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22_04_3日目②/閑話「シスターと司教」

<3日目、夕方>


 今日の巡礼(ノルマ)をすべて終え、リーンベル教会に帰ってきた。


 もう演奏会は終わっていて、礼拝堂には誰もいない。

 セラサリスも、オルガンの前から離れて、壁際で休憩中。

 ……いや、休憩っていうか、立ち尽くしたまま、微動だにしてない?


「えっと、セラサリス、どこか具合でも悪い?」


 オルガンを弾きすぎて、ボディのどこかに何か支障が?

 ……というのは、当然いらない心配だった。


「状態良好、制動、パワー・セーブ」


 要するに、体の動きを減らしてDGTIA(ディグティア)エネルギーを少しでも節約しようってことみたいだ。


「無駄な動作を行わないことは、アンドロイドやドローンにとって基本です。エネルギーの省力化に加え、故障や損耗を抑えることにもなりますし、軍事機械であれば、規律遵守の可視化という意味も帯びてきます」


 結構色んな意味もあるらしいことを、ネオンが教えてくれた。


「そういえば、DGTIA(ディグティア)エネルギーが必要な道具って、どんなのを持ってきてるの?」


 いつまでも把握してないのはマズいかなと思い、この際に聞いてみた。


「持ちこんだ装置類のほぼすべてです。私やセラサリスのパーソナル・ボディ、シルヴィの扱う各種ドローン、携帯型BF波レーダーの【ホルス・アイ】に、同じく小型携帯式の脳波干渉試験機【ニンシュブル】――」

「……って、そんなものまで持ってきてたの?」


 ニンシュブルってのは初めて聞いた名前だけど、いつもの心を読んでるアレのことだよね?


「普段の装置と異なり持ち運びが可能です。もっとも、携帯式機(ニンシュブル)は人体非接触のタイプではありませんので、センサー端子(デバイス)を対象者に接触させなければなりません。また、読み取ったデータの解析には、私の演算領域の大部分を用いることになります」

『第17セカンダリー・ベースとの大容量通信が可能な距離だったら、解析はそっちでやれたんだけどね』


 ネオンとシルヴィがよくやってる、人体非接触での脳波干渉試験。

 割合簡単にやっていたようで、実はアレ、結構大掛かりな装置が使われていたそうだ。

 だから、第17セカンダリー・ベースの中か、バートランド・シティの特定の建物内、もしくは、ゴルゴーンやヴェストファールなどの大型兵器の内部といった、いわばホーム・グラウンドでしか機能しないのだという。

 加えて、高速で記憶の解析処理も……ということになると、兵器だけだとちょっと無理で、基地か街のシステムに依存しなければならない、とのことである。


「ですので、現状ではこのニンシュブルの使用には至っておらず、誰の記憶も読み込めておりません」


 便利だけど、使えるシーンが極端に限られてしまう感じらしい。


「まあでも、いざ使おうって時になって、エネルギーが足りなくて動きません……じゃ、話にならないもんな」

「おっしゃる通りです。小型のエネルギー・チャージャーも持ち込んでいますが、数も容量も限られています」


 無駄遣いはできない貴重なDGTIA(ディグティア)エネルギー。

 自分の体を停めてまで節約してくれてるセラサリスに感謝だ。


『まあ、本当にいざとなったら、ライトクユーサーでこっそり運搬してくることもできなくはなけどね』

「あー、テレーゼさんたちを送り届けたみたいな感じで?」


 一度は成功してるわけだし、確かにできないこともないのか。


「ですが、そう何度も行うべきではありません」


 当然ながら隠密作戦は、回数を重ねれば重ねるだけ、発見される可能性が増していく。

 SeP(セップ)システムという安全策を打っているとはいえ、タイヤ(こん)はどうしても残るし、そもそも、サザリの門をくぐって出国したり再入国したりするのだって許可がいるはず。

 こっそりやるとなれば、何かしらのリスクが伴うのだ。


 ・

 ・

 ・


 ……という話を、アイシャさんにもしてみたところ。


「一応ですねー、サザリの門は、ダニエルさんの名前を出せば通れないこともないですよー」


 門衛の神兵にも、話だけは通っている。

 もちろんセキュリティの都合上、出入国の手続きを省略することはできないから、そこの部分で名前を出すことをアイアトン司教も承諾してくれているという。


「でも、なるべく使うべきじゃないよね?」


 ジューダス(おれ)の入国許可を取り計らってくれたのは、ブラックウッド枢機卿とその派閥の面々である。


「宿泊先ってこと以外、ほぼ部外者のはずのアイアトン司教が出しゃばるのって、良くないでしょ?」

軽々(けいけい)に使っちゃうのはよくないですねー。ですので、ここぞというときの、苦肉の策的な感じで考えておいていただければー」

「いや、『ここぞ』なのに『苦肉』って、どうなのさ……」


 頼りになるんだか、ならないんだか。


「あれ? そういえばさ」

「はい、なんでしょう?」

「どうしてアイアトン司教には、最初は俺たちの正体を伏せておく、みたいな感じにしてたんだっけ?」


 正体は結局すぐに見抜かれたし、かといって、そのことで特に支障も出てない気がする。

 第一、アイシャさんの活動自体を知っているのなら、隠す意味なんてまったくなかったようにも思える。


「あー、そのことですかー」


 アイシャさんは、思い出したようにうなずいてから、なんでもないことみたいにあっさり教えてくれた。


「それはですねー、皆さんが、ダニエルさんを第一印象だけで判断されてしまわないように、っていう狙いがあったんですよー」

「ああ……まあ、確かに」


 あの人、俺が貴族じゃないって気付いた後は、態度を露骨に180度曲げてたし、あげく、守銭奴キャラ全開になってたし。

 あれを真っ先に見せられていたら、「ああ、この人も〝聖職者〟なんだな……」なんて思ってたかも。


「あとは、ダニエルさんの性格的なところですねー。あらかじめお願いしておくより、お金をちらつかせて驚いてもらったほうが、自発的かつ積極的に協力してくださるんですよー」


