば……」
現状を打破する手立てに欠ける以上、糸口になりそうなものなら何でも利用する価値はある。
たとえ、それが暗殺者でも。
けど、就寝中で通信機を着けてなかったとはいえ、ドローンで連絡を入れるとか、やりようは絶対あったはずだ。
「無論、小型ドローンも室内に待機させておりました。ですが、賊の所持品と身のこなしから、司令官でも制圧可能だと判断いたしました」
「待ち構えてたと悟らせずに、ってこと?」
あいつをどう利用するにせよ、こちらの情報は極力与えてはならない。
でも、ナイフ相手に素手で格闘戦って、ムチャクチャ勝率低いの、ネオンなら知ってるよね?
かなり危険な橋だったよね?
制圧したのは、結局、俺じゃなくてケヴィンさんたちだったよね?
「こっちはあやうく、死ぬ所だったのに……」
『分析が完了したわよ。やっぱり毒は致死性じゃないわね。何日かは起き上がれなくなるでしょうけど、現文明の医療水準でも充分治療可能だわ』
へ?
「ほお、本当にお前さんらの見立てどおり、ただの脅しだったのか」
なんだって?
「当然です。神の国の中で殺人事件が発生するなど禁忌中の禁忌。〝些細な悪事〟などとはとても呼べません。特に、ジューダスは帝国の貴族なのですから、事は国内に留まらず、外交問題にまで発展してしまいます。殺害などありえないのです」
理屈の上では、確かにそうなる。
『アンタの体も一応スキャンしてみたけど、どこにも切り傷はないわよ。上手に躱しきったじゃない』
「ほ、ほんとに死なない毒だったの?」
ふたりを疑うつもりはないけど、あんな滅多刺しにしてきておいて、それが脅しって、マジなのか……
『そりゃあ、死ぬ可能性がゼロとは言わないけどね。耐性には個人差があるし、結構キツめの毒ではあるから』
「もしも裂傷を負っていた場合、数日に渡り高熱と嘔吐が続き苦しんだうえ、関節痛と全身のむくみで動けなくなったことでしょう」
「……キツめってレベルじゃなくない?」
人によっては死んでるよ、それ。
「にしてもベイルよぉ。お前さん、ナイフの武装奪取術なんてできたのか?」
ナイフを確保していたアグリッパさんが、黒い刃先をじろじろ見ながら尋ねてきた。
あまり雑に扱わないでほしい。毒がついてるんだから。
「従軍予備学校で習ってたんだよ。ナイフを使った格闘術とか拘束術とか、こっちだけ素手の場合の対処方法とか」
軍事格闘術の講義の一貫だったけど、それはそれは、語り尽くせないくらいに色々とやらされた。
「いやあ、たいしたもんだぜ。なあ隊長?」
「そうだな。ついでに手際よく捕まえられてりゃ、満点だったな」
「無理言わないでよ。訓練は死ぬほどやってたけど、実戦は初めてだったんだから」
というか、こういう時のためにケヴィンさんたちがいるはずだったんじゃ?
「仕方ねえだろ。決定的な瞬間と証拠を押さえねえと、逆に罠に嵌められかねねえ。そういう国らしいからな、ここは」
アグリッパさんの持つ証拠のナイフが、防水性の高い袋に封入される。
毒を漏らさず、揮発もさせない特殊なものらしい。
つまり、彼らの突入が遅かったのは、俺が一方的に襲われ死ぬところだったと、そういうふうに証言できるギリギリまで控えてたからってことだ。
「刺されてたらどうするんだよ……」
「軽い擦り傷くらいは負っといたほうが信憑性が増すってもんだろ。ちょっとした毒なら、お前さんらは薬でもなんでも用意できそうだしな」
その通りだけど、なんとも釈然としない。
「じゃあ、証拠を押さえて、この後は?」
身柄を確保し、凶器を取り上げ、自害という名の証拠隠滅だって防いだ。
そして、尋問するまでもなく、こちらには相手の記憶を根掘り葉掘り調べ尽くせる裏技がある。
そうなると、残るは、あの男の使い道ってことになる、けど。
「あいつ、ヴィリンテルの人間じゃないよね?」
確信があった。
あの刺客は、神への侮辱にわずかたりとも反応を見せなかった。
この国の人間であったのなら、平静を装っても隠しきれない怒りの発露があったはずだ。
「金で仕事を請け負う傭兵か暗殺稼業といったところでしょう。リーンベル教会を探るために雇われ、我々より先に入国していたものと思われます」
「探る? 先に? 俺への脅迫のためじゃなくって?」
「そのために呼び寄せたにしては、到着が早すぎます。この教会への侵入の手際からも、当初の依頼は避難民の存在確認のためと判断するのが妥当かと」
そういえば、前にも監査名目で避難民を捜索されたったって、アイシャさんが言ってたっけ。
『おおっぴらにやって見つからなかったから、侵入の専門家にこっそり探させようとしてたのよ』
「じゃあ、そこにジューダスが現れたことで……」
「依頼主の状況が一変し、依頼内容が脅迫行動に変更された。ですが、これはもはや暴挙の域です。このような暗殺紛いの手法を取らせるからには、あの男には依頼主の素性が一切知らされていないはずです」
『これから携帯式脳波干渉試験機で記憶を読み取るけど、情報は期待できそうにないわね』
ふたりが言うとおり、暗殺稼業への仕事の依頼に、大物が直接動くとは考えにくい。
依頼主がわからないよう、間に何人もの仲介人が入ったはずだ。
「それじゃあ、誰が裏で糸を引いていたとしても――」
「短期間で立証することは、極めて困難でしょう」
実行犯は押さえられても、そこから先に繋がらない。
「俺、死にかけ損じゃん……」
がっくりと肩を落とす俺。
「いえ、悪い状況でもありません」
しかし、ネオンはやけに前向きだった。
「どうせ証拠がないのですから、暗殺行為を我々の手で隠蔽してしまいましょう」
……なんですと?




