22_05_3日目③/悪事の証拠
<3日目、夜>
「わずか3日で、よくもまあ……」
「すごい数ですね、お父様。こんなに集まってしまいました」
今日で3度目の暗躍タイム。
別塔の作業部屋で、俺たちはある映像を眺めている。
「ここまでくると感心するぜ。探せば探すだけ見つかるじゃねえか」
『あったりまえでしょ。贅沢に溺れきった人間が、悪事に手を染めてない訳ないじゃない』
見ているものは、カメラに収めた悪事の証拠。
色んな派閥の司教さんたちが隠していた秘密を、それもかなりの数を、とある方法によって収拾することに成功していた。
「軽いものだと、『裏金で買われた高級品の納品明細』とか、『愛人とやり取りしている手紙の束』とか。重めのものだと、『他国の貴族との〝密約〟が記された書簡』……などなどなど」
証拠は意外にも、書面の形で多く残されていた。
実にバリエーション豊かなうえに、隠し方も雑だった。
人によっては、本棚の奥の隠し金庫とかに厳重に隠匿していたけれど、もっとガサツな司教さんは、無造作に机の引き出しに入れているだけだったりと、危機感なんてまるで無し。
「こんな危ない証拠、なんで残してるんだろ? この人たちは」
なかば愕然、なかば呆れている俺に、アイシャさんがケロリと言い放った。
「聖教会は魔境ですわよ。他の方々もやっている程度の〝些細な悪事〟に、危うさなんて芽生えると思いまして?」
「……怖くない? この国」
ともあれ、これでアメとムチの構図を作る準備が整った。
これまでのように寄付を与えているだけでは、最後は足元を見られて終わってしまう。
必須なのはムチ、こちらも相手の急所を握っているという事実。
関係性が拗れたときには、それを使って害を為されると相手に思わせられる何かが欲しかった。
そこで、この国に到着したその日の夜から、こいつを使って調べていたのだ。
『ハチ型ドローンのアレイウォスプ。それに、ネズミ型の【アレイマウス】。どちらも生物偽装型の索敵ドローンよ』
テーブルの上で、小さな功労者たちが、羽音を立てたり走り回ったりと自己主張。
彼らがヴィリンテルの各所に散らばって、有力な聖職者の身辺を24時間体勢で探っていたのだ。
「テレーゼに聞いていますわ。このハチのおかげでヴィリンテルまで帰還できたと。こちらのネズミは存じませんでしたけれど」
俺もネズミのほうは初めて見た。
けど、海のアレイフィッシュ、空のアレイウォスプがあって、陸上用がないはずもない。
「アレイマウスは静音性に優れ、ディグティアエネルギーの供給エリア外においても、長時間の稼働が可能です」
『よほど気密性の高い建物じゃない限り、たいていの場所には潜り込めるわ』
「何より、優れた目をお持ちですわねえ」
このドローンたちが仕入れた情報は、調査対象者以外にも及んでいた。
上述の証拠の品のほか、何人かの名前と金額が書かれたメモを大事に隠している人が何人かいたのだ。
どうやら俺たち以外にも、賄賂を配っている人たちがいるらしい。
「教皇選挙を見据えての根回しですわね。無派閥の司教にとっては、大きい派閥に取り入る格好の機会ですもの」
記されていた名は、ヴィリンテル国内に赴任している司教のうちの、どこの派閥にも加わっていない者。
つまり彼らも、有力派閥の聖職者の懐にお金をせっせと流しているのだ。
芋づる式に、別の人たちの弱みも握れたことになる。
『でも、このネタじゃ弱いわね』
傍証が固まったとはいえ、これらは所詮〝些細な悪事〟で、おまけに紙っぺら。
密談とかの決定的瞬間を撮れたとかだったらまだしも、書面では言い逃れが効いてしまうかもしれない。
「無条件で言うことを聞かせられるほどのネタじゃない、か」
「それもありますが、顔ぶれが貧相です」
『弱い』というのは、この面子に対しても当てはまる。
例えば、司教よりも上の職位、ヴィリンテル国内に24人いる枢機卿の誰か。
それも、5大派閥に所属する誰かの悪事を握れることが、権力的視点からしたら望ましい。
『だけど、なかなか見つからないのよね』
「欲を申せば、パトリック=ジーラン枢機卿あたりの弱みを掴んでおきたかったところなのですが」
「失敗したの?」
『まさか。今もこの子たちが張り込み中よ。でも、なーんにも成果なし』
そう言うと、シルヴィは派遣しているドローンのカメラ映像を投影した。
どこかの教会、窓辺の椅子に座る銀色の髪の人物の姿が浮かび上がる。
思いっきり盗撮のこの絵は、アレイラットが木の上から覗いて撮っているものらしい。
「あれって、ジーラン枢機卿だよな?」
薄紅の法衣は脱いでいるけれど、こんな夜更けにまだ起きている。
……まあ、俺たちが言えたことではないんだけど。
シルヴィがカメラをズームした瞬間、ジーランがふとこちらを見上げ、画面越しに目があった。
「うわっ!? こっち見たぞ」
思わずビクリ。
ドローンが気づかれたのか?