 あはははー、なんて能天気に笑うアイシャさん。

 俺も力なく苦笑い。

 ただ、ひとしきり笑い終えたあとで、彼女はすっと頭布(コルネット)を外してから、こんなことを述べた。


「ただ……あまり危険なことには巻き込みたくないという、私個人のわがままも含まれてはいますわね」


 本心、なんだろうか。

 話し方がコロコロ切り替わるからか、どうにも本音が掴みづらい。

 頭布(コルネット)の有無をスイッチにしてるみたいだけど、そもそも、どうして切り替える必要があるのか?


「気になってたんだけど、アイシャさんが場面ごとに口調を変えてるのって、どんな意味が?」


 この際だ、普通に聞いちゃえ。


「口調の切り替えではなく、性格の使い分け、ですわね。実は私、子どものころから今に至るまで、人の顔色をうかがうのが大の苦手でして」


 相手の機嫌に合わせることが不得意なので、その相手が微妙に苦手意識を持ちそうな性格(キャラ)を見極め前面に押し出すことで、相手のほうが自分に合わせようとするのを誘発しているのだとか。

 ……正直、意外な理由だ。


「そういうの、むしろ得意そうな感じがするのに」

「あら、そう見えますかしら? ですが、場所や相手で言動を変えるのは、社会的動物である人間にとって至って当たり前のこと。ベイルさんにも経験がお有りでしょう?」

「それはそうだけど、ここまで振れ幅があったら、もはや演技の域だよ」


 彼女は気に(さわ)ったふうもなく、ふふっ、と微笑んだ。


「それこそベイルさんのことではなくて? 入国以来、しっかり貴族になりきっていますわよ」


 それは演技力じゃない。

 莫大な資金力という目眩(めくら)ましのおかげである。


「まあ、今となっては私にも、どれが本当の自分だかわからなくなってしまっているきらいがありますわ。いえ、以前のベイルさんの言葉をお借りして、『自分自身をも疑い続けて、自分がわからなくなってしまった』とでも表現しておきましょうか」

「……実は根に持ってた?」

「さあて、どうでしょうか」


 だから、他者を救うことに傾倒してるんだろうか?

 自分自身には(・・・・・・)傾倒できないから(・・・・・・・・)


(もしかして、昨日アイアトン司教が言っていたのは、こういう――)


 と、アイシャさん、俺の顔をじいっと見つめてから、


「ひょっとして、アイアトン司教から何かお聞きになって?」

「たいしたことは。ほっとくと(こん)を詰めちゃうから、適度に休憩させてやって、だってさ」


 ……やっぱり得意だよね? 顔色から心を読み解くの。


「てことで、これ、どうぞ」


 この話題から逃れる方便に、持っていた小さな(びん)のひとつをアイシャさんにあげてみた。


「あら、こちらの小瓶は?」

「ネオンにもらった栄養剤。疲れが見えるから飲んでおくようにって渡されたんだ。ひとつどう?」


 こういうの、警戒されるんだろうなー、なんて思っていたら。


「では、お言葉に甘えて」


 彼女はあっさり受け取って、普通に飲み干してしまった。


「あら、お薬という割には飲みやすいですわね」


 お礼を言うアイシャさん。

 俺も自分の分を飲んでおこうと、別の瓶を手に取った。


「まあ、アイアトン司教が何をおっしゃったかは存じませんが」


 げ、話題を戻されたぞ。


「これでも私、あの人を信頼しておりますのよ。私の活動を理解してくださった方は、初めはあの人だけでしたもの」


 アイアトン司教も言っていた。

 『後始末は全部(わし)』だったと。

 それが『日常茶飯事(にちじょうさはんじ)』だったと。

 裏を返せば、アイシャさんのやることをすべて承知して、責任を被っていたのだ。


「あの人、口ではなんだかんだと言いますけれど、根が聖職者ですのよ」


 うん、うん。


「ヴィリンテルの司教となっていただくため、色々と手を回した甲斐がありましたわ」


 うん……うん?


「だってアイアトン司教ったら、こんな事をおっしゃるんですのよ。『わしは街の教会で金を貯めたら、ちっこい田舎のちっこい教会に引っ込んで、のんびり牧歌的な余生を送るのが夢なのだー』なんて」


 だから、もっとお金が貯まる場所(ほんごく)に送ってあげましたの、と腹黒く微笑むアイシャさん。

 俺は苦笑を返すことしかできなかった。


(ただ、冗談めかしてはいるけれど――)


 これはきっと、彼女なりの感謝の印みたいなものだ。

 このふたりの間には、上辺からでは見ることのできない深い絆が、確かにある。


「金の亡者のくせに事なかれ主義で現状維持を美徳扱いしているだなんて、『ぜひ(わし)のことを利用してくださいアイシャ様』って言っているようなものですわよね」


 ……感謝の印、なんだよね?




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