「いいえ司令官。彼の視線はドローンから微妙に逸れています」
『見つかったのなら、さすがに隠れさせてるわ。ジーランは空を見てるみたいね』
「空?」
やっぱり宵瘴の驟雨が気になって?
「いえ、そうではないようです」
『これ見て。さっきのシーンの、ジーランの口元』
映像が拡大され、口の部分がフォーカスされた。
何かをつぶやいているらしい。
音声はないけど、口唇の動きでなんとなくわかった。
「い、ま、い、ま、し、い、つ、き、め……『忌々しい月め』って言ってる?」
『みたいね。意味はわからないけど』
「今の時刻、夜空に月は出ていますが、ジーラン枢機卿の見上げた方角ではございません」
別の画面が立ち上がる。
映された画像は2つ。
ジーランの見上げた方角の空と、それとは別の方角に昇った今夜の月。
「完全に、反対の空だよな?」
「お月さま、きれい」
セラサリスの不思議発言はともかく、ジーランの言う『月』というのは何なのか?
ファフリーヤも、眉をひそめて悩んでくれている。
だけど結局、考えてもわかることはなにもない。
「少なくとも、ジーランの弱みに繋がるような情報じゃない、か」
と、
「パトリックは無理じゃな。あやつが悪事に手を染めるなど、天地がひっくり返ってもありえんよ」
部屋の扉がギィと開いて、アイアトン司教が入ってきた。
「紅茶を淹れてきたんじゃが、たまたま話が聞こえてのう」
彼はどうやら、差し入れのタイミングを見計らって、室内を窺っていたらしい。
手に持っていたトレイの上から、甘い香りが漂っている。
昨日とは違う焼き菓子だ。
「前にも話したと思うが、儂とパトリックは同郷の出。あやつの性格は子どもの時分から思い知っとる。潔癖で、冷徹で、罪を憎んで人も憎むタイプ。超のつくカタブツじゃ。さすがに今はいくらか丸くなっとるようだがのう」
あれで丸くなんだ……
「それにじゃ、他の枢機卿にしたって、本人が動くことはまずなかろう。自分から指示を出すことすらもないはずじゃ」
偉い人ほど、その人が直接手を回すことはない。
何をするにも、誰かが必ず間に入る。
特に、特権階級じみた人間ともなれば、あれこれ指図を飛ばさずとも、周囲の人たちが勝手に動く。
いわゆる、〝お気持ちを忖度して〟ってやつだ。
だから、高い地位であればあるほど、本人が関わったという証拠が残らないのである。
「ましてや、今のヴィリンテルには厳格な警戒態勢が敷かれています。この状況で、直接的な悪事や暗躍を考える人間など……」
「だよなあ。そんな都合のいい話、さすがに転がってないよなあ……」
――ところが、そんな都合のいい話が、幸か不幸か転がり込んできてしまうのだ。
それも、このリーンベル教会の中に。